107 / 112
幕間14
平行線
しおりを挟む「アルビオン」
返事はない。
「天塚」
前世の姓で呼ぶと、ようやく彼が振り向いた。
「どうした、乙村」
彼が俺を抱き締める。
「どうした? 不安なのか? 大丈夫だ。巻き込んでしまった責任は俺が取る。ヴァニタスを殺して、俺がお前を幸せにする」
「俺はシルヴェスター・アッシュフィールドで、ヴァニタス・アッシュフィールドは俺の兄上だ。兄上が死んで……しかもその原因がお前なんて、幸せになれる筈がないじゃないか」
「乙村、違う。奴はお前の兄なんかじゃない。俺とお前、そして綾乃を不幸のドン底に叩き落とした悪魔だ。奴にはその報いを受けさせねばならない」
「…………」
「大丈夫だ、乙村。前世ではお前の命を奪ってしまったが、今世では必ずお前を守る。お前を幸せにする。その為なら、創造主だって魔王だって消してやる」
アルビオンの目は、完全に前世に向いてしまっている。
どうしたらいいのか……。
「憂鬱そうね」
アルビオンが攫ったロータリア王国のウィリディシア王女。
「食事をお持ちしました」
「貴方はちゃんと食べてるの?」
「あまり……」
「…………でしょうね」
ウィリディシア王女は溜息を吐きながら、パンにかぶりつく。
俺が目を瞠ると、ウィリディシア王女はクスクスと笑った。
「貴方はいつも驚くわよね。王女らしくないって言いたいんでしょ?」
「貴方も前世の記憶をお持ちと聞きました」
「そうね。だから男は嫌い。乱暴な男は特に嫌い」
「…………申し訳ございません、手荒な真似をして」
そうね……と、またウィリディシア王女は溜息を吐く。
「でもお蔭で、前世の記憶に引き摺られるのは恐ろしくて悲しいことだと痛感したわ」
「悲しいこと?」
ウィリディシア王女は大きな瞳で俺をしっかりと見据えた。
「貴方とアルビオン、会話がすれ違っているんだもの。アルビオンは前世の目線で貴方に語りかけてる。貴方は今世の目線でアルビオンに語りかけてる。だから完全に平行線。そして最終的に、折れているのは貴方」
「…………」
「正直、疲れてるでしょ?」
その通りだと思った。
俺は正直、アルビオン……隆斗との会話に疲れてしまっている。
そしてそんな俺の内心を見抜いた彼女の洞察力に、また驚く。
「貴女は、想像以上に聡明な女性です。ラスティル王国の国民として、貴女に王妃になっていただけるのはとても光栄なことだと思います」
「王妃に……無事なれたらいいのだけど……」
再度の、溜息。
「でも……そう。貴方は前世を思い出してもあくまでもシルヴェスター・アッシュフィールドなのよ。話に聞く限り、貴方も前世で相当酷い目にあってる筈なんだけど……どうして?」
ウィリディシア王女の問い掛けに、俺はいつの間にか笑顔を浮かべていた。
「今が、尊いのです」
「尊い?」
「兄上と出会って、アルビオンと出会って。母上と和解して、父上の態度も軟化してきて……こんな今が、尊いのです」
「…………」
「例え前世で酷い目にあっても、その前世が物語の中の世界で、俺を酷い目に合わせた作者が実在したとしても、今この時を迎える為にそれらがあったのなら、悪くないんじゃないかな……と、俺はそう思えるんです」
気づけばウィリディシア王女も、いつの間にか俺に笑みを向けてくれた。
「貴方はとても、しっかり地に足つけて生きているというか……尊敬するわ」
「ありがとうございます」
「…………彼、アルビオンも、その事に気づけたらいいのに」
俺は、どうしたらアルビオンを救えるのだろう。
0
お気に入りに追加
287
あなたにおすすめの小説
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
ガラス玉のように
イケのタコ
BL
クール美形×平凡
成績共に運動神経も平凡と、そつなくのびのびと暮らしていたスズ。そんな中突然、親の転勤が決まる。
親と一緒に外国に行くのか、それとも知人宅にで生活するのかを、どっちかを選択する事になったスズ。
とりあえず、お試しで一週間だけ知人宅にお邪魔する事になった。
圧倒されるような日本家屋に驚きつつ、なぜか知人宅には学校一番イケメンとらいわれる有名な三船がいた。
スズは三船とは会話をしたことがなく、気まずいながらも挨拶をする。しかし三船の方は傲慢な態度を取り印象は最悪。
ここで暮らして行けるのか。悩んでいると母の友人であり知人の、義宗に「三船は不器用だから長めに見てやって」と気長に判断してほしいと言われる。
三船に嫌われていては判断するもないと思うがとスズは思う。それでも優しい義宗が言った通りに気長がに気楽にしようと心がける。
しかし、スズが待ち受けているのは日常ではなく波乱。
三船との衝突。そして、この家の秘密と真実に立ち向かうことになるスズだった。
嫁いできた花嫁が男なのだが?
SIN
BL
恋愛結婚を夢見ていたのに、兄の婚約者がいきなり俺に嫁いでくることになった?
会ったこともない相手とどう新婚生活を送れば良いんだろう?
こうなったら全力で婚約者を愛そう……
いや、お前どっから見ても男やないか!
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
【完結】オーロラ魔法士と第3王子
N2O
BL
全16話
※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。
※2023.11.18 文章を整えました。
辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。
「なんで、僕?」
一人狼第3王子×黒髪美人魔法士
設定はふんわりです。
小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。
嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。
感想聞かせていただけると大変嬉しいです。
表紙絵
⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)
天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる