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会談―午前―

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「……私は、いや……僕は。虎田大和は、誰も救えなかった。君が亡くなったことに、13年も気づかなかった。生前、君が苦しんでいたことにも気づかなかった。最期、震災で命を落とす時も、子供を救ったりすることなんか出来なかった」

 スピルスはぽつぽつと語る言葉を聞いて、俺は虎田大和という同級生を思い出した。
 クラスが違う彼との交流は放課後の図書館で、彼は心理学の本を熱心に読み漁っていた。

「いや、凄ぇだろ大和。お前は心理学を極めて大学教授になったんだ。自分の好きなことや興味のあることをそのまま貫いて極めるなんて、しかも10代で道を定めてとか……前世のあの日本という国では凄ぇとしか言えないだろ。俺はお前を尊敬するぜ」

 顔を覆って俯きながら、唸るようにそう口にすると、クスッとスピルスが笑う。

「君のそういう実直なところが好きだったんだよ、孝憲くん。知識が豊富で、素直で、でも素直過ぎて不器用で……そんな孝憲くんが好きだったんだよ」

 えっ?
 思わず、顔を上げる。

「ヴァニタス、私は貴方が赤津孝憲が生まれ変わった姿ではないかと想定していました。貴方の性格は孝憲くんに似すぎていましたし、何より、貴方の書いた小説の主軸となる信念が、高校生の時に読んだ孝憲くんの小説の信念と同じでした。もちろん、信念まで孝憲くんにそっくりな赤の他人の可能性も考慮してはいましたが……私は貴方の前世が孝憲くんの可能性もあると想定した上で、その上で、スピルス・リッジウェイとしてヴァニタス・アッシュフィールドを愛してきました。慕ってきました」

 頭が真っ白になる。
 スピルスは、何を言っているのだ?

「愛? お、俺を……慕っ…………」
「いやいやいや、何言ってるのヴァニタス。前世云々は抜きにして、スピルスってかなりあからさまだったじゃん。あれでヴァニタスのこと嫌いとか言い出したら、そっちの方が驚きなんだけど」

  アルビオンはやれやれといった表情で、はぁ……と息を吐き出した。
 その横で、俯いて何かを考え込んでいた柚希がふと顔を上げ口を開く。

「なるほど。ラスティル王国に転生者は2人。スピルス君が魔王をあしらったら、魔王はもう1人のラスティル王国の転生者であるヴァニタス君を味方につけようと画策する。それが嫌だからスピルス君は魔王についているフリをしていた……そんなところかな?」

 柚希の言葉に、スピルスはにっこりと良い笑顔を彼に向ける。

「はい、正にその通りです。ついでに『こんなところで柚希さん見つけることが出来てラッキー。柚希さんに熨斗つけて魔王に送りつければ恩赦で解放してくれないかなぁ?』とも思ってます」
「やだ。お兄さん絶対に戻らないよ!!」
「大人しく私とヴァニタスの為に犠牲になってください」
「やだやだ! お兄さんはまだ見ぬ弟たちに会う為にこれからも旅を続けるんだもん!! ……それは置いておいて、ヴァニタス君がこの性格で魔王側につくとは思えないし、その上でスピルス君が魔王と絶縁したら、魔王が別の国の魔王側の転生者を動かして、最悪ラスティル王国を攻め込ませる……ラスティル王国がアリスティア王国の二の舞になる可能性があるということだよね」

 つまりは……戦争だ。

「流石は柚希さん。そうです。私は魔王側に賛同は出来ませんでしたが、あちらにつかざるを得なかったのです」

 スピルスは頷く。
 今は亡き故国の名を聞いたアルビオンが唇を噛んだ。
 確かに、事は国の存亡に関わる。
 スピルスや俺が個人の感傷で決断して良いことではない。

「セオドア様も交えて話すべきだろうね。お兄さんも最初からそのつもりだったから、最大限スピルス君のフォローをするよ」
 
 柚希がこちらに向けてウインクして見せる。
 彼はやや調子が良く軽薄な印象があるものの、やはりこの世界で100年近く生きているというのは伊達ではない。
 柚希がこの場に居てくれて良かったと痛感する。

「魔王について、今後スピルス君がどう動くべきかについてはまた後で。他には? この場で話しておくべきことはない? スピルス君がいつ頃からヴァニタス君を想ってたとか、ヴァニタス君がスピルス君への恋心に気づいたのはいつなのかとか、失恋したと思ってたら実は両思いで、ヴァニタス君今どんな気持ち?ねぇどんな気持ち?……とか」

 前言撤回。
 やっぱり刺身にして食うこと考えるか、このスライム男。

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