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嫉妬する妹分
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アイネは剣を腰に佩いた鞘に納刀し、油断なく目の前の敵を見据えていた。
一方、アンナはいまだ三叉槍をだらりと地面すれすれまで垂らし、余裕の笑みをもってアイネと、そしてその奥で弓を構えるルルの殺気を受け流していた。
アイネは突撃前にミアに言われたことを思い出していた。
---
「二人ともちょっといいか?」
戦の準備をしていたアイネとラングは、背後から声をかけられた。
二人が振り向くと、そこには腕を組んで難しそうな顔をしているミアがいた。
「はい。殿下。どうされましたか?」
「ああ、アイネ。それにラングも。実はしてもらいたいことがある」
「喜んで!」
「え~。姫サンの依頼はめんどそうだな」
対照的な二人である。ラングは嫌そうな顔をしたが、アイネは何も聞かずに承諾していた。尻尾があれば全力でぶんぶんと振っていたことだろう。
ちゃっかりとラングの足を踏んでおくのも忘れていない。ラングは顔をしかめながら、汗を冷や汗を垂らしていた。
どちらも困ったものだと苦笑しながら、ミアは頬を掻いた。
「まあ聞け。二人にはそれぞれ突撃の時の陣の両翼の指揮を執ってほしいのだ」
二人は驚いた。てっきり自分たちも烈と共に、中央で敵将を討つ手伝いをすると思っていたからだ。
意外なことに、ここで特に難色を示したのはアイネだった。
「しかし殿下。レツは体系的に戦術を教わったことはないと聞いています。現場で臨機応変に兵を動かせるものがいないと......」
「モーガンを付ける。あやつがいれば中央の兵たちの指揮を補佐するのは容易だろう」
「確かにそうですが、モーガン殿ではレツの武の補佐はできないでしょう?」
「まあな。そこは『勇者』が一騎討ちに応じてくれるのを期待するしかあるまい......それより......」
「『暁の鷲』たちが遊撃として陣を食いつぶすのが心配ってことだろう?」
ミアが言い終える前にラングが言葉を引き取った。アイネがきっと睨むが、ラングはどこ吹く風である。
「あのゼスってやつと新しい部隊長たちが強さも同格なら、相手できるのは俺とお嬢ちゃんくらいだ。どんな風に攻められても対応できるっていうとなおさらな。だから俺らを動きやすい両側に配置したいんだろ?」
ラングの言葉にミアはこくりと頷いた。
「その通りだ。流石だな。無論、お前らのフォローにルルとフィズを付けるつもりだ。『暁の鷲』が動き出したら、応戦してほしい」
「う~む、ま、それしかないか。仕方ねえ」
ラングはあっさりと引き下がった。こうなるとアイネも承諾せざるを得ない。
渋々といった感じで、アイネもミアの要請に従うしかなかったのだ。
---
そしてアイネはあの時の己を恥じていた。
(心に秘めていたにもかかわらず、また私はあの男に嫉妬したのか。いざという時、頼るのは自分ではなくあの男の方なのかと。あさましい。せめて敵将の一人でも倒さねば殿下に合わせる顔がない)
自戒の念を胸に、アイネはじりっとアンナとの間合いを近づけた。
(向こうの方が武器の間合いは広いのだ。待ちでは相手に流れを渡してしまう。どうにかして懐に飛び込まなければ......だが、先ほどの私の剣が当たらなかった理由が分からん)
アイネは迷っていた。先ほどのからくりが分からなければ斬って捨てられるという予感があったのだ。
ゆえにルルが先に仕掛けた。ぴゅんっと風切り音が聞こえ、一本の矢がアンナを襲う。その矢をアンナは慌てる様子もなく、槍で叩き落した。
絶好の隙である。アンナは大地を踏み込んで、一気に近づいた。
(カイエン流---五瞬)
抜刀・納刀の動作が瞬時に五回行われる。誰にも見極めさせることはない、アイネの必殺の技である。
しかし、アンナはまたしてもゆらりと消え去る。そしてアイネが気配を察知した時には、いつのまにか真横に立ち、三叉槍を下から上へぶんっと振り上げた。
アンナの香水の匂いだろうか。柑橘系の甘酸っぱいにおいが通り過ぎたとともに、その場には鮮血が舞った。
一方、アンナはいまだ三叉槍をだらりと地面すれすれまで垂らし、余裕の笑みをもってアイネと、そしてその奥で弓を構えるルルの殺気を受け流していた。
アイネは突撃前にミアに言われたことを思い出していた。
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「二人ともちょっといいか?」
戦の準備をしていたアイネとラングは、背後から声をかけられた。
二人が振り向くと、そこには腕を組んで難しそうな顔をしているミアがいた。
「はい。殿下。どうされましたか?」
「ああ、アイネ。それにラングも。実はしてもらいたいことがある」
「喜んで!」
「え~。姫サンの依頼はめんどそうだな」
対照的な二人である。ラングは嫌そうな顔をしたが、アイネは何も聞かずに承諾していた。尻尾があれば全力でぶんぶんと振っていたことだろう。
ちゃっかりとラングの足を踏んでおくのも忘れていない。ラングは顔をしかめながら、汗を冷や汗を垂らしていた。
どちらも困ったものだと苦笑しながら、ミアは頬を掻いた。
「まあ聞け。二人にはそれぞれ突撃の時の陣の両翼の指揮を執ってほしいのだ」
二人は驚いた。てっきり自分たちも烈と共に、中央で敵将を討つ手伝いをすると思っていたからだ。
意外なことに、ここで特に難色を示したのはアイネだった。
「しかし殿下。レツは体系的に戦術を教わったことはないと聞いています。現場で臨機応変に兵を動かせるものがいないと......」
「モーガンを付ける。あやつがいれば中央の兵たちの指揮を補佐するのは容易だろう」
「確かにそうですが、モーガン殿ではレツの武の補佐はできないでしょう?」
「まあな。そこは『勇者』が一騎討ちに応じてくれるのを期待するしかあるまい......それより......」
「『暁の鷲』たちが遊撃として陣を食いつぶすのが心配ってことだろう?」
ミアが言い終える前にラングが言葉を引き取った。アイネがきっと睨むが、ラングはどこ吹く風である。
「あのゼスってやつと新しい部隊長たちが強さも同格なら、相手できるのは俺とお嬢ちゃんくらいだ。どんな風に攻められても対応できるっていうとなおさらな。だから俺らを動きやすい両側に配置したいんだろ?」
ラングの言葉にミアはこくりと頷いた。
「その通りだ。流石だな。無論、お前らのフォローにルルとフィズを付けるつもりだ。『暁の鷲』が動き出したら、応戦してほしい」
「う~む、ま、それしかないか。仕方ねえ」
ラングはあっさりと引き下がった。こうなるとアイネも承諾せざるを得ない。
渋々といった感じで、アイネもミアの要請に従うしかなかったのだ。
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そしてアイネはあの時の己を恥じていた。
(心に秘めていたにもかかわらず、また私はあの男に嫉妬したのか。いざという時、頼るのは自分ではなくあの男の方なのかと。あさましい。せめて敵将の一人でも倒さねば殿下に合わせる顔がない)
自戒の念を胸に、アイネはじりっとアンナとの間合いを近づけた。
(向こうの方が武器の間合いは広いのだ。待ちでは相手に流れを渡してしまう。どうにかして懐に飛び込まなければ......だが、先ほどの私の剣が当たらなかった理由が分からん)
アイネは迷っていた。先ほどのからくりが分からなければ斬って捨てられるという予感があったのだ。
ゆえにルルが先に仕掛けた。ぴゅんっと風切り音が聞こえ、一本の矢がアンナを襲う。その矢をアンナは慌てる様子もなく、槍で叩き落した。
絶好の隙である。アンナは大地を踏み込んで、一気に近づいた。
(カイエン流---五瞬)
抜刀・納刀の動作が瞬時に五回行われる。誰にも見極めさせることはない、アイネの必殺の技である。
しかし、アンナはまたしてもゆらりと消え去る。そしてアイネが気配を察知した時には、いつのまにか真横に立ち、三叉槍を下から上へぶんっと振り上げた。
アンナの香水の匂いだろうか。柑橘系の甘酸っぱいにおいが通り過ぎたとともに、その場には鮮血が舞った。
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