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烈対マルカネン

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 自分の置かれた状況に気付いたアイネはかっと顔を赤らめた。

「は......放せ! 触るな!」

 腕の中でじたばたと動くアイネを烈はさらにぎゅっと抱きしめた。

「放せるものなら放すんだがな......どうやらそういうわけにもいかないらしい」

 思いがけず厳しい声の烈にアイネははっと目の前を見た。そこには戦斧を握り直し、今にも襲い掛からんとするマルカネンの姿があった。

「いいんだぜ? そこに置いたらどうだい?」

「置いたら狙うだろう?」

「その間に俺を斬ればいいじゃないか? お前の腕ならそれができるだろう?」

「したら俺を斬るのか、アイネを斬るのか選択肢が増えることになるな。戦場での駆け引きであんたに勝てそうにないからやめとくよ」

「へえ? 若いのにわかってるじゃねえか。何者だ? お前」

「レツ・タチバナ。ドイエベルン王女の同盟者だ」

「レツ......ああ、確かあの『剣姫』を倒したとかいうやつか。確かにその剣気なら納得だ」

「そうか? 自分ではよくわからないんだがな」

「謙遜するなよ。ちなみにその後『魔剣』にこっぴどく負けたことも知ってるぜ?」

「耳が痛いな、それは......」

 ははっと笑う烈にマルカネンは警戒を強めた。

「剣士が負けたことを指摘されてんだ。それで笑ってられるのは誇りのねえバカか......」

「......」

「その敗北を乗り越えたやつしかいねえよな?」

 マルカネンの殺気が膨らみ始めた。烈も片手でアイネを、もう片方の手で剣を正眼に構え、一撃に備えた。

 マルカネンがふっと笑う。

「ドイエベルン王国北部軍閥の首領が一人、マルカネンだ。悪いがその手に抱えてるお嬢様がハンデとは思わねえぜ?」

「当然だ。あんたも先にアイネとやりあって血が足りてないだろう? 条件は五分さ」

「嬉しいねえ。敵じゃなかったら酒を酌み交わしたいものだ」

「じゃあ、降参してくれ」

「そういうわけにはいかんだろう?」

 二人のやり取りの間、アイネは身動き一つしなかった。自分にできることは少しでも烈の邪魔にならないことだと理解していたからだ。アイネとしては非常に業腹だが、自分の命運をこのポッと出の正体不明の男に任せるしかなかった。

 その緊迫した状況にも関わらず、烈は落ち着いていた。

 道場でカイエン公爵に言われたことを烈は思い出していた。

---
「小僧、本当はただ妹に勝ちたかっただけではないか?」

 カイエン公爵の言葉を烈は否定したかった。だが、すぐに言葉が出てこない。「違う!」と否定したいのに、烈はそれを言うことができなかった。

「なるほどな......」

 そんな烈の様子を見て、カイエン公爵は木剣を肩にポンポンと当てた。

「お前がその妹を愛していたのは本当だろう」

 そこでカイエン公爵はぐっと烈に顔を近づけた。

「だが小僧、お前は根っこから剣士なんだよ」

「......」

「剣士なら誰だってそうさ。理屈じゃねえ。自分の鍛えた技が、力がもっとも強くなきゃ気が済まねえんだよ。だから目の前に越えるべき奴がいるってのに、不十分なまま、決着もつかねえままその壁が急になくなっちまって、どうすればいいのか分からなくなっちまったんだろう?」

「......」

「よかったじゃねえか?」

「え?」

 言われるがままになっていた烈が顔をふっと上げた。

「越えるべき壁がひょんなことからもう一度現れたんだ。今度はきっちり勝てばいい」

 だが、烈は首を横に振った。

「馬鹿な。俺にもう一度紗矢を殺せというのか!」

 その瞬間、カイエン公爵は木剣で烈の頭をぽかりと叩いた。あまりの痛さに烈が自分の頭を押さえる。

「馬鹿かてめえ。殺さないよう圧倒的に勝てって言ってんだよ」

「紗矢は天才だぞ? そんな手加減なんてできるわけ」

「できなくてもやるんだよ。じゃなきゃ前に進めねえんだろ? それにな......」

 カイエン公爵はふっと笑った。まるで手のかかる孫を見ているようだった。

「お前も十分天才だよ。ごちゃごちゃ考えてるからその妹に置いてかれんだ。ノリで剣を振ってみろノリで!」

 がっはっはっと笑うカイエン公爵を烈はぽかんと見上げた。それからなんだか馬鹿らしくてなってぷっと吹き出してしまった。

「おい、ミア」

 カイエン公爵が壁にもたれかかって様子を見ていたミアを呼んだ。

「しょうがねえから戦場に出てやるよ」

「ほう? どういう風の吹き回しですか? 師匠」

 カイエン公爵が烈を見てふっと笑った。

「なに。こんなおもしれえ奴が味方にも敵にも出てきたんだ。ずいぶん楽しそうなんで、俺も混ざってみたくなったのよ」

「素直に私やレツは心配だと言えばいいのに」

「あほ抜かせ。俺がお前らのことなんか気にするか」

「はいはい。じゃあ急いでるんで出立は明日ですよ?」

「おう。アイネに準備させなきゃならんな」

「アイネも連れていくんで?」

「ああ。この国に産まれた以上、戦争は避けられんからな。そろそろ経験してもいい頃合いだ」

「私は反対ですがね」

「あいつを籠の中の鳥にしておけと? 俺が育ててる意味があるまい」

 カイエン公爵の厳しい視線に、もう好きにしてくれてとミアは諸手を上げた。

 話はすんだとばかりに、カイエン公爵は最後に烈に向き直った。そして人差し指をびしっと烈に突き付けた。

「とりあえず小僧! お前は考えながら剣を振るうんじゃねえ。剣と一体になれ! あとは稽古で鍛えたものんが勝手に体を動かす!」

 あまりにも感覚的で無茶苦茶な話だが、なんとなく烈の中でつっかえていた物が取れたような気がした。

---
「剣と一体になれ......か......」

 烈はカイエン公爵の言葉を思い出してふっと笑い構えをといた。あまりにも無防備な状態に、マルカネンは面食らった。

(何かの罠か? だがぐずぐずしてもいられない。お嬢様アイネとの戦いで消耗しすぎたことは事実だからな)

 マルカネンは戦斧を大上段に構えた。「おおお!」と叫んで、烈に肉薄する。それに対しあまりにも烈は無防備だった。腕の中で見ていたアイネは今度こそ斬られると目をつぶった。

 烈は戦斧の刃をじっと見ていた。

「くたばれぇ!」

 近くでマルカネンの声が聞こえる。だが不思議と烈は落ち着いていた。

(ああ、今日はよく

 自分の頭に戦斧が振り下ろされる寸前に、烈は剣を頭の上にかかげた。そして剣の刃を戦斧に滑らせるようにして、斜め下に誘導し受け流した。力を泳がされたマルカネンは勢いが余っていたこともあり大きく体を崩された。

 マルカネンが気づいたときには、自分は剣を振り下ろし、烈は剣を振り上げた状態になっていた。完全に隙だらけである。

(やべえ!)

 マルカネンは慌てて、戦斧から手を放して頭上にかかげ、体は流されるままに烈に突っ込んだ。烈はそれも意に介さず、剣を振り下ろした。

 がつんと鎧が砕ける音が聞こえて、マルカネンが遠くに吹っ飛んだ。そのままゴロゴロと転がり地面に倒れ伏す。

 烈はふーっと息を吐いた。極度の集中状態から解放されて、どっと汗を吹き出した。それでも目は油断なくマルカネンを見据えていた。

「終わったのか?」

 アイネがぽかんとしながら聞いた。完全にやられたと思ったのに、自分が生きていることが少し信じられなかった。だが、烈は剣を再度構えた。

「起きろよ。骨まで斬れた感触はなかったぜ。あの状況で突っ込んで剣の根元で受けるとは思わなかったよ」

 動きを止めていたマルカネンはくっくっくっと笑い、腹筋で体を起こした。

「いやはや。気を抜くこともなしか。こりゃ完全に俺の負けだな」

「注進! 注進!」

 急に伝令は大声で走ってきた。どうやら敵側の伝令のようであった。

「ゲルパ様討ち死により、ゲルパ軍が撤退。このままだと退路が混雑で埋まってしまいます」

「おいおい、まじか。ゲルパの旦那やられちまったのかよ。しょうがねえな」

 どっこいしょとマルカネンは立ち上がり、そのまま部下が持ってきた替え馬に乗った。

「逃げるのか?」

 烈の問いかけにマルカネンは肩をすくめた。

「ああ、どうやら役者が違ったらしい。このままだと再起の目もなくなりそうなんでな」

「大将を置いて?」

「ま、傭兵国家だからな。そういうこともあるさ。それに......」

「それに?」

「今死ぬのは勿体ねえ気がしたのよ! はっ!」

 マルカネンは馬に鞭打ち走り去っていった。それを見届けた烈はようやく腕の中にある柔らかい感覚を思い出した。あっと気付いたときには腕の中に顔を真っ赤にして震えるアイネがいた。

「いつまで抱いてるんだ!」

 パンっと烈は頬を叩かれた。
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