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気高き人

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 扉の前に立ち尽くすシリウス公爵を前に、ミアは彼の緊張を解すかのようにふっと笑った。

「どうした? シリウス。まさか、公爵自ら朝食の誘いに来たわけではあるまい?」

 ミアの冗談に公爵もすっと深呼吸を一息入れた。

「からかいになりますな。もうこちらの事情はご存じなのでしょう?」

「それじゃあやはり、レイアは?」

「はい。妃殿下がいらっしゃる数日前に、これが私の下に」

 そういって、シリウス公爵は懐から一枚の手紙を差し出した。ミアはすっと席を立ってシリウス公爵に近づき、手紙を手に取って中を見た。烈たちも横から手紙の内容を覗き込む。

 手紙の内容には、

「娘の身柄は預かった。無事に返してほしければ、ミネルバ王女の軍容に加わらないこと」

 が明記されていた。

 ミアは手紙を丁寧に折りたたみ、シリウス公爵に返却した。

「それで? シリウス。お前はどうするんだ?」

 シリウス公爵は押し黙っていた。多くの葛藤が彼の中で渦巻いているのであろう。彼の手の甲には血管が浮き上がっていた。

 そして、長い沈黙の後に、意を決したように口を開いた。

「あれの母親は早くに亡くなりましてな。そのせいで少々わがままに育ててしまいました」

「ああ、覚えているとも。公爵夫人の葬儀には私も参列したからな」

「ふふっ。それは妻も喜びましょう......レイアは私にとって目に入れても痛くないほど、可愛い娘です」

「だろうな。シリウスがどれだけの想いで育ててきたか、よくわかっている」

「はい......ですが、殿下。私はこの国の筆頭公爵です」

「......」

「私には先代陛下にこの国のことを任された責務があります」

「......」

「娘一人と国一つを天秤にかけることなどできませぬ!」

「......」

 いつの間にかシリウス公爵の眼からぼろぼろと涙がこぼれていた。一国の大貴族が、まるで市井の庶民のように、毅然とした姿をかなぐり捨てて泣いていた。

「殿下! わが剣! あなたにお預けいたします! かの逆賊、ペルセウスを滅ぼすまでこの命を使い果たすことを誓います!」

 シリウス公爵の言葉は、私人としての立場を捨てた、筆頭公爵としての悲壮な決意の証明だった。烈はこれほど気高く、尊敬できる人を見たことがなかった。

「殿下! 出陣の下知をください!」

 自身の胸の内を押し込めて、爛々とした目で語るシリウス公爵を、真正面から受け止めたミアは、シリウス公爵ではなく、烈たちの方に顔を向けた。

「というわけだ、お前たち。私は軍を率いなければいけなくなったんだが......頼めるか?」

 ミアの言葉に、烈とルルが間髪入れずに頷いた。

「レイアってのを助ければいいんだな? もちろんだ!」

「レツさんが行くなら私も行きます!」

 二人の言葉にミアは一つ頷き、次いでラングを見た。ラングは興味がないのか、何を考えているのかわからない顔でミアを見返していた。

「ラング、お前はどうする?」

「どうするって? 俺は元々興味本位でついてきただけだしなぁ。『暁の鷲』なんてあぶねえ奴らには関わり合いになりたくねえんだが......」

「そういうな。今回はお前の力が絶対に必要だ。それに......」

 ミアが烈のことを横目でちらりと見た。

「もっと面白いものが見られるかもしれんぞ?」

「へぇ?」

 ラングはにやりと笑った。この状況が楽しくて仕方ないという様子であった。

「わかった。俺も協力させてもらうぜ」

 ラングが諦めたように肩をすくめると、烈たちは互いに目を見合わせて頷いた。ここにぐずぐずとどまっている必要はなかったからだ。だが、それをシリウス公爵は黙ってみていなかった。

「お待ちください! 彼らも殿下の大事な戦力でしょう? 今は一人でも手が欲しい状況です。娘の命は諦めています。二兎を追うことなく、『鉄百合団』に合流しましょう」

「あほぅ!!」

 ミアの叱責が部屋中に響いた。

「シリウス! お前に貴族としての使命があるように、私には王族としての責務がある! 臣の一人を救えずして、この国を救えるか!」

 ミアの怒気を孕んだ声に、シリウス公爵は二の句を告げなくなってしまった。

「シリウス。あまり私をなめるな。勝利もレイアもどちらも取ってみせるさ」

 そういって、ミアは烈に向き直った。ミアはただ一言、烈に声を掛けた。

「頼む」

「ああ」

 そうして、烈たちは強敵が待つ、『ザネの砦』へと向かうことになった。
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