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シリウス公爵

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 フライブルク砦を出立した烈たちは昼夜を押して、ドイエベルン西部の大領主---シリウス公爵の住む、パバルの城まで駆け抜けた。何しろ時間との勝負である。一刻も早く、公爵を味方につける必要があった。

「とまれ! 何者だ!」

 パバルの城の前まで来ると、衛兵が烈たちを制した。厳しい目を向ける衛兵に、ミアはずいっと進み出て答える。

「私はミネビア・アーハイム・キャンベル・ロンバルトだ。パバル城主---シリウス公爵に会いに来た。取り次いでもらえないだろうか?」

「ミネビ......馬鹿を言うな! その名はこの国で最も高貴な方の名前だぞ!? それを貴様らのようなみすぼらしい連中が......」

 みすぼらしいと言われて、ミアがにやりと笑った。背負っていた大剣をぶおんと振り回して、衛兵の喉にぴたりとつける。

「この大剣を、私以外の他の女が振り回せると?」

「ひっ! ま......まさか! 本当に妃殿下!?」

「だからそう言っているだろう? それで? 取り次ぐのか? 取り次がないのか?」

「た......大変申し訳ございません!! 只今お取次ぎしますので、少々お待ちください!」

「あまり待てんかもしれんぞ? みすぼらしい格好のせいで、肌寒くなってきた」

(こんなあったかいのに嫌味なこと言って......)

 ミアの言葉に衛兵は青ざめて、ぴゅーっとどこかへ走り去った。烈はミアを呆れたような目で見た。それにミアは舌をぺろっと出して、悪戯が成功したように笑っていた。

 しばらくすると、大通りの向こうから、数人が馬に乗ってこちらへ向かってくるのが見えた。先頭の男が、「はぁっ!」と見事な馬術で馬と周りの物たちを制止する。そして、急いで下馬すると、ミアの元に膝まづいた。

「お久しぶりです。殿下。部下がとんだ失礼をいたしました」

「ははっ! こんな格好をしているんだ。怪しげなのは間違いない。むしろ先ほどは意地悪をしてしまったからな。しっかり仕事をしていると、褒めてやってくれ」

「勿体ないお言葉。部下も殿下の寛大なお言葉に感謝するでしょう」

「もうわかったから、立ってくれ。父の頃から世話になっている公爵にいつまでも膝まづかせては、私が公爵の部下から睨まれてしまう」

「では、お言葉に甘えて」

 シリウス公爵が立って、こちらを見た。

(おお......品のいいおじさんって感じだ。きれいに整えられた口ひげに、豪華じゃないが、高そうな衣装。馬も腰の剣も手入れが行き届いている......これが本当の貴族というやつか......)

 烈は高貴な人とというのを初めて見た気がした。ミアもバリ国王も上品だが、それ以上に覇気があった。目の前の人はすべてが誰かの手本となるように、細部まで行き届いているようなというものを感じられた。

「殿下、わざわざいらしたということは、ここで立ち話をする内容でもないのでしょう。ぜひ我が居城にいらしてください」

「ああ、ぜひお招きにあずかろう」

 そう言ってから、シリウス公爵はようやく、後ろにいた烈たちに気付いたようだ。

「その者たちは?」

「私の連れだ。皆、一騎当千の強者たちだぞ? 彼らにも私と同等の待遇を」

「承知いたしました」

 そう言って、シリウス公爵は恭しく頭を下げた。

---
 シリウス公爵の対応はゴードウィン男爵の時と違い、丁寧なものだった。烈たちにも一通りの着替えが与えられ、彼らは城の応接室に通された。部屋には既に公爵とミアが待っていた。烈たちが話を聞くために、部屋の長椅子に座ると、早速ミアが話を切り出した。

「さて、シリウス。改めて、私への助力をお願いしたい」

 単刀直入なミアの言葉に、シリウスはふーっとため息をついた。

「申し訳ございませんが、それはできません」

「なぜだ? 兄とペルセウスの横暴は聞こえているだろう?」

「もちろんでございます。この国の筆頭貴族の一人として、陛下と侯爵を諫める必要があることも。ですが第一に、相手は『陛下』です。この国でもっとも高貴な方に、そう簡単に剣を向けることはできません」

「......」

「また、此度の内戦で我が国の半分の兵が傷つことは必至です。その状況で、我々まで手を貸してしまえば、隣国に付け入る隙を与えることになります。特にバリ王国の脅威はひしひしと感じておりますからな」

「それはわかっている。だが、私は出奔している間、バリ王国をこの目で見てきた」

「......」

「途轍もなかったぞ。将も兵も我が国と今後どんどん差は開いていくだろう。その状況で、長期的に国力を落としていては、勝てるものも勝てなくなってしまう」

「......」

「今しかないんだ。シリウス」

「......」

 シリウス公爵は黙っていた。
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