異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件

有沢天水

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国の宝

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 暗闇の中を供のものも連れずに、ゴードウィン男爵は逃げていた。後ろから聞こえる騎士たちの自分を探す声と、軍馬の嘶きが、いっそう彼の恐怖を駆り立てた。

「くそっ! くそっ! どうしてこんなことに!!」

 ふくよかに膨らんだ自分の腹が邪魔だった。乗っていた馬は走れなくなったので、途中で乗り捨てた。それこそ、ここ最近は走ったということすらなかった。自分の領地でこの世の栄華を極めていた彼にとって、こんな事態は想定外だった。

「マイコンだ! すべてマイコンが悪い!」

 自分に最期まで忠を貫いた、腹心の部下に八つ当たりを始めた。もうすでに事切れていることも知らずに......

「はぁっ! はぁっ! ここで一旦、休憩しよう」

 ゴードウィン男爵は汗を垂らしながら、木陰で一息ついた。一息入れると、自分の立場がよく見えてくる。

「どうしたらいいんだ? 失敗した以上、ペルセウスの下では受け入れてくれないだろう。なにしろ冷酷な男だ。かといって、あの王女に頭を下げても無駄だ。あの女は自分の敵を許すような女ではない。大体、おとなしく他国の嫁に嫁げばいいものを、どうして反乱など起こそうとするのだ!」

 ゴードウィン男爵はすくっと立ち上がった。

「そうだ! 悪いのは私ではない! すべてあの女が悪いのだ! こうなればバリ王国に亡命しよう......なに、この国の情報を二、三個出してやれば彼らも私を悪いようにすまい」

「なるほど? それならなおさら逃がすわけにはいかんな」

 ゴードウィン男爵はどきりっとした。そして恐る恐る背後を振り返る。そこには真っ赤な血で大剣を染めた、ミアが不敵に笑って立っていた。その金色の目は獲物を見つけた喜びで爛々と輝いている。

「で......殿下!?」

「殿下は心外だな。バリ王国の客分になると言っていたばかりではないか。ならば私の......王族の臣下ではあるまい」

「そ......それは! 言葉の綾というもので! 本気で考えたわけではありませぬ! 屋敷に火を点けたのもペルセウスに脅されたからで......」

「ほう? それは確かに情状酌量の余地はありそうだな? なにせ、彼の者の権力はこの国で圧倒的だ」

 ミアの言葉にゴードウィン男爵は一縷の望みを見出し、その顔はぱあっと輝いた。

「そうでございますとも! 私とて、本当はこのようなことをしたくありませんでした。しかし、彼の者に逆らえば、我が領民は蹂躙されてしまいます。みな奴隷に落とされるかもしれませぬ。それを考えるとどうしても......」

 そう言いながら、袖で目を隠し、およよと泣く。それを見たミアはにっこりと笑顔を浮かべた。ただし、その目は笑わずにである......

「なるほど。相分かった。私への無礼は不問に付そう」

「おおっ!」

 許された奇跡に、ゴードウィン男爵は喜色満面の笑みを浮かべる。そのままミアの靴をなめそうな勢いであった。

「だが、もう一つの罪はいかんとする?」

「も! もう一つの罪とは!?」

 ゴードウィン男爵は驚いた。そのようなものに心当たりはなかったからだ。

「無論、貴様の忠臣、マイコンを見捨てて死なせた罪だ」

「な! 何をおっしゃる!!」

「何を?......とは?」

「臣下が主のために死ぬのは当然ではありませぬか! むしろ無能のくせに、騎士として死に場所を与えてやったことに感謝してほしいくらいです!」

 はあっとミアは嘆息した。

「マイコンは最期にお前と、国への忠義を誓って死んでいったそうだ。それに対して報いる気はないのか?」

「馬鹿なことを!? 臣下として讒言させていただきますが、下のものが上のものに使えることは当然のことでございます! その仕組みを歪めるなど、あってはならないことです」

 ミアは再度はあっとため息をついた。

「もういい。彼は貴様の持っているもので唯一、本当の宝と言えるものだった。それに気づけないとは、やはり、お前は私の道の先に連れていくことはできないようだ」

 そう言って、ミアは徐々に近づく。ゴードウィン男爵は己に降りかかる運命を察して青ざめた。

「お......お待ちください! わかりました! 彼の遺族には一生暮らせるだけの金銭を与えます!」

「そういうことではないのだよ。男爵」

「や! やめろ! 来るな! あっち行け! うわぁ!!!」

 ミアの大剣が横薙ぎに振るわれた。ゴードウィン男爵の首はぽんっと飛び、大地に転がる。

「ミア!」

「殿下!」

 後から追い付いてきた、烈とクリスがミアに声を掛けた。二人はその場で何があったのかを瞬時に理解した。

「ミア......」

「どうした? レツ?」

「......いや、なんでもない。帰ろう」

「そうだな。今日は少し疲れた」

 そういって、ミアは踵を返した。烈とクリスはその颯爽とした、しかしどこか孤独な背中をただ見守っていた。
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