上 下
45 / 144

轟炎の中で

しおりを挟む
 真っ赤に燃え盛る炎が、屋敷の一切合切を、その価値には目もくれずに飲み込んでいく。高価な調度品も、歴史的価値のある絵画にも容赦はなかった。廊下の向こうからの火で、熱風が頬を叩く中、ラングが叫び声をあげる。

「だぁっー--! 勿体ねえ! この辺のものを売れば、幾らになるって代物ばっかなのによぉ! ゴードウィン男爵ってのはバカなんじゃねえの!?」

 ラングの抗議にミアはふっと笑った。

「確かにな。恐らく、私を殺した方が儲かるんだろう」

「あんた本当に王女様かよ!? もしかして賞金首なんじゃねえのか?」

「はっはっはっは! 違いない! 私もその方が気楽でいいんだがな」

「冗談はそれくらいにしとこうぜ。ラング。今はここをどう抜けるかだ」

「だけどよぉ。レツ。あのバカ男爵。こりゃ油でも撒いてるぜ?」

「しかも、外は完全に包囲されているみたいだな。ミア。ゴードウィン男爵の手勢はどれくらいかわかるか?」

「そうさな。所詮田舎の小貴族。精々すぐに用意できるのは百かそこいらだと思うが......」

「なら、やることは一つじゃないか?」

 烈はにやりと笑った。ミアも意図を察して笑みを返す。

「頼もしいが、できると思うか?」

「ここには一騎当千の戦士が四人いる。百人の手勢がしているなら負ける道理はない」

「となるとあとは地形か」

「追撃をかわすなら、背後の森だが......」

 そこまで言って、烈は窓の外から見えるものに気付いた。それは急いで準備したために、忘れて行ってしまったであろう、今にも業火に飲まれようとしている馬たちであった。

------

 ゴードウィン男爵は荷車に乗りながら、炎上する自らの屋敷を眺めていた。

「残念だな......」

「は?」

 ぽつりと言った一言を、側近のマイコンは聞き逃さなかった。それに対して、ゴードウィン男爵は首を振る。

「いや、いい。気にするな」

「はぁ......?」

  ゴードウィン男爵の胸中は複雑であった。

(我が半生をかけてなしえたみやこが一瞬で火の海か。だが、あの筋肉女を始末することができれば、私の新政権での地位は約束される。うまくいけば、これを機に中央で権力を振るうこともできるわけだ。失くしたものを得るのにさほど時間はかかるまい)

 そう思うと、ゴードウィン男爵からいやらしい笑みがこぼれた。

(早く、あの女の死体が見たいわい)

 横目でマイコンがそれを薄気味悪そうに見ていたことに、ゴードウィン男爵は気づかなかった。

---

 森の近くの兵士たちは気を抜いていた。領主からは王女に扮した、盗賊たちを退治するために、屋敷を包囲せよと命令を受けていた。例え、この業火を抜けてきたとしても、出てくるのは弱った盗賊に違いないと考えいてた。彼らは完全に油断していた。まさか、中にいるのが本物の王女で、歴戦の戦士であるとは考えもしなかった。

 がしゃんっとひと際大きな音が鳴った。何事かと、彼らは緩慢な動作で音のした方向を見る。そこから、目の前に立ち塞がるものを薙ぎ飛ばしながら、こちらへ向かってくる馬の影が見えた。兵士たちは慌てて、武器を抜こうとする。

「敵襲ぅ~~~!」

 誰かが危機を知らせる声を上げた。だが、気づいたときには遅かった。馬たちは目の前に肉薄している。先頭の兵士が防御する間もなく、斬り伏せられた。

---
 先頭で馬を走らせるのは、あろうことか王女その人である。身の丈ほどもある大剣がごぉっと唸りをあげた。それだけで、二、三人まとめて消し飛んでいく。

「レツの言う通りだったな!」

 ミアが大剣を振るいつつ笑いながら言った。

「ああ、百の兵士で四方を包囲したら、一方の兵士は四分の一だ。しかも正面の守りは厚くなるから、実際はそれ以下。この面子でその程度なら負けるはずがない!」

 そう言いながら、烈も向かってきた男を一人斬り伏せる。まさか昔、父に手ほどきを受けた乗馬技術がこのような所で役に立つとは思わなかった。乱戦の中であっても持ち前の運動能力で器用に馬を操り先へと進んでいく。

「だが、この後はどうするんだ!? 森に逃げるだけかよ!」

 ラングも負けじと一人倒していた。そして、彼の背にはルルが騎乗している。流石に全員分の馬を用意することはできなかった。だからルルは器用に馬上でバランスを取りながら、弓を番えて、指示を出す小隊長、部隊長を射抜いていった。

「そこからは私に考えがある。私の後についてきてくれ!」

「って、この森の中をか!? 今、夜だぜ! 土地勘もないのにやれっていうのかよ!」

 ラングの焦る声が後方から聞こえる。

「ああ、森さえ抜ければいい。それまで耐えてくれ!」

「互いの背だけでも見失わないようにするんだ」

 ミアと烈に口々に言われて、ラングは頭を掻いた。

「あー!! 畜生! 付き合ってやるよ! ルル。振り落とされるなよ!」

「はい!」

 ルルがラングにがしっとしがみつく。三人は駆けた勢いのまま、森の中へと突っ込んでいった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

ちょっっっっっと早かった!〜婚約破棄されたらリアクションは慎重に!〜

オリハルコン陸
ファンタジー
王子から婚約破棄を告げられた令嬢。 ちょっっっっっと反応をミスってしまい……

処理中です...