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軍破弓

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「あ、あの!」

 ルルが緊張した面持ちで声を上げる。

「どうした?」

「いえ、その! もしケガさせてしまったらごめんなさい!」

 ルルが同時にぺこりと頭を下げる。短い髪の毛がばさっと勢い良く動いた。

「気にしなくていい」

「そ、そうですか?」

「ああ、勝負だからな。それに......」

「?」

 ルルが首を傾げた。

「君に油断することはない」

 烈が厳しい面持ちで剣を中段に構えた。

「まさか、あのお嬢ちゃんが準決勝まで進むとはねえ」

 ラングが感心した面持ちで試合会場を観戦していた。それをミアは胡散臭いと言いたげな顔で見ている。

「知ってたんだろ?」

「何が?」

「彼女の実力さ」

「まさかぁ~」

「......」

 ミアの顔がさらに無になった。ラングが諦めたように頭をかく。

「本当に知らなかったんだぜ? ただ噂は聞いたことあった」

「噂?」

「ああ、モニカ王国の姫君の噂さ」

「どんな?」

「なんでも、国が滅ぼされるときに、城で王国軍の将兵を50人も射抜いた弓兵がいたらしい。それで第一軍は崩壊。それが王族の姫君だったから驚きというものさ。ついたあだ名が軍を一人で瓦解させたから『軍破弓』だと」

「それがルルだと?」

「さあ?」

「さあ? ここまで言っといてか」

「ああ、噂なんだよ。緘口令が敷かれたからな」

「ほう? なぜ?」

「そりゃそうさ。王国軍の猛者たちがあんな少女に手に掛けられたと知れたら、周辺諸国はどう思う? 舐められて攻められるのがオチさ」

「なるほどな。ただ、処刑しても諸外国からの批判は避けられない。だから、奴隷に落として、監視しているというわけか」

「多分な。それで闘技場で死んじまったら儲けもん。ついでに忠誠心の高い親衛隊も同時に殺せるというわけさ」

「残酷だな」

「戦争だからな」

 ミアもラングもどこかやるせない気持ちで闘技場の様子を見ていた。

「はっ!」

 気合の入った掛け声とともに、矢じりのついてない矢が烈へと飛んでくる。烈はそれを冷静に撃ち落とした、が......

「ぐっ!」

 烈は大きく仰け反らなければならなかった。

(一の矢の後に、連続で二の矢、三の矢が来るのか!)

「はああっ!」

「くそっ! まるでマシンガンだな!」

 烈の身には次々と矢が飛んできた。普通なら矢が尽きるのを待てばいいのだが、ルルだけの特別ルールなのだろう。会場には無数の矢がそこらへんに落ちていた。全て叩き折ればそれも可能だが、現実的ではない。

「まだです!」

 ルルは上空に数発、矢を打ち上げた。

(何をする気だ?)

 烈は困惑する。

「はっ!」

 ルルが矢を見当違いの方向、落ちてきた矢へと放つ。

「そういうことか!!?」

 烈は必死に回避した。ルルの放った矢は、落ちてきた矢に当たり、二つの矢は向かう方向を途中で変える。一つの矢は烈へ、もう一つの矢は烈が回避する方向へと飛んだ。

「ぐっ!!?」

 方向の変わった矢の一つが、烈の肩へと命中する。この大会で初めてのダメージだ。矢じりが付いていないので、肩が貫かれることはないが、それでも少しの間、痺れて動けなくなった。

「ごめんなさい! 仕留めます!」

 ルルがそう言った瞬間、矢を番える速度が上がった。烈へと飛んでくる矢、方向を変えて飛んでくる矢、烈の向かう先に飛んでくる矢、三種類の矢が烈を間断なく襲った。

「このままじゃじり貧だ」

 烈は珍しく焦っていた。それだけルルの矢は凄まじかった。今は何とか撃ち落とせているが、片手では当たるのは時間の問題だった。

「仕方ない」

 烈は賭けに出た。身をかがめて、力を溜め、剣を体の前に伸ばして、一直線にルルへと突撃する。

(立花流・飛迅!)

「!?」

 ルルは一瞬のためらいの後、決意をし、烈の眉間めがけて矢を放った。

「きたな!」

 かんっと音がする。ルルの放った矢は烈が伸ばした剣に弾かれる。ここに来てルルは烈の狙いに気付いた。身をかがめて、正面から来ることで、防御する個所を最小限にしたのだ。

「でも! それでも近づけば矢の方が有利です!」

(だろうな。だが、彼女の所まであと20歩。矢を二射防げば届く!)

 ルルは再度矢を放つ。今度は胸を狙った。だが、烈は見事に防いで見せた。

(あと10歩!)

「!?」

 ルルは矢を上空に放ちつつ、一歩引いた。

(また方向を変える矢? いや!?)

 烈は背中から感じる殺気に気付いた。正面は打つ場所が少なくなっていても、背中はがら空きだった。烈は突っ込みながらも、横に回転して、切り揉みするように矢を避ける。

(あと3歩......だが!)

 その瞬間、矢が前方から飛んでくる。上空からの矢を避けた分、そして矢を放つときに一歩下がった分の間合いから放たれた必殺の矢であった。

(飛迅はただ突撃する技ではない!)

 烈はただでさえ低い体勢から、さらに一段身を低くした。もはや体は地面にこすれる寸前である。低空飛行するジェット機のような勢いで、烈はルルへと突っ込み、身動きできない彼女目掛けて剣を振るった。

「!?」

 ルルは斬られたと思って目をつむる。しかし、いつまで経っても痛みが来ることはなかった。ルルが恐る恐る目を開けると、その手には弦の斬られた弓が握られていた。

「終わりでいいか?」

 烈が額の汗を拭いながら聞く。ルルは何かを諦めたように空を見上げた。
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