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最終話:王子様は涙を流しました。
しおりを挟む「あらまぁ。」
やって来た王妃が報告を受けて発したのはその一言だけだった。
何の抑揚もない声に、報告書を渡した騎士は少し驚く。穏やかで情の深い人柄だと思っていたからだ。
「まぁ、気にする事は無いわ、シャルルゴールド。
敗戦国の人質なんてこんなものよ…。戯れに処刑されることもあるし、そんな人生を悲観してあの手この手で死のうとするものよ。
ただ、受け取ったからには、死なせないように人を張り付かせて置く配慮は必要だったわ……彼女も財産の一つなのだから。それをみすみす放置して、死ぬ自由を与えたのは貴方の落ち度。こういう判断ミスをするから、貴方は王太子ではないのよ……。
これを期に、肝に銘じなさい。貴方の判断ミスで人は簡単に死ぬのだから。」
いつになく抑揚の無い声で言う王妃に、シャルルゴールドはただ、頭を下げて唇を噛み締めた。
「王は私が嫁いだ時、一週間蜜月として私と一緒に過ごし、風呂もトイレも一人ではさせてくれなかったし、絶対に刃物も見せなかったわ。その後一月は何処へ行くのも私を連れ回して目を離さなかった……。異国から嫁いだだけでも、凄く不安なのよ…。ましてや敗戦国からでしょう。」
王妃の言葉に、言外に王や王太子なら死なせなかったと言っているのを感じ、シャルルゴールドの胸が更に苦しくなる。
(気にする事はない、だなんて……。)
王妃が、同じ人質として嫁いだ身として、やるせない思いや自嘲、怒り等を胸に渦巻かせているのを感じ、シャルルゴールドは更に胸が痛むのを感じた。
側近のサイドにも再三語り合いの時間を取れと言われたのに、恋人へ変な操立てをして無視してしまった。
まさかこんな簡単に死を選ぶとは思わなかった。ほんの少し、我が儘姫にお灸を据えて立場を判らせるだけのつもりだったのに…。
そんな思いがぐるぐる胸の内を駆け巡るシャルルゴールドに、王妃が追い討ちをかける。
「二日後に死んでるのに婚礼衣裳を着てるだなんて、きっと結婚を楽しみにしていたのね……。幸せに死ねたかしら。」
出来る事なら、会って、祝福してやりたかった。暫く白い結婚でも、良い出会いを探してやるから少し我慢しろと言ってやりたかった。お茶でも飲みながら話をしてみたかった。
そんな事を考えながら近くの野花を手折り池に投げ入れれば、妖精の悪戯か、静かに沈んでいく。
それを見届けて少し黙祷を捧げ、王妃は去っていった。
邪妖精の暴走や呪いを恐れ、イオラの遺骸はそのまま池に沈められる事となり、騎士団も魔法師団も去り、シャルルゴールドも長い祈りを捧げてからノロノロと池を後にする。
馬車の中でこれ見よがしに指輪を外して冷たく突き放した事が悔やまれる。侍女達の対応も、シャルルゴールドの態度が原因なのは明らかだった。
妃として愛することは出来ないが、客人として、新しく加わった王族として真摯に対応すると言い、王族に相応しい対応をしていれば……。
だが、どんなに後悔したとしても、死んだイオラは生き返らない。
シャルルゴールドはその後、鉛の様な悔恨を胸に生きていく事になった。その鉛は大きくは無かったが小さくもなく、時々何かの拍子にズキリと胸を痛ませる。
海は平気だが、池や泉には二度と近寄らなくなり、生涯、時々悪夢に苛まれた。
会えばシャルルゴールドや子爵令嬢に嫌みを言っていた王太子妃も、何か思うところがあったのか、イオラの死を知って以来大人しくなった。
池は使用人達が噂するせいか邪妖精が増え、暗く鬱蒼として見えたり光ったりと不思議な現象がよく起きる場所となった。
王妃は時々池に訪れ花を捧げたり祈ったりと、足腰が悪くなって出歩けなくなる晩年まで訪れ続けた。
イオラの母国アプリストスは人質の姫が不当に殺されたと騒ぎ立てて交渉したり小競り合いをけしかけたりしていたが、本来、イオラを嫁がせて油断させている間に戦をけしかける筈が予定が狂い少しずつ国力が低下。
十年後、性懲りもなくブリオーシュに戦をけしかけた所を背後から隣国に襲われ滅亡。国はブリオーシュと背後の隣国とで二分されることとなった。
イオラの衝撃的な死に様は直ぐに噂になり、色々な画家が水底の美しい髑髏や、死のうとするイオラの姿を描いた。
吟遊詩人は悲恋や、事前に母国で嫁げば酷い目に遭うと言われていた等、様々な設定の歌を作り上げて歌い、いつの間にか母国で下働きさせられていた事や王に手篭めにされた村娘の娘である事まで突き止めて歌にした。
そうして、ブリオーシュが何代か後に帝国に飲み込まれ、帝国が分裂し、争乱の世を経て大陸を統一した帝国になったり、その帝国が滅亡したりした後の世。
シャルルゴールドの名も当時の王の名も忘れ去られた世界でイオラの池は只そこに在り、イオラの名前とその生涯、死に様は人々に語り継がれ、沢山の画家がその画題を好んで描いていた。
~Fin~
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モネの睡蓮を見た時の胸のギュッとする感じと、本人の姿は初音ミクの深海少女のイラストのように浮かぶ花嫁衣装を思い浮かべました。
コメント欄を見てオフィーリアにもたしかに!と思いました。
幻想的に綺麗で、でもどうしようもなく怖い光景なのでしょうね。
綺麗な世界で彼女は幸せに逝けたでしょうか
かなみんさん、ありがとうございます(*´∀`)
モネの睡蓮にそんなイメージが無かったのでググって見たんですが、確かにギュッとなる感じありますね(((o(*゚∀゚*)o)))
睡蓮いっぱいあるのは知ってましたが、夜明けの蒼の様なのが強いのが特に私もギュッと来ました♪知らなかった、ありがとうございます♪
そして初音ミク*。・+(人*´∀`)+・。*素敵な歌ですね♪
ググって一番最初に出てきたのが確かになぁ、と思うイラストでした♪泡を追いかけて水面を下から見てるのが特に。
そして、「一人の幸福少女の物語」というテロップまで付いてるのがあって、ピッタリ過ぎてビックリしましたww(* ゚∀゚)ノシ
自分だけの幸せな世界を水底に築いて、彼女は確かに幸せに逝ったと思いますよ(*´∀`)
読んで下さってありがとうございます♪*。・+(人*´∀`)+・。*
既にコメントに書いている方がいたのですが、綺麗な印象が残るお話でした!
当たり前ですが、何を思ってそう行動したのか、どんな気持ちだったのか、は周りも大体予想はついても、本当の気持ちは本人にしか分からないものだなと思いました。 どれだけ後悔しても、どれだけ悲しくても過去には戻れないし、変えられない、だから今を有ること有るもの大切にして生きていくことの重要さを感じれるお話でした。ありがとうございます。
ありがとうございます*。・+(人*´∀`)+・。*
綺麗な話を書きたかったので嬉しいです!
読んで下さってありがとうございます*。・+(人*´∀`)+・。*
ハピエン派の読者の皆さん、(いるかな?)
安心してください。
だいじょうぶ。きっとこの後転生するか、二巡目に入るんですよ。きっと。。。
なんか語り継がれたから宗教的なパワーが宿ったりとか、邪妖精の力で何かがどうにかなってなんやかやで幸せになるんですよ。
やなぎさん、ありがとうございます*。・+(人*´∀`)+・。*
そうですね、この話を読んでてこう、ふっと気が付いたら、あれ!?私意地悪する侍女に転生しちゃってる!?
とか、馬車で指輪を外された時に前世を……とかね( ≧∀≦)ノ
そうやって、いつか誰かが物語を始めてくれる、そんな物語ですww