親無し小太り取り柄無しな田舎娘がある日突然獣人伯爵の運命の番になった話

syarin

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117: 翻る、飛ぶ、滑る。そして彗星の如く。

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「フヌン!!」

「くっ…この!フッ! ハッ! ヨッ! ハァーッ!!」

イオンウーウァが体を捻ってマリローズを放り投げ、投げられたマリローズも薄くタイトなドレスを翻しながら階段を何度かの宙返りで華麗に降りていく。

一方、イオンウーウァも立体刺繍の沢山ついたドレスをヒラリと翻し、森の妖精の様な姿で階段中央の手摺に飛び乗ると、そのまま滑り降り、着地して体勢を整えようとするマリローズにその勢いのまま跳び蹴りを繰り出した。

「とや!マリローズめ!」「クッ!!」

ズシャァァァ……!!

掛け声だけが可愛い、イオンウーウァの強烈な蹴りをすんでのところで躱したマリローズが土煙をあげて中庭を滑る。
二人はサピエン国辺境モの領のスモモ村出身。山と森と川と農地しかないド田舎で幼き頃より山野を駆け回って遊んでいた二人は元々人族にしてはちょっと優れた身体能力の持ち主だったのだ。

そして今、その身体能力に磨きがかかった状態で二人はじりじりと対峙していた。

一方、空を掴んだアナグマと龍の殿方は暫しそんな人間離れした彼女達の動きと翻るドレスに見惚れたが、直ぐに思い直し、二人を追い掛け階段を下る。

「シャァァ!邪魔だ!どけ!モジャモジャめ!」

「ギャウウ!押すな!お前が遅いだけだろ!」

「シャァァ!バカめ!殴ったんだ!くそ!視界に入るな鬱陶しい!!」

だが、傲慢な龍人のサガか、リュートが前を行くラートンに苛つき突っかかる。
通常の小中型獣人であれば吹き飛ぶ所だが、アナグマの中でも体が大きく、更に筋肉で重量を増しているラートンは意に介せず、分厚い筋肉とふさふさ体毛の鎧に守られ、殴られた事すら気付かず押すなと怒る。
それが腹立たしくて更にリュートが殴りつけるが、イオンウーウァに何かあればと焦るラートンはやはり気付かず、押すなと牙を剥いて威嚇し、部分獣化の頑丈な爪を適当に背後に振り回した。

「ギャウ!押すな!ギャウウ!!押すなよ!この!!」

「痛ッ!いてぇ!シャァァこのぉぉ!!」

  くわぁぁぁん!! 「ギャッ!」

爪が掠ったリュートが怒りに部分龍化し、ラートンに噛み付こうとした瞬間、彗星の如く煌めく尾を引いてラートンの頭上を越え、リュートの顔面に追突するものがあった。

「ラァトに何するの!!」

「ちょっと!!イオンウーウァこそりゅーさまに何するのよ!!」

「ウーァ!!危ない!後ろ後ろ!」

イオンウーウァとマリローズとラートンかギャイキャイと騒ぐ中、くゎんくゎん……とリュートの顔から落ちた銀のお盆が転がっていく。

リュートは、イオンウーウァが放った高速回転する銀のお盆が額にクリティカルヒットし、暫し額を押さえてよろよろとその場で佇んだ。

(イタタ………チカチカする。)

これが星が飛ぶというヤツか……と、リュートは手摺に寄りかかって初めての経験にそっと痛む額を撫でた。
指先が触れた瞬間、ビリリと電気が走るソコは、ずくずくと瞬く間に熱を帯びて盛り上がって来ていた。

(なんだこれは……!)

只のたんこぶである。

だが、今まで稽古でも模擬試合でも相手に星を飛ばさせたりたんこぶを作らせたりしたものの、手足の擦り傷程度しか自身は負ったことが無かったリュートにとって、それはとてもとても強烈な一撃だった。


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