108 / 128
108: 始まりました、豊穣祭。
しおりを挟む「そういえば、今年の豊穣祭はあの出来損ないが来るんだろう?」
神官服を着せられながら横柄な物言いで壮年の獅子獣人が発した言葉に、レオネット第3王子はピクリと耳を動かした。
図らずも分厚い丸耳に手をはたかれた侍従の一人が、そっと幸運に頬を染める。
「………?」
「あ、レモンド・ダンデリォン公爵家令息の事かと。あの、五男の……。」
パッと言われた人物を思い当たらない王子に、複雑怪奇な飾り紐を整えていた侍従がコソコソと耳打ちする。
「ああ、あの鬣の無い?えっ!?縁談があったのですか??」
そこで漸く従兄弟の一人を思い出した王子は、驚いて神官長である叔父に聞き返した。
王子にとって、レモンドはもうすっかり存在を忘れていた人物だった。
「ふっ、それがな?何でも、バドワイザ伯爵家嫡男と婚約するとか言われてた、同じバドワイザ領の女騎士がいただろう?其奴に見初められたとかで、婿入りするらしい。」
甥っ子が知らないゴシップを届けられると知り、神官長の獅子獣人はウキウキと話し出した。
幾つになっても、甥っ子にキラキラとした瞳で話をねだられるのは楽しいものなのだ。
「へぇ~~!って事はヤツはアナグマと番うのですか??へぇ~!へぇ~~!」
「一体どんな顔して我らの前に現れるのか、楽しみではないか!ハッハッハッ!!」
「ええー!アナグマとかぁ!へぇー!あ、でも、国一番豊かな領だし、中々の玉の輿じゃないですか!やりますねーアイツ!ハハハハ」
愉しそうに嗤う王子と王弟をせっせと飾り付けながら、侍従の若き獅子獣人達は、己に鬣がちゃんと生えて良かったと心から思うのだった。
「さてと、今年は人族の運命の番がセイロンとバドワイザにいるし、鬣の無い獅子はアナグマと番うし、話のタネの宝庫ですね、叔父上!」
「うむ、そうだな。目を皿の様にして、土産話を沢山持ち帰らねばな。さ、行こうか、可愛い我が甥よ。」
いそいそと二人は神殿の広間へと続く回廊を進む。
何やらキャッキャと愉しそうな歓声が聞こえるではないか、と神官長が言い、王子も耳をそばだて、ウキウキ逸る心を抑えて進んだ。
早く見に行きたいが、王族とはいつもゆったり悠然と構えなければならないのだ。
そうして、広間への扉の前で一度身繕いをしてから、獅子獣人二人は満を持して登場したが、噂のレモンドは何処だ、とキョロキョロするよりも早く、飛んできた銀のトレイと銀の水差しが顔面に直撃し、昏倒したのだった。
「キャーーー!早く!こっちに逃げるのよ!」「キャーー!そのテーブル危ない!!」
「いいぞーー!やれやれー!!」「ぶっ飛ばしてやれー!」「何だとテメー!やんのか!?」「はぁー?!やってやんヘブゥ!!」「ざまぁ…フギャッ!!」
「キャー!!」「おい、俺を盾にぐわぁぁっ!」
小動物獣人達が逃げ惑い、時に野次を飛ばし、時に流れ弾に辺り、時に大型獣人を盾にし、大型獣人も小型獣人を避難誘導したり、巻き込まれたり、時に小型獣人を盾にしたり、と、広間はそれはもう、混沌と化していた。
「ヒィィ!!起きて下さい!神官長!王子!起きて!起きてよぉぉぉ!!」
「今起きなきゃダメなんですぅぅ!起きて!起きて起きて起きて起きてぇぇーー!!」
事態を何とかしようと、侍従達は必死に王子と神官長をビンタし続けた。
若干、日頃の恨みを解消しながら……。
0
お気に入りに追加
422
あなたにおすすめの小説


完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
政略結婚だと思っていたのに、将軍閣下は歌姫兼業王女を溺愛してきます
蓮恭
恋愛
――エリザベート王女の声は呪いの声。『白の王妃』が亡くなったのも、呪いの声を持つ王女を産んだから。あの嗄れた声を聞いたら最後、死んでしまう。ーー
母親である白の王妃ことコルネリアが亡くなった際、そんな風に言われて口を聞く事を禁じられたアルント王国の王女、エリザベートは口が聞けない人形姫と呼ばれている。
しかしエリザベートの声はただの掠れた声(ハスキーボイス)というだけで、呪いの声などでは無かった。
普段から城の別棟に軟禁状態のエリザベートは、時折城を抜け出して幼馴染であり乳兄妹のワルターが座長を務める旅芸人の一座で歌を歌い、銀髪の歌姫として人気を博していた。
そんな中、隣国の英雄でアルント王国の危機をも救ってくれた将軍アルフレートとエリザベートとの政略結婚の話が持ち上がる。
エリザベートを想う幼馴染乳兄妹のワルターをはじめ、妙に距離が近い謎多き美丈夫ガーラン、そして政略結婚の相手で無骨な武人アルフレート将軍など様々なタイプのイケメンが登場。
意地悪な継母王妃にその娘王女達も大概意地悪ですが、何故かエリザベートに悪意を持つ悪役令嬢軍人(?)のレネ様にも注目です。
◆小説家になろうにも掲載中です

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話
下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。
御都合主義のハッピーエンド。
小説家になろう様でも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎
sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。
遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら
自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に
スカウトされて異世界召喚に応じる。
その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に
第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に
かまい倒されながら癒し子任務をする話。
時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。
初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。
2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる