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105: やんちゃ龍人の帰還と計画通りと微笑む者
しおりを挟むグルルルルル………ぎゅぅぅぅ……。
ぎゅきゅー。きゅるるるる……。
真っ赤な林檎、瑞々しい果物。硬いパンに分厚い肉やチーズを挟んだサンドイッチ、干し肉、干し果物。クッキー、ビスケット、ショートブレッド、クラッカー、せんべい。飴玉、蜂蜜、楓蜜、花蜜、花砂糖、氷砂糖。バリバリ、むしゃむしゃ、モグモグ、ぱりんぱりん、パキパキ、とくとくとく、ザクザク、サクサク、カラコロコロ……。
大きな鈍色のドラゴンがノロノロと街道を行く。
その荷馬車に揺られながら四人のボロボロ龍人は道行く獣人達が頬張る食糧を見るともなしに見つめ、聞くともなしに音を聞き、腹の虫の合唱を奏でていた。
ペチャクチャと喋りながら、時に歌ったり踊ったりしながらゆるゆる追い抜いていく獣人達はまだ宴の余韻が抜けきらないらしく、そんな賑やかな声や音に掻き消され、龍人達の腹の虫はボーファの耳に届かなかった。
腹が減ったと言えば、ボーファなり獣人達なり、何某かの食べ物をくれただろうが、酔っていたとはいえ宴の邪魔をしに突っ込んで盛大に返り討ちに遭った身としては、お腹が減ったので食べ物を下さいとは言えなかったのだ。
龍人のプライドだろうか。四人は麗らかな陽射しの下、じっと膝を抱えて空腹に耐えた。
そうして、ボーファが夜営地を定めて荷馬車を停める頃には、何だか四人は干物の様になっていた。
荷馬車を降りたボーファが驚きと呆れで目を見開く。
「お、お前ら…静かだから寝てんのかと思ったら…!
言えよ!水くれ、とか、腹減ってる、とか。そんくらいの元気はあんだろ!貴族の邸じゃねーんだから、言わなきゃ誰も察してやくれねーんだ!」
そう言いながら龍人達を荷馬車から地面に下ろして並べ、荷馬車に盗難防止の保護魔法をかけたボーファは、これでも飲んで待っとけ!と水筒を渡して慌ただしく森へと消えていく。
後には、干からびて、体も凝り固まって動けない体育座りのボロボロ龍人四人と、モシャモシャと嬉しそうに草を食むドラゴンだけが残った。
(そうか……察してくれるのを待つのは……相手にそれだけ負担をかけてたのか……。)
今回は、察して欲しかったというよりは、罪悪感で言い出せなかったに近いが、それだって、根底に気付いて欲しいという傲慢さがあったかもしれない。
四人は水を回し飲みながら静かにそう考えた。
邸で、ボーファと同じ小型龍人の使用人達に「気が利かない!」と日々罵倒していた事を思い出す。
あれは身分や雇用関係の上で成り立っていた事であり、こうやって身分などが役に立たない時には、察して貰うのはおこがましい……いや、そもそも、使用人と謂えども、あのようになんでもかんでも察せよと言うのは……。
等と自省している内に、ボーファが慌ただしく帰ってきて、目の前に焚き火を組んでいく。
その後ろでレディマーガレットが嬉しそうに鼻を鳴らしてボーファの服の裾を齧り、ボーファが合間にワシワシと彼女の太い角の根本を掻いてやる。
その時初めて四人は、レディマーガレットに荷物と一緒にそれとなく守られていた事に気付いた。
羽は穴だらけで、あちこち骨もイカれてるとはいえ、小型龍人や小型ドラゴンに守られるなんて……という気持ちと、逆の立場の時に、自分達は同じ行動はしなかったろう……という思いに心が乱れる。
その後、焚き火で焙っただけの獣の肉にかぶり付きながら四人はひたすらボーファの"如何にウルヴァリン獣人を始めとしたイタチ系獣人が優しく勇ましく逞しく素晴らしいか"講座を受けさせられ、そんな日が3日程続き、とある町の下級貴族龍人経由でセイロン領に戻った時にはすっかり大人しくなっていた。
使用人に暴言を吐かなくなったし、散歩中に獣人達を見かけても無駄に脅かさなくなった。
「一体、どんな経験をしたら、あれ程までにボロボロになって、これ程までに性格が大人しくなるんだ??」
久し振りに帰宅したら遊びに来ている筈の従兄弟が居ないわ、数日後にボロボロな上、赤いの一人増やして帰ってくるわ、性格が大人しくなっているわで、次期当主として従兄弟達のやんちゃ奔放振りに頭を悩ませていたリュートは驚いた。
いつの間にか物価が跳ね上がり、食事も質素になってる事も驚いたし、それを文句言わずに食べる従兄弟にも驚いた。
「お前達が文句言わないなら、俺も文句言わずに食べるしかないな……。」
怪我を魔法で直して貰い、全身ピカピカになったものの大人しく黙って食べる四人に、リュートは溜め息を吐いて味気ない肉を頬張り、新たに何か事業が出来ないかと思考する。
(生活水準を戻すにはもっと稼がないと……。)
その横で、マリローズはうっそり微笑んで、ちゃんと肉の味と匂いがするステーキを頬張った。
新鮮な肉は、微かに香ばしい牧草の匂いを漂わせ、口の中でじゅわじゅわと噛む度に肉汁と脂を迸らせる。
塩、少しの胡椒。ニンニク。マリローズにはこれで充分だった。
食卓は静かで、自分を無視してベラベラ喋る生意気な龍人も居ないし、使用人達が自分を無視して生意気な龍人にばかり気を遣う事もない。
愛する美しい婚約者と、美味しい食事と、数人の静かな客人。
(イオンウーウァも、たまには役立つじゃない。)
バイライトの前でこまめにイオンウーウァの婚約式の話を耳に挟んだと苛立って見せ、婚約式の宴で御馳走が沢山出ているとか、後数日で終わるとか、色々吹き込んだのはマリローズだった。
その結果、彼等は出ていって暫く帰ってこなかった上に、大人しく静かになって帰ってきた。
予想以上の成果だった。
(本当に、けしかけて良かった……♡)
マリローズはシンプルなポタージュに舌鼓を打ちながら、そっと一人、幸せを噛み締めた。
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