親無し小太り取り柄無しな田舎娘がある日突然獣人伯爵の運命の番になった話

syarin

文字の大きさ
上 下
89 / 128

89: タコ殴られるヒロインと婚約の序歌。

しおりを挟む

我らアナグマが喜び!
   振れ!振れ!一斉に!振り下ろせ!

爪を振り下ろし、声を張り上げろ!!
   歌え!歌え!一斉に!歌いだせ!

深く!深く!更に深く!闇の中に育つ我らが誇る巣穴よ♪

我らアナグマ、巣穴を掘る♪ディグディグホール!ディグディグホール!

巣穴は我らの揺り篭 巣穴は我らの墓場♪ディグディグホール!ディグディグホール!

鉄の骨に鋼の毛皮、我らアナグマ巣穴を掘る♪
巣穴は我らの揺り篭 巣穴は我らの墓場♪
ディグディグホール!ディグディグホール!




ガッチリした肉体に物々しい鈍色の鎧。
大男ではないが筋肉隆々の屈強騎士達が、ズラリと並んで咆哮の様に歌う。

今日はバドワイザ小伯爵の婚約式。

爽やかな午前、空は青く澄み渡り、鳥は歌う。

様々な色の花が咲き乱れる中、イオンウーウァは伯爵家のバルコニーで圧倒されていた。

前面から押し寄せる人々の歓声と騎士団の歌、騎士団の背後でアナグマ獣人達が口々に歌う歌声。
それはまるで壁の様にイオンウーウァの前に立ち塞がり、ビリビリとイオンウーウァを振動させながら圧し掛かってきて、イオンウーウァはぺちゃんこになるかと思った。

思わずよろけたイオンウーウァを優しく抱き寄せてくれたラートンからも、全身を震わすような声量で同じ歌が迸っており、イオンウーウァは森の妖精の様な美しい装いのまま、爪楊枝になりそうだった。

(おかしいわ……習った時はこんな凄い音量で歌う曲とは思わなかったんだけど……。)

バドワイザ領歌で、婚約式や結婚式など事ある毎に歌うからとアナにピアノの伴奏付で習った日々をそっとイオンウーウァは思い出した。

ピアノは軽やかに弾かれ、時々一緒に歌ってくれたバジャーやシフォン、伯爵や伯爵夫人にラートンも、皆朗々とだが何処か軽やかに楽しそうに歌っていたのを思い出す。

実は、そのレッスンで歌う事の楽しさを覚えたイオンウーウァは今日皆で歌える事をとても楽しみにしていたのだ。

だが今は、ヒュッ!と鋭く息を吸い込む音の後、伯爵夫妻、ラートン、背後のバジャー、アナ、グーマ、アンズ、バジル、シフォン、そして前方の騎士団と領民の皆様と、襲い来る歌声に頭が真っ白になっていた。

なんとなく、ディグと聞こえたらディグホール、巣穴は我らのと聞こえたら揺り篭、というように歌詞の後ろ部分だけ口ずさむが、混乱して今何処を歌ってるのか、自分の喉から声が出ているのかさえ判らない。聞こえない。
まるで歌声の圧でタコ殴りにされているかの様だった。

そんなイオンウーウァの視界の隅で、爽やかに千代千代と歌っていた小鳥は爆弾の様な歌声の迸りに慌てふためいて飛び立ち、悠々飛んできた鳥が踵を返したのが見える。騎士団や最前列に詰めかけている獣人達が感極まって涙しながら咆哮しているのが見える。

(おかしいわ……こんな風になるとは思わなかったんだけど……。)

婚約式で皆に祝福してもらう、その言葉からイオンウーウァが想像していたものとは色々と違っていたが、凄く祝われているのは確かな様なので、まぁ良いか…とイオンウーウァは真っ白になった頭の片隅で考えた。



「いやぁ、領歌はいつ歌っても熱が入ってしまいますなぁ♪」

「「ホントにねぇ~♪」」「いやぁ~、これが愛領心かぁ♪」

歌が終わり、パレードの為の馬車に向かおうと全員バルコニーから室内に戻ると、満足気にバジャーが言い、皆その言葉にニコニコと頷く。

「いやぁ、僕も可愛い奥さん♡にイイトコ見せたくて頑張っちゃった♡♡歌うって楽しいね、ウーァ♡」

ラートンも満足気に言い、イオンウーウァにバチン☆とウィンクするが、歌声でタコ殴りされてヘロヘロになったイオンウーウァはカクカクプルプルと頷くだけだった。


しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

政略結婚だと思っていたのに、将軍閣下は歌姫兼業王女を溺愛してきます

蓮恭
恋愛
――エリザベート王女の声は呪いの声。『白の王妃』が亡くなったのも、呪いの声を持つ王女を産んだから。あの嗄れた声を聞いたら最後、死んでしまう。ーー  母親である白の王妃ことコルネリアが亡くなった際、そんな風に言われて口を聞く事を禁じられたアルント王国の王女、エリザベートは口が聞けない人形姫と呼ばれている。  しかしエリザベートの声はただの掠れた声(ハスキーボイス)というだけで、呪いの声などでは無かった。  普段から城の別棟に軟禁状態のエリザベートは、時折城を抜け出して幼馴染であり乳兄妹のワルターが座長を務める旅芸人の一座で歌を歌い、銀髪の歌姫として人気を博していた。  そんな中、隣国の英雄でアルント王国の危機をも救ってくれた将軍アルフレートとエリザベートとの政略結婚の話が持ち上がる。  エリザベートを想う幼馴染乳兄妹のワルターをはじめ、妙に距離が近い謎多き美丈夫ガーラン、そして政略結婚の相手で無骨な武人アルフレート将軍など様々なタイプのイケメンが登場。  意地悪な継母王妃にその娘王女達も大概意地悪ですが、何故かエリザベートに悪意を持つ悪役令嬢軍人(?)のレネ様にも注目です。 ◆小説家になろうにも掲載中です

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話

下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。 御都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎

sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。 遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら 自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に スカウトされて異世界召喚に応じる。 その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に 第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に かまい倒されながら癒し子任務をする話。 時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。 初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。 2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。

処理中です...