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89: タコ殴られるヒロインと婚約の序歌。
しおりを挟む我らアナグマが喜び!
振れ!振れ!一斉に!振り下ろせ!
爪を振り下ろし、声を張り上げろ!!
歌え!歌え!一斉に!歌いだせ!
深く!深く!更に深く!闇の中に育つ我らが誇る巣穴よ♪
我らアナグマ、巣穴を掘る♪ディグディグホール!ディグディグホール!
巣穴は我らの揺り篭 巣穴は我らの墓場♪ディグディグホール!ディグディグホール!
鉄の骨に鋼の毛皮、我らアナグマ巣穴を掘る♪
巣穴は我らの揺り篭 巣穴は我らの墓場♪
ディグディグホール!ディグディグホール!
ガッチリした肉体に物々しい鈍色の鎧。
大男ではないが筋肉隆々の屈強騎士達が、ズラリと並んで咆哮の様に歌う。
今日はバドワイザ小伯爵の婚約式。
爽やかな午前、空は青く澄み渡り、鳥は歌う。
様々な色の花が咲き乱れる中、イオンウーウァは伯爵家のバルコニーで圧倒されていた。
前面から押し寄せる人々の歓声と騎士団の歌、騎士団の背後でアナグマ獣人達が口々に歌う歌声。
それはまるで壁の様にイオンウーウァの前に立ち塞がり、ビリビリとイオンウーウァを振動させながら圧し掛かってきて、イオンウーウァはぺちゃんこになるかと思った。
思わずよろけたイオンウーウァを優しく抱き寄せてくれたラートンからも、全身を震わすような声量で同じ歌が迸っており、イオンウーウァは森の妖精の様な美しい装いのまま、爪楊枝になりそうだった。
(おかしいわ……習った時はこんな凄い音量で歌う曲とは思わなかったんだけど……。)
バドワイザ領歌で、婚約式や結婚式など事ある毎に歌うからとアナにピアノの伴奏付で習った日々をそっとイオンウーウァは思い出した。
ピアノは軽やかに弾かれ、時々一緒に歌ってくれたバジャーやシフォン、伯爵や伯爵夫人にラートンも、皆朗々とだが何処か軽やかに楽しそうに歌っていたのを思い出す。
実は、そのレッスンで歌う事の楽しさを覚えたイオンウーウァは今日皆で歌える事をとても楽しみにしていたのだ。
だが今は、ヒュッ!と鋭く息を吸い込む音の後、伯爵夫妻、ラートン、背後のバジャー、アナ、グーマ、アンズ、バジル、シフォン、そして前方の騎士団と領民の皆様と、襲い来る歌声に頭が真っ白になっていた。
なんとなく、ディグと聞こえたらディグホール、巣穴は我らのと聞こえたら揺り篭、というように歌詞の後ろ部分だけ口ずさむが、混乱して今何処を歌ってるのか、自分の喉から声が出ているのかさえ判らない。聞こえない。
まるで歌声の圧でタコ殴りにされているかの様だった。
そんなイオンウーウァの視界の隅で、爽やかに千代千代と歌っていた小鳥は爆弾の様な歌声の迸りに慌てふためいて飛び立ち、悠々飛んできた鳥が踵を返したのが見える。騎士団や最前列に詰めかけている獣人達が感極まって涙しながら咆哮しているのが見える。
(おかしいわ……こんな風になるとは思わなかったんだけど……。)
婚約式で皆に祝福してもらう、その言葉からイオンウーウァが想像していたものとは色々と違っていたが、凄く祝われているのは確かな様なので、まぁ良いか…とイオンウーウァは真っ白になった頭の片隅で考えた。
「いやぁ、領歌はいつ歌っても熱が入ってしまいますなぁ♪」
「「ホントにねぇ~♪」」「いやぁ~、これが愛領心かぁ♪」
歌が終わり、パレードの為の馬車に向かおうと全員バルコニーから室内に戻ると、満足気にバジャーが言い、皆その言葉にニコニコと頷く。
「いやぁ、僕も可愛い奥さん♡にイイトコ見せたくて頑張っちゃった♡♡歌うって楽しいね、ウーァ♡」
ラートンも満足気に言い、イオンウーウァにバチン☆とウィンクするが、歌声でタコ殴りされてヘロヘロになったイオンウーウァはカクカクプルプルと頷くだけだった。
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