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80: パパが居てくれたら……。
しおりを挟むゴーヨクがマリローズに会いたいとメソメソ泣いている頃、丁度マリローズもゴーヨクを恋しがっていた。
(パパが居てくれたら、アイツらにガツンと言ってくれるのに……。)
月明かり差し込む窓辺、マリローズは溜め息を吐いてから目の前の水を呷った。
宝石の様に輝く、綺麗な七宝の水差しとコップ。
けれども、中に入ってるのは只の水で……。
これなら、素朴な木のコップに入った搾りたてのジュースの方が千倍も嬉しいとマリローズは思った。
パパが居てたら……。
ジュースを飲みたいと言えばニコニコしながら直ぐに果物を絞ってくれたのに。
甘いものが食べたいと言ったら、金庫に隠してるチョコをくれたのに。
イジワルされたと言えば直ぐに怒鳴りに行ってくれたのに……。
パパが居てたら……。
何度目かの台詞を心中で呟き、マリローズは溜め息を吐いた。
龍人はプライドが高く、嫌味ったらしくて耳が良い。
マリローズの部屋には今、他に誰も居ないが、それでもうっかり"パパが居てたら…"などと口に出してしまえば、何処で聞いてるのか翌日から暫くは使用人や教育係からネチネチグチグチと嫌味を言われるのだ。
お陰でマリローズはすっかり無口になってしまった。
心の中でパパが居てたら…と唱えて、本当はぶちまけたい事を、必死に溜め込む。
手紙もどうやら読まれてるらしく、色々不満を聞いてほしいのを我慢して、当たり障りのない日々のあれこれとパパに会いたいとだけ書き連ねていた。
セイロンの城での暮らしは、まるで鳥籠の鳥のようだった。
リュートが居てる時はこの上なく幸せだが、リュートは小侯爵として色々忙しいらしく不在がちで……。
更に、龍人は宝物を仕舞い込む性質があるらしく、マリローズは金銀財宝が詰め込まれた素敵な自室にほぼ軟禁状態だったのだ。
欲しいものは何でも用意してくれるが、外出は中々させてくれず、外に出る時はなるべく人目につかないように、と厳命されている。
龍人は独占欲の塊にして嫉妬深く、マリローズが他の男に見られるのも、マリローズが他の男を見るのも嫌うのだ。
マリローズとしても、リュートから激しい独占欲と嫉妬を浴びるのはやぶさかではなかった。
それだけ愛されてるのだと、好ましく思えた。
だが、使用人達や親族達が運命の番が人族であることを恥と思っているらしく、リュートが居ない時にネチネチグチグチ嫌味当てこすり皮肉のオンパレードを繰り広げ、外出してもしなくても日々息のつまる状態だった。
それはまるで、沢山の蛇が潜む部屋に置かれた鳥籠の中で暮らしてる様。なんてね、とマリローズは静かに皮肉な笑みを浮かべる。
彼等は、リュートの居ない隙にシューシューと金糸雀に嫌な息を吐きかけてくるが、鳥籠に閉じ込められたマリローズに逃げ場はなく、耐えるしか無かったのだ。
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