61 / 128
61: 荷馬車がゴトゴト、モカを乗せてゆく。
しおりを挟む「 え 。 ……これが夕食……?」
シフォンがお肉お肉♪と弾む足取りで荷運びし、モカをそっと思い出すより少し前、街道をゴトゴト進む荷馬車の上でモカは愕然とした声をあげた。
渡されたのは、大きさこそモカの顔ほどはあるが、ガビガビの薄くて堅そうなパンに挟まれた野菜とハムと堅くて薄いチーズという、質素なサンドイッチ一つだけだった。
「そうさ、シンシューポリスの冒険者ギルド酒場名物の具沢山サンドだ♪喰い応え抜群、アンタなら一切れで満腹になるだろう。」
ラーテル獣人のケインがニカッと笑って言えばギラッと牙が光る。
モカは慌ててサンドイッチに視線を落とした。
(ぅぅぅ……文句言える雰囲気じゃない……。)
熊獣人のビアは馭者席に座って我関せずを貫いているが、モカはその背中から勝手に"とっとと喰え!"という圧を感じ、思わず耳を寝かせた。
そんなモカが渋々食べようとすると、ケインが何かに気が付いた!という顔でサンドイッチに手を伸ばしてきた。
「あ、そっか。イイトコの嬢ちゃんはこんな冷めたモンは食べた事ねーよな。ちょっと貸してみな?」
言うが早いか、ケインはモカから取り上げたサンドイッチを両手でパフンと挟み、ぽそぽそっと呪文を唱えた。
「ひゃっ!?」
ボッ!と音を立て、白刃取りの様にパンを挟んだケインの手が炎に包まれる。
驚いて声をあげたモカに、ケインは嬉しそうに笑った。
「魔法は初めて見んのかい?これァ拳闘士用の魔法だよ、炎の拳で殴るんだ。…さ、こんだけ温めらァ十分アツアツだろ???」
屈託無く笑うケインに差し出され、モカがサンドイッチを受け取る。
サンドイッチはホカホカとしていて、あちこちちょっと炭になっていたがモカは文句をいう気になれず、そっとサンドイッチに齧りついた。
モカは、気弱な侍女には無限に文句を言えるが、屈強で狂暴そうなケインやビアには一つも文句を言えない、典型的な弱い者に当たり散らしちゃう系令嬢だったのである。
(うう~かったぁい!!チーズとハムは美味しいけど、野菜は味ついてないしパンにバターも塗ってない!あああ、お姉様とか何食べてるんだろう…。絶対美味しいの食べてるよね!うーー!悔しいっ!)
何だかんだでお互いふと思い出し合う姉妹だった。
モカに酷評されるサンドイッチだったが、実はケインが温めてくれたお陰でチーズが溶け、大分食べやすくなっていた。
しかし、そんなこと微塵も思い付かないモカは礼すら言わずにガジガジとサンドイッチを必死に齧る。
(ふぅむ……中々叩き直し甲斐のある根性してそうだなぁ…。
ケインが内心イライラしてないか心配だよ……。)
荷馬車を曳いてドスドスと街道を踏みしめるロックアーマードリザード♀の背中を見つめながらビアはモカの生意気な態度にそんな事を考えたが、ケインはニコニコとモカを眺めるだけだった。
"アナグマ獣人には親切にしなさい。彼等がいつでも巣穴に歓迎してくれるからこそ、私達は自由に生きられるのだから。"
幼い頃からそう聞かされて育ってきたケインにとって、バドワイザ領は聖地、バドワイザ小伯爵の側近の妹であるモカは天使の様な存在だった。
故に、この依頼を聞いた時、ケインは思わぬ聖地巡礼の喜びに跳び跳ねたし、絶対モカを安全安心丁寧に送り届けようと深く決意したのだ。
モカは彼の決意とは裏腹に、危険で不安で雑だと怯えていたが……。
そんなケインの瞳には、礼も言わずにサンドイッチを齧るモカの姿も、空腹で礼も忘れてサンドイッチに夢中で齧りつく可愛い幼子に映る。
「ハハハ…芋虫が葉っぱ齧ってるみてぇにチマチマ食べるのな♪」
誉め言葉とは到底思えない言葉で誉めてニコニコするケイン。
モカは何て返して良いか判らず、引き攣った笑みを返して黙々と食べた。
0
お気に入りに追加
422
あなたにおすすめの小説


完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
政略結婚だと思っていたのに、将軍閣下は歌姫兼業王女を溺愛してきます
蓮恭
恋愛
――エリザベート王女の声は呪いの声。『白の王妃』が亡くなったのも、呪いの声を持つ王女を産んだから。あの嗄れた声を聞いたら最後、死んでしまう。ーー
母親である白の王妃ことコルネリアが亡くなった際、そんな風に言われて口を聞く事を禁じられたアルント王国の王女、エリザベートは口が聞けない人形姫と呼ばれている。
しかしエリザベートの声はただの掠れた声(ハスキーボイス)というだけで、呪いの声などでは無かった。
普段から城の別棟に軟禁状態のエリザベートは、時折城を抜け出して幼馴染であり乳兄妹のワルターが座長を務める旅芸人の一座で歌を歌い、銀髪の歌姫として人気を博していた。
そんな中、隣国の英雄でアルント王国の危機をも救ってくれた将軍アルフレートとエリザベートとの政略結婚の話が持ち上がる。
エリザベートを想う幼馴染乳兄妹のワルターをはじめ、妙に距離が近い謎多き美丈夫ガーラン、そして政略結婚の相手で無骨な武人アルフレート将軍など様々なタイプのイケメンが登場。
意地悪な継母王妃にその娘王女達も大概意地悪ですが、何故かエリザベートに悪意を持つ悪役令嬢軍人(?)のレネ様にも注目です。
◆小説家になろうにも掲載中です

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話
下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。
御都合主義のハッピーエンド。
小説家になろう様でも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎
sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。
遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら
自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に
スカウトされて異世界召喚に応じる。
その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に
第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に
かまい倒されながら癒し子任務をする話。
時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。
初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。
2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる