親無し小太り取り柄無しな田舎娘がある日突然獣人伯爵の運命の番になった話

syarin

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61: 荷馬車がゴトゴト、モカを乗せてゆく。

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「 え 。 ……これが夕食……?」

シフォンがお肉お肉♪と弾む足取りで荷運びし、モカをそっと思い出すより少し前、街道をゴトゴト進む荷馬車の上でモカは愕然とした声をあげた。

渡されたのは、大きさこそモカの顔ほどはあるが、ガビガビの薄くて堅そうなパンに挟まれた野菜とハムと堅くて薄いチーズという、質素なサンドイッチ一つだけだった。

「そうさ、シンシューポリスの冒険者ギルド酒場名物の具沢山サンドだ♪喰い応え抜群、アンタなら一切れで満腹になるだろう。」

ラーテル獣人のケインがニカッと笑って言えばギラッと牙が光る。

モカは慌ててサンドイッチに視線を落とした。

(ぅぅぅ……文句言える雰囲気じゃない……。)

熊獣人のビアは馭者席に座って我関せずを貫いているが、モカはその背中から勝手に"とっとと喰え!"という圧を感じ、思わず耳を寝かせた。

そんなモカが渋々食べようとすると、ケインが何かに気が付いた!という顔でサンドイッチに手を伸ばしてきた。

「あ、そっか。イイトコの嬢ちゃんはこんな冷めたモンは食べた事ねーよな。ちょっと貸してみな?」

言うが早いか、ケインはモカから取り上げたサンドイッチを両手でパフンと挟み、ぽそぽそっと呪文を唱えた。

「ひゃっ!?」

ボッ!と音を立て、白刃取りの様にパンを挟んだケインの手が炎に包まれる。
驚いて声をあげたモカに、ケインは嬉しそうに笑った。

「魔法は初めて見んのかい?これァ拳闘士用の魔法だよ、炎の拳で殴るんだ。…さ、こんだけ温めらァ十分アツアツだろ???」

屈託無く笑うケインに差し出され、モカがサンドイッチを受け取る。

サンドイッチはホカホカとしていて、あちこちちょっと炭になっていたがモカは文句をいう気になれず、そっとサンドイッチに齧りついた。

モカは、気弱な侍女には無限に文句を言えるが、屈強で狂暴そうなケインやビアには一つも文句を言えない、典型的な弱い者に当たり散らしちゃう系令嬢だったのである。

(うう~かったぁい!!チーズとハムは美味しいけど、野菜は味ついてないしパンにバターも塗ってない!あああ、お姉様とか何食べてるんだろう…。絶対美味しいの食べてるよね!うーー!悔しいっ!)

何だかんだでお互いふと思い出し合う姉妹だった。

モカに酷評されるサンドイッチだったが、実はケインが温めてくれたお陰でチーズが溶け、大分食べやすくなっていた。

しかし、そんなこと微塵も思い付かないモカは礼すら言わずにガジガジとサンドイッチを必死に齧る。

(ふぅむ……中々叩き直し甲斐のある根性してそうだなぁ…。
ケインが内心イライラしてないか心配だよ……。)

荷馬車を曳いてドスドスと街道を踏みしめるロックアーマードリザード♀の背中を見つめながらビアはモカの生意気な態度にそんな事を考えたが、ケインはニコニコとモカを眺めるだけだった。

"アナグマ獣人には親切にしなさい。彼等がいつでも巣穴に歓迎してくれるからこそ、私達は自由に生きられるのだから。"

幼い頃からそう聞かされて育ってきたケインにとって、バドワイザ領は聖地、バドワイザ小伯爵の側近の妹であるモカは天使の様な存在だった。

故に、この依頼を聞いた時、ケインは思わぬ聖地巡礼の喜びに跳び跳ねたし、絶対モカを安全安心丁寧に送り届けようと深く決意したのだ。

モカは彼の決意とは裏腹に、危険で不安で雑だと怯えていたが……。

そんなケインの瞳には、礼も言わずにサンドイッチを齧るモカの姿も、空腹で礼も忘れてサンドイッチに夢中で齧りつく可愛い幼子に映る。

「ハハハ…芋虫が葉っぱ齧ってるみてぇにチマチマ食べるのな♪」

誉め言葉とは到底思えない言葉で誉めてニコニコするケイン。

モカは何て返して良いか判らず、引き攣った笑みを返して黙々と食べた。


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