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56: 急な依頼と思わぬ同志。
しおりを挟む「バジル、居るかい?」
「はい、若様。どうなさいました?」
カタ、コト、と荷物を置く音がして、バジルが顔を出した。
どうやら先程ラートンの入浴を手伝った後片付けをしていたらしく、手に畳み掛けの服を掛けている。
「悪いけど、モカはもう帰ってもらって良いよ。シフォンは専属侍女として雇おうと思う。」
ニッコリ笑顔で言うラートンに、ひくっ、とバジルの喉が引き攣った音を出した。
アンズはカリカリガリガリとペンを走らせ、自分は仕事が忙しくて何も聞いていない振りをしている。
「………………判りました。すぐに帰します。」
「うん、宜しくね。僕らはもうすぐ出発だから、後は僕がやるよ。片付けご苦労様。」
ラートンがバジルの腕から畳み掛けの服を受け取ると、バジルは足早に部屋を出ていった。
(ァァァアイツゥゥゥ!!何したんだよぉぉぉ!!)
叫びだしたくなるのを心の中で絶叫するだけに留め、バジルは音無く滑るように階段を下りると、フロント前でニコニコしている支配人に突進して行った。
ーーーーー
ーーー
ー
「ギルドに依頼を頼めるか!?」
「ンひぇっ!?」
おやバドワイザ商会の…と階段を降りて此方に来るバジルを視認した途端、眼前にスレスレでビタッ!!と止まったバジルに言われ、ホテルの支配人の羊獣人は文字通り飛び上がって驚いた。
「ギ、ギルドに……どんな……ご依頼で……?」
ドッドッドッドッドッ……と未だ収まらない動悸を抑えつつ支配人が聞けば、バジルは令嬢を一人バドワイザ領迄安全に送り届けたい、と顔が溶岩で出来てるんじゃないかと思うほどの熱気を込めて宣った。
ジリジリと炙られる思いで支配人が疑問を口にする。
「バ、バドワイザ領でしたら、それこそ、お宅の商会が一番速くて安全でお安いのでは……??此処からなら、普通なら一週間もかかっちゃいますよ…?」
「いや、妹は我が儘な所があるからな……商会の職員は皆身内みたいなものだから、知られると後々縁談に響きそうなんだ……。」
そう言って、実は、と事のあらましを説明された支配人はひどくバジルに共感した。
実は支配人にも癖の強い姉妹が何人かおり、何度も胃を痛めた経験があったのだ。
「成る程成る程……。確かに妹さんの性格なら、不満たらたらで要らぬ事を全部喋っちゃいそうですねぇ…。」
そう、今なら只単に兄姉に着いてきて、ちょっとお仕事体験しただけという体でうまく収まるのだが、もしモカが商会の職員達にブーブーと不満を漏らし、侍女として付いてきたものの勤務初日にクビになったなんてバレたら何処にも嫁に行けなくなる。
バジルはそうならない為にも、守秘義務を課した契約で安全にモカを家まで送り届けたかったのだった。
支配人はふわふわの胸毛が詰まった胸をもふん!と叩いて笑った。
「貴方の境遇はとても他人とは思えません、私に任せて下さい♪」
正確な依頼費が直ぐに見積もれないので、取り敢えず前金にある程度を、と言う支配人に、バジルが金を差し出す。
「安全にお送りしますが、道中ちょっと令嬢には快適とは言えないかもしれません。お風呂とか、食事の豪華さとか……。しかし、それが一般的な旅というものですから、仕方ありませんよね?」
ニヤリと悪~い笑みを浮かべて言う支配人に、バジルもニヤリと同じ笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、少々は仕方ないだろう。旅はそう言うものだからな。宜しく頼むよ♪」
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