親無し小太り取り柄無しな田舎娘がある日突然獣人伯爵の運命の番になった話

syarin

文字の大きさ
上 下
30 / 128

30: 盗人未満達の末路は

しおりを挟む


(くそっっ!だから止めとけって言ったのに!!)

狐獣人のトムスは叫びたいのを必死に堪え、森をひた走った。

(喰われちまった!アイツ、韋駄天丸に喰われちまったァ!!)

ぱくんっと一瞬で消えた野鼠の、直前のあどけない表情が頭から離れない。

"俺が獣化して韋駄天丸の首輪を齧り切るから、そしたらお前が何食わぬ顔して新しい首輪を付けて、韋駄天丸に乗って岩場を出るんだ♪な、頼んだぜ!"

そんな杜撰な計画であの韋駄天丸を盗める筈ないと、もっと強く言えば良かったのだろうか…。
キラキラ光る韋駄天丸に興奮して盗もうと息巻く悪友に、どうせ蹴られてスゴスゴ帰って来るさ、と傍観していた自分のせいで、小さな頃から一緒だった野鼠獣人は死んでしまったのだ。

トムスは走りながら静かに涙した。

「うわぁあ…うわぁぁぁ……!」

同じ様に泣きながら走り去る兎獣人が木々の隙間から見えた。

そう言えば、野鼠と野兎が捕食されてたっけ。アイツも韋駄天丸を盗もうとして相棒を喰われたのかな…。と、トムスの気がそれた途端、背後から誰かにタックルされ、トムスは盛大に坂を転げ落ちた。

「う、うわぁぁぁ喰われるぅぅ」

俺も韋駄天丸に喰われる!?とパニックになって暴れるトムスに、タックルした何者かはガッシリしがみついた。

「お"、置"い"でがな"い"でぐれ"ぉ"お"お"お"!!」

「な、チーチ!?お前、喰われたんじゃなかったのか!?」

聞き馴染みのある声に我に帰ったトムスが慌てて振り返れば、全裸であちこち擦り傷だらけになった悪友チーチが大口開けてげっ歯類特有の前歯を晒して泣いていた。

慌ててトムスは上着を脱いで地面に敷くと、一旦チーチをそこに座らせ、水筒のお茶で湿らせたハンカチで彼の体を拭い、傷口からゴミを取り除いてから回復魔法を掛けてやり、服を着せた。

何処か茂みの向こうでも、生きてたのか…!という声と泣き声が聞こえ、トムスはそっと、安堵の涙を拭った。

「すまない…チーチ……。てっきり、食べられたのかと……。」

「食べられたのは本物の野鼠と野兎だ…。不自然に見えない様に、近くにいた鼠を操って前に行かせて、気を逸らしてる間に背中に乗ろうと思ったんだよ…。」

獣人には、同じ種の動物を操る力が有った。どれだけ操れるかは個人差が大きく、トムスやチーチは数匹程度までしか操れなかった。
それでも、無いよりマシと思って操った鼠を韋駄天丸の前に彷徨かせ、さて、背中に登ろうかと思ったとき、同じ事を考えている兎獣人とかち合ったのだという。

「そんで……俺が盗むんだ、いや、俺が盗む!みたいなこと言ってたら、鼠が喰われたんだ……!」

それを聞いてトムスは溜め息を吐いた。

(あんなバカなコト考えるの、チーチだけじゃないんだ……。)

何と無く、トムスは先ほど泣きながら走っていた兎獣人に同情した。

「怖かった…!ばくん!って真っ暗になってリンクが切れて……!!」

「可哀想にチーチ……。でも、本当に喰われなくて良かった…!」

操っている動物が負傷したり死んだりすれば、感覚を共有している獣人も精神的ショックを受ける。
初めて操っていた動物を死なせてしまったチーチはその恐怖と精神ダメージでガタガタと震えて泣きじゃくっていた。

(やっぱり、縛ってでも止めれば良かった……。)

トムスはそんな事を考えながら、優しくチーチを抱き締めて宥め、落ち着くのを待ってから靴を履かせ、チーチを背負って森を町に向かって歩き出した。

「やーっぱさ、豹紋リザードランナーのヒョウ柄は伊達じゃ無いんだな~…。そこらのアースカラーなリザードランナーみたいに芋虫しか食わないのかと思ってたのがそもそもの間違いだったんだよ。一攫千金とかもう諦めよーぜ♪真面目が一番♪ワルいコトもチマチマコツコツ位が丁度良いよ~。」

「……うん。……」

ワザと明るい声でそんな事を言うトムスの背で、チーチはグズグズと鼻をならしながら相槌を打った。

(盗むのはダメ元…盗めたらラッキー程度だったけど……あのキラキラの鱗一枚位は、取れると思ったんだけどな……。)

いつも何だかんだ世話を焼いてくれるチーチの親友トムス…。
誕生日が近い彼に、あの綺麗な鱗でタイピンでも作れば日頃の感謝が伝わる気がして……。

鱗に触れようとした途端に襲った衝撃を思い出し、チーチはぶるりと身震いしてしっかりとトムスに抱き着いた。

そうして暫く、サクサクとトムスが踏み締める木の葉の音がチーチの耳に心地好く、いつの間にかチーチは穏やかな寝息を立てていた。

そんなチーチを、トムスはそっと背負い直し、起こさないようにゆっくり歩き続けるのだった。



それから三週間。
トムスの誕生日、ドングリの皮に色を塗って作った豹紋リザードランナーの鱗風タイピンはトムスの一番のお気に入りとなり、チーチはその後、器用さを生かしてオモチャ職人になった。

二人はその後、ワルいコトは二度としなかったという。



しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

政略結婚だと思っていたのに、将軍閣下は歌姫兼業王女を溺愛してきます

蓮恭
恋愛
――エリザベート王女の声は呪いの声。『白の王妃』が亡くなったのも、呪いの声を持つ王女を産んだから。あの嗄れた声を聞いたら最後、死んでしまう。ーー  母親である白の王妃ことコルネリアが亡くなった際、そんな風に言われて口を聞く事を禁じられたアルント王国の王女、エリザベートは口が聞けない人形姫と呼ばれている。  しかしエリザベートの声はただの掠れた声(ハスキーボイス)というだけで、呪いの声などでは無かった。  普段から城の別棟に軟禁状態のエリザベートは、時折城を抜け出して幼馴染であり乳兄妹のワルターが座長を務める旅芸人の一座で歌を歌い、銀髪の歌姫として人気を博していた。  そんな中、隣国の英雄でアルント王国の危機をも救ってくれた将軍アルフレートとエリザベートとの政略結婚の話が持ち上がる。  エリザベートを想う幼馴染乳兄妹のワルターをはじめ、妙に距離が近い謎多き美丈夫ガーラン、そして政略結婚の相手で無骨な武人アルフレート将軍など様々なタイプのイケメンが登場。  意地悪な継母王妃にその娘王女達も大概意地悪ですが、何故かエリザベートに悪意を持つ悪役令嬢軍人(?)のレネ様にも注目です。 ◆小説家になろうにも掲載中です

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話

下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。 御都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎

sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。 遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら 自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に スカウトされて異世界召喚に応じる。 その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に 第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に かまい倒されながら癒し子任務をする話。 時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。 初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。 2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。

処理中です...