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30: 盗人未満達の末路は
しおりを挟む(くそっっ!だから止めとけって言ったのに!!)
狐獣人のトムスは叫びたいのを必死に堪え、森をひた走った。
(喰われちまった!アイツ、韋駄天丸に喰われちまったァ!!)
ぱくんっと一瞬で消えた野鼠の、直前のあどけない表情が頭から離れない。
"俺が獣化して韋駄天丸の首輪を齧り切るから、そしたらお前が何食わぬ顔して新しい首輪を付けて、韋駄天丸に乗って岩場を出るんだ♪な、頼んだぜ!"
そんな杜撰な計画であの韋駄天丸を盗める筈ないと、もっと強く言えば良かったのだろうか…。
キラキラ光る韋駄天丸に興奮して盗もうと息巻く悪友に、どうせ蹴られてスゴスゴ帰って来るさ、と傍観していた自分のせいで、小さな頃から一緒だった野鼠獣人は死んでしまったのだ。
トムスは走りながら静かに涙した。
「うわぁあ…うわぁぁぁ……!」
同じ様に泣きながら走り去る兎獣人が木々の隙間から見えた。
そう言えば、野鼠と野兎が捕食されてたっけ。アイツも韋駄天丸を盗もうとして相棒を喰われたのかな…。と、トムスの気がそれた途端、背後から誰かにタックルされ、トムスは盛大に坂を転げ落ちた。
「う、うわぁぁぁ喰われるぅぅ」
俺も韋駄天丸に喰われる!?とパニックになって暴れるトムスに、タックルした何者かはガッシリしがみついた。
「お"、置"い"でがな"い"でぐれ"ぉ"お"お"お"!!」
「な、チーチ!?お前、喰われたんじゃなかったのか!?」
聞き馴染みのある声に我に帰ったトムスが慌てて振り返れば、全裸であちこち擦り傷だらけになった悪友チーチが大口開けてげっ歯類特有の前歯を晒して泣いていた。
慌ててトムスは上着を脱いで地面に敷くと、一旦チーチをそこに座らせ、水筒のお茶で湿らせたハンカチで彼の体を拭い、傷口からゴミを取り除いてから回復魔法を掛けてやり、服を着せた。
何処か茂みの向こうでも、生きてたのか…!という声と泣き声が聞こえ、トムスはそっと、安堵の涙を拭った。
「すまない…チーチ……。てっきり、食べられたのかと……。」
「食べられたのは本物の野鼠と野兎だ…。不自然に見えない様に、近くにいた鼠を操って前に行かせて、気を逸らしてる間に背中に乗ろうと思ったんだよ…。」
獣人には、同じ種の動物を操る力が有った。どれだけ操れるかは個人差が大きく、トムスやチーチは数匹程度までしか操れなかった。
それでも、無いよりマシと思って操った鼠を韋駄天丸の前に彷徨かせ、さて、背中に登ろうかと思ったとき、同じ事を考えている兎獣人とかち合ったのだという。
「そんで……俺が盗むんだ、いや、俺が盗む!みたいなこと言ってたら、鼠が喰われたんだ……!」
それを聞いてトムスは溜め息を吐いた。
(あんなバカなコト考えるの、チーチだけじゃないんだ……。)
何と無く、トムスは先ほど泣きながら走っていた兎獣人に同情した。
「怖かった…!ばくん!って真っ暗になってリンクが切れて……!!」
「可哀想にチーチ……。でも、本当に喰われなくて良かった…!」
操っている動物が負傷したり死んだりすれば、感覚を共有している獣人も精神的ショックを受ける。
初めて操っていた動物を死なせてしまったチーチはその恐怖と精神ダメージでガタガタと震えて泣きじゃくっていた。
(やっぱり、縛ってでも止めれば良かった……。)
トムスはそんな事を考えながら、優しくチーチを抱き締めて宥め、落ち着くのを待ってから靴を履かせ、チーチを背負って森を町に向かって歩き出した。
「やーっぱさ、豹紋リザードランナーのヒョウ柄は伊達じゃ無いんだな~…。そこらのアースカラーなリザードランナーみたいに芋虫しか食わないのかと思ってたのがそもそもの間違いだったんだよ。一攫千金とかもう諦めよーぜ♪真面目が一番♪ワルいコトもチマチマコツコツ位が丁度良いよ~。」
「……うん。……」
ワザと明るい声でそんな事を言うトムスの背で、チーチはグズグズと鼻をならしながら相槌を打った。
(盗むのはダメ元…盗めたらラッキー程度だったけど……あのキラキラの鱗一枚位は、取れると思ったんだけどな……。)
いつも何だかんだ世話を焼いてくれるチーチの親友トムス…。
誕生日が近い彼に、あの綺麗な鱗でタイピンでも作れば日頃の感謝が伝わる気がして……。
鱗に触れようとした途端に襲った衝撃を思い出し、チーチはぶるりと身震いしてしっかりとトムスに抱き着いた。
そうして暫く、サクサクとトムスが踏み締める木の葉の音がチーチの耳に心地好く、いつの間にかチーチは穏やかな寝息を立てていた。
そんなチーチを、トムスはそっと背負い直し、起こさないようにゆっくり歩き続けるのだった。
それから三週間。
トムスの誕生日、ドングリの皮に色を塗って作った豹紋リザードランナーの鱗風タイピンはトムスの一番のお気に入りとなり、チーチはその後、器用さを生かしてオモチャ職人になった。
二人はその後、ワルいコトは二度としなかったという。
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