親無し小太り取り柄無しな田舎娘がある日突然獣人伯爵の運命の番になった話

syarin

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28: マリローズ ニアミス イオンウーウァ

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「うるさいっ!誰も見てないわよ!」

まるで人目から汚いものを隠すかのようにマリローズの座ったテーブルをパーティションと観葉植物で個室化して、一体誰に憚ると言うのか。
いつもマリローズが他の獣人達の目に触れない様に徹底する侍女達も、マリローズの機嫌を悪くする大きな要因だった。

リュートはマリローズを惜しみ無く愛し、欲しいものは何でも買い与えたし、行きたい所にも何処でも連れていってくれたが、プライドの高い龍人達は陰でセイロン家嫡男の番が只の人族の平民田舎娘であったことを不運と嘆き、教養がないと侮り、下品で我が儘と謗った。

なるべく恥さらしな番が他の獣人達に見られない様に行く先々で個室を用意し、道中に認識阻害と防音魔法を駆使し、何か品の無いことをすれば直ぐに目くじらを立てて小声で叱った。

蝶よ花よと甘やかされて育ったマリローズには許しがたく耐え難い事だったが、全ては侯爵夫人としてちゃんとした振舞いを覚える為の教育だと言いくるまれたリュートは、どんなにマリローズが怒りや悔しさを訴えても謝って慰めるばかりで侍女や教育係を替えることはなかった。

「あ!見て!噂をすればバドワイザ小伯爵よ!番様も一緒だわ!」

耳に飛び込んできた誰かの声に、マリローズはガタンと席を立って観葉植物の隙間から外を見た。

逞しい肉体を包んだ上質な紺の布に阻まれ、殆ど何も見えなかったが、チラリと見えた灰紫がかった深緑の毛先は、見慣れたボサボサではなく、遥か昔、まだイオンウーウァの両親が健在だった頃の艶やかさを取り戻しているように見えた。

お姫様のようだったあの頃の艶やかさを。

逞しい肉体の持ち主と同じ種族らしき老年がニコニコしながら声を掛け、イオンウーウァらしき人物の腕に抱えていた何かを代わりに持った。沢山の、可愛い小物やぬいぐるみ…。

マリローズが欲しいと言えば、リュートは直ぐに使用人に店に行かせ、店頭の商品をまるごと買い占めるような人物だった。

(あんな風に、可愛いお店に入ってあれこれ見て、手に取って、これとこれって選んで買うの、久しくしてないな……。)

二人の顔は見えなかったが、動きから、イオンウーウァの番らしき獣人がイオンウーウァを大事にし、彼女のペースに合わせて動こうとしているのが判った。

きっと、どんなに下らない事でアレコレ悩んだりしても、横で嬉しそうに微笑んで待っていてくれているに違いない。

何故だか、マリローズはそう確信をもって考えた。


(ううん。やっぱり悩むくらいなら両方買っちゃえば良いって言ってくれるりゅぅさまが一番よ。太っちょイオンウーウァの太っちょ彼氏なんか羨ましくもなんともないわ!)

ガラスの向こうで、若い使用人が沢山の菓子箱を抱えて合流し、使用人とイオンウーウァとその番が楽しそうに話しているのが、体の揺れ方から見て取れた。

どうやら道のど真ん中で菓子を1つつまみ食いしてるようだ。

微笑ましく見つめる老年と使用人の表情から、イオンウーウァが本当に使用人達から愛されているのが感じられた。
カフェの客達も、微笑ましくそれを眺めて噂し、特にそれを下品で浅ましいとは思って無いようだった。

実際、マリローズは知らなかったが、貴族街ではテイクアウト屋台も多く、貴族でも食べ歩きを楽しむ令嬢令息は少なくない。

(何よ…!なんなのよ…っ!)

マリローズがあんな事をしようとすれば、やれ下品だ、浅ましい、貴方はもう平民の田舎娘ではないのです、と散々に侍女に叱られるだろう。

マリローズがあんな風に雑貨が欲しいと言えば、また下らないモノに浪費ですかとネチネチ嫌味を言われるだろう。

「ねぇ、聞いた?グリフィンでの空中散歩が最近のお二人のお楽しみなんですって!」

「あのキラキラした豹紋リザードランナーでの速駆けも楽しんでるそうね、アクティブよねぇ~♪」

「こないだ、従兄弟が隣国のクリナンジャロ山でお二人を見たって言ってたけど、その次の日に妹が反対の隣国の湖でボート遊びをされてるお二人を見たらしいのよ…。」

「「アクティブねぇ~…♡」」

楽しそうにお喋りする令嬢達の口から、マリローズが知りたくもない、イオンウーウァとその番の楽しそうな日常が聞こえてくる。

(何よ…!なんだって言うのよ…っ!アタシの方が幸せに決まってるわ!超絶イケメンでスタイル抜群のりゅぅさまの番なのよ!それに、あの子は伯爵、アタシは侯爵よっ!アタシのが偉くて、アタシのが幸せよ!!!)

ゴクゴクと紅茶を飲み干したマリローズは、ガチャンとカップを置くと、さっきからネチネチ延々と小言を言ってくる侍女を睨み付けた。

「うるさいわねー!帰れば良いんでしょ?!帰れば!!」

こうして、リュートが家業で半月程不在となり、置いてけぼりで退屈しきっていたマリローズの久し振りのお出掛けは、一軒のカフェに入っただけで終わった。


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