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4: 出立
しおりを挟む「グーマ様!番様のお名前はイオンウーウァ・フォレストとおっしゃるそうです。」
ラートンが抱き着いた時に倒れたものの無事だった、木苺の入った木蔦の籠、木の器、手斧と包丁と糸と針、ボロボロの幾つかの布類。娘自身が片手で抱えられる程度の荷物を持ち、麓まで降りたグーマ達に、教会から戻った使用人が伝える。手には出生証明書の写しが握られていた。
「イオンウーウァ?イオンウーウァというの?僕の奥さんは名前まで愛らしいね♡菫と葡萄と云う意味だ。その愛らしい瞳の色から付けられたのかな?」
こんな時だけ人の会話が耳に入る番ボケラートンがニコニコと嬉しそうに言えば、イオンウーウァと呼ばれた娘がピクリと反応してから、そっと顔を翳らせた。
「……そんな名前でした。でも、名前で呼ばれたくない、です……。」
キュッと握り締めた手を見て、グーマは直ぐに応えた。
「畏まりました。では引き続き番様とお呼びしても宜しいですか?」
グーマの言葉にホッとした顔で頷くイオンウーウァに、なるべく早くこの村を離れようとグーマは脳内スケジュールを見直した。
「……貴方も、名前以外で呼んで貰えますか?」
そっと申し訳なさそうに横抱きした腕の中からラートンを見上げるイオンウーウァに、ラートンは目尻が溶けそうな程の笑顔で応えた。
「勿論だよ、僕の奥さん♡愛しい番の御願いだもん、何でもきくよ♡僕の奥さん、僕の番、愛しい人、可愛い人、ハニー、ダーリン、仔猫ちゃん、お花さん、シュガーちゃん、カップケーキちゃん、なんて呼んで欲しい?呼び方は沢山あるよ♡」
ニコニコ笑うラートンの口からざらざらと砂糖の塊の様な単語が飛び出て来て、グーマ以下使用人一同は胸焼けをする思いだった。
ーー
ーーーーー
ーーーーーーーー
「はぁ……やはり、あの村から早々に番様を連れ出して正解だったな。」
イオンウーウァとラートンが出会ってから三日後、サピエン国の国境で手続きを待ちながらグーマは溜め息を吐いてそっと報告書から目を外した。
スモモ村から国境迄は通常なら一週間以上掛けて来る距離だが、番フィーバーに陥ったラートンが、イオンウーウァが何も言わないのを良いことに、目に入る全てに回復魔法を掛けるという無茶振りで此処まで猛スピードの強行軍を繰り広げたのだ。
「本当に、運命の番とは…如くも恐ろしいものか…。」
ぐったりした顔でグーマは首を回し、再び溜め息を吐いた。
「疲れたよ……はぁ……。」
回復魔法で肉体の疲れは無いが、老いた精神が疲れ果てた…。
そう感じながら、再びイオンウーウァの生い立ちに関する報告書に目を落とした。
教会にイオンウーウァの名前を問い合わせに向かわせた使用人が戻った時、並みならぬ怒りを内包していたのを察し、それ以後の調査は同行していた使用人の中で一番穏やかで忍耐強い者に命じた。
それなのに報告書から怒りが滲み出ており、読み進める内にその怒りはグーマにも伝染した。
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