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5: 蛇足 ナンダカンダで、やっぱり幸せ。
しおりを挟む「よっ、と……。」
ウヒー。冷たい!
湧水に浸けていた金筒を引き上げた途端、火照っていた筈の熱が指先からチュウウゥと音でも立てそうな勢いで奪われる。
その勢いに恐れを成した僕は、足早に洞窟の階段を登った。
ザザ………ザザザ……ン………ザザーー………
階段を登りきった途端に、ムワリと熱気が僕を抱き留める。
カンカン照りの太陽、足の裏を灼いてやる!と云う気概に満ちた白い砂、浅くて緑がかった水色の美しい海。ウワァァもう肌が痛い!熱い!
慌てて僕はパラソルへと向かう。
「ハァァ、アイリスただいま。凄いなぁ~。こんな綺麗な入江のすぐ横に、キンキンに冷えた真水があるなんて。良くこんな場所見つけたね……。」
「フフ、ココ結構有名なデートスポットなんだけどね、知らない?人魚の入江って。」
パラソルを固定し、砂の上にカラフルな敷物を敷き詰めるアイリスに声を掛けて筒を置く。後方を崖と緑に、前方を砂浜と入江に塞がれたこの小さな空間は、まるでお伽噺の挿絵だ。垂れ下がる白い花房と、真っ赤な五芒星みたいな花がアチコチに咲いている。
「聞いたこと無い……。僕、デートってあんまりした事無いから……。」
有名なのかぁ、そうだよね、こんなにキレイなんだもん。
「リコリス、女相手でも酔わされて気が付いたら乗っかられてる系美青年だもんね♪」
「なっ、何で知ってるの……?!」
ぽやーっと入江を眺めながら会話をしていたら、突然の爆弾発言で、僕は飛び上がった。
僕の秘密。僕のコンプレックス。ホント、何で知ってるんだ!??
「ヤダなぁ、君が教えてくれたんじゃない。覚えてない?ホラ、三日前。僕に奥の奥をグッポグッポ出し入れされて、泣きながらゼーーンブ♡」
「アーアーアー!わーわーわー!!サーサー早く!早く食べよう!冷たいうちにーー!!」
正直言って全く覚えてないが、後ろから卑猥な手付きで下腹を撫でてくるアイリスに危機感を覚えた僕は慌てて金筒を開けた。チャプリ、と塩水が飛び跳ねる。
アイリスが実はエヴァンだったと知って、最初は吃驚したけれど、道理でエヴァンが重なる訳だ、本人だなんて、と非常に納得もしたり。
僕が死んでないって知って、探そうとしたら体が入れ替わって、ナンダカンダでその人と体を交換することにして、僕を追い掛けて来たんだそうだ。
何故そんな事になったのかと聞いたけど、何だか色々有ったらしい。
婚約して結婚して花屋を繁盛させてるのはその人なんだそうだ。
昔からずっと変わらず僕が好きだ、愛してると言うエヴァンに半ば流される様にして、僕達はそのまま恋人として付き合うことになった。
鉄砲水か土石流かと思う勢いだったが、僕もエヴァンが好きなので、正直に言えば凄く嬉しかった。
毎夜、土石流みたいなセックスで抱き潰されるのは予想外だったけど…。
そんなこんなで日々を過ごし、今日は海デートしよう☆と誘われて今に至る。
「コッチももう少しで焼けるよ~。」
アイリスが簡易グリルの様子を見ながら皿を用意している。焼いているのは持ってきたトーモロコスと、さっき捕まえた魚と貝だ。
金筒の中の細長い水ウリとタマゴウリを取出し、タマゴウリはスライスして皿に盛り付ける。
キンキンに冷えた、浅く塩漬けされた野菜。暑い日にコレで飲む冷やした酒の何と旨い事か!くぅ、早く食べたい!
パラソルの下に設置されたクッションに座り、酒と浅漬けを見詰める。
焼きモノを手に戻ってきたアイルスがそんな僕を見て、汗を手で拭いながら苦笑する。
あ、因みに、エヴァンと言う名前はもう捨てたそうで、アイリスの方がリコリスと対になってるみたいで恋人感がある。なんて言うもんだから、彼の事は変わらずアイリスって呼んでいる。
「フフ、お待たせ♪食べようか。」
「いただきまぁす♪」
アイリスが隣に腰を降ろしたのを合図に、紫色の皮が目に鮮やかなタマゴウリの浅漬けをぱくりと頬張る。
塩っぱくて、冷たくて、噛むたびにキュムキュムと皮が口の中で音を立てる不思議な野菜。この街で出会った好物の1つだ。
「へぇ、美味しいね。…ハイ、どうぞ。」
「あ、ありがとうアイリス。…っくぅ~~!美味しい♪」
僕と同じくタマゴウリの浅漬けを頬張ったアイリスが、キュムキュムと咀嚼しながら僕に酒を注いでくれる。
琥珀色の度数の高い液体。本当は、この浅漬けには水みたいな透明の酒が合うんだろうけど、僕はこの酒じゃないとダメなのだ♪
喉を通る冷たい熱と、鼻に抜ける薫り。少し余韻を味わってから、一本丸々漬けた水ウリを豪快に齧る。横ではアイリスが、まだキュムキュム言わせてる。良ぉく噛む所、変わって無いな。
パキリ。パリンポリン、パリパリ……
「フフフ…ご飯食べる時の勢い、リコリスになっても昔と変わらないねぇ。」
キュムキュムキュムキュム…リスみたいに口を動かすアイリスを見詰めながら、水ウリの瑞々しい音を味わうように咀嚼していたら、考えてたコトと似たようなことを言われてしまい、何だか恥ずかしくなった僕は視線をついと逸らした。
きっとお互いに、この数年の空白を埋める変化や、未変化を探しているのだろう。
「あ、リコリス、口の端に水ウリの種付いてるよ。ほら、あ、ココにも溢れてる…ホラ、垂れてる。ホラホラ…」
「ん、んぅ…。」
放浪生活で"世話焼いてくるヤツ大体薬盛る機会窺ってる"説が身に沁みた僕は余り人に世話を任せなかったし、アイリスもそんな僕を察してか、何処か一歩引いた所があった。
でも、彼がエヴァンだと云う事を明かされて以来、アイリスは遠慮無く世話を焼く様になった。
僕もエヴァンなら、と甘えているのだけど、雛鳥かと思う程の扱いに少し戸惑う時も。
僕達って、昔からこんなだった?一昨日なんか、カトラリー一度も持たずに食事が終わったんだけど???
「ハイ、リコリスあーん♡」
「あーん♪……んぅ、コレ美味しい。海の魚って、川魚と本当に味が違うねぇ」
「ね、脂がノッてるって云うのか、何かフンワリしてるよねぇ~。」
喋りながら、僕が嚥下した完璧なタイミングで酒を差し出してくるアイリス。
有り難く酒を一口啜り、僕もアイリスにあーん♪しようとテーブルを見るんだけど……おかしいな?いつからその皿そんな遠くに行ったの?僕のフォークとナイフをアイリスが使ってない?あれれ??
「……はい、アイリスも、あーん。」
仕方無く、何とか届いたアイリスのグラスを差し出せば、じゅわり、と水色の瞳が嬉しそうに蕩ける。
「ありがとう。あーん♪」
酒だから、どっちかって言うと"あーん"じゃなくて"チュウ~"って感じなんだけど、ちゃんとあーんって言ってくれるアイリスの気遣いがむず痒い。
アイリスが好きな酒は何だかトロリと白濁した酒で、器も僕のグラスより大きくて漆で鮮やかに模様を描かれた異国情緒溢れるモノだ。
アイリスの形の良い唇に、白濁が吸い込まれていく……なんて、ちょっと……エッチだ。
「フフ……んぅ♪」
蠱惑的に笑って、アイリスが唇を突き出してくる。察して唇を重ねれば、トロリ、まだ冷たい酒が浸入ってくる。
(甘い。優しい甘味が好きなの、変わって無いんだな…。)
砂糖や果実なんかとは違う、パンとか穀物特有の甘味を嬉しそうに頬張ってた、くしゃくしゃの癖毛とソバカス顔がふと浮かぶ。
隣で口に目一杯苺を詰め込む僕の視界の上には赤茶の巻毛が揺れて、深い森の静けさと木漏れ陽、冷たい微風に、シャラシャラと緑が唄う。
「ん……。」
つ、と口の端から溢れた酒を追って、アイリスの舌が僕の顎から首筋を這う。
視界の隅に揺れる、リコリスの花弁みたいな真紅に染めた細い三編み。毛糸と南国の鳥羽で彩られた飾り房。
潮騒と、鳥なのに猫みたいな声で鳴く鳥達の姦しい声、生暖かくて湿っぽい潮風。
照り付ける太陽が白い砂に、揺れる水面に、大きな椰子の葉に反射して、パラソルの下に逃げ込んだ僕達を刺してくる。
シャラシャラ聞こえるのは、僕の髪のメダル飾りの揺れる音……。
滑らかなアイリスの頬を撫でていた僕の掌にキスをして、甲にも騎士みたいにキスを落としたアイリス。
水色の瞳で僕を見詰めながら、そのまま、僕の手に溢れた酒を舐め取り…手首から腕へとを進む。
俯く顔に、サラリ、と金髪が溢れて綺羅綺羅踊る。
(綺麗……。昔、良くくしゃくしゃの灰色の癖毛を弄って遊んだっけ……。)
人差し指と中指を絡めれば、ツルツルと指の間を滑り、スルスルと逃げていく柔らかな直毛。
絹糸みたいなそれを、くい、と引っ張れば、ゆっくり、僕に覆い被さる様にしてアイリスが付いて来る。
「……キス、しよ。」
アイリスに導かれるまま寝転がり、誘う。
ゆっくり僕の視界を覆い尽くすアイリスの髪に両の指を絡めて掻き抱く。
甘い唇と少し酒臭い呼気、つるりと薄くて長い舌が僕の唇をノックする。
僕達は沢山変わったけど、根っこの部分は昔からちっとも変わってないんだな、なんて。
僕はゆっくりと目を閉じた。
細く優しい指先が肌を滑る。
僕は今、凄く、凄く幸せだ。
~Fin~
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最後まで読んで下さってありがとうございます~~!!(人*´∀`)。*゚+
いつも本当にありがとう!大好き!感謝感激雨霰♡♡♡(≧▽≦)
バタバタしてますが、私は元気です♪バテてますが元気です♪(人*´∀`)。*゚+
暑いですが、頑張って乗り切りましょ~(つ≧▽≦)つ
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