カンテノ

よんそん

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第5章 ファイナイト

5-36 天命

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 ゼブルムが開発したスペースコロニー、「インテグラル・バース」。それが今、大気圏を越えて地球に落下してきている。ファイナイトは、あれを地上に落として、この地を吹き飛ばすつもりなのか。
  スペースコロニー、その大きさがどれ程かは正確に把握していない。だが、この璃風湾を覆い尽くす程の大きさである事は間違いない。落下速度は加速し、この国は大破するだろう。

「あの、ガキ! 俺達のインテグラル・バースを落としてきやがったのか!? イカれてやがる!」

  サターンが顔を歪ませて悪態を吐いていた。

「おいおい、冗談じゃねぇぞー! シニックはこれでも動かねぇのか!?」

  トロイは辺りをキョロキョロ見回しながら慌てふためいていた。

「スペースコロニーですか!? そんな物が落とされたら、この日本の国はどうなるのですか!?」

  ドルティエさんも流石にこの状況に青ざめていた。

「クソが! あのガキ、巫山戯るなよ! あんな物、私達が止めれるわけがないだろっ……って、想!? お前、何をするつもりだ!? バカか!?」

  レグネッタさんはこんな状況でもタバコを吸いだし、ぶち切れていたが、立ち上がって歩き出した僕に怒声を浴びせる。
  僕はふらふらと歩きながらも、ファイナイトに切断されて2つの巨大な扇形の板になった物を、近くに引き寄せる。

「想様!? まさかあれを止めるおつもりですか!? 無理です! しかも、その身体で!? もう、やめてください!」

  悲痛な声でミルが駆け寄る。振り向くと、彼女は泣いていた。

「大丈夫。無理でも、やらなくちゃいけないんだ」

  そう言って、僕はミルの頭に手を置く。

「想! お前1人に背負わせてたまるかよ! 俺も行く!」

  ドドが僕の両肩に手を置き、強い眼差しで言ったが、僕は首を振る。

「僕1人で行く。2人とも、僕とここまで仲良くしてくれてありがとう。僕は、わかったんだ。自分の、天命が」

  そう言って2人に微笑みかけ、僕は巨大な扇板の片方に乗る。

「想!」

「想様!」

  宙に浮いた扇板に乗った僕にドドとミルは再び声を掛ける。

「絶対うまいメシ作ってやる!」

「絶対また一緒にご馳走食べましょう!」

  2人は同じ事を考えていたようで、彼らのその表情は真剣だったが、僕は思わず笑ってしまった。

「うん、絶対だ!」

  そう言って、僕は空に飛び立った。

  全身の傷の痛みは消えない。出血も収まらない。巨大な扇板の上に立つ事もままならない。
  それでも、遥か上空から落下するあの巨大なスペースコロニー「インテグラル・バース」を止める。絶対に。

  夜空を上昇し、眼前に迫ったインテグラル・バースは想像を遥かに上回る大きさだった。

「島だ」

  思わず僕の口から声が溢れた。間近で見たインテグラル・バースは巨大な島であった。大気圏を越えて落下してきたそれは赤く燃えている。
  僕は意を決してその底に突撃する。一緒に引き連れてきたもう片方の扇板を上に掲げ、それをインテグラル・バースの底にあて、さらに自分の傷だらけの手で押さえる。

「うっ! ぐっあぁ!」

  インテグラル・バース自体には直接触れていないが、想像を絶する熱さが全身を襲った。それでも、グラインドの力をフルパワーで発動させる。
  そして、インテグラル・バースに込められたファイナイトのエネルギーを感じ取る。それに意識を注ぎ、力を跳ね返す。
  少しだけ、落下速度が弱まったような気がした。だが。

  ――――ゴウゥン!

  インテグラル・バースの落下力が更に強まった。

「ぐっうぅ、あぁあー!」

  灼熱を身体が包み、巨大な島に押し潰されそうになりながらも、意識を途切れさせないように集中して、力を、力を、ただただ注ぐ。

  遥か下方にはみんなが僕を見守ってくれているんだ。待っていてくれている。
  ドド。ミル。レグネッタさん。ドルティエさん。トロイ。サターン。
  みんなの期待を絶対に、絶対に裏切らない。

「うっぐおぉっ!」

  力を強める。もっともっと力を強める。
  だが、インテグラル・バースの落下力が弱まる気配は全くなかった。

  規模が違いすぎる。こんな巨大な物を、小さな僕なんかに止めることができるのか? 今にもこの巨大な島がぷちんと僕を潰してしまいそうなのに。
  ファイナイトが言っていた、「宇宙の理の前では僕という人間は虫けら同然」という言葉を、今目の前で身をもって体感し、打ちひしがれてしまった。

  僕には、やっぱり無理なんだ。

  何が天命だ。自分なんて、何も力がないただのしがない人間。宇宙の理の前では、虫けらどころか塵芥。少しでも風が吹けば飛ばされてしまう。
  エゴなのかもしれない。何もない自分が、みんなを守りたいだなんて。

  身体を灼熱が蝕み、意識も虚ろ。自分が何をしているのか、生きているのかすらもわからなくなる。


  駄目だった。ごめん。もう、僕の力は通用しない。





「なーに諦めてんのさ! 諦めるなって言ったろ?」

  ハッとし、顔を上げる。僕はまたクアルトに……いるわけではなかった。目の前ではインテグラル・バースの底に当てた扇板が依然として赤く燃えていた。

  だが、僕の右隣に姉がいた。
  姉は赤く燃える扇板に背を付け、僕に向かって微笑んでいた。

「なんで……なんで? なんで、姉さんいるの? 今日は、もう来れない筈だよね?」

  僕がそう言うと、「想」と僕の名前を呼ぶ声が左隣から聞こえた。シクスが、両腕を伸ばし、扇板を押さえていた。

「あなたが覚醒したから、私達に『1日10分だけ』という制限はなくなったのです。言ったでしょう? 私達は、いつでも一緒です。あなたの隣にいます」

  シクスは扇板を押さえながらも、長い前髪ですっぽり覆われている無表情な顔を僕に向けてそう言った。

「自分の存在を理解したんだろ? そーくんは、もうわかっている筈だ。あたし達が、こうやって再び現界できた事が何よりの証拠だ」

  そうか、そうなんだよな。姉の言葉は、やっぱりいつだって説得力がある。

「2人とも。本当にありがとう。ありがとう。僕は、自分の存在を信じる」

  僕は、泣いていたのかもしれない。

「うんうん。そんじゃ、一気に押し戻そうか! 3人で力を合わせれば余裕さ!」

  姉の言葉に僕も頷き、再び目の前にそびえる脅威を見据える。

「うおーっ! とまれー!」

「いっけぇー!」

  僕は力を働きかける。扇板にではない。インテグラル・バースそのものに。
  それと同時に姉はアンチセシスを発動し、反重力で更にインテグラル・バースを押し返す。
  それだけで充分だった。インテグラル・バースは空中に静止した。

「私、要りませんでしたね?」

  そう言った左隣のシクスに僕は苦笑いする。

「まぁまぁ、気持ちの問題さ! さ、あいつはこの上にいる筈だ。決着をつけようじゃないか!」

  姉の言葉に頷き、僕は2人と一緒に乗る扇板を飛ばし、インテグラル・バースの端へと猛スピードで移動する。

  端に着いた途端、上空からレーザーの雨が降ってきた。

「あー、気にしなくていいよ。全然弾くし」

  姉はそう言って、僕達が乗る扇板を重力磁場で包み、レーザーは見事に弾かれ、インテグラル・バースの壁に当たっていく。

「私達の力も強まっていますからね。想、このまま一気に行きましょう」

  シクスの言葉に僕も勢いがつき、扇板を更に加速させ、インテグラル・バースの上方に着くまでに時間は掛からなかった。


「なんだ……? 何が起こっている? なぜだ? なぜ、ぬしらがいる!? ぬしらは1日10分しか現実の世界に現れる事ができない筈だ!」

  インテグラル・バースの上に立つファイナイトが目を見開きながら言った。
  上空から見たインテグラル・バースは、巨大な船に幾つもの巨大な円盤を突き刺したような見た目をしていた。その表面には無骨な突起物が幾つも生えている。

  ファイナイトはその奥に聳える太い塔の下にいた。そこに僕達3人は下りる。

「バーカが! その情報はもう古いの! 終わってんの! あたしらもう自由だから!」

  ファイナイトを前にした姉は奴を笑い飛ばした。そして、不敵に笑う。

「っつーことでさぁ……、今までのお返し、きっちりさせてもらうからなー?」

  そう言って飛び出し、姉はファイナイトの横顔を殴る。

「ぐのっ! くっ!」

  殴られたファイナイトは直ぐにカウンターの拳を掲げる。だが、その掲げた拳を姉は重力を込めた蹴りで跳ねあげた。ファイナイトの拳が、腕から切り離され、遥か遠くまで飛んでいってしまった。

「ぐおぉっ!? なんだこのパワーは!?」

  ファイナイトの手首の断面は白くなっており、すぐにそこからまた新たな手が生える。
  だが、その背後にシクスが瞬時に張り付く。

「さぁ、ファイナイト。お遊びの時間は終わりだ。これが、私達の本気だ」

  シクスはファイナイトの腰を蹴り、ファイナイトはあの太い塔の上方の壁に激突する。

「ぐはっ! シ、シクスもか!」

  そう言葉を発したファイナイトの目の前に再びシクスは現れた。50mもあった高さに一瞬で到達してしまったのだ。
  そして、シクスの足元に太い筒の様な物体が現れる。戦車用の砲弾だ。それを鋭い蹴りでファイナイトへと飛ばし、爆発させた。

「何が、どうなっているのだ?」

  爆発直後にシクスから距離を取り、ファイナイトは反対側の上空にいた。だが、その真上にシクスは現れた。眼下のファイナイトに向けて容赦なくウィンチェスターを放つ。常人では有り得ないスピードでコッキングし、ショットガンを連射する。
  そして、さらにそこから凄まじい蹴りの猛打を浴びせ、ファイナイトをインテグラル・バースの表面に向けて蹴り飛ばす。

「おかえり」

  にこりと笑みを浮かべた姉が、飛ばされたファイナイトの胸ぐらを掴んでキャッチしていた。その姉を中心にして空間が歪む。超重力を発生させ、ファイナイトの身体は押し潰されながら姉の頭上に浮かぶ。

「なんなのだ!? なんなのだこの力は!?」

  そう言った頭上のファイナイトの腹部に向けて、姉は重力を超圧縮した拳を放った。

「さ、いよいよメインディッシュだ! そーくん、派手にかましちゃいな!」

  姉は僕に向かって拳を握る。僕はそれに応えるように頷く。

「弖寅衣……想! ぬしでは我に勝てぬ! そんなボロボロの身体で……なぜだ!? なぜ回復している!? ぬしは、先程まで立つこともままならぬ瀕死状態であった筈だ!」

  僕の目の前にまで飛ばされ、インテグラル・バースの表面に打ち付けられたファイナイトは立ち上がりながら僕を見て、そして驚いていた。

「ファイナイト、お前ほどの回復力は僕にもないよ」

  傷は消えていないし、激痛もあるし、血はまだ出る。だが、動くには充分回復した。

「なんだ!? どういうことだ!? 何をした!?」

  戸惑っているファイナイトの胸の中心を僕は容赦なく殴る。ドンッと重い音が響き、奴は苦痛に顔を歪めている。

「て、てっ、弖寅衣……想ー!」

  ファイナイトは目の前の僕に向けて光のブレードを伸ばしていた。だが、その切っ先に僕が掌を向けると、それはさらさらと空気に溶けていった。
  代わりに、10本もの光のブレードがファイナイトの身体に突き刺さる。そしてその光のブレードはそのまま爆発する。そこへシクスが飛び出す。

「ファイナイト。今度はお前が巨大な力に打ちひしがれる番だ」

  そう言ってシクスはファイナイトの腹に弾丸のような蹴りを放つ。そして、宙に浮いたファイナイトの上に姉が現れる。

「あたしのそーくんは、最強なんだ! 凡人でもなく、天才でもない! そんな次元を凌駕した存在なんだ! あたしの、最強の弟なんだよ!」

  姉はそう言って、ファイナイトの背中に足から急速落下して叩き付け、奴の足を掴むとそのまま後ろ宙返りして再び叩き付け、バウンドした奴の胸に肘打ちを当てて吹き飛ばした。
  ファイナイトは真っ直ぐに僕の目の前に飛んできた。そのファイナイトの顔面に、1発、2発、3発と拳を叩き込む。さらにインテグラル・バースの表面に設置された巨大な突起物を動かして横殴りし、再び拳で殴る。

「ぐばはっ! ぼはっ! ぐひゃっ! な、なぜだ!? 何が、どうなっている!? て、弖寅衣 想! ぬしにはこれ程の力はなかった筈だ!? ぬしは、一体何者だ」

  ファイナイトは慌てるように自身の身体を回復させながら僕を見上げて言った。

「僕は、この地球ほしの守護者だ」

  そう言うと、僕の髪は群青色に輝き出した。
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