カンテノ

よんそん

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第5章 ファイナイト

5-28 Want to come back to my room

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 璃風での戦いの後、僕達は重症を負いながらも、琥蘭道にあるミルの倉庫へと帰還する。
  ファイナイトによる大統領暗殺を食い止める事が出来なかった上に、ゼブルムのシニックに力の差を思い知らせれ、重い空気がリビングを包んでいた。
  それでも、ドルティエさんは静かに僕達を手当てしてくれた。

「わたくし達では、やはり無理なのでしょうか」

  誰に聞くでもなく、ミルがぽつりと呟いた。

「無理なんてもんは、自分が決めるもんだ。自分で無理と決めなければ、無理な事はねえ」

  ドドは重い空気を突き飛ばすようにそう言う。

「そうは言うがよ。あのシニックにさえ勝てなかったんだ。ファイナイトはもっと強い。俺達がやろうとしてる事は、無駄なんじゃねぇか?」

  トロイはドルティエさんに手当てされながらそう言った。声のトーンが明らかにいつもより低い。

「確かにあのシニックという人、あれ程まで強い人は初めてでした。あの能力も勿論ですが、戦闘の技術、そして何より揺るがない信念。私達に、あれを越える事が出来るのでしょうか?」

  トロイの手当てを終えたドルティエさんはレグネッタさんの元に行きながらそう言った。

「あのシニックが匙《さじ》を投げる程の相手が、ファイナイトということだ。今までの戦いでも、ファイナイトは私達を本気で相手にしてないだろうし、まだまだ力を隠しているのか」

  レグネッタさんは呟き、タバコを吸おうとしたがドルティエさんに止められる。無意識にタバコを吸おうとしていたらしく、すまんと謝ってタバコをしまう。

「今は怪我もあるし、しばらく療養に専念して休みましょう」

  僕はどこか考える事を放棄するように、そう言ってしまった。だが、他の皆も疲れていたのか、その言葉に流されるように無言で了承していく。
  治療を終え、夕食をそこそこに済ませ、各自部屋に戻り、静かに休息をする。



  そして僕はクアルトへと来た。特に何か話したい事があった訳でも、何かを求めていた訳でもなく、気づいたら深層意識の部屋のソファに腰掛けていた。

「そーくん、気持ちはわかるよ。あたしも、何て言ったらいいかわかんないんだ」

  クアルトに来てもずっと無言だった僕に姉はそう言葉を掛けた。
  シクスは紅茶を持ってきてくれ、それに僕は口を付ける。忘れない味。初めてこの部屋に来た時にも味わった紅茶の味だ。

「僕達の力では、あのファイナイトには遠く及ばないんだ。でも、それでも……あいつに勝たなくちゃいけないんだ」

  そう呟くように、自分に言い聞かせるように言う。僕に与えられた使命。弱くても、力がなくても、やらなくちゃいけないんだ。

「想、あなた1人に背負わせない。私達はいつだってあなたと一緒です。あなたの心の中にいるんですから。大丈夫、あなたは負けない」

  根拠の無い理論を嫌うシクスからそんな言葉が発せられ、僕は顔を上げて彼を見る。シクスは無表情だったが、小さくも力強く頷いた。

「そうだよ? あたし達が、いつだってそーくんの隣で支えているんだ。あまり酷な事は言うつもりはないよ? でも、無理なんて決めつける必要も無いはずだ。ドドくんも言ってただろ? まだまだいけるさ! 諦めなければ、きっと活路が見える。だから、絶対に最後の最後まで諦めちゃダメだ」

  姉の明るい口調に、僕は思わず力が抜けて頷く。

「うん、ありがとう2人とも」

  そう言うと、姉は笑顔を浮かべて頷く。

「シニックは強かったねー。反則じゃんあんなの! あいつこそ無理とか決めつけないでファイナイトと戦ってこいよって感じだよね?」

  姉は憤慨しながらそう言った。

「自身も空気になるのですからね。本気で戦っていたらどうなっていた事か」

  シクスの言う通りだ。シニックはどこか初めから本気ではなかったように見える。

「あいつは、僕達を試したのかな? 実力よりも、僕達の意志を」

  僕は疑問に思いながらそう口にする。ゼブルムの人間でありながら、どこか今まで見てきた敵とは違う。あのエイシストともまた違った印象を抱いた。

「どうだろうね? そうなのかもしれないし、遊びたかったのかもしれないし」

「あのシニックが? 遊びたい?」

  僕は、ぷっと笑ってしまいながらそう聞く。姉みたいな喧嘩好きじゃあるまいし、それはないだろう。

「あのスペースコロニーの名前を『インテグラル・バース』と言ってましたね。シニックが開発の首謀者なのかもしれません」

  シクスの言葉に僕も頷く。スペースコロニーは完成し、ゼブルムの人間達はそこに避難し、そして地球を放棄するのだろう。

「例えスペースコロニーしか生き延びる手段がないとしても、奴らに頭下げて乗せて下さいなんて言うのは死んでもごめんだよね。死んでるあたしが言うのも可笑しいか?」

  姉の言う通り。僕達はそこまでして自尊心を捨てる事はできないし、何としてでも地球を救う道を進む。

「あれ? 今日はジャズじゃない? シクス、こんな曲も聞くの?」

  ふと気付けば、室内に流れている音楽はいつものジャズではなかった。どこか懐かしさを思わせる曲調、アコースティックロックと言うのだろうか? 優しい男性のボーカルだ。
  問いかけられたシクスは少し首を傾げる。

「私がジャズ以外の曲を聞くと思います? 煉美の趣味ですよ」

「えー!?」

  そう言われて、僕は思わず大きな声を発してしまった。姉は生前から激しいラウドな曲ばかり聴いていたので、こんな静かでゆったりした曲を聴いていたなんて信じられない。

「そーくんはまだまだあたしの事をわかってないなー。あたしだって、静かな曲聴くんだよ? ま、ベルセバはレグが好きでさ。あの頃、よく聴いてたんだ。ふと、また聴きたくなってね」

  姉はそう言った。そうか、レグネッタさんが好きなアーティストだったのか。「ベルセバ」というのがそのアーティストの略称なのだろうか。
  聴き続けていると、静かでありながらもノリが良く、心に染み渡る綺麗な歌声だ。

「レグネッタさんと、とても仲がよかったんですね」

  シクスは姉に向かってそう言った。その姉は紅茶を飲み、ティーカップの中で揺れる紅茶を見詰めながら昔を懐かしむように目を細めている。その綺麗な瞳はどこか潤んでいるようにさえ見える。

「うん。お互いに好きなバンドを聴かせ合ったりしてね。あたしの趣味とレグの趣味は真反対だったから、初めは『どこがいいわけ?』って言い合ってたんだ」

  レグネッタさんも激しい音楽を聴きそうなイメージがあったが、意外と静かな音楽を好むのだな。

「お互い頑固だからさ。気に入るまで聴かせてやるってなって、あたしも好きなバンド片っ端から押し付けてさ。あたしもレグも段々と、良さがわかっていったんだ。音楽に限った事じゃなくてさ、いろんな事を2人で共有しあって、時間をかけて、そうやってお互いを認めてきたんだ。ベルセバを聴くと、それを思い出しちゃうんだ」

  姉はそう語った。僕は学生時代に友達を作らなかったため、そのような経験はないが、姉のレグネッタさんとの思い出はとても素敵だと、そう感じた。
  レグネッタさんは、「お前の想いも抱えながら生きて行く」と言っていた。姉は、その言葉を聞いて嬉しかったのかもしれない。

「レグネッタさんは普段は怖いけど、本当はとても優しくて実直なんだ。僕も、この数日レグネッタさんと一緒にいてそう思った」

  僕がそう言うと、姉は微笑みながら頷く。

「昔からそうなんだ。あれで意外と寂しがりだったりするからね。あ、本人には絶対言っちゃダメだからね? きっと、レグは自分の意志を保つためにいつでも戦ってるんだ」

  姉は語った。姉もレグネッタさんも、強い人なんだと僕はそう思う。
  僕自身は強くなれているだろうか? わからない。シニックが言った通り、まだまだ弱いのかもしれないな。

「シクス、少し久しぶりだけど、また手合わせしてくれないかな?」

  僕が口にした突然の要望に、シクスは少し驚いていた。

「いいですが、もう教える事はありませんよ? 今からやってもあまり成長する事はないかもしれませんし」

「いいんだ。自分でも、なんでかわからないけど」

  そう言うと、シクスは了承して席を立つ。

  初めてここに来た時には本当にやられっぱなしだった。トレーニングと改めて告げられてから手合わせした時も、動きについて行くのが精一杯だった。
  でも、それから彼の動きを見極め、そして彼の動きを自分に取り入れ、反撃ができるようになった。
  初めは対峙すると怖かった。でも、回数を重ねると、少しずつワクワクし始めていく自分がいた。そして、何より懐かしさがあった。

  シクスの長い脚から放たれた蹴りを僕は防御しつつ避ける。避けてから彼の軸足を蹴る。でも、シクスは体幹がいいから絶対に倒れないんだ。
  踏みとどまったシクスは僕に向けて拳を放つ。その拳を払い除けるように、僕は自身の拳を放つ。クロスしたその拳は、シクスの横顔に見事命中した。
  そして、その時、シクスのあの長い前髪が揺れ、少しだけ彼の目が見えかけた。
  だが、そこでシクスの拳が伸びて僕の横顔に当たり、僕は吹っ飛ばされた。結局シクスの目はよく見えなかった。

「いてて……」

  痛みはなくてもつい口から溢れてしまう。この反射はいつまでも治らない。

「大丈夫ですか?」

  シクスは僕の手を取って立たせてくれたので礼を言う。
  そして、僕はソファに座る姉を見る。

「姉さん。次は姉さんだ」

「は!? あたし!?」

  僕に挑戦状を叩きつけられ、姉は慌て気味に腰を浮かす。

「あたし、そーくん殴ったりなんかしたくないよー!?」

  そう言って必死に首を振っている。

「大丈夫だよ。避けるから。さ、早く早く」

  姉は珍しく緊張しながら僕の前に立つ。

「手加減するからね? 殴っちゃったらごめんね?」

「いいって。それじゃ、いくよー?」

  僕はそう言って、ついに姉に挑む。足を思い切り踏み込み、その勢いの流れを感じる。ドドがずっと前に教えてくれた事を思い出して。
  流れ。力の流れ。それだけじゃない。酸素の流れ、血液の流れ、生命の流れ。その流れを、拳に繋ぐ。

「っ!?」

  姉の顔が驚いているのが見えた。僕の右拳は完全に姉の顎を捉えていた。
  だが、姉は流れを返した。僕の右拳を、左掌で受け止めつつもその流れを自らの身体に受け入れ、大きく1歩踏み出し、僕の横側から腹に右拳を叩き込んだ。

「ぐはー! ひぃー、いってぇ……」

  僕の身体は、姉の特等席である3人掛けソファに吹き飛ばされていた。ついにこの特等席に座る事ができたが、それが皮肉にも姉に負ける時になろうとは。

「はっ!? ちょ、そーくんごめん! 大丈夫!?」

  姉が慌てて近寄り、僕を心配している。

「この部屋では痛みがないんだから大丈夫だって。ちょっとびっくりしたけど」

  そう言った僕を、姉は数秒ほどじっと見詰めていた。

「もうっ!」

  姉は少し怒ったように言い、次の瞬間、姉は僕を抱き締めていた。

「ちょ、ちょっと!? 姉さん、大丈夫だってば!」

  慌ててそう言ったが、姉は巫山戯ている訳ではなく、どこかいつもと様子が違う気がした。姉は痛いくらいに僕を強く抱き締めて離さない。

「そーくん。そーくんが例えどんな存在でも、何があろうと、あたしが死んでいようが、いつまでもずっと、ずっと、あたしの弟だから」

  姉は僕の耳元で静かにそう告げ、僕はただありがとうと伝える事しかできなかった。



  大統領暗殺事件から3日が経過した。国内ではファイナイトの支持者達による崇拝運動が日に日に激しくなり、各地で暴動が起きていた。
  また、国の終わりを実感した一部の人間は犯罪に手を染め、警察、及び治安組織は東奔西走していた。

  渦中のファイナイトは、日本の主要都市を次から次へと破壊し続けた。そして、害悪と定めた人間は躊躇なく殺した。例えそれが、自身の支持者だろうと、政府の要人だろうと。
  日本という国はその機能を殆ど失い、瀕死状態と化していた。

  そして、大統領暗殺事件から4日目。僕はいつものリビングに皆を呼んだ。

「ファイナイトを倒す。皆、ついて来てほしい。絶対に負けない。無理だ無謀だと誰かに言われようが、それを覆す」

  僕の言葉を聞き、ドド、ミル、レグネッタさん、ドルティエさん、トロイは力強い眼差しで力強く頷いた。
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