カンテノ

よんそん

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第5章 ファイナイト

5-24 エッジクラッシャー

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 地上から10m程の高さに浮遊するそのブロンズ色の機体は、全長約10m、横幅約15m程の大きさだった。
  下半身がなく、上半身だけの巨大ロボットは、背面に備え付けられた2つのジェットエンジンによって空に浮いている。そのエンジンの上には更に大きな、角張ったユニットのような物を3つ背負っている。

  周囲の兵隊達も、突如現れた謎の浮遊機体に戸惑っているため、軍の物ではない事は明らかであった。
  そして、その機体から発せられた笑い声は、間違いなくあの亜我見で出会ったゼブルムの科学者の声だ。

「フィア・ファクターか。なぜ、こんな所に?」

  機体から発せられるエンジンの風圧を受けながら、僕はそう呟く。

「あぁ、フィア・ファクターのおっさんのメカだ。だが、大方あのおっさんはどこか安全地帯で待機しているんだろう」

  トロイが僕の隣に立ってそう言う。遠隔操作か、はたまたA.Iによる起動なのか、あの巨大な機体は空中に浮かびながらも、駆動音を響かせてこちらを睨んでいる。

『また会ったな小僧よ! しかも、そこにいるのはフォールン・トロイか? なぜ奴らと共にいる?』

  空中に浮かぶ機体からフィア・ファクターの声が聞こえた。

「ま、成り行きでね。おっさんこそ、ここに何しに来た? 白髪の坊主を止めに来たのか?」

  トロイのその質問を、フィア・ファクターは笑い飛ばした。

『あれを俺が倒せるわけがなかろう! そこのテロリスト共を駆逐しに来たに決まっとる! 亜我見では散々コケにされたからな!』

  そう言って、その機体の巨大な右腕をこちらに向ける。太さ5m程の巨大な柱のようなその腕の周りにはゴツゴツと突起物があり、細い筒のような物も生やしている。

「なんなんですの!? ゼブルムは、こんな巨大なロボットまで所有しておりますの?」

  僕の背後に立つミルも初めて見る異様な機体に戸惑いを隠せない。

『ただのロボットではないぞ小娘! これぞ我が発明、殲滅兵器、エッジクラッシャーであるぞ!』

  そう言って、背面のユニットからミサイルを何発も射出してきた。それをトロイが3人のドッペルと共に右腕のマニピュレーターでガードする。

『フォールン・トロイ! 貴様、俺の邪魔をする気か!?』

「邪魔じゃねぇよ。ただ、今はこいつらに協力する命令を受けているんでね」

  トロイは屁理屈を言い、ドッペルと共に左腕からサイドワインダーを射出した。だが、フィア・ファクターのエッジクラッシャーは巨大な2本の腕でそれを防御する。

「お嬢様、私の後ろにお下がりください。あれは、とても危険です」

  そう言ってドルティエさんが前に出る。

「ありがとう、ドルティエ。でも、わたくしも戦えますわ。あのロボットが危険だろうと、みんなで協力すれば倒せますわ!」

  ミルの言葉に僕も頷く。

「あぁ、奴を倒すしかない。行こう」

  そう言って、僕は上空に浮かぶエッジクラッシャーに向かって陸軍の車両を飛ばす。
  だが、それをエッジクラッシャーは図太い腕で払い除け、軍事車両はビルに激突し、瓦礫が周囲に飛び散る。近くにいた隊員達も慌てて退避していく程だ。

「いいねー! こいつぁ、壊しがいがある!」

  マニピュレーターを使って首都高の高架によじ登ったトロイが、左腕からサイドワインダーを立て続けに撃ちながら笑っていた。

『効かんぞー! このエッジクラッシャーの硬度を舐めるなよ!』

  そう言ってトロイのサイドワインダーを、太い両腕を振り回して再び防御していく。
  そして、その武骨に盛り上がった肩から幾つも丸い玉がばら撒かれた。それは周囲で次々に大きな爆発を起こし、ビルを破壊していく榴弾だった。

「くっ。やりたい放題か」

  僕は目の前に交通案内板を何枚も浮かべ、ミルとドルティエさんを守る。トロイはマニピュレーターでガードしながらも、首都高を走りながらサイドワインダーを撃ち続けていた。

「行きます」

  ドルティエさんが隙を見て素早く飛び出した。メイド服の彼女は、爆発によって折れて傾いた道路照明灯の上に跳び乗り、その細い足場を走って登っていく。
  だが、傾いた照明灯を登っても、空中に浮かぶエッジクラッシャーには到底届かない。そこでドルティエさんは照明灯から跳び上がり、近くのビルの壁を蹴り、更に高い照明灯の上に飛び乗り、そこから更に跳躍した。
  10m以上の高さにまで達してしまい、ドルティエさんはエッジクラッシャーの太い右腕をあの包丁で切り付ける。
  火花を散らしながら「ギギガガガッ」と音を立てあの腕を削っていく。

『なんだこの女は!? 本当に、あのライトニング・ボルトだと言うのか!?』

  エッジクラッシャーからフィア・ファクターの焦る声が聞こえた。

「そうですわよ! ドルティエは英雄『ライトニング・ボルト』ですわよ!」

  エッジクラッシャーの背後に現れたミルが拳銃を連射しながら言った。
  それを聞いたドルティエさんは恥ずかしそうにしていたが、そこへエッジクラッシャーの太い腕が横から振られていた。
  だが、空中にいるドルティエさんは、その大きな腕をあの細いスティック2本で軌道を逸らすように防御していた。

「ドルティエさん! それに乗ってください!」

「弖寅衣様! ありがとうございます!」

  僕はドルティエさんの足元に交通案内板を浮かばせていた。それと同時に、道路脇のガードレールをエッジクラッシャーに向けて飛ばす。
  エッジクラッシャーは巨大な右腕で火花を散らしながらそれをガードし、胴体の下に伸びる長い尻尾のような物で払い除けていた。

『ガーッハッハー! きかぬわー!』

「んじゃ、次はお兄さんのターンだな!」

  トロイがサイドワインダーに乗って宙を舞っていた。そして、死角になっていたエッジクラッシャーの左側から、その巨大なマニピュレーターで横顔を殴った。
  あの巨大な機体が吹き飛ばされ、ビルの屋上へと落とされる。そこへトロイはサイドワインダーで更に追撃した。

『フォールン・トロイ! よくもやってくれおったなー! 同じゼブルムのメンバーと言えど、容赦せんぞ!』

  フィア・ファクターが絶叫し、エッジクラッシャーは両腕でビルを破壊しながら、再び宙を飛ぶ。
  そして、右腕を上げ、その腕から生える細い筒からレーザーを撒き散らし始め、見境なくビルを破壊していく。
  地上にいた隊員達も軍事車両で逃げながら機関銃を撃っていたが、降り注ぐレーザーと瓦礫を避け切れず、車両は大破していく。

「そこまでです。街を破壊するのは許しません」

  ドルティエさんはエッジクラッシャーの左腕の先端に立っていた。先程、僕と目配せをし、彼女を乗せていた案内板をエッジクラッシャーの所まで飛ばしていたのだ。

『な!? また貴様か!?』

  エッジクラッシャーの視界は狭い。その弱点を突かれ、フィア・ファクターは焦り出すがもう遅い。
  ドルティエさんは太い左腕の上を走りながらも、そこに包丁を突き立てて火花を散らす。そして、エッジクラッシャーの頭部まで辿り着くと、その後頭部に蹴りを放つ。

「はっ!」

  ドルティエさんは逆さまになって落下しながらも、あの巨体の背面を右手の包丁で幾重にも傷付けながら、左手のスティックで殴っていく。

『馬鹿め! 撃ち落としてくれるわー!』

「!?」

  エッジクラッシャーは背面に備え付けられたユニットからミサイルを発射し、それは落下するドルティエさんに向けて放たれていた。

「うらぁっ!」

  だが、そこへ黒い影が飛び出し、そのミサイルを蹴り飛ばしていた。ドドだ。どうやらレグネッタさんの黄光の鞭で飛ばしてもらい、あの高さまで飛んだようだ。なんて無茶するんだ。

「ど、堂島さん!? ありがとうございました」

  地上に降り立ったドルティエさんが礼を述べた。

「へへっ。なんか面白そうなのと戦ってるからよ。俺も交ぜてくれ」

  同じく地上に降り立ったドドは不敵に笑いながら宙に浮かぶエッジクラッシャーを睨み付けていた。

「ゼブルムめ。わけのわからん物ばかり作りやがって。チンチラ! 仕事の時間だ!」

  レグネッタさんはそう言って、左手に持つ白い拳銃から緑光の大きな弾丸を放つ。

『ぬおーっ!? 今度はなんだ!?』

  レグネッタさんが放った緑光の弾丸はエッジクラッシャーの胴体に命中すると同時に、高速ドライブスピンし、空中であの巨体を押し始めた。

「レグねぇ! いい所に来てくれたじゃねぇか!」

  ビルの屋上に降りていたトロイがそう言ってサイドワインダーを放つ。

『数が増えたのなら、全員まとめて爆破してくれるわ!』

  そう言って、エッジクラッシャーの肩から再び榴弾がばら撒かれる。

「何度も同じ手は通じない」

  エッジクラッシャーからばら撒かれた榴弾を、僕はグラインドの力で逆にエッジクラッシャーにぶつけ、巨大な機体が爆発に飲まれて高度を落としていく。

『青緑の小僧が!』

「ここまで落ちればこちらのものです」

  そう言ってドルティエさんが走り出し、軍事車両の上に飛び乗り、さらにそこからエッジクラッシャーに向けて跳躍した。

『ライトニング・ボルトめー! いつまでも図に乗るなよ!』

  包丁を構えて宙を跳ぶドルティエさんに向かって、エッジクラッシャーの左腕が下から振り上げられていた。
  ドルティエさんは瞬時にそれを脚と腕で防御したが、彼女の身体は高々と飛ばされてしまう。

「くっ!」

「ドルティエ! これを使ってください!」

  宙に飛ばされたドルティエさんの目の前に拳銃が現れた。ミルが転移させてくれたのだ。それを受け取り、ドルティエさんは落下しながらその銃を連射していく。流石、銃の扱いにも慣れている。

『ハハハハ! その程度の小物ではこのボディを砕けんわ!』

「そうか。ならこれならどうだ?」

  レグネッタさんはいつの間にか信号機の上に乗っていた。黄光の鞭で登ったようだ。そして、そこから黒い拳銃から黄光のビームを発射し、それはエッジクラッシャーの肩を貫いた。

『なんだと!?』

  フィア・ファクターが驚愕すると、ついにあの巨体は地響きと共に道路に落ちた。レグネッタさんはそのまま黄光のビームを鞭にし、それで落下するドルティエさんを受け止めてくれた。

「ん? 雨か?」

  いつの間にか僕の隣に立っていたドドが呟く。ぽつりぽつりと、雨が降ってきていた。
  街灯も大半が破壊され、すっかり暗くなってしまった空間に雨が降り始め、視界は益々悪化した。

『貴様らぁ……どいつも、こいつも、好き放題しやがって。エッジクラッシャー! オーバー・インダストリアル・モード発動!』

  フィア・ファクターが言い放つと、雨夜の中でエッジクラッシャーは青白く発光しながら駆動音を上げて再び宙に浮かぶ。

『虫けらども! 全員抹殺してくれる!』

  エッジクラッシャーの巨体を中心にして、球状のプラズマ網が拡がり出した。

「これはまずいっ! くあっ!?」

「お嬢様! お逃げください! はっ!?」

  レグネッタさんとドルティエさんが立て続けにそのプラズマ網の電撃を受けて周囲の壁に飛ばされる。

『改良を重ねた我が研究の成果、その身で味わえ!』

  エッジクラッシャーは僕とミル、ドドの頭上からその太い腕にプラズマを纏って叩き付けてきた。

  だが、それが僕達に届く事はなかった。
  空中にいながらも、その大きな腕を、垂直に上げた片足1本で受け止めた細長い男がいた。

「少し痺れますね」

  あのプラズマを受けても無表情で平気そうにしていた。前髪が異常に長い、僕の弟、シクスだった。
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