カンテノ

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第5章 ファイナイト

5-20 主

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「お嬢様!? 堂島さん! それに、弖寅衣様、その傷はどうなさったのですか!?」

  音が消えたと思った直後、女性の声が聞こえ、僕は目を開ける。黒髪を三つ編みにし、メイド服を着た褐色肌の女性が、僕の顔を心配そうに覗きこんでいた。

「ドルティエ……さん? ここは? 僕は、生きてる?」

  周りを見渡すと、ミルの倉庫であるマンションの一室にいる事が把握出来た。そうか、あの時、ファイナイトの爆発が起きる寸前でミルが助けて避難させてくれたのか。

  ――――バシンッ!

  と、頭に衝撃が走り、フラフラしてしまう。平手で叩かれたようだ。

「想! お前、何してんだ!? 頭悪いのか!? お前に死なれたら、私は! 私は! また、失ってしまうんだ……頼む、無茶はしないでくれ」

  レグネッタさんだった。僕の両肩を両手で掴んで、目の前で大声を出していた。

「レグネッタさん、ごめんなさい。後先考えていませんでした。ミル、助けてくれてありがとう」

  僕がミルに礼を言うと、彼女は目を潤ませながら力強く頷いた。

「まぁ、ともかくよ。全員無事だったんだ。今はそれが何よりだ」

  ドドがそう言って、安心して部屋に座り込んだ。ん? 全員?

「ほんっと! 死ぬかと思ったよなー! ダハハハッ! へぇー、ここが噂のミルちゃんの倉庫かー! 滅茶苦茶いい部屋じゃねぇか!」

  トロイだ。そうか、トロイも連れてきてしまったのか。

「貴様……いいか? 約束は守れよ?」

  レグネッタさんはトロイに銃を向けながら言った。

「わかってるってー! 俺は約束を守る男だ。頼むから銃を下ろしてくれよー」

  レグネッタさんは大きく溜め息を吐きながら銃を下ろした。
  そのやり取りを見ていたドルティエさんはあからさまに困惑している。レグネッタさんは今朝ここを訪れたため、面識があるのだろう。だが、トロイとは初対面だ。見るからに怪しい風貌をしているのだから戸惑うのも無理はない。

「この御方も味方なのですか? 今、テレビで爾栄の街が崩壊したと臨時ニュースが入りまして、もしやと思ったのですが」

  ドルティエさんに言われ、僕は慌てるようにそのテレビを見た。先程まで僕達がいたあの街が、見るも無残な姿になり、廃墟の群れと化していた。

「止める事ができませんでしたわね……トロイは今は味方です。安心してください」

「やはり、お嬢様達は、あの場にいらしたのですね? そして、あの街を破壊した者が、お嬢様達をこんなに傷つけたのですね。許せません」

  ドルティエさんは冷静を装いつつも、どこか憤っているようだった。

「あぁ。あいつは――ファイナイトは、とんでもねぇ奴だ。次元が違う。だが、それでも俺達はあいつを止める」

  ドドの堅い決意に僕達も同意する。

「そうですか。とにかく、今は治療をしますね。先にシャワーになさいますか? レグネッタさん、でしたよね? お洋服も随分汚れてますものね」

  そう言って、2人はシャワーを浴びる事になったので、僕達男3人は隣の男部屋へと行き、シャワーを浴びる事にした。
  爾栄での戦いは、特殊部隊、セキュリティマシン、そしてファイナイトとの連戦であり、僕達も相当疲労が蓄積した。一度落ち着いて、休む事を身体は求めていた。
  2人にシャワーを譲り、僕はソファに腰を沈めて目を閉じ、クアルトへと向かう事にした。



「そーくん。レグ怒ってたでしょ? 無理しちゃダメだよー?」

  と、姉は開口一番そう言ってきた。

「うん、その件については反省してます。次からは気をつけます」

「よし! まぁ、熱くなるのもわかるけどね。どこかの誰かさんも、相当熱くなってたしね」

  そう言って、姉は右隣のソファに座るシクスを横目で見た。

「あんなに強いとは思わないじゃないですか。10分では物足りません」

  シクスはかなり不服そうであった。そして、紅茶を淹れるために席を立つ。

「しっかし、強いねーファイナイトは。みんなの攻撃はかなり強烈だったのに、あんなにすぐに回復させられたら手の打ちようがないよねー」

  姉はソファの上で胡座をかき、腕を組んで唸っている。今日はタンクトップ、ショートパンツのラフなスタイルだ。髪はポニーテールにしている。

「でも、やっぱり僕の予知能力妨害がうまく効いたみたいなんだ。あのファイナイトに勝てるとしたら、そこを利用するしかないんだ」

  僕が、そう言うと姉は眉をピクンと動かして微笑む。

「やっぱりそういう事だったんだね。うん、今のそーくん達にとっては最大の武器だね。なんとかそこから活路を見出すしかない」

  姉の言葉に僕も頷く。すると、シクスが紅茶とシフォンケーキを運んできてくれた。

「美味しそう。シクスが作ってくれたの? いただきまーす」

  そう言って僕はそのシフォンケーキを口にする。生クリームが掛かったシフォンケーキはメープル味で、ふわふわしていてとても美味しい。
  紅茶かと思っていたが、今日はカモミールのハーブティーだ。香りがとてもよく、すっきりした味わいだ。

「夕飯前ですからね。こちらでお腹いっぱいにしない方がいいでしょう」

  そうか、もうそんな時間か。あの爾栄のビルに5時間近くもいたことになる。

「カモミールティーいいよねー! あたしも好きなんだー」

  そう言って姉は美味しそうにそのカモミールティーを飲む。こんな緊迫した状況に直面している今でも、姉は何ら変わらない。今も、その事にすごく救われる。
  巨大な力を前にし、手痛い敗北の直後、僕は絶望し、ずっと頭を悩ませ続けていた。でも、生前と変わらない姉がいてくれるだけで、すごく心強くて落ち着ける。カモミールティーのリラックス効果もあるのかもしれない。

「姉さんがお酒以外の飲み物も好むなんて僕安心したよ」

「それどういう意味さー? あたしだって、お酒ばっかりじゃないんだよ?」

  僕が少しからかうように言うと、姉はどこか自慢げに目を細めて言った。

「シクスは、ファイナイトと戦ってみてどうだった? 何かわかった事はあった?」

  シクスは分析力にも長けている。その彼の意見も聞いてみたい。

「ファイナイトのあの力は、高出力の量子エネルギーという所でしょうか。あのレーザー、光の球体、光の爆発などは現代の科学では実現不可能な物です」

「量子エネルギー?」

  耳慣れない単語に僕は眉を顰める。

「はい。物質を構成する極めて小さな原子です。しかし、地球上に存在する物よりも遥かにエネルギー量と純度が高く、膨大な熱量を秘めています。それを容易く生成しているのですから、ファイナイトは人類を遥かに超越した存在です」

  シクスの言葉に姉も真剣な表情で耳を傾けていた。

「そして、その量子エネルギーとは別に、ファイナイトにもグラインドがあります。奴は、『オリジン・グラインド』と言っていました。私達が使うグラインドのプロトタイプと考えていいかもしれません」

  シクスが言った通り、確かにファイナイトは「オリジン・グラインド」と言っていた。プロトタイプ――「原祖のグラインド」となるわけか。
  姉が胡座を解いて手に持っていたティーカップを置き、脚を組む。

「『ファイナイト』という単語、それが意味するのは『有限』だ。そこから推測するに、恐らくあいつのグラインドは、物質や人の限界値を操作できるんじゃないかなぁ?」

  姉の推測にハッとし、僕は顔を上げ、そして頷く。

「つまり、限界値を操作して人の手足を無くしたり、殺す事もできてしまうのか」

  姉は僕を見て頷く。

「あいつの力を増幅させているのもそのオリジン・グラインドがあるからだ。あの代表さんの財産を奪ったのはオリジン本来の力だけど、そのグラインドの力を掛け合わせる事によって可能にしているんだ」

  オリジンの力と、グラインドの力を兼ね備えているのか。姉は一呼吸置いて口を開く。

「そーくん。今だからこそはっきり言おう。あのファイナイトこそ、君が倒すべき世界の敵だ。あまりにも強大な力を持ち、人類を脅かし、世界を確実に破滅へ導く。そんな絶対的な存在なんだ」

  姉は真剣な眼差しを僕に注いでそう言った。

「そうですね。だからこそ、今は想の『未来予知妨害』が切り札となるはずです」

  シクスは僕が希望を失わないように言ってくれたように見える。

「でも、僕になんでそんな力があるんだろ? グラインドとはまた別のスキルになるのかな? なんで、僕が?」

  僕が疑問を口にすると、姉は無言で天井を見つめていたが、やがて視線を僕に戻す。

「確かな事は言えない。でも、心当たりが無いわけじゃないんだ」

  そう言って姉はシクスへとその視線を向けた。

「そろそろ、話してもいいだろ?」

  真剣味を帯びた姉の言葉に、シクスは無言で頷く。

「あたしが死んだ直後の事だ。何もない暗闇にいたんだ。ここが地獄かと、その時そう思った。でも、そこにぼうっと光が湧いてね。1人の男がいた。その男の足下にはまだ猫の姿のシクスもいてさ」

  姉がぽつぽつと話し始めたその内容は、死後の世界に関するもののように聞こえたが、どこかそうではないようにも感じる。

「その男は言ったんだ。『星の歌が消えた。世界に危機が迫っている。君達に、僕のこの部屋――クアルトを与えよう』ってさ。この部屋に通されて、そいつはシクスに人間の姿を与えた。そして、あたしとシクスにグラインドも与えたんだ。『どんな力が欲しいかイメージしてごらん?』なんて言ってね」

  姉は僕を見つめ、少し微笑みながら語った。

「そいつはこうも言った。『想の、力になってあげてくれ』ってね。それっきり、そいつが姿を現す事はなかった。あたし達は、この部屋でずーっと、技を鍛えていった。たまに本を読んだり、音楽を聴いたり、そーくんの様子を見ながらね。そうやって、6年間過ごしてきたんだ」

  そう語った。6年間。そんな長い時間をこの部屋で、2人で過ごしてきたのか。

「あの日、そーくんが職場の倉庫を訪れた時、そろそろいいかなって2人で話してそーくんをこの部屋に呼んだんだ。それが、あたし達とこのクアルトに関する真実だ。後はそーくんも知っての通りだ」

  姉はそこでカモミールティーを口にした。

「そんな……6年間も、閉じ込めててごめん」

  僕は姉の話を聞いてまず初めに思った事を口にした。姉は少し驚きながらも微笑む。

「そーくんが気に病む事じゃないよ。あたし達が決めた事だ」

「でも、自分で気付けなかったのかなって。もっと、2人に早く会えたんじゃないかなって」

  僕がそう言うと、シクスが微笑んでいた。

「寂しい思いをさせてすみません。私達にも時間が必要だった。そして、何よりも私は想と再会するのがどこか怖かったのかもしれません。嫌われたらどうしようと」

「そんなわけないよ。嫌うわけないよ」

  僕は強く首を振り、そしてシクスに微笑みを返した。
  カモミールティーを口にして少し落ち着き、間を置いてから再び口を開く。

「でも、その男の人? 誰なんだろ? 僕は、全く心当たりがない」

  その謎の男が、このクアルトの本来の主になるわけか。

「あたし達にもそれは本当にわからない。でも、そーくんの未来予知妨害はその男と関係しているんじゃないかなって、あたしはそう思っているんだ」

  姉はそう言って、明るく微笑みかけてくれた。
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