カンテノ

よんそん

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第5章 ファイナイト

5-16 裁審者

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 壁に大きな穴があいたセントラルタワーの階に、何人もの特殊部隊隊員が倒れているのが見える。ファイナイトが先程の爆発で倒したのだろうか。
  窓の位置的にもあそこは12階だろう。

「坊主めー、派手にやっちゃってくれるじゃないの」

  トロイがどこかこの状況を楽しむように言った。セントラルタワー内にはまだ特殊部隊が残っているようで、ファイナイトに向けて銃弾が飛んでいた。
  しかし、以前目の当たりにした時と同じように、ファイナイトの周囲でその銃弾が停止している。

「おい、あいつ行っちまうぞ」

  ドドが言った通り、ファイナイトは僕達に背を向けてセントラルタワー内の奥へと歩みを進めていた。

「ミル! あそこまで僕達を連れてって欲しい」

「はい、あそこまでなら朝飯前ですわ! 皆さん、行きますわよ!」

  ミルのテリファイアによって、僕達はセントラルタワーの12階へと移動する事に成功した。

「ファイナイト! 待て!」

  僕が叫ぶと、ファイナイトはちらりとこちらを振り返っただけで、何も言わずに歩き出した。

「待てって言ってんだろ!」

  ドドがそう言って足を踏み出した瞬間、目の前の曲がり角から特殊部隊がやって来た。

「報告にあったテロリストの仲間か! 二手に別れろ! ここで食い止めるぞ!」

  隊長らしき人物が指示を出し、隊員達は僕達の進路を塞いだ。

「あのクソガキ、私達をここに連れてくるためにわざと壁を壊したな」

  レグネッタさんがタバコを吸いながらそう言う。

「レグねぇさん、そりゃどういう事だ?」

  前に立つトロイが後ろを振り返って聞く。

「この隊員どもの相手を私達にさせるためさ。だが、どうもあいつはこの先に誘ってるようにも見えるな」

  レグネッタさんの言葉に僕は耳を疑う。僕達を誘う? なんのためだ?
  前方のファイナイトは特殊部隊に追われながらも、依然と背を向けながら背後に光のレーザーを放って爆発を巻き起こしている。

「いずれにせよ、目の前の敵をどうにかしないと進めませんわよ! 相手するしかありませんわね」

  そう言ってミルは左手に持つ拳銃を撃ちながら右手でナイフを投げて、それをテリファイアで隊員の至近距離に転移させている。

「ミルの言う通りだな。やるか」

  レグネッタさんは気怠そうにしながらも、前方の隊員達に銃を撃つ。
  だが、その2人の銃弾を掻い潜りながら飛び出した隊員がいた。先程指示を飛ばしたあの隊長だ。

「テロリストどもがぁ! これ以上好き勝手はさせんぞ!」

  走りながら拳銃を構え、もう片手にはナイフを持っている。僕は足下にちらばるガラスの破片をグラインドでその隊長に向かって飛ばした。だが、その隊長はガラスで刺されてもなお突進してきた。

「あなた達がどう思おうが知ったことじゃない! 僕達はあいつを止める! そのためにここにいる!」

  僕は叫ぶように言いながら、身を屈めて低い位置からその隊長の腹を殴る。

「その程度の拳で、倒せるとでも思うのか!」

  隊長はナイフを掲げていたが、僕はその隊長の腕に向かって天井のLED照明を落とした。火花を散らしながら落ちた電球が当たり、思わず隊長はナイフを落とした。

「想には、手出しさせねぇぜ」

  ドドがいつの間にか隊長の横に回り込み、隊長の拳銃を拳で殴り飛ばしていた。

「そういう訳なんでね。まー大人しく寝ててくれ」

  トロイが半歩下がった隊長の真正面に立ち、その顔面を殴ると共に、隊長の背後からドッペルが出現する。本体のトロイの拳と挟むように、ドッペルは隊長の後頭部を蹴っていた。

「ありがとう、2人とも」

  僕が言うと、ドドとトロイは同時に振り返って笑顔を見せた。

「おら、いつまでぼさっと突っ立ってんだ。こっちはだいぶ片付けたからさっさと進むぞ」

  レグネッタさんがトロイを背後から蹴りながら言った。

「げふっ! おーい、何すんだよ! 味方だぞ!? トロイのお兄さんだぞ!」

「あ? ドッペルの方かと思ったら本体だったか? まぁいいや。行くぞ」

  絶対わざとだ。レグネッタさんはミルと一緒に歩き出してしまった。先程まで前方を歩いていたファイナイトもいつの間にか見当たらない。

「ははっ! まー、こういう事もあるさ! 行こうぜ」

  ドドがトロイの肩を叩いたが、トロイは半泣き顔だった。余程痛かったのだろう。
  廊下にはまだ何人か隊員が残っていたが、頼もしい仲間達がすぐに倒してしまう。

「この階段を上っていったのか」

  先頭を歩くレグネッタさんが立ち止まって呟く。この上はついに最上階だ。レグネッタさんは臆する事無くその階段を進んでいくため、僕も慌てて続く。

  階段を上りきったすぐ目の前に部屋があった。入口の扉は破壊されており、ファイナイトは既に中にいるのか、話し声が聞こえる。

「行こう」

  静かに言った僕の声に、4人は黙って頷いた。


「ようやく来たか。弖寅衣 想」

  室内にいたファイナイトがこちらを振り返らずにそう言った。そこは広々としたリビングのような一室であり、周囲には本棚、照明、飾り物なども置かれている。
  ファイナイトの前には応接用のソファとテーブルも置かれ、その向こうに1人の女性、そして3人の特殊部隊隊員がいた。

「あなた達もこの男の子の仲間なのね? こんな事をしてタダで済むと思っているの?」

  赤いオフィススーツを着た女性がそう言った。どうやらこの人がヴェグザの代表取締役のようだ。女性だったのか。
  その前に立つ隊員達は予め先回りして警護に回っていたようだ。

「わたくし達は仲間ではありません! むしろ、ファイナイトを止めに来たのですわよ? もう少し感謝してくれてもいいじゃありませんか」

  ミルが不機嫌そうに言い、それを聞いた代表取締役は顔を顰めている。

「この女は、まだ自分の立場がわかってないのだよ。己が愚かな罪人だという意識もないのだろ?」

  ファイナイトは依然と代表取締役の女性を見据えながら言う。

「何を言っているのあなたは? あなた達、この少年を早く捕まえなさい」

  その女性が隣に立つ隊員に命令し、その隊員がファイナイトに向かって歩き出す。

「ぬしはこの隊員の上司ではないだろう? なぜ偉そうに命令を下す?」

  ファイナイトは代表取締役の女性に疑問をぶつけながらも、自身に向かってきた隊員に手を翳す。すると、その隊員は吹き飛ばされ、窓を突き破ってビルの外に落とされてしまった。
  女性は目と口を開き、外を見てから再びファイナイトを見詰めた。

「確か、名前は朧崎おぼろざき 安里愛ありめと申したか」

  ファイナイトは代表取締役の名を口にした。

「おい、ガキ! 何をする気だ!? これ以上の破壊行動は許さねぇぞ!」

  ドドがファイナイトの肩に掴みかかる。だが、ファイナイトの肩を触った瞬間にドドの巨体が吹き飛び部屋の壁に激突した。

「ならば我は、ぬしらのここでの勝手な行動を許さぬ」

  そう言ってファイナイトはこちらを振り返る。僕達は、その威圧感に押され、動けずにいた。

「朧崎 安里愛、ぬしは今の地位に辿り着くまでにどれほど人を殺した?」

「なっ!? 何を言ってるの? 私は、人殺しなんかしてない! 人聞きの悪い事言って、失礼よ! 教養がなさすぎるわ! そんなんじゃ、立派な大人になれないわよ!」

  朧崎さんはこの状況でもそう反論した。

「何を言っている? ぬしはこの会社の代表取締役であり、我の上司ではない。自分が、そんなに偉い存在だとでも思い込んでいるのか? むしろ、我の方がぬしらヒトよりも遥かに優れた存在だ。なぜ敬語が使えぬのだ? 口を慎め」

  そう言って、ファイナイトは指先からレーザーを出し、それは朧崎さんの手の平を貫通した。

「あぁーっ! あっ、あっ、熱いっ! 痛い! 痛い!」

  穴が開いた手を押さえながら朧崎さんが叫んでいる。

「ぬしから言う気がないようなら、我から言おう。ぬしは、若い頃から何人もの男を陥れ、騙してきたな? 平気で虚言を吐き、通すつもりもない約束をし、男を利用してきた。相違ないな?」

  痛みで苦しんでいた朧崎さんはファイナイトの言葉を聞いて、さらに顔を歪める。だが、その直後に苦痛の入り混じった笑みを浮かべた。

「それが? 誰から聞いたの? 大昔の事でしょ? 何がいけないの?」

  声を荒らげて反論した朧崎さんだったが、ファイナイトはその言葉を無視して続ける。

「男女拘わらず、自分の邪魔になる者、意にそぐわぬ者を蹴落とし、その者たちの人生を破滅させていったであろう? そして自分は強い地位の者にすがって自身を守ってきた。その『女』という立場を利用して。我は、全て見ている。会社を築き、そのトップに立とうが、ぬしの過去の罪が帳消しになるわけがなかろう?」

「だから、それの何が悪いって言うのよ!? あなた何なの? 神にでもなったつもり?」

  朧崎さんは更に声を荒らげたが、ファイナイトは変わらず冷ややかに見詰めている。

「神? それはぬしらヒトが作り出した想像の産物に過ぎない。我は『裁審者』なり。ぬしらを監査し、裁きを下す者だ」

  朧崎さんはファイナイトの言葉の意味がわからず、ただ口をぱくぱくしている。僕も奴の言葉の意味がわからない。「裁審者」というその言葉を何度も頭の中で反芻する。

「よいか。ぬしが陥れてきたヒト共の殆どは、それをきっかけに人生が破滅した。ぬしが学生時代に虐めた者たちの何人かは自殺した。ぬしは、その事を知っても悠々自適に生きてきたな?」

「人生はねー! 楽しんだもん勝ちなのよ! 私は、手段を選ばずに勝ち進んだだけ! あなたにとやかく言われる筋合いはないわ!」

  朧崎さんがなおも反論すると、ファイナイトは彼女の目の前のテーブルに向けてレーザーを放ち、朧崎さんは「ひっ」と悲鳴を上げた。

「ヒトの法は無能よ。ぬしのやった事を罰する事ができぬのだからな。故に、我が裁くのだ。よいか? 基準はぬしにあらず。我にあり」

  朧崎さんはファイナイトの言葉を聞いてもまだ目の前の得体の知れぬ少年の存在を認めようとはしていなかった。

「あなたのような子供が私を裁くですって? 笑わせないでよ! 私を殺す気? その前に私が殺す!」

  そう言って朧崎さんは隣に立つ隊員の腰に装着されていた拳銃を抜き取り、ファイナイトに何発も撃った。

「やはり撃ったか」

  ファイナイトの前には分厚い壁が出現していた。いや、それはただの壁ではなかった。大量の札束を重ねた壁だった。それに銃弾がめり込んでいたのだ。
  それを見た朧崎さんと、そして僕達も目を見開いて驚いた。

「な、何よこれ? 何なのよ?」

  室内にはひらひらと万札が舞っている。

「これが、ぬしの全財産だ」

  ファイナイトが淡々と告げた。

「はっ!? 何を言っているの? 私の、財産はしっかりと保管してあるわよ! ここからでも預金を確認できるわ……ない、そんな……何もないじゃない」

  朧崎さんはデスクの端末から預金残高を確認したようだったが、その顔がみるみる絶望に満ちていく。

「さぁ、今度はぬしが地獄に落ちる番よ。今までぬしが周りを陥れたようにな。我はぬしを殺さぬ。だが、ぬしは残り短い人生を絶望と共に過ごせ」

  ファイナイトがそう言うと、周りにあった万札は全て燃え始めた。
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