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第5章 ファイナイト
5-11 ゼブルム
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朝になり僕は目が覚める。寝起きがいい方だとは思わないが、ここ数日はドルティエさんに起こされていたため、すっかり早起きが身に付いてしまった。
時刻は6時。隣の2人はまだ寝ているため、僕は静かにモスグリーン色のパーカーを着てテントの外に出た。
10月下旬の迦鳴は、琥蘭道ほど寒くはないだろうと予想していたが、山の中だからかやはり寒い。
僕はバーナーに火を点け、お湯を沸かす。朝はやはりコーヒーが飲みたい。
「想か? もう起きていたのか?」
と、レグネッタさんがテントから出てきた。
「レグネッタさん、おはようございます。はい、コーヒーが飲みたくて。待っててくださいね。もう少しで沸きますので」
意外と起きるのが早いんだな。レグネッタさんはチェアに腰掛けると、すぐにタバコに火をつける。本当にタバコが好きだな。
「想、レンビーは私を怨んでるだろうか?」
「は、はい? え、どうしたんですか急に?」
レグネッタさんがいつもと違って弱気な質問をしてきたため、僕は動揺してしまった。
「い、いいだろ! ずっと、気になってたんだ。私は、レンビーが亡くなるまでの2年間、ずっと仕事に翻弄されてて、あいつに会いに行けなかったんだ」
レグネッタさんがそんな事を気にしていたのは意外だった。そうか、なら約8年ぶりの再会だったのか。
「僕は、夢の中でいつも姉と会っているんです。昨晩も姉とレグネッタさんの話をしていましたけど、姉はレグネッタさんとの思い出をとても楽しそうに話してくれました。姉は、仲良くしていた友人を、ましてや大親友のあなたを怨む事は絶対にしません」
僕ははっきりとそう言い切った。
「そうか。そっかー。そうだよな、あいつは昔からそうだよな。で、あいつに何を聞かされたんだ?」
初めは僕の話に驚いていたが、やがて目を閉じて安心したような表情を浮かべると、レグネッタさんは少し睨みながら僕に聞いた。
「え? えっとー……昔、レグネッタさんにホラー映画を薦められた事とか?」
僕がしどろもどろになりながら答えると、レグネッタさんは突然笑い出した。あのレグネッタさんが笑っているのだ。
「アハハハッ! あったな! 初めてレンビーと一緒に見た時、あいつちょっとビビってたな。それからは私が毎日お気に入りのDVDを押し付けてな。今思えば、あの頃の私は無邪気だったな」
レグネッタさんは昔を思い出し、最後はどこか寂しそうに、当時への未練を感じるような笑みを浮かべていた。
レグネッタさんも色々な経験を経て今日に至るのだろう。そして、大人になってしまったんだ。だから、当時のように接する事ができない事を、彼女は悔やんでいるのかもしれない。眼鏡の奥の綺麗な青い瞳を見て、僕はそう感じた。
バーナーの上のお湯が沸き、僕とレグネッタさんは早朝のコーヒーを飲む。開放感のある屋外で飲む朝のコーヒーは、いつ飲んでも美味しく、病みつきになってしまう。
「おはようございますー。あれ? 想様も起きてましたの? おはようございますー」
と、ブランケットを羽織ったミルが目を擦りながらテントから出てきた。テントの中にレグネッタさんがいなかったから、自分も起きようと思ったのだろう。
「おはようミル。コーヒー飲む?」
「はい、いただきますわ」
ミルは僕の隣のチェアに座り、僕からコーヒーを注いだカップを受け取る。寝起きの柔らかな笑みを浮かべている。
「わたくし、シャワーを浴びたいので、後で倉庫に戻りますが、レグネッタさんと想様も行きますか?」
コーヒーを飲んで少し目が覚めたのか、ミルがそう提案した。
「僕は大丈夫。レグネッタさんと一緒に行ってきて」
僕が言うと、ミルは返事をして頷く。
「なぁ、その倉庫とは何なのだ? 倉庫で、シャワーを浴びる事ができるのか?」
真面目な疑問を口にしたレグネッタさんに僕はつい笑ってしまう。
「わたくしの武器などを収納しているマンションですの。このキャンプ用具もその倉庫に普段置いてありますのよ」
ミルの説明を聞き、レグネッタさんは納得して何度か頷く。
「それは便利だな。コーヒー飲み終わったらすぐにでも頼む」
逸る気持ちを抑えるように、落ち着いた口調でレグネッタさんは言った。しばらく3人で朝日を浴びながらのんびりコーヒーを味わった後、2人はシャワーを浴びに倉庫へと向かった。
「レグネッタさん、寝起きは意外と大人しいんだな」
誰もいなくなったのをいい事に、僕は独り言つ。昨日のレグネッタさんとは、別人とまではいかなくても、テンションが全く違ったな。やはり、寝起きには弱いのかな?
今日はこれからどうしようか。ファイナイトを追いたいが、奴がどこへ行ったのかは全くわからない。どこかで聞き込みでもすべきか? この日本から出ていないといいが。
そして、奴を見つけたら、何としてでも止めなくては。このままでは、日本がなくなる。
「おっす! おはよーさんっ!」
「あわわわーわわぁ!?」
物思いに耽っていたら、背後からバンッと背中を叩かれ、僕は吃驚してチェアから転げ落ちてしまった。
「ハハハハ! ちょっと驚かせ過ぎちまったかー? 大丈夫か?」
トロイだった。この人は朝から変わらないテンションだな。
「だ、大丈夫です。ちょっと腰を打ちましたが、生きてます」
僕は起き上がって、倒れたチェアを起こして再び座る。
「んー? さっき、女性の声も聞こえた気がしたんだが、どこかに行ったのか?」
僕は少し迷った後、トロイに話す事にした。
「ミルが『倉庫』と呼んでいるマンションに、レグネッタさんと2人でシャワーを浴びに行きました」
「そういうことかー。俺もシャワー浴びたいんだが、ダメかい?」
やはり予想通りの返答が来た。
「あの場所を、ゼブルムの連中に知られる訳にはいかないんです。僕らが全国指名手配されている事は知ってますよね? あそこは、ミルの私物置き場でもあるし、僕らの隠れ家でもあります」
僕が説明すると、トロイは気まずそうに苦笑いをする。
「あぁ、そうだよな。それじゃあ、図々しい事は言えないね。だが、もし俺がその場所を知ったとしても、それを奴らに告げるつもりはさらさらないんだ。もちろん、それを信じるのは想に任せる」
トロイは珍しく真面目な口調だったので、僕は黙って頷いた。
トロイは普段から世界を放浪しているらしく、コーヒーを飲みながらその旅の話を聞かせてくれた。危険な場所や、悪い人間とは幾度となく遭遇したそうだが、それでも各地には美しい風景が存在しているそうだ。
それは、色とりどりの自然であったり、古い遺跡であったり、そしてその地で暮らす人々の笑顔であったという。
トロイは楽しそうに語ったので、僕もここまで見てきた美しい風景や、つらかった事などを語った。トロイは僕の話に共感し、時には羨ましそうにしていた。
この男はきっと、「探求者」なのだ。何かを探し求めてひたすら歩み続けているのだと、僕はそう感じた。
「ただいま戻りましたわー! ドルティエから朝食を頂いてきましたの」
数十分後、ミルとレグネッタさんが帰ってきた。見ると、ミルはバスケットのカゴを持っており、その中にはバゲットサンドがたくさん入っている。
「おかえり。美味しそう。ドルティエさんが作ってくれたの? ありがとう」
僕はミルと、ここにはいないドルティエさんにお礼を言う。
「トロイも起きていたのか。百々丸はまだ起きてないのか」
「ドドはいつも起きないのでお気になさらず。先に4人で食べてしまいましょ!」
レグネッタさんの言葉に返したミルは、テーブルの上にカゴを起き、僕達にバゲットサンドを渡してくれた。
「俺もいいのか? サンキュー! 嬉しいぜ。こいつはうまそうだ」
トロイは腹を空かせていたのか、勢いよくバゲットサンドに齧り付き、目を丸めて喜んでいる。
「うん、美味しいな。2人で何を話してたんだ?」
レグネッタさんは静かにバゲットサンドを味わいながら聞いた。
「俺の旅話と、想の旅話をシェアしてたんだ。ゼブルムの陰湿な連中と話すよりも、何倍も楽しいね」
トロイは嬉しそうに答えた。
「トロイさんはゼブルムの任務もやっていたのですよね? どんな仕事だったんですの?」
ミルが質問した事は僕も気になっていた。
「俺の仕事は暗殺の他にも建物、基地の破壊だったな。まー、ゼブルムの仕事もピンキリなんだ。俺達みたいなアクティブの後に、事後処理をする連中もいるし、事務作業をしている奴もいるらしいし。グラインダーじゃない奴はそういう仕事に回されていたりするな」
トロイはそう語った。「暗殺」と聞いて僕はつい警戒してしまったが、彼が僕達を暗殺するとはどうしても思えない。
「ゼブルム……ずっと気になっていたが、たしかヤコブの子にそんな名前の奴がいなかったか?」
レグネッタさんが少し思案した後にそう言った。勉強をあまりしなかったらしいが、調べ物はよくしているらしいし、知識は豊富そうだ。
レグネッタさんが言ったその名前に、僕は馴染みがなく眉を顰める。
「レグねぇ、よく知ってるな。そうだ、ヤコブの10番目の子に『ゼブルン』という奴がいて、ゼブルン族の祖でもある。確か『賜り物』とかそんな意味があったかな? だが、『ゼブルム』とはスペルが違う。あっちは『Zebulun』、こっちは『XEBRM』だ」
トロイは宙に指でスペルをゆっくり描き、そう説明してくれた。
「ゼブルムの名前の由来については諸説あるが、『XEno BRutal Metal』の略って話が1番有名だ。『異種残虐性金属』。意味はそんなとこか? 何のこっちゃだよな!」
自分で説明しておきながらトロイは笑っている。
「そんな意味があったのか。『賜り物』『異種残虐性金属』。ゼブルムには、そのメンバーも殆ど知らされていない秘密があるのかもしれない」
僕は考えながらそう呟く。
「全くだ。薄気味悪い連中だ」
いつの間にかタバコを吸い始めていたレグネッタさんがそう言って不快そうな表情をしている。
「んおー? なんだー? みんなもう起きてんのかー?」
と、そこでドドがテントから顔を出した。
「おっ! 百々丸、Good morning! ミルちゃんが持ってきてくれたバゲットサンドが飛び切り美味いんだ。早くこっち来いよ!」
トロイが手招くと、ドドはふらふらしながらもこちらに来てコーヒーを受け取る。
「ドルティエが張り切って作ってくれましたのよ? ドドのためにもいっぱい作ってくれみたいですわ」
そう言ってミルがバゲットサンドをドドに渡す。
「うんめぇ! 後でお礼言っとかねぇとな」
寝癖をつけ、まだ寝惚け気味に言ったドドを見てみんなはつい笑ってしまう。
「百々丸はいつもこんな感じか? 面白い奴だ」
笑っているレグネッタさんを見て、ドドは首を傾げながらもモグモグとバゲットサンドを食べている。
その後、みんなで分担して片付けをし、それを終えてから僕とドドはストレッチを始める。それに釣られるようにトロイも身体を伸ばし始め、仕舞いにはミルとレグネッタさんも身体を動かし始めた。
「最近はミルの倉庫で運動する事が多かったからな。やっぱり外はいいな!」
陽も昇り始め、澄んだ空気の中で身体を動かしたからか、ドドはすっかり目が覚めていた。
その時、ピピピピッと音が鳴った。
「お? エイシストからだ。Hello?」
トロイが端末を開き、ハンズフリー機能で通話を僕達にも聞こえるようにしてくれた。
『トロイ。想くん達とは合流できたようですね? 至急、一緒に爾栄に向かってください。奴が現れました』
爾栄。日本列島のちょうど中心に位置する都市だ。『奴』とは、ファイナイトの事か?
『想くん、そこにいますか?』
「います。エイシスト、ファイナイトが現れたのか?」
僕は返事をし確認をする。
『その通りです。くれぐれも気をつけて。それから、トロイと仲良くしてあげてください。安心してください。また私の予知でもあなた達の居場所がずっと視えませんでした。もし万が一、あなた達の拠点がわかっても、その事は絶対に口外しないと誓います』
エイシストはそう言ったが、この男は真意が読めないから信用できない。
「うーん、信用できないけど、信用するよ」
『ふふ。それでいいのです。では、健闘を祈ります』
そう言ってエイシストは通信を切った。僕達5人は顔を見合わせる。皆の顔には緊張感が漂っていた。
時刻は6時。隣の2人はまだ寝ているため、僕は静かにモスグリーン色のパーカーを着てテントの外に出た。
10月下旬の迦鳴は、琥蘭道ほど寒くはないだろうと予想していたが、山の中だからかやはり寒い。
僕はバーナーに火を点け、お湯を沸かす。朝はやはりコーヒーが飲みたい。
「想か? もう起きていたのか?」
と、レグネッタさんがテントから出てきた。
「レグネッタさん、おはようございます。はい、コーヒーが飲みたくて。待っててくださいね。もう少しで沸きますので」
意外と起きるのが早いんだな。レグネッタさんはチェアに腰掛けると、すぐにタバコに火をつける。本当にタバコが好きだな。
「想、レンビーは私を怨んでるだろうか?」
「は、はい? え、どうしたんですか急に?」
レグネッタさんがいつもと違って弱気な質問をしてきたため、僕は動揺してしまった。
「い、いいだろ! ずっと、気になってたんだ。私は、レンビーが亡くなるまでの2年間、ずっと仕事に翻弄されてて、あいつに会いに行けなかったんだ」
レグネッタさんがそんな事を気にしていたのは意外だった。そうか、なら約8年ぶりの再会だったのか。
「僕は、夢の中でいつも姉と会っているんです。昨晩も姉とレグネッタさんの話をしていましたけど、姉はレグネッタさんとの思い出をとても楽しそうに話してくれました。姉は、仲良くしていた友人を、ましてや大親友のあなたを怨む事は絶対にしません」
僕ははっきりとそう言い切った。
「そうか。そっかー。そうだよな、あいつは昔からそうだよな。で、あいつに何を聞かされたんだ?」
初めは僕の話に驚いていたが、やがて目を閉じて安心したような表情を浮かべると、レグネッタさんは少し睨みながら僕に聞いた。
「え? えっとー……昔、レグネッタさんにホラー映画を薦められた事とか?」
僕がしどろもどろになりながら答えると、レグネッタさんは突然笑い出した。あのレグネッタさんが笑っているのだ。
「アハハハッ! あったな! 初めてレンビーと一緒に見た時、あいつちょっとビビってたな。それからは私が毎日お気に入りのDVDを押し付けてな。今思えば、あの頃の私は無邪気だったな」
レグネッタさんは昔を思い出し、最後はどこか寂しそうに、当時への未練を感じるような笑みを浮かべていた。
レグネッタさんも色々な経験を経て今日に至るのだろう。そして、大人になってしまったんだ。だから、当時のように接する事ができない事を、彼女は悔やんでいるのかもしれない。眼鏡の奥の綺麗な青い瞳を見て、僕はそう感じた。
バーナーの上のお湯が沸き、僕とレグネッタさんは早朝のコーヒーを飲む。開放感のある屋外で飲む朝のコーヒーは、いつ飲んでも美味しく、病みつきになってしまう。
「おはようございますー。あれ? 想様も起きてましたの? おはようございますー」
と、ブランケットを羽織ったミルが目を擦りながらテントから出てきた。テントの中にレグネッタさんがいなかったから、自分も起きようと思ったのだろう。
「おはようミル。コーヒー飲む?」
「はい、いただきますわ」
ミルは僕の隣のチェアに座り、僕からコーヒーを注いだカップを受け取る。寝起きの柔らかな笑みを浮かべている。
「わたくし、シャワーを浴びたいので、後で倉庫に戻りますが、レグネッタさんと想様も行きますか?」
コーヒーを飲んで少し目が覚めたのか、ミルがそう提案した。
「僕は大丈夫。レグネッタさんと一緒に行ってきて」
僕が言うと、ミルは返事をして頷く。
「なぁ、その倉庫とは何なのだ? 倉庫で、シャワーを浴びる事ができるのか?」
真面目な疑問を口にしたレグネッタさんに僕はつい笑ってしまう。
「わたくしの武器などを収納しているマンションですの。このキャンプ用具もその倉庫に普段置いてありますのよ」
ミルの説明を聞き、レグネッタさんは納得して何度か頷く。
「それは便利だな。コーヒー飲み終わったらすぐにでも頼む」
逸る気持ちを抑えるように、落ち着いた口調でレグネッタさんは言った。しばらく3人で朝日を浴びながらのんびりコーヒーを味わった後、2人はシャワーを浴びに倉庫へと向かった。
「レグネッタさん、寝起きは意外と大人しいんだな」
誰もいなくなったのをいい事に、僕は独り言つ。昨日のレグネッタさんとは、別人とまではいかなくても、テンションが全く違ったな。やはり、寝起きには弱いのかな?
今日はこれからどうしようか。ファイナイトを追いたいが、奴がどこへ行ったのかは全くわからない。どこかで聞き込みでもすべきか? この日本から出ていないといいが。
そして、奴を見つけたら、何としてでも止めなくては。このままでは、日本がなくなる。
「おっす! おはよーさんっ!」
「あわわわーわわぁ!?」
物思いに耽っていたら、背後からバンッと背中を叩かれ、僕は吃驚してチェアから転げ落ちてしまった。
「ハハハハ! ちょっと驚かせ過ぎちまったかー? 大丈夫か?」
トロイだった。この人は朝から変わらないテンションだな。
「だ、大丈夫です。ちょっと腰を打ちましたが、生きてます」
僕は起き上がって、倒れたチェアを起こして再び座る。
「んー? さっき、女性の声も聞こえた気がしたんだが、どこかに行ったのか?」
僕は少し迷った後、トロイに話す事にした。
「ミルが『倉庫』と呼んでいるマンションに、レグネッタさんと2人でシャワーを浴びに行きました」
「そういうことかー。俺もシャワー浴びたいんだが、ダメかい?」
やはり予想通りの返答が来た。
「あの場所を、ゼブルムの連中に知られる訳にはいかないんです。僕らが全国指名手配されている事は知ってますよね? あそこは、ミルの私物置き場でもあるし、僕らの隠れ家でもあります」
僕が説明すると、トロイは気まずそうに苦笑いをする。
「あぁ、そうだよな。それじゃあ、図々しい事は言えないね。だが、もし俺がその場所を知ったとしても、それを奴らに告げるつもりはさらさらないんだ。もちろん、それを信じるのは想に任せる」
トロイは珍しく真面目な口調だったので、僕は黙って頷いた。
トロイは普段から世界を放浪しているらしく、コーヒーを飲みながらその旅の話を聞かせてくれた。危険な場所や、悪い人間とは幾度となく遭遇したそうだが、それでも各地には美しい風景が存在しているそうだ。
それは、色とりどりの自然であったり、古い遺跡であったり、そしてその地で暮らす人々の笑顔であったという。
トロイは楽しそうに語ったので、僕もここまで見てきた美しい風景や、つらかった事などを語った。トロイは僕の話に共感し、時には羨ましそうにしていた。
この男はきっと、「探求者」なのだ。何かを探し求めてひたすら歩み続けているのだと、僕はそう感じた。
「ただいま戻りましたわー! ドルティエから朝食を頂いてきましたの」
数十分後、ミルとレグネッタさんが帰ってきた。見ると、ミルはバスケットのカゴを持っており、その中にはバゲットサンドがたくさん入っている。
「おかえり。美味しそう。ドルティエさんが作ってくれたの? ありがとう」
僕はミルと、ここにはいないドルティエさんにお礼を言う。
「トロイも起きていたのか。百々丸はまだ起きてないのか」
「ドドはいつも起きないのでお気になさらず。先に4人で食べてしまいましょ!」
レグネッタさんの言葉に返したミルは、テーブルの上にカゴを起き、僕達にバゲットサンドを渡してくれた。
「俺もいいのか? サンキュー! 嬉しいぜ。こいつはうまそうだ」
トロイは腹を空かせていたのか、勢いよくバゲットサンドに齧り付き、目を丸めて喜んでいる。
「うん、美味しいな。2人で何を話してたんだ?」
レグネッタさんは静かにバゲットサンドを味わいながら聞いた。
「俺の旅話と、想の旅話をシェアしてたんだ。ゼブルムの陰湿な連中と話すよりも、何倍も楽しいね」
トロイは嬉しそうに答えた。
「トロイさんはゼブルムの任務もやっていたのですよね? どんな仕事だったんですの?」
ミルが質問した事は僕も気になっていた。
「俺の仕事は暗殺の他にも建物、基地の破壊だったな。まー、ゼブルムの仕事もピンキリなんだ。俺達みたいなアクティブの後に、事後処理をする連中もいるし、事務作業をしている奴もいるらしいし。グラインダーじゃない奴はそういう仕事に回されていたりするな」
トロイはそう語った。「暗殺」と聞いて僕はつい警戒してしまったが、彼が僕達を暗殺するとはどうしても思えない。
「ゼブルム……ずっと気になっていたが、たしかヤコブの子にそんな名前の奴がいなかったか?」
レグネッタさんが少し思案した後にそう言った。勉強をあまりしなかったらしいが、調べ物はよくしているらしいし、知識は豊富そうだ。
レグネッタさんが言ったその名前に、僕は馴染みがなく眉を顰める。
「レグねぇ、よく知ってるな。そうだ、ヤコブの10番目の子に『ゼブルン』という奴がいて、ゼブルン族の祖でもある。確か『賜り物』とかそんな意味があったかな? だが、『ゼブルム』とはスペルが違う。あっちは『Zebulun』、こっちは『XEBRM』だ」
トロイは宙に指でスペルをゆっくり描き、そう説明してくれた。
「ゼブルムの名前の由来については諸説あるが、『XEno BRutal Metal』の略って話が1番有名だ。『異種残虐性金属』。意味はそんなとこか? 何のこっちゃだよな!」
自分で説明しておきながらトロイは笑っている。
「そんな意味があったのか。『賜り物』『異種残虐性金属』。ゼブルムには、そのメンバーも殆ど知らされていない秘密があるのかもしれない」
僕は考えながらそう呟く。
「全くだ。薄気味悪い連中だ」
いつの間にかタバコを吸い始めていたレグネッタさんがそう言って不快そうな表情をしている。
「んおー? なんだー? みんなもう起きてんのかー?」
と、そこでドドがテントから顔を出した。
「おっ! 百々丸、Good morning! ミルちゃんが持ってきてくれたバゲットサンドが飛び切り美味いんだ。早くこっち来いよ!」
トロイが手招くと、ドドはふらふらしながらもこちらに来てコーヒーを受け取る。
「ドルティエが張り切って作ってくれましたのよ? ドドのためにもいっぱい作ってくれみたいですわ」
そう言ってミルがバゲットサンドをドドに渡す。
「うんめぇ! 後でお礼言っとかねぇとな」
寝癖をつけ、まだ寝惚け気味に言ったドドを見てみんなはつい笑ってしまう。
「百々丸はいつもこんな感じか? 面白い奴だ」
笑っているレグネッタさんを見て、ドドは首を傾げながらもモグモグとバゲットサンドを食べている。
その後、みんなで分担して片付けをし、それを終えてから僕とドドはストレッチを始める。それに釣られるようにトロイも身体を伸ばし始め、仕舞いにはミルとレグネッタさんも身体を動かし始めた。
「最近はミルの倉庫で運動する事が多かったからな。やっぱり外はいいな!」
陽も昇り始め、澄んだ空気の中で身体を動かしたからか、ドドはすっかり目が覚めていた。
その時、ピピピピッと音が鳴った。
「お? エイシストからだ。Hello?」
トロイが端末を開き、ハンズフリー機能で通話を僕達にも聞こえるようにしてくれた。
『トロイ。想くん達とは合流できたようですね? 至急、一緒に爾栄に向かってください。奴が現れました』
爾栄。日本列島のちょうど中心に位置する都市だ。『奴』とは、ファイナイトの事か?
『想くん、そこにいますか?』
「います。エイシスト、ファイナイトが現れたのか?」
僕は返事をし確認をする。
『その通りです。くれぐれも気をつけて。それから、トロイと仲良くしてあげてください。安心してください。また私の予知でもあなた達の居場所がずっと視えませんでした。もし万が一、あなた達の拠点がわかっても、その事は絶対に口外しないと誓います』
エイシストはそう言ったが、この男は真意が読めないから信用できない。
「うーん、信用できないけど、信用するよ」
『ふふ。それでいいのです。では、健闘を祈ります』
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