カンテノ

よんそん

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第5章 ファイナイト

5-7 闖入者

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 僕達は、目の前に広がる光景に言葉が出ず、ただただ震えながら立ち竦んでいた。
  あの大きな街が、一瞬で消し飛んだ。ファイナイトが、本当にやってしまったのだ。
  どのようにして、どんな原理で、何の理由があってやったのかはわからない。
  ただ、遠くの痛ましい崩壊の跡が、現実だと語っている。可能だと語っている。それを実感し、ただ恐怖した。

  数分後、ずっと放心していた僕は頭を整理するようにうろうろと動き出した。

「ファイナイトは、もうどこかに行ってしまったのか。これから、どうすればいいんだ? あいつは、また街を破壊するのか?」

  考えている事がそのまま口に出てしまう。

「本当に、恐ろしいですわ。わたくし達に、あの少年を止める事ができるのでしょうか?」

  ミルは怯えながら視線が泳いでいた。

「止めるしかないんだ。だが……」

  そう言ったレグネッタさんだったが、身体の震えを抑えるように、左腕を右手で押さえている。

「やるしかねぇんだよ。このままじゃ、街だけじゃねぇ、人間みんな殺される。でもな、それをただ怯えて待ってちゃダメだ。俺達がやるんだ。そのためにも、冷静になれ」

  ドドの力強い言葉に、僕達3人は顔を上げる。

「あいつの居場所はわからねぇ。無闇に突っ込んでも今回と同じ結果が待ってるだけだ。今は、心を落ち着けろ。そして、ゆっくりでいいから考えていくんだ」

「ドド……うん、ありがとう。やっぱり、君がそばにいてくれてよかった」

  僕がそう言うと、ドドはいつもの笑顔を浮かべる。

「ったく。でけぇ上に、統率力もあんのか? 見直したよ」

  レグネッタさんはそう言ってジッポでタバコに火をつける。

「レグネッタさん、はい、灰皿ですわよ。ドドの言う通りですわね。ひとまず、今は一休み致します?」

  ミルは灰皿を倉庫から出現させてレグネッタさんに渡す。彼女の提案には僕も賛成だ。

「まぁー、ちょうどいい場所だし、いったんコーヒーでも飲むか? ミル、キャンプセット出してくれるか? 今日はここをキャンプ地とする」

「了解ですわ! 久しぶりにキャンプですわね!」

  ドドの周りに次々とキャンプ道具が現れる。あの山中で使った物だけでなく、先日買い物の際に買ったアウトドア用のチェアもある。
  この野原はさほど広くはないが、4人でキャンプするには充分だった。

「お、気が利くね。私はコーヒー以外飲まないからな」

  レグネッタさんは早速そのチェアに腰掛け、自然の中で優雅にタバコを吸う。
  ドドはペットボトルに入った水を使い、バーナーで湯を沸かし始める。

「この近くに川はあんのか?」

「少し離れてるけどあるね。後で水汲んでこようか?」

  ドドに聞かれ、僕は携帯端末の地図で場所を確認して答える。

「わたくし、テントとやらも組み立ててみたいですわ!」

「んじゃ、一緒に組み立てるぞ。想、お湯頼んだぞー」

  2人はテントを組み立てるために席を立つ。テントも先日もう1つ購入したため、2つ分組み立てるのだろう。

「お前ら、いつもこんな感じか?」

  数分後、レグネッタさんは、少し呆れながら聞く。

「はい、まぁーキャンプは最近ドドに教わったんですけど。レグネッタさんは野宿とか大丈夫ですか?」

  僕が聞くと、レグネッタさんはタバコの煙を大きく吐いた。

「仕事柄、野宿もあったしな。幽霊が棲みついてる屋敷で一晩明かすのもザラだ」

  幽霊退治の仕事か。僕だったら絶対に無理だろうな。

「わたくし達、1週間程前に幽霊を退治しましたのよ!」

  と、そこでミルが戻ってきた。テントを1つ組み立てて、後はドドに任せたらしい。

「お前らが? 無理だろ」

  レグネッタさんは鼻で笑った。ちょうどその時、湯が沸いたのでコーヒーを入れる。もちろん、レグネッタさんが1番目だ。

「本当なんですよ? ナターシャって言う幽霊だったんですけど、知ってますか?」

  僕はそう言いながらステンレス製のカップに注いだコーヒーをレグネッタさんに渡す。

「ナターシャ? あぁ、知ってるさ。私が探してた霊の1人だ。まさか、本当に倒したのか? あいつは何年も世界各地に現れて、何十人もの少女の身体を蝕んだ悪霊だぞ?」

  レグネッタさんのメガネの奥の目が丸くなっている。

「倒したんですの! わたくしがトドメを刺したのですのよ?」

  ミルは自慢気に目を細めている。レグネッタさんはもう疑ってはいない。だが、静かに肩を震わせながら笑い出した。

「すごいな。感心した。どうやって倒したんだ?」

「ミルが聖火を使ってくれたんです」

  僕がそう答えると、レグネッタさんは僕を2度見し、さらにミルを見つめた。

「聖火だと!? あんた、そんな物持ってんの? そりゃ、どんな悪霊もイチコロね。聖火って確か契約しないと扱えないはずよ?」

「はい! 昔、小さな修道院を助けた時に頂いたのです。その時、血の契約をさせていただきましたわ」

  そんな事があったのか。確か、ミルはそのテリファイアで世界を旅していたと言っていたな。
  レグネッタさんは呆れたように笑い、コーヒーを飲むとまた新しいタバコに火を付けた。僕はミルにもコーヒーを渡し、僕の分のコーヒーも注ぐ。

「ナターシャは『ナイトサイド・エクリプス』という宗教に匿われていたんです。その宗教も僕達が倒したんです。あ、でも、他の地域にも存在してるのかな?」

  僕は自分で言ってから、あの宗教は日本だけでなく他の国にもあるのではないかという考えに行きつく。

「あぁ、知ってるさ。こっちの界隈では有名だからな……って倒したのか!? 日本の支部の教団をって事か。参ったわ、相当やらかしてるね」

  レグネッタさんはどこか嬉しそうにしている。先程の不機嫌な印象はない。

「あぁ、この間のか? あん時はすごかったよな。想、ビビりまくってたもんな!」

  と、テントを組み立て終えたドドが来たため、僕は彼の分のコーヒーも渡す。

「その事は言わないでくれよもう……怖かったんだし」

「お前、それでも男かぁ? 幽霊ごときにびびんなよ」

  やはりレグネッタさんのきつい口調は変わらない。

「レグネッタさんは、なぜ幽霊退治をやってるんですの?」

  ミルが聞く。それは僕も気になっていた事だ。レグネッタさんはコーヒーを飲み、大きく息を吐いてから語り出す。
 
「6歳の誕生日の事だ。私は両親を殺された。ディナーの帰り、車で道を走っていたら、突然飛び出してきたトラックに正面衝突して、運転席の父と助手席の母は死んだ」

  レグネッタさんは宙に舞うタバコの煙を眺めながら淡々と語った。

「私は、気絶する直前に見た。ボンネットにおっさんの霊がいて、車の中を覗き込んで笑ってやがった。昔から霊が見えたからね。すぐに霊だとわかったよ。事故は、その霊が引き起こしたんだ。忘れもしない雨の日だ。それ以来、私の誕生日には必ず雨が降る」

  幼少期に両親を殺されていたのか。それも幽霊によって。そんな悲しい過去を持っていたなんて思いもしなかった。

「同情すんなよ? そういうのうざい。私は、事故の後、病室で目を覚ました。私1人だけが生き残って。だが、その時担当した医者が、狂った奴だった。そいつは言った。『お前の両親は手遅れだった。だが、その魂をこの銃に封じ込める事に成功した。仇を取りたいんだろ? なら、この銃を持って立て』ってな。それで、私はその日から、霊を倒す事を決めたんだ。この銃と共に」

  そう言ってレグネッタさんは黒と白の銃を見せた。人間の魂、レグネッタさんの両親の魂を封じ込めた銃。

「それで、普通の銃とは違うんですね。霊も撃ち抜けるんですか?」

  僕が質問すると、レグネッタさんはコーヒーを飲んでから頷く。

「あぁ、そうだ。黒い方が『バブーン』。白い方が『チンチラ』だ」

 「バブーン」とはあの猿のマントヒヒを始めとしたヒヒの事か。「チンチラ」はペットショップでも見掛ける丸いネズミだな。

「わたくし、つい昨日、本でチンチラさんを見ましたの! とても可愛い動物ですわよね? ちなみに……レグネッタさんのお誕生日はいつなんですの?」

「安心しろ。2月だ」

  レグネッタさんの答えに僕も安堵した。

「助かったぜ。『今日だ』とか言ったら急いでテント片付けなきゃいけなかったな。そうか、雨女だったのかー」

「おい! その呼び方をするな!」

  ドドの言葉にレグネッタさんが怒る。そうか、「雨女」と言われるのが嫌なのか。

「お前ら、笑うなー!」

  僕もミルもつい笑ってしまっていた。

「だ、だって、あんなに怖いのに雨女なんですのよ? 笑うしかないじゃありませんか」

「小娘が……撃つぞ?」

  レグネッタさんが銃を構え出し、僕は慌て出すが、冗談だったのかすぐにその銃を下ろす。きつい人だ。

「『小娘』ではございません! ミルティーユでございます! ちゃんと覚えてくださいませ!」

  ミルはレグネッタさんに物怖じもせず言えるからすごいな。

「あぁ、長い。私も『ミル』でいいな? この銃はあいつ――ファイナイトにも効いた。だが、あいつは霊とは違う。もっと異次元の存在だ」

  自分もミルと同じくらいの長さの名前なのに、とは言えない。恐れ多くて、とても「レグ」なんて呼べない。

「異次元の存在……レグネッタさんは、ファイナイトについて何か知ってるんですか?」

  僕が聞くと、レグネッタさんはタバコを灰皿に押し付けてからメガネの位置を直す。

「『オリジン』と、奴は言ってたな。その名は知らなかった。私も、趣味で古い資料を読み漁ったりしてるから、たまたま知ったんだ。その昔、世界を災厄が襲った。それだけならよくある伝承だ」

  神話のようなものだろうか?

「だが、気になって各地の資料を調べていくと、気になる記述が見つかった。ある日記には『神が世界を破壊した』。あるレポートには『宇宙人が襲来し、人類を殺戮した』。また、ある記録には『人智を超えた力を持つ人間が大陸を両断した』などな。その資料のどれもが同じ年代の物だったんだ」

  レグネッタさんはコーヒーを飲み干し、話を続ける。

「人々が、神や宇宙人だと思い込んでいたものが、おそらくあれだ。オリジンだ。審判を下す存在だと、私は考えている」

  彼女の言葉を聞きながら、その非現実的な考えに僕は納得してしまう。「審判」、そう考えると、先程のファイナイトの発言、行動に辻褄が合うからだ。

「でも、それじゃあ、あいつらは人間を生み出しておきながら自分達で殺すって事なんですか?」

  僕は自分で聞いておきながらも恐ろしくなってしまう。

「そういう事になるな。私達には理解できない考え方をしてるんだろ。胸糞悪い」

  レグネッタさんは、ドドからコーヒーをお代わりしながらも眉間に皺を寄せている。その場に再び重い空気が流れ、それぞれが今の話を頭の中で整理しようとしている。
  オリジン。そんな存在が、今この地球上にいて、いつ地球を滅ぼしてもおかしくない状況なのか。



「おー? 本当にいたな。うーん! コーヒーのいい匂いがするじゃないかぁ!」

  その時、この場にそぐわぬ素っ頓狂な声が響いた。
  そこに、男がいた。身長はレグネッタさんより高く、ドドより低い。185cm程だろうか。
  激しく波打つウェーブヘアは胸の辺りまで伸び、毛量が多い。黒髪かと思われたが、紫の部分がいくつかあるメッシュのカラーリングをしている。
  黒のショートダッフルコートを着て、下はジーンズだ。

「お初! 俺は、『フォールン・トロイ』! ゼブルムのお兄さんだ!」

  その男は、にんまりと笑いながらそう名乗った。
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