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第5章 ファイナイト
5-1 パーティー・イン・ザ・倉庫
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日本の最北端の地、琥蘭道。その北の大地に位置する静かな住宅地から少し外れた一等地、そこにミルの「倉庫」と呼ばれるマンションは存在していた。
冥片での激闘の末、僕とドドはその倉庫へと招かれた。
ミルは約束のご馳走が待ち遠しかったのか、マンションのエントランスホールに着くなり、目を爛々と輝かせながらドドを見つめていた。だが、流石にドドの怪我が酷かったため、まずは傷の手当てが先だった。
倉庫と呼ばれるマンションの中にはたくさんの空き部屋があったが、そのほとんどがあらゆる物品で埋まっていたため、まだ空いている生活用の一室で僕達は傷の手当てをした。
ミルは率先してドドの傷を手当てしようとしたが、当の本人は自分でできるからと言い、彼女は僕の手当てをしてくれた。
雪枝垂先生の所で簡単な応急処置も学んだため、ミルが所持していた医療用具でも充分な手当てができた。
また、先生から頂いた薬とお茶も残っていたため、それを3人とも飲んだが、ミルにその薬の苦さは相当堪えたようだ。
一通り休息が済んだ所で、ドドは倉庫に貯蔵されていたあらゆる食材を使い、料理をしてくれた。
イタリア料理だけでなく、和食、フランス料理、スペイン料理とありとあらゆる料理を次から次へと作り、広い一室にテーブルを4つ並べても尚、その上に並びきらない程の量であった。
ミルが涎を垂らしながら目を輝かせていたが、僕もここまでのご馳走は初めてだったため、興奮が止まない。
勝利を祝して、3人でのパーティーが始まると、ミルは手当たり次第にご馳走を吟味していく。
「はっあーん! 美味しいです! 美味しいですわー! ありがとうドドー!」
「お祝いだからな。俺達の勝利と、そして新しい仲間にな!」
そう言ってドドはビールの入ったジョッキを掲げる。もちろんミルは禁酒なのでオレンジジュース。僕は烏龍茶だ。
「そうだね。でも、本当にすごいマンションだ。高級マンションとほぼ変わらないよ」
僕はそう言って改めて室内を見渡す。解放感のある窓からは、遠くの街の夜景が見える。
高い天井からはLED照明が吊り下がり、広々とした室内にはソファ、大型テレビ、観葉植物が置かれ、高級ホテルにさえ思えてしまう。
「この部屋はわたくしもよく利用していますので。想様に気に入っていただけたようで何よりでございますわ!」
高級感があってあまり落ち着けないとはとても口に出せず、苦笑いして誤魔化す。
その時、僕は視界に入り込んだ物に心を奪われた。
「ドド、まさかこれ、アワビじゃないか!?」
「あぁ、そうだ。流石、琥蘭道! 魚介類の宝庫だな!」
琥蘭道。素晴らしい。
「こっちは牡蠣!? あぁ、あぁ、ありがとうドド。ありがとう琥蘭道」
僕は意を決してアワビを口に入れる。なんて歯ごたえなんだ。美味しい。たまらない。
「想様ー……わたくしにも感謝してください! 想様のためにとずっと用意してましたのよ!?」
と、ミルが頬を膨らませ始める。
「あ、うん、ごめんごめん。ありがとう、ミル。あぁ、牡蠣、美味しすぎる」
バルサミコソースで味付けされた牡蠣はこの世の物と思えないくらいに美味しい。
そんな僕を見て、ミルは吹き出すように笑い、揚げ出し豆腐を口に入れて目を丸くしだした。
「なんですのこれ!? 美味しいですわ! 和食ですわよね!? 初めて食べましたわー!」
そんなミルを見てドドは笑っている。
「ミルは和食を食べた事がないんだな。じゃあ、こっちの肉じゃがと、あと天麩羅もどうだ?」
ドドはそう言って肉じゃがと天麩羅をそれぞれ別の小皿に装ってミルに渡す。
「じゃがいもが柔らかい! こっちの天麩羅はサクサクしていて、中のエビはプリプリですわね! 幸せですわー!」
ドドと僕は同時に笑ってしまう。琥蘭道と言えば、じゃがいもも名産だからな。せっかくなので僕もそれを食すと、確かにとても柔らかく、ほくほくして甘みがあるじゃがいもだ。
あぁ、本当になんて素敵な所なんだ琥蘭道。1度は来てみたいと思っていたが、ここまで食材に恵まれていたなんて。ここにずっと住みたくなってしまう。
――――ピーンポーン。
その時、突然部屋のチャイムが鳴り、思わず3人はビクッと身体を震わせた。
「え!? 誰か来たの!? どういう事!?」
僕は喉に詰まらせたじゃがいもを烏龍茶で流し込むと、慌ててそう聞いた。チャイムは再び鳴り響く。
「そんな事はないはずです。ここは人が住めない事にしてありますので」
ミルは席を立ち、インターホンのモニターに近付く。
「うげっ! ドルティエ!? なんでこんな時に!?」
ミルの顔が青ざめている。誰なんだろ?
「わたくし、ちょっと行ってきますわね! お2人は気にせず、お食事していてくださいませ!」
ミルはそう言ってその場から瞬間移動で消える。
「なんだなんだー? まさか、ミルの家の人か? 連れ戻しにでも来たのか?」
ドドが少し心配そうに言う。この場所は家族の者には知られていないと聞いていたのだが、もし万が一、ミルの両親が来たのだとしたら、僕は一颯さんの事についても謝らなくてはいけない。胸の内の緊張感が高まっていく。
数分後、部屋の玄関の扉が空く音がし、室内にミルが申し訳なさそうに入ってきた。その後ろに、1人の女性を連れて。
「申し訳ありません。わたくしの家の侍女が来てしまいました」
ミルの後ろから現れた女性を見て、僕とドドは口を開けて固まった。侍女、つまりメイドさんだ。
褐色の肌をしたそのメイドさんは、よく見るあのメイド服を着ており、膝丈のワンピースの裾からは白いタイツを履いた脚が伸びている。身長は165cm程だ。
長い黒髪は後ろで三つ編みにして束ねており、少し吊り目で真剣な眼差しを僕達に向けている。
「お食事中の所申し訳ございません。ミルティーユお嬢様の侍女、ドルティエ・サンカントと申します」
そう言って、ドルティエさんはお辞儀をしたため、僕は慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「あ、あの! て、弖寅衣 想と申します。この度は、お嬢さんを連れ回してしまい、申し訳ございませんでした!」
とにかく謝るしかなかった。
「想様、顔を上げてください! 大丈夫です、ドルティエには大まかな事情は話してありますし、家の者には内緒にしてくれています」
ミルはあたふたしながらもそう説明してくれたので、僕は顔を上げて一先ず落ち着く。
だが、ドルティエさんは尚も厳しい眼差しを向けている。
「あなたが弖寅衣様ですか? お嬢様から話は伺っております。ただ、私はお嬢様を危険な目に合わす訳にはいかないのです」
「ちょっとドルティエ! わたくしは、想様達に付いて行くと決めておりますのよ? いくらあなたが言おうと、絶対に帰りませんわよ!」
ミルが声を張り上げる。その真剣な眼差しに、ドルティエさんは驚き、押されるように一歩下がった。
と、そこでドドが立ち上がる。
「なぁ、ドルティエさんだっけ? 他人の家庭に口出しはしたくねぇ。だが、ミルの気持ちを1番に考えるのが理解者ってもんじゃねぇのか? 本人の意志を尊重しろよ」
ドドはドルティエさんの目の前に立ち、平然とそう言ってのけた。
「お、大きい……。おほん。え、えぇ、私は、その、何も、連れ戻すなどとは言っておりません。こんなに真剣なお嬢様は初めて見ましたし。ただ、お嬢様の身を案じているので、近くにいたいのです」
ドドの威圧感に圧倒されていたのか、ドルティエさんは更に表情を崩したが、咳払いのあとに自身の本心を語ってくれた。
怖そうな人だと思っていたが、ミルの事が心配だったのだろう。
「ドルティエ……なら、想様達と一緒にいていいのですね?」
ドルティエさんの隣に立つミルが肩の力を抜きながら尋ねる。
「はい、もちろんです。ただし、私もここでお世話をさせてください」
それを聞いたミルは安心し、元気よく返事をし、ドルティエさんの正面に立っていたドドも笑顔になる。
「なんだよ! いい人じゃねぇか! あ、ちょうど今、宴会やってんだ。料理はまだあるからあんたも食べてってくれ。あ、俺ァ百々丸な。堂島 百々丸だ」
と、気を良くしたドドはドルティエさんの背中を押しながら食卓に促す。
「は? はい!? え!? その、ただの使用人の私なんかがよろしいのでしょうか? 初対面ですよ? 堂島さん……ですか? あ、え、はいよろしくお願いします」
ドドから手を差し出され、ドルティエさんは緊張しながら握手をしていた。
「ドドの料理、とっても美味しいんですのよ? ドルティエも食べてみてください」
普段の食卓は椅子に座る事が多いのだろうが、僕達はこの時、床のカーペットの上に座して食事していたため、ドルティエさんは戸惑いながら食卓の席に座った。
そして、つい先程3人で食べていた肉じゃがをミルはドルティエさんに勧める。
「こ、これは!? これが、日本の家庭の味ですか? なんて優しい味なんでしょう。これを、あなたが、堂島さんが作ったのですか? 美味しいです。とっても、美味しいです」
ドドが作った肉じゃがを味わいそう言って、ドルティエさんは感動しているようだった。心無しか、先程よりも表情が柔らかくなっている気がする。
「そうです。これが日本の味です。そして、こうやってみんなで食卓を囲んで、わいわいしながら食事をするのが、庶民の食卓です。だから、畏まらなくてもいいんです」
僕は正面に座って肉じゃがを口に運んでいくドルティエさんにそう語る。お腹も減っていたのかもしれない。
「はい。弖寅衣様、ありがとうございます。そして、先程はあなたを警戒するように言葉を発した事をお許しください。私も『想様』とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「だめです。それはわたくしだけの特権ですのよ!」
ドルティエさんの左隣に座るミルが口を挟んだ。
「もう慣れたからいいけどさ。それより、ドルティエさん! この牡蠣フライもすごく美味しいんですよ? 食べてください!」
僕はつい今しがた口にして感動した牡蠣フライの味を伝えたくて、彼女に押し付ける。
ドルティエさんは数秒驚いていたが、素直にその小皿を受け取る。
「あっ! 俺のオススメはこっちの海老と牡蠣のアヒージョだ! 自信作だから食べてくれ!」
と、今度はドルティエさんの右隣に座るドドが皿ごとドルティエさんに差し出す。
「え、ちょっとそれ僕まだ食べてないよ? 僕も食べたい」
牡蠣料理がそこにもあったなんて不覚だった。
「フッ、ウフフフッ。こんな、賑やかな食卓、初めてでございます。お食事が、こんなにも楽しいものだなんて、私、初めて知りました」
ドルティエさんが初めて笑った。その目に薄ら涙を浮かべながら。そんな彼女の様子を見て、つい僕達3人も笑ってしまう。
「ドルティエは、お家ではいつも他の侍女達と食卓していましたからね。ここに来てよかったですわね!」
ミルはとても嬉しそうにしていた。
「はい、お嬢様ありがとうございます。そして、堂島さん、弖寅衣さんも、こんな私を歓迎してくれてありがとうございます」
彼女はそう言ってまた笑う。初めて見た時の怖いイメージから一転し、笑顔の似合う素敵な人だ。
冥片での激闘の末、僕とドドはその倉庫へと招かれた。
ミルは約束のご馳走が待ち遠しかったのか、マンションのエントランスホールに着くなり、目を爛々と輝かせながらドドを見つめていた。だが、流石にドドの怪我が酷かったため、まずは傷の手当てが先だった。
倉庫と呼ばれるマンションの中にはたくさんの空き部屋があったが、そのほとんどがあらゆる物品で埋まっていたため、まだ空いている生活用の一室で僕達は傷の手当てをした。
ミルは率先してドドの傷を手当てしようとしたが、当の本人は自分でできるからと言い、彼女は僕の手当てをしてくれた。
雪枝垂先生の所で簡単な応急処置も学んだため、ミルが所持していた医療用具でも充分な手当てができた。
また、先生から頂いた薬とお茶も残っていたため、それを3人とも飲んだが、ミルにその薬の苦さは相当堪えたようだ。
一通り休息が済んだ所で、ドドは倉庫に貯蔵されていたあらゆる食材を使い、料理をしてくれた。
イタリア料理だけでなく、和食、フランス料理、スペイン料理とありとあらゆる料理を次から次へと作り、広い一室にテーブルを4つ並べても尚、その上に並びきらない程の量であった。
ミルが涎を垂らしながら目を輝かせていたが、僕もここまでのご馳走は初めてだったため、興奮が止まない。
勝利を祝して、3人でのパーティーが始まると、ミルは手当たり次第にご馳走を吟味していく。
「はっあーん! 美味しいです! 美味しいですわー! ありがとうドドー!」
「お祝いだからな。俺達の勝利と、そして新しい仲間にな!」
そう言ってドドはビールの入ったジョッキを掲げる。もちろんミルは禁酒なのでオレンジジュース。僕は烏龍茶だ。
「そうだね。でも、本当にすごいマンションだ。高級マンションとほぼ変わらないよ」
僕はそう言って改めて室内を見渡す。解放感のある窓からは、遠くの街の夜景が見える。
高い天井からはLED照明が吊り下がり、広々とした室内にはソファ、大型テレビ、観葉植物が置かれ、高級ホテルにさえ思えてしまう。
「この部屋はわたくしもよく利用していますので。想様に気に入っていただけたようで何よりでございますわ!」
高級感があってあまり落ち着けないとはとても口に出せず、苦笑いして誤魔化す。
その時、僕は視界に入り込んだ物に心を奪われた。
「ドド、まさかこれ、アワビじゃないか!?」
「あぁ、そうだ。流石、琥蘭道! 魚介類の宝庫だな!」
琥蘭道。素晴らしい。
「こっちは牡蠣!? あぁ、あぁ、ありがとうドド。ありがとう琥蘭道」
僕は意を決してアワビを口に入れる。なんて歯ごたえなんだ。美味しい。たまらない。
「想様ー……わたくしにも感謝してください! 想様のためにとずっと用意してましたのよ!?」
と、ミルが頬を膨らませ始める。
「あ、うん、ごめんごめん。ありがとう、ミル。あぁ、牡蠣、美味しすぎる」
バルサミコソースで味付けされた牡蠣はこの世の物と思えないくらいに美味しい。
そんな僕を見て、ミルは吹き出すように笑い、揚げ出し豆腐を口に入れて目を丸くしだした。
「なんですのこれ!? 美味しいですわ! 和食ですわよね!? 初めて食べましたわー!」
そんなミルを見てドドは笑っている。
「ミルは和食を食べた事がないんだな。じゃあ、こっちの肉じゃがと、あと天麩羅もどうだ?」
ドドはそう言って肉じゃがと天麩羅をそれぞれ別の小皿に装ってミルに渡す。
「じゃがいもが柔らかい! こっちの天麩羅はサクサクしていて、中のエビはプリプリですわね! 幸せですわー!」
ドドと僕は同時に笑ってしまう。琥蘭道と言えば、じゃがいもも名産だからな。せっかくなので僕もそれを食すと、確かにとても柔らかく、ほくほくして甘みがあるじゃがいもだ。
あぁ、本当になんて素敵な所なんだ琥蘭道。1度は来てみたいと思っていたが、ここまで食材に恵まれていたなんて。ここにずっと住みたくなってしまう。
――――ピーンポーン。
その時、突然部屋のチャイムが鳴り、思わず3人はビクッと身体を震わせた。
「え!? 誰か来たの!? どういう事!?」
僕は喉に詰まらせたじゃがいもを烏龍茶で流し込むと、慌ててそう聞いた。チャイムは再び鳴り響く。
「そんな事はないはずです。ここは人が住めない事にしてありますので」
ミルは席を立ち、インターホンのモニターに近付く。
「うげっ! ドルティエ!? なんでこんな時に!?」
ミルの顔が青ざめている。誰なんだろ?
「わたくし、ちょっと行ってきますわね! お2人は気にせず、お食事していてくださいませ!」
ミルはそう言ってその場から瞬間移動で消える。
「なんだなんだー? まさか、ミルの家の人か? 連れ戻しにでも来たのか?」
ドドが少し心配そうに言う。この場所は家族の者には知られていないと聞いていたのだが、もし万が一、ミルの両親が来たのだとしたら、僕は一颯さんの事についても謝らなくてはいけない。胸の内の緊張感が高まっていく。
数分後、部屋の玄関の扉が空く音がし、室内にミルが申し訳なさそうに入ってきた。その後ろに、1人の女性を連れて。
「申し訳ありません。わたくしの家の侍女が来てしまいました」
ミルの後ろから現れた女性を見て、僕とドドは口を開けて固まった。侍女、つまりメイドさんだ。
褐色の肌をしたそのメイドさんは、よく見るあのメイド服を着ており、膝丈のワンピースの裾からは白いタイツを履いた脚が伸びている。身長は165cm程だ。
長い黒髪は後ろで三つ編みにして束ねており、少し吊り目で真剣な眼差しを僕達に向けている。
「お食事中の所申し訳ございません。ミルティーユお嬢様の侍女、ドルティエ・サンカントと申します」
そう言って、ドルティエさんはお辞儀をしたため、僕は慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「あ、あの! て、弖寅衣 想と申します。この度は、お嬢さんを連れ回してしまい、申し訳ございませんでした!」
とにかく謝るしかなかった。
「想様、顔を上げてください! 大丈夫です、ドルティエには大まかな事情は話してありますし、家の者には内緒にしてくれています」
ミルはあたふたしながらもそう説明してくれたので、僕は顔を上げて一先ず落ち着く。
だが、ドルティエさんは尚も厳しい眼差しを向けている。
「あなたが弖寅衣様ですか? お嬢様から話は伺っております。ただ、私はお嬢様を危険な目に合わす訳にはいかないのです」
「ちょっとドルティエ! わたくしは、想様達に付いて行くと決めておりますのよ? いくらあなたが言おうと、絶対に帰りませんわよ!」
ミルが声を張り上げる。その真剣な眼差しに、ドルティエさんは驚き、押されるように一歩下がった。
と、そこでドドが立ち上がる。
「なぁ、ドルティエさんだっけ? 他人の家庭に口出しはしたくねぇ。だが、ミルの気持ちを1番に考えるのが理解者ってもんじゃねぇのか? 本人の意志を尊重しろよ」
ドドはドルティエさんの目の前に立ち、平然とそう言ってのけた。
「お、大きい……。おほん。え、えぇ、私は、その、何も、連れ戻すなどとは言っておりません。こんなに真剣なお嬢様は初めて見ましたし。ただ、お嬢様の身を案じているので、近くにいたいのです」
ドドの威圧感に圧倒されていたのか、ドルティエさんは更に表情を崩したが、咳払いのあとに自身の本心を語ってくれた。
怖そうな人だと思っていたが、ミルの事が心配だったのだろう。
「ドルティエ……なら、想様達と一緒にいていいのですね?」
ドルティエさんの隣に立つミルが肩の力を抜きながら尋ねる。
「はい、もちろんです。ただし、私もここでお世話をさせてください」
それを聞いたミルは安心し、元気よく返事をし、ドルティエさんの正面に立っていたドドも笑顔になる。
「なんだよ! いい人じゃねぇか! あ、ちょうど今、宴会やってんだ。料理はまだあるからあんたも食べてってくれ。あ、俺ァ百々丸な。堂島 百々丸だ」
と、気を良くしたドドはドルティエさんの背中を押しながら食卓に促す。
「は? はい!? え!? その、ただの使用人の私なんかがよろしいのでしょうか? 初対面ですよ? 堂島さん……ですか? あ、え、はいよろしくお願いします」
ドドから手を差し出され、ドルティエさんは緊張しながら握手をしていた。
「ドドの料理、とっても美味しいんですのよ? ドルティエも食べてみてください」
普段の食卓は椅子に座る事が多いのだろうが、僕達はこの時、床のカーペットの上に座して食事していたため、ドルティエさんは戸惑いながら食卓の席に座った。
そして、つい先程3人で食べていた肉じゃがをミルはドルティエさんに勧める。
「こ、これは!? これが、日本の家庭の味ですか? なんて優しい味なんでしょう。これを、あなたが、堂島さんが作ったのですか? 美味しいです。とっても、美味しいです」
ドドが作った肉じゃがを味わいそう言って、ドルティエさんは感動しているようだった。心無しか、先程よりも表情が柔らかくなっている気がする。
「そうです。これが日本の味です。そして、こうやってみんなで食卓を囲んで、わいわいしながら食事をするのが、庶民の食卓です。だから、畏まらなくてもいいんです」
僕は正面に座って肉じゃがを口に運んでいくドルティエさんにそう語る。お腹も減っていたのかもしれない。
「はい。弖寅衣様、ありがとうございます。そして、先程はあなたを警戒するように言葉を発した事をお許しください。私も『想様』とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「だめです。それはわたくしだけの特権ですのよ!」
ドルティエさんの左隣に座るミルが口を挟んだ。
「もう慣れたからいいけどさ。それより、ドルティエさん! この牡蠣フライもすごく美味しいんですよ? 食べてください!」
僕はつい今しがた口にして感動した牡蠣フライの味を伝えたくて、彼女に押し付ける。
ドルティエさんは数秒驚いていたが、素直にその小皿を受け取る。
「あっ! 俺のオススメはこっちの海老と牡蠣のアヒージョだ! 自信作だから食べてくれ!」
と、今度はドルティエさんの右隣に座るドドが皿ごとドルティエさんに差し出す。
「え、ちょっとそれ僕まだ食べてないよ? 僕も食べたい」
牡蠣料理がそこにもあったなんて不覚だった。
「フッ、ウフフフッ。こんな、賑やかな食卓、初めてでございます。お食事が、こんなにも楽しいものだなんて、私、初めて知りました」
ドルティエさんが初めて笑った。その目に薄ら涙を浮かべながら。そんな彼女の様子を見て、つい僕達3人も笑ってしまう。
「ドルティエは、お家ではいつも他の侍女達と食卓していましたからね。ここに来てよかったですわね!」
ミルはとても嬉しそうにしていた。
「はい、お嬢様ありがとうございます。そして、堂島さん、弖寅衣さんも、こんな私を歓迎してくれてありがとうございます」
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