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第4章 ナターシャ
4-27 黒と紅
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「あららー、消えちゃった。私の、炎……」
寂しそうにナターシャは言葉を吐いたが、その表情から寂しさは微塵も感じない。
僕の背後でしゃがむドドは、先程の爆発で負傷し、立ち上がるのも辛そうだった。
僕自身も、先の戦いでの怪我が完治していない上に、敵の攻撃を受けすぎてしまった。これ以上攻撃を受けるわけにはいかない。防御するか、ミルちゃんの転移に頼るしかない。
「でもね、いっぱい出せるのよー。 ほらー。すごいでしょー?」
ナターシャは手を広げ、大量の黒い蛾を放出した。
「もう、やらせませんわよ!」
ミルちゃんは再び銀のナイフを投げ出す。だが、大量の蛾が飛び交い、ミルちゃんが投げたナイフを払い落としていく。
「そんなぁ!? あっ、きゃあ!」
飛び交った黒い蛾は、黒く燃えながらミルちゃんを襲った。それは僕とドドも巻き込みながら飛来する。黒い蛾の嵐だ。
「まだまだよー。舞踏会の時間よー」
と、黒い蛾に混じって白いオーブが浮かび始める。まずい。
「ミルちゃん!」
「はい!」
ミルちゃんの返事と共に、僕達は移動した。ビル群よりもさらに高い空中だ。眼下では黒い蛾と白いオーブによる大爆発が巻き起こっている。
空中にいながら僕は左手でミルちゃんの手を握り、右手でドドの手をしっかり握る。
「お、おい、まずい。炎が、昇ってくるぞ」
ドドが呻き声を上げた。その言葉通り、眼下で巻き起こった爆発から黒い炎が上昇してくる。それは白いオーブを伴い、さらに新しい爆発を巻き起こしながら、周りのビルをも破壊していく。
「逃げますわ!」
落下しながらミルちゃんが叫び、僕達はまた違う空中へと移動した。先程の爆発地点からは30m以上離れただろうか。だが、あの黒い炎は、再び僕達に向かってくる。
「どこに逃げるって言うのー?」
背後にナターシャがいた。奴の後ろにはあの遺体も浮かんでいる。
僕達の身体は既に落下しだしていたため、僕は視界に入ったビルの屋上からフェンスを引き剥がし、それに3人で一緒に乗って飛ぶ。
ナターシャの遺体から鎖がまた伸びてきていたが、今度はそれにあの黒い蛾をまとわりつかせている。鎖はしなるように動きながら黒い炎を上げ出した。
そして、先程の爆発地点からの黒い炎も目前へと迫っていた。
「突破する。ミルちゃん、攻撃を頼む!」
僕が呼びかけると、ミルちゃんはナターシャを見据え、ナイフを投げ続ける。
僕はフェンスを操作しながらも、ミルちゃんが投げたナイフをできるだけグラインドで動かし、ナターシャに向けて飛ばす。
だが、ナターシャの遺体から伸びる黒い炎の鎖がそれを払い落とし、霊体のナターシャはひらひらと宙を舞っている。
「アハハ。アハハハー。か細い攻撃ねー」
ナターシャは無表情で笑っていた。白いオーブを発生させながらも爆発を次々に生んでいた黒い炎は、2つ、3つに割れていき、周りのビルを巻き添えにしながらついに後方まで迫っていた。
「やられるわけにいかないんだ。3人で、またご飯を食べるんだ」
僕は小さな声で呟くと、回りのビルの瓦礫を飛ばしていく。
「想様! 聖水を出します!」
ミルちゃんが言うと、ナターシャと僕達の間に聖水の小瓶が幾つも現れた。それを僕は瓦礫でぶつけて、聖水を撒き散らしながら黒い炎と鎖に当てていく。
「そんなものー、いつまでもー、もたないわよー?」
ナターシャの言う通りだ。瓦礫も聖水もいつかは尽きてしまう。僕達の攻撃はアイツに届かないのか。
「そうですわね。ならば、これでも食らいなさいませ!」
ミルちゃんはナイフを投げた。いや、ナイフではない。あれは……。
「はあぁう!? はっ、はっ、はぎゃあぁ!?」
ナターシャが空中でもがき出し、黒い炎が止んでいる。ミルちゃんが投げた物はナイフではなく、十字架だった。その十字架は先端が尖っているのか、霊体ナターシャの肌に突き刺さっている。
「よくも、よくもー、こんな忌々しき物を、近づけたわねー」
ナターシャは十字架を引き抜きながら、赤い双眸でこちらを射抜くように睨む。
「やはり効果覿面ですわね。お代わりもありますわよ!」
と言って、次に投げた十字架はナターシャの遺体の、あの腹部の紋章へと突き刺さる。
「いぎぎぎぎゃあー! あっ、あば、あが、ぎやっぎゃあー!」
ナターシャが苦しみ出す。これならいける。僕は再び瓦礫を飛ばし、ミルちゃんは大量の聖水を出しながら銀のナイフを投げて畳み掛ける。
ナターシャの身体からは煙が出続ける。成仏できる。そう思った直後、ナターシャは憤怒の表情を浮かべ、こちらを見据えた。
「ゆ、る、さな……いっ!」
そう言うと、僕達の周囲に一斉に黒い蛾と、更に大量の白いオーブも出現した。
「ま、まずい!」
「もう、遅いわ」
ナターシャは静かに呟くと、周囲の黒い蛾は燃えながら一斉に飛び交い、そしてその集団が爆発を巻き起こしながら僕達が乗るフェンスを襲った。
「ぐっうおおぉっ!」
ドドが、再び僕とミルちゃんの前に立っていた。そして、全身に燃える黒い蛾の襲撃を受け、フェンスの下に落下してしまう。
「ドドー!」
叫んでいたのはミルちゃんだった。その目に涙を浮かべて。
助けなくちゃ。僕が助けなくちゃ。みんなで、生きて帰るんだ。
そう思った直後、フェンスに爆発が直撃し、足場を破壊された僕とミルちゃんも衝撃で空中に投げ出されてしまった。
「ミル……ちゃ……ん!」
黒い炎が襲いかかり、吹き飛ばされながらも必死に声を出して呼びかけたが、遠ざかるミルちゃんが返事をする気配がない。
彼女の身体は力を無くしたようにだらんとなり、黒い炎に包まれていた。紅い髪の少女が、黒い炎によって燃やされてしまう。
そんな……そんな……駄目だ。こんなの……みんな、死んじゃうなんて、駄目だ。これじゃ、一颯さんの想いを無駄にしてしまうんだ。
「ミル、ちゃん……返事を、して」
ここで、終わりにする訳にはいかないんだ。終わらせてたまるか。
僕には何もできない。だから今は、君だけが頼りなんだ。お願いだ。目を覚ましてくれ。
「ミル、ちゃん! ミルちゃん……ミ、ル……ミル……、ミ、ミルーっ!」
黒い炎と爆発に包まれる中、僕はありったけの声を出した。
その瞬間、紅いツインテールの少女は、身体をぶるんと震わせるようにして空中で身体を起こした。
「想様! わたくしはここにいます! 誰も、死なせは、しません!」
爆発の中、ミルは僕の隣に現れ、そして、僕の手を握った。
続いてドドの元にも移動し、僕は彼の手を握る。
「ナタァーシャアーッ!」
ミルは叫びながら、空中に浮かぶ奴の目の前に僕達と一緒に瞬間移動した。流石のナターシャも面食らっていた。
「許さない! わたくしの、大切な人達をー! はぁーあっ!」
ミルは片手で次々にナイフと十字架を投げ続けた。
「ばっ! ひぎゃっ! ぐばっ! あ、はぁ、殺してくれるわー!」
ナターシャは血の涙を流しながら、遺体から鎖を振り回し、黒く燃える蛾を乱舞させていた。
周囲ではオーブを次々に発生させ、爆発が僕達を取り囲むように発生している。
だが、ミルは空中を次々に転移しながらその全てを躱していく。
「わたくしには、これがありますの。まさか、これを使う時が来てしまうなんて、思ってませんでした」
ミルはそう言って、空いてる左手を顔の前に掲げる。
その手が、燃え出す。ナターシャの黒い炎で燃えているのではない。ミルの手そのものは燃えていないのだ。
ミルが手に持っていたその炎は、普通の炎ではない。紅い炎だった。
「この炎は、ある聖人の血を燃やしたもの。決して消える事がない、そして、燃やせない物はない、正真正銘の『聖火』ですわ」
右手は僕と繋いだまま、ミルはそう言うと、再び空中を飛び交うように転移する。
「聖人の……血? 聖火? そんなもの、存在するわけないでしょー!」
ナターシャは激昂し、黒い炎を飛び交う僕達に向けて放つ。だが。
「無駄です。言ったでしょう? 『燃やせない物はない』と」
ミルが言った通り、あの黒い炎が、紅い炎に包まれるように燃えていく。
「ナターシャー! これで、終わりです! あの世に、落ちなさいませ!」
僕達はナターシャの真上に移動し、落下し出す。
「あの世に落ちるのは、お前だー!」
ナターシャは上空のミルに向かって黒く燃える鎖を突撃させる。
しかし、ミルが左手に持つ紅い炎を大きく振り回すとその鎖は次々に紅く燃え、粉々になっていく。
「はぁーあっ!」
ミルが下方のナターシャに向けて左手を伸ばすと、紅い炎は大きく燃え上がり伸びていく。
「あっぎゃあ! 熱いっ! 熱いよ! 助けてぇ!」
ナターシャは燃えながら遺体に引き寄せられ、そして霊体は遺体に吸い込まれて1つになった。
「わたくしの、炎の拳を食らいなさいませー!」
そう言って、ミルは燃える左手の拳を、ナターシャの遺体の腹部にあるあの紋章へと、全身全霊の力で叩き込んだ。
「あぁーっ! ぐっぎゃぁー! あぁーあぁ……」
ナターシャの、腹部の紋章が燃え、滓となって消えていく。
それと共に、ナターシャの遺体も霊体も、燃え上がりながら蒸発するように消えてしまった。
ついに、あのナターシャが成仏したのだ。
「やりました……倒しました……倒しちゃいました? ……やりましたわー!」
ミルは思わず両手でガッツポーズをとっていた。
「おわっ!? ちょっ! ミル! 落ちる! 落ちるー!」
そう、僕達はまだ空中で落下中だった。
逆さまの状態で両手を広げて喜んでいたミルだったが、その表情が固まり、「あっ」と声を漏らした。
地面は既に目の前に迫ってきていた。
「ったく、最後まで世話のかかる嬢ちゃんだな」
そんな声が聞こえ、僕達は地面スレスレの所で大きな身体に引き寄せられて受け止められた。
ドドが空中で体勢を立て直して僕達を受け止めてくれていた。背中から落下しながらも、受け身を取ったようだが、流石に痛かったらしく、顔を歪めている。
「ドドー! 生きていたのですね! よかったですわー!」
ミルは泣いていた。
「いつつ……あぁ、俺ァあんなもんじゃ死なねぇよ。ミルもすごかったじゃねぇか。まさか、本当にあいつを倒しちまうなんてな」
ドドはミルに拳を向ける。ミルは笑顔でその拳にグータッチした。いつの間にか左手の聖火は消えていた。
「ミル、本当にすごかったよ。ありがとう。せっかく倒したのに死ぬかと思ったけどね」
僕もそう言いながら立ち上がり、ミルに手を差し伸べて引き起こす。
「想様……わたくし、一度意識が飛んでしまいましたの。死んでしまったのかと思ったんですけど、でも、想様がわたくしを呼ぶ声が聞こえたのです。その声を聞いて、わたくしはまだ死ぬわけにはいかないって、そう思って目覚めて、その後は必死でした」
「そうだったんだ。あの時は、僕もつい必死で呼んじゃったよ」
僕は少し恥ずかしがりながら笑う。
「想様」
と、ミルが改まって姿勢を正して僕と向き合う。なんだろうと思いながら、僕もつい身構えてしまう。
「想様達の旅は、とても危険なものだということ、重々承知しております。わたくしは、まだまだ未熟な乙女でございます。でも、それでも……! 想様達の旅に、どうか、わたくしも一緒に……ずっと! 連れて行ってはくれないでしょうか?」
ミルは真剣な表情をしていた。僕はそっと笑いかける。
「うん。ミルがいてくれたら心強いよ。これから、よろしくね!」
そう言って、ミルに手を差し出した。ミルは僕の手を両手でがっしり握った。
「うぅー、想しゃまーん! ありがとう、ごじゃいます!」
と、また泣き出していた。か弱い少女を連れて行くわけにはいかないと思った時もあったが、今はもうミルの事を信頼している。
「あぁ! ミル、これからよろしくな!」
ドドも立ち上がり、ミルの頭を撫でていた。
「はい、よろしくお願いします……あっ! わたくし、忘れてませんわよ? 戦いが終わったら美味しい食事、たくさん食べさせてくれるのですよね? 約束ですわよね? わたくし、今日はもう我慢しませんわよ!?」
急に思い出したミルを見て、僕は苦笑する。
「だーっ! わかってるよ! いっぱい食わしてやるから!」
ミルは飛び跳ねながら喜んでいる。そうして、3人で並んで歩き出す。
あんなに怖くて辛い戦いの後なのに、3人で煤だらけになった顔を見合い、笑顔を浮かべながら。
寂しそうにナターシャは言葉を吐いたが、その表情から寂しさは微塵も感じない。
僕の背後でしゃがむドドは、先程の爆発で負傷し、立ち上がるのも辛そうだった。
僕自身も、先の戦いでの怪我が完治していない上に、敵の攻撃を受けすぎてしまった。これ以上攻撃を受けるわけにはいかない。防御するか、ミルちゃんの転移に頼るしかない。
「でもね、いっぱい出せるのよー。 ほらー。すごいでしょー?」
ナターシャは手を広げ、大量の黒い蛾を放出した。
「もう、やらせませんわよ!」
ミルちゃんは再び銀のナイフを投げ出す。だが、大量の蛾が飛び交い、ミルちゃんが投げたナイフを払い落としていく。
「そんなぁ!? あっ、きゃあ!」
飛び交った黒い蛾は、黒く燃えながらミルちゃんを襲った。それは僕とドドも巻き込みながら飛来する。黒い蛾の嵐だ。
「まだまだよー。舞踏会の時間よー」
と、黒い蛾に混じって白いオーブが浮かび始める。まずい。
「ミルちゃん!」
「はい!」
ミルちゃんの返事と共に、僕達は移動した。ビル群よりもさらに高い空中だ。眼下では黒い蛾と白いオーブによる大爆発が巻き起こっている。
空中にいながら僕は左手でミルちゃんの手を握り、右手でドドの手をしっかり握る。
「お、おい、まずい。炎が、昇ってくるぞ」
ドドが呻き声を上げた。その言葉通り、眼下で巻き起こった爆発から黒い炎が上昇してくる。それは白いオーブを伴い、さらに新しい爆発を巻き起こしながら、周りのビルをも破壊していく。
「逃げますわ!」
落下しながらミルちゃんが叫び、僕達はまた違う空中へと移動した。先程の爆発地点からは30m以上離れただろうか。だが、あの黒い炎は、再び僕達に向かってくる。
「どこに逃げるって言うのー?」
背後にナターシャがいた。奴の後ろにはあの遺体も浮かんでいる。
僕達の身体は既に落下しだしていたため、僕は視界に入ったビルの屋上からフェンスを引き剥がし、それに3人で一緒に乗って飛ぶ。
ナターシャの遺体から鎖がまた伸びてきていたが、今度はそれにあの黒い蛾をまとわりつかせている。鎖はしなるように動きながら黒い炎を上げ出した。
そして、先程の爆発地点からの黒い炎も目前へと迫っていた。
「突破する。ミルちゃん、攻撃を頼む!」
僕が呼びかけると、ミルちゃんはナターシャを見据え、ナイフを投げ続ける。
僕はフェンスを操作しながらも、ミルちゃんが投げたナイフをできるだけグラインドで動かし、ナターシャに向けて飛ばす。
だが、ナターシャの遺体から伸びる黒い炎の鎖がそれを払い落とし、霊体のナターシャはひらひらと宙を舞っている。
「アハハ。アハハハー。か細い攻撃ねー」
ナターシャは無表情で笑っていた。白いオーブを発生させながらも爆発を次々に生んでいた黒い炎は、2つ、3つに割れていき、周りのビルを巻き添えにしながらついに後方まで迫っていた。
「やられるわけにいかないんだ。3人で、またご飯を食べるんだ」
僕は小さな声で呟くと、回りのビルの瓦礫を飛ばしていく。
「想様! 聖水を出します!」
ミルちゃんが言うと、ナターシャと僕達の間に聖水の小瓶が幾つも現れた。それを僕は瓦礫でぶつけて、聖水を撒き散らしながら黒い炎と鎖に当てていく。
「そんなものー、いつまでもー、もたないわよー?」
ナターシャの言う通りだ。瓦礫も聖水もいつかは尽きてしまう。僕達の攻撃はアイツに届かないのか。
「そうですわね。ならば、これでも食らいなさいませ!」
ミルちゃんはナイフを投げた。いや、ナイフではない。あれは……。
「はあぁう!? はっ、はっ、はぎゃあぁ!?」
ナターシャが空中でもがき出し、黒い炎が止んでいる。ミルちゃんが投げた物はナイフではなく、十字架だった。その十字架は先端が尖っているのか、霊体ナターシャの肌に突き刺さっている。
「よくも、よくもー、こんな忌々しき物を、近づけたわねー」
ナターシャは十字架を引き抜きながら、赤い双眸でこちらを射抜くように睨む。
「やはり効果覿面ですわね。お代わりもありますわよ!」
と言って、次に投げた十字架はナターシャの遺体の、あの腹部の紋章へと突き刺さる。
「いぎぎぎぎゃあー! あっ、あば、あが、ぎやっぎゃあー!」
ナターシャが苦しみ出す。これならいける。僕は再び瓦礫を飛ばし、ミルちゃんは大量の聖水を出しながら銀のナイフを投げて畳み掛ける。
ナターシャの身体からは煙が出続ける。成仏できる。そう思った直後、ナターシャは憤怒の表情を浮かべ、こちらを見据えた。
「ゆ、る、さな……いっ!」
そう言うと、僕達の周囲に一斉に黒い蛾と、更に大量の白いオーブも出現した。
「ま、まずい!」
「もう、遅いわ」
ナターシャは静かに呟くと、周囲の黒い蛾は燃えながら一斉に飛び交い、そしてその集団が爆発を巻き起こしながら僕達が乗るフェンスを襲った。
「ぐっうおおぉっ!」
ドドが、再び僕とミルちゃんの前に立っていた。そして、全身に燃える黒い蛾の襲撃を受け、フェンスの下に落下してしまう。
「ドドー!」
叫んでいたのはミルちゃんだった。その目に涙を浮かべて。
助けなくちゃ。僕が助けなくちゃ。みんなで、生きて帰るんだ。
そう思った直後、フェンスに爆発が直撃し、足場を破壊された僕とミルちゃんも衝撃で空中に投げ出されてしまった。
「ミル……ちゃ……ん!」
黒い炎が襲いかかり、吹き飛ばされながらも必死に声を出して呼びかけたが、遠ざかるミルちゃんが返事をする気配がない。
彼女の身体は力を無くしたようにだらんとなり、黒い炎に包まれていた。紅い髪の少女が、黒い炎によって燃やされてしまう。
そんな……そんな……駄目だ。こんなの……みんな、死んじゃうなんて、駄目だ。これじゃ、一颯さんの想いを無駄にしてしまうんだ。
「ミル、ちゃん……返事を、して」
ここで、終わりにする訳にはいかないんだ。終わらせてたまるか。
僕には何もできない。だから今は、君だけが頼りなんだ。お願いだ。目を覚ましてくれ。
「ミル、ちゃん! ミルちゃん……ミ、ル……ミル……、ミ、ミルーっ!」
黒い炎と爆発に包まれる中、僕はありったけの声を出した。
その瞬間、紅いツインテールの少女は、身体をぶるんと震わせるようにして空中で身体を起こした。
「想様! わたくしはここにいます! 誰も、死なせは、しません!」
爆発の中、ミルは僕の隣に現れ、そして、僕の手を握った。
続いてドドの元にも移動し、僕は彼の手を握る。
「ナタァーシャアーッ!」
ミルは叫びながら、空中に浮かぶ奴の目の前に僕達と一緒に瞬間移動した。流石のナターシャも面食らっていた。
「許さない! わたくしの、大切な人達をー! はぁーあっ!」
ミルは片手で次々にナイフと十字架を投げ続けた。
「ばっ! ひぎゃっ! ぐばっ! あ、はぁ、殺してくれるわー!」
ナターシャは血の涙を流しながら、遺体から鎖を振り回し、黒く燃える蛾を乱舞させていた。
周囲ではオーブを次々に発生させ、爆発が僕達を取り囲むように発生している。
だが、ミルは空中を次々に転移しながらその全てを躱していく。
「わたくしには、これがありますの。まさか、これを使う時が来てしまうなんて、思ってませんでした」
ミルはそう言って、空いてる左手を顔の前に掲げる。
その手が、燃え出す。ナターシャの黒い炎で燃えているのではない。ミルの手そのものは燃えていないのだ。
ミルが手に持っていたその炎は、普通の炎ではない。紅い炎だった。
「この炎は、ある聖人の血を燃やしたもの。決して消える事がない、そして、燃やせない物はない、正真正銘の『聖火』ですわ」
右手は僕と繋いだまま、ミルはそう言うと、再び空中を飛び交うように転移する。
「聖人の……血? 聖火? そんなもの、存在するわけないでしょー!」
ナターシャは激昂し、黒い炎を飛び交う僕達に向けて放つ。だが。
「無駄です。言ったでしょう? 『燃やせない物はない』と」
ミルが言った通り、あの黒い炎が、紅い炎に包まれるように燃えていく。
「ナターシャー! これで、終わりです! あの世に、落ちなさいませ!」
僕達はナターシャの真上に移動し、落下し出す。
「あの世に落ちるのは、お前だー!」
ナターシャは上空のミルに向かって黒く燃える鎖を突撃させる。
しかし、ミルが左手に持つ紅い炎を大きく振り回すとその鎖は次々に紅く燃え、粉々になっていく。
「はぁーあっ!」
ミルが下方のナターシャに向けて左手を伸ばすと、紅い炎は大きく燃え上がり伸びていく。
「あっぎゃあ! 熱いっ! 熱いよ! 助けてぇ!」
ナターシャは燃えながら遺体に引き寄せられ、そして霊体は遺体に吸い込まれて1つになった。
「わたくしの、炎の拳を食らいなさいませー!」
そう言って、ミルは燃える左手の拳を、ナターシャの遺体の腹部にあるあの紋章へと、全身全霊の力で叩き込んだ。
「あぁーっ! ぐっぎゃぁー! あぁーあぁ……」
ナターシャの、腹部の紋章が燃え、滓となって消えていく。
それと共に、ナターシャの遺体も霊体も、燃え上がりながら蒸発するように消えてしまった。
ついに、あのナターシャが成仏したのだ。
「やりました……倒しました……倒しちゃいました? ……やりましたわー!」
ミルは思わず両手でガッツポーズをとっていた。
「おわっ!? ちょっ! ミル! 落ちる! 落ちるー!」
そう、僕達はまだ空中で落下中だった。
逆さまの状態で両手を広げて喜んでいたミルだったが、その表情が固まり、「あっ」と声を漏らした。
地面は既に目の前に迫ってきていた。
「ったく、最後まで世話のかかる嬢ちゃんだな」
そんな声が聞こえ、僕達は地面スレスレの所で大きな身体に引き寄せられて受け止められた。
ドドが空中で体勢を立て直して僕達を受け止めてくれていた。背中から落下しながらも、受け身を取ったようだが、流石に痛かったらしく、顔を歪めている。
「ドドー! 生きていたのですね! よかったですわー!」
ミルは泣いていた。
「いつつ……あぁ、俺ァあんなもんじゃ死なねぇよ。ミルもすごかったじゃねぇか。まさか、本当にあいつを倒しちまうなんてな」
ドドはミルに拳を向ける。ミルは笑顔でその拳にグータッチした。いつの間にか左手の聖火は消えていた。
「ミル、本当にすごかったよ。ありがとう。せっかく倒したのに死ぬかと思ったけどね」
僕もそう言いながら立ち上がり、ミルに手を差し伸べて引き起こす。
「想様……わたくし、一度意識が飛んでしまいましたの。死んでしまったのかと思ったんですけど、でも、想様がわたくしを呼ぶ声が聞こえたのです。その声を聞いて、わたくしはまだ死ぬわけにはいかないって、そう思って目覚めて、その後は必死でした」
「そうだったんだ。あの時は、僕もつい必死で呼んじゃったよ」
僕は少し恥ずかしがりながら笑う。
「想様」
と、ミルが改まって姿勢を正して僕と向き合う。なんだろうと思いながら、僕もつい身構えてしまう。
「想様達の旅は、とても危険なものだということ、重々承知しております。わたくしは、まだまだ未熟な乙女でございます。でも、それでも……! 想様達の旅に、どうか、わたくしも一緒に……ずっと! 連れて行ってはくれないでしょうか?」
ミルは真剣な表情をしていた。僕はそっと笑いかける。
「うん。ミルがいてくれたら心強いよ。これから、よろしくね!」
そう言って、ミルに手を差し出した。ミルは僕の手を両手でがっしり握った。
「うぅー、想しゃまーん! ありがとう、ごじゃいます!」
と、また泣き出していた。か弱い少女を連れて行くわけにはいかないと思った時もあったが、今はもうミルの事を信頼している。
「あぁ! ミル、これからよろしくな!」
ドドも立ち上がり、ミルの頭を撫でていた。
「はい、よろしくお願いします……あっ! わたくし、忘れてませんわよ? 戦いが終わったら美味しい食事、たくさん食べさせてくれるのですよね? 約束ですわよね? わたくし、今日はもう我慢しませんわよ!?」
急に思い出したミルを見て、僕は苦笑する。
「だーっ! わかってるよ! いっぱい食わしてやるから!」
ミルは飛び跳ねながら喜んでいる。そうして、3人で並んで歩き出す。
あんなに怖くて辛い戦いの後なのに、3人で煤だらけになった顔を見合い、笑顔を浮かべながら。
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