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第4章 ナターシャ
4-26 黒い蛾
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外はすっかり夜になっていた。遺体の上の宙に、ナターシャは脚を組んでゆらゆらと漂っている。その赤い目は最早僕達を見ていない。だが、奴の意識は僕達へと注がれている。
「あなた達がいるからー、いけないのー。排除するわー。あの御方のためにもー。殺すのー」
抑揚のない口調で、そう告げた。
「こっちだってなぁ、黙ってやられるわけねぇだろ!」
ドドがナターシャに向かって走り出した。
「ミルちゃん、ドドを援護しよう!」
「はい! お任せあれ!」
果敢に走り出すドドに向かって、ナターシャの遺体から鎖が伸びようとしていた。僕はグラインドで道路脇に生えていた樹木を動かし、ナターシャの鎖を押さえつけた。
鎖その物は物体であるからか、聖水を使わなくても押さえる事ができる。ナターシャの霊力によって鎖を伸ばしているという事か。
ドドは地面を蹴り、跳躍しながら回転し、空中のナターシャに向けて拳を振った。だが、その身体が空中で静止する。
「こわいわー。私をもうー、傷つけないでー」
ナターシャはそう言って、空中で固まったドドに向けて手を伸ばす。しかし、その腕の周囲に銀のナイフが出現し、四方八方からナターシャの腕を突き刺していく。
「残念でしたわね!」
ミルちゃんが左手に銀のナイフを構えながら言い、更にナターシャの背後に現れ、その左手のナイフを投げつけた。
――キンッ! と、ミルちゃんのナイフが弾かれていた。
「あらあらー。危ない所を助けてくれたのねー」
ナターシャは虚ろげな目で僕の背後を見ていた。慌てて振り返ると、そこに女がいた。全身血塗れ、黒いコートはボロボロになり、右手に槍を持っている。
クラリスだった。先程倒した筈のクラリスがまだ生きていた。
「ナターシャ、あなた、出てきてたのね。なんだか……いつもと感じが、違うようだけど……?」
クラリスはフラフラとしながらもそう言った。その隣に、ぶわっとナターシャが現れる。
「クラリスちゃーん。聞いて、あの人達が私をいじめるのー。だからね、絶対に殺すの」
そう言ったナターシャを、クラリスは驚くわけでもなく、真剣に見つめた後、フッと笑う。
「そう。なら加勢するわ。私も、こいつらにいじめられたからね!」
そう言って、槍を構え、僕達の上空に幾つも黒い滲みが出現する。
「こいつぁ、ちっと厄介だな」
空中での拘束が解けたドドは、周囲を警戒しながら呟く。前方、屋敷方面にはクラリスとナターシャ、後方のビル街にはナターシャの遺体。どうする?
「2人共! 移動します!」
ミルちゃんがそう言うと、僕達は少し離れた所にあった飲食店の屋上へと移動していた。そして、ミルちゃんは眼下のナターシャとクラリスに向けて次々にナイフを投げる。
「想様! お願い致します!」
「OK。任せてくれ」
ミルちゃんが投げるナイフにはそれ程威力はない。だからこそ、僕のグラインドでそれを引き継ぎ、トップスピードであの2人に向けて放っていく。
ナイフは最早、銃弾のスピードでナターシャとクラリスを襲っていた。
「ぐぅっ! なんなのよ! さっきよりも強いわよこいつら!」
クラリスは槍でナイフを振り払おうとしていたが、僕の力で不規則に動かしていたナイフに対応しきれずにいた。
だが、僕達の目の前に黒い滲みが現れ、そこから槍が伸びていた。
「ここは俺に任せろ!」
ドドが僕達の前に飛び出し、その槍を蹴り払っていた。次々に黒い滲みが発生していたが、この男は驚くべき反射速度でその槍一つ一つに対処して僕達を守ってくれた。
「まあー。いつまでもいつまでも、悪あがきするのねー」
背後からナターシャの声が聞こえた。振り返ると、奴はこちらに向けて手を伸ばし、その手からあのオーブが放たれていた。
「危ないっ!」
僕は咄嗟にミルちゃんを抱き抱えながら飛んだ。だが、僕の背中に何かが触れたと思った途端、すぐに爆発した。
「うっ! ああぁ……」
背中で爆発を受け、その痛みに苦しみながら僕は倒れた。
「想様! 想様ぁ! うぅ、わたくしのために……ナターシャ、許しませんわよ!」
そう言ってミルちゃんはナターシャに向けて無数の銀のナイフを投げ放つ。
ナターシャはひらひらと宙を舞いながら避けていくが、大量のナイフを避け切れず、傷を負っていく。
「やったわねー。吹き飛んじゃえー」
ナターシャが再び僕達の周りに白いオーブを出現させた。
「回避しますわ!」
ミルちゃんがそう言うと、僕達は道路へと移動していた。頭上の先程いた位置では爆発が起き、周囲のビルも巻き込んで破壊し、瓦礫が崩れ落ちてきていた。
「想、動けるか? 走るぞ!」
「あぁ、大丈夫。なんとか。行こう」
背中の焼き付く痛みに耐えながら、僕は2人と共に走り出す。と、その僕達の横側からクラリスが宙を跳ねながら追ってきた。空中に滲みを発生して、それを足場にしている。
「もらったわ! はあぁーっ!」
跳躍し、斜め上から槍を振り下ろしてきていた。
「お前の槍は、もう見切った」
ドドはその槍の柄の部分を右腕で受け止め、クラリスの顎を殴り上げた。
「ぬわっ!?」
「何度も何度も、執拗いですわよ」
ミルちゃんが宙に飛んだクラリスの目の前に現れ、釘バットで横殴りした。
クラリスの身体は地面に叩きつけられ、その口から血を吐いた。
「がはっ、がはっ! お、おのれぇ! まだ、まだ、ここで果てるわけには、いかないのよ!」
クラリスはあれほどのダメージを受けながらも、まだ立ち上がろうとしていた。だが、辺り一帯に白いオーブが無数に舞い始める。その量は先程の2回よりも多い。
「くっ! またか!?」
ドドが声を荒らげた。そして、空中にナターシャが現れる。
「ぜーんぶ、吹き飛ばす。クラリスちゃん、あなたはもういいわ」
「ちょっとナターシャ!? 私を巻き添えにするつもり!?」
クラリスのその言葉と共に、街の通りを白い光が包んだ。
「危なかった。ミルちゃん、ありがとう」
僕達は高層ビルの屋上にいた。ミルちゃんが間一髪で僕達を移動してくれていた。先程いた地上では爆発の影響で周囲のビルが崩れていく。
「いえいえ! でも、ナターシャは味方をも巻き添えにしてしまうなんて、非道すぎますわ」
全くその通りだ。クラリスはあの爆発を直に受けたのだからもう無事ではないだろう。ナターシャは味方を殺す程に理性を失っている。
と、その時また周囲に白いオーブが浮かび始める。
「まずいですわ! 逃げます!」
ミルちゃんの言葉と共に、僕達は再び瞬間移動し、今度は広々とした公園に降り立つ。背後で爆発が起き、高層ビルが崩れていた。
「あの爆発は危険すぎる。ナターシャはどこにいるんだ?」
僕が呟いた直後、目の前に大きな瓦礫が飛んできた。声にならない叫びが漏れ、慌ててその瓦礫が飛んできた方向を見る。
先程破壊されたビルの瓦礫が、次々にこちらに飛来し、僕達を襲ってきている。空にはあのナターシャが浮かんでいる。
「くっ、数が多い上に重い。これ以上は防御できない。ミルちゃん、頼む」
樹木と車をグラインドで動かし、瓦礫の襲来を防いでいたが、耐えきれず彼女に助けを求めた。
「わかりました! 移動しましょう!」
と、ミルちゃんのグラインドによって、僕達3人は近くのビルの屋上へと移動した。
「なっ!? そんなっ!?」
その矢先、僕は声を上げた。移動したそのビルの屋上には、既にオーブがびっしりと埋め尽くされていた。
まさか、先程の瓦礫の攻撃は、ここに誘導するためだったのか? 予め、ビルの屋上に罠を張っていたのか。屋上と地上を交互に移動して来た事も仇となったかもしれない。
既に目の前は真っ白に輝いている。
「2人とも、しっかり掴まってろ!」
突然ぐいっと引き寄せられた。その直後、耳を劈くような爆音が響き、身体中を大きく揺さぶる衝撃に包まれる。
一際大きな衝撃のあと、爆発が収まっていた。
「ドド! ドド! しっかりしてください!」
ミルちゃんの悲痛な声が聞こえた。目を開けると、僕とミルちゃんはドドの腕の中にいた。爆発の直前、彼は僕達2人を守ってくれたのだ。
「はは……大丈夫だ、生きてるよ……くっそ、いてぇ……」
周りは道路だ。ビルの屋上から爆発で投げ出され、ここまで落ちてきてしまったらしい。
「ドド、すまない……」
僕は思わず頭を垂れた。
「そんな顔すんな。ほら、アイツが来るぞ。まだ……終わってねぇんだ。全部終わったら、美味いメシ、作るからよ」
ドドはそう言いながら、自分の身体に鞭を打つように上半身を起こす。
彼にここまで頼るわけにいかないんだ。僕は、顔を上げる。
ナターシャは道路に降り立ち、その手からオーブが発生する。
「んナタァアーシャアァ!」
僕が叫んだつもりだったが、違った。叫び声の主はミルちゃんだった。
ミルちゃんは自らの足で走り出し、右手の拳銃を撃ち出す。
その途端、ナターシャはその手からオーブの塊を放っていた。だが、ミルちゃんはすぐに消え、ナターシャの懐に現れて左手の銀のナイフを突き刺すと共に右手の拳銃を連発した。
「いやっ! いやぁー!」
ナターシャは悲鳴を上げていた。
ミルちゃんが回避したオーブは僕達に向かってきたが、僕が瓦礫をかき集めて防御壁を作り、負傷したドドを守る。絶対に、3人揃って生き延びるんだ。
「あなたのような悪魔、わたくしが必ず討ち取ります!」
ミルちゃんは空中に逃げたナターシャに向かって、聖水を帯びた釘バットを振り下ろし、透かさず再び銃を打つ。
更に追撃をかけるため、地面に打ち付けられたナターシャの横側に移動し、両手に持った銀のナイフで滅多切りにし始めた。
「あぁ! あひゃっ!? はがっ! や、やめっ……ぶへあぇ! い、いやぁ!」
ナターシャは為す術なく切りつけられていた。
だが、その時、1匹の黒い蝶がやって来た。いや、あれは蝶ではなく、蛾だ。
1匹だった筈なのに、2匹、4匹、10匹と、次第にその数が増えていく。
「な、なんですの!?」
異変に気付いたミルちゃんがその手を止め、距離を取っていた。
いつの間にか、ナターシャの背後にあの椅子に座った遺体が置かれていた。
「コ……ロ、ス」
遺体の口が開き、そう言った。
そして、あの何十匹もいた黒い蛾が全て燃え上がり始めた。それは、黒い炎だった。
「これが、私のグラインド、『ナターシャ』なのよー」
ミルちゃんに滅多切りされた霊体のナターシャが、身体に黒い蛾をまとわりつかせながら宙に浮いていた。
「紅いあなたもー、青いお兄さんもー、大きいおじさんもー、みんな焼き尽くしてあげるー」
黒い炎はどんどん拡がって僕達を襲った。その炎からは時折、燃えた蛾が飛び出して襲ってくる。
「あぁっ、ああ、あっつい! く、そ……熱いのは、嫌いなんだよ」
僕はそう言って、地下の水道管にグラインドを働きかける。道路に亀裂が走り、そこから水が溢れ出した。
しかし、黒い炎は普通の物と違うからか、水で鎮火する事はできなかった。それでも、少しだけ弱まる。
「この炎は、先程わたくしが館で受け止めた物ですわね。ならば簡単です!」
ミルちゃんがそう言って、頭上に噴出する水に聖水をばら撒いた。水と聖水が混ざりあって聖水が増加したのか、あの黒い炎はたちまち消えていく。
「ナターシャ、あなたのグラインドは通じませんわ!」
ミルちゃんが力強く、そう言い放った。
「あなた達がいるからー、いけないのー。排除するわー。あの御方のためにもー。殺すのー」
抑揚のない口調で、そう告げた。
「こっちだってなぁ、黙ってやられるわけねぇだろ!」
ドドがナターシャに向かって走り出した。
「ミルちゃん、ドドを援護しよう!」
「はい! お任せあれ!」
果敢に走り出すドドに向かって、ナターシャの遺体から鎖が伸びようとしていた。僕はグラインドで道路脇に生えていた樹木を動かし、ナターシャの鎖を押さえつけた。
鎖その物は物体であるからか、聖水を使わなくても押さえる事ができる。ナターシャの霊力によって鎖を伸ばしているという事か。
ドドは地面を蹴り、跳躍しながら回転し、空中のナターシャに向けて拳を振った。だが、その身体が空中で静止する。
「こわいわー。私をもうー、傷つけないでー」
ナターシャはそう言って、空中で固まったドドに向けて手を伸ばす。しかし、その腕の周囲に銀のナイフが出現し、四方八方からナターシャの腕を突き刺していく。
「残念でしたわね!」
ミルちゃんが左手に銀のナイフを構えながら言い、更にナターシャの背後に現れ、その左手のナイフを投げつけた。
――キンッ! と、ミルちゃんのナイフが弾かれていた。
「あらあらー。危ない所を助けてくれたのねー」
ナターシャは虚ろげな目で僕の背後を見ていた。慌てて振り返ると、そこに女がいた。全身血塗れ、黒いコートはボロボロになり、右手に槍を持っている。
クラリスだった。先程倒した筈のクラリスがまだ生きていた。
「ナターシャ、あなた、出てきてたのね。なんだか……いつもと感じが、違うようだけど……?」
クラリスはフラフラとしながらもそう言った。その隣に、ぶわっとナターシャが現れる。
「クラリスちゃーん。聞いて、あの人達が私をいじめるのー。だからね、絶対に殺すの」
そう言ったナターシャを、クラリスは驚くわけでもなく、真剣に見つめた後、フッと笑う。
「そう。なら加勢するわ。私も、こいつらにいじめられたからね!」
そう言って、槍を構え、僕達の上空に幾つも黒い滲みが出現する。
「こいつぁ、ちっと厄介だな」
空中での拘束が解けたドドは、周囲を警戒しながら呟く。前方、屋敷方面にはクラリスとナターシャ、後方のビル街にはナターシャの遺体。どうする?
「2人共! 移動します!」
ミルちゃんがそう言うと、僕達は少し離れた所にあった飲食店の屋上へと移動していた。そして、ミルちゃんは眼下のナターシャとクラリスに向けて次々にナイフを投げる。
「想様! お願い致します!」
「OK。任せてくれ」
ミルちゃんが投げるナイフにはそれ程威力はない。だからこそ、僕のグラインドでそれを引き継ぎ、トップスピードであの2人に向けて放っていく。
ナイフは最早、銃弾のスピードでナターシャとクラリスを襲っていた。
「ぐぅっ! なんなのよ! さっきよりも強いわよこいつら!」
クラリスは槍でナイフを振り払おうとしていたが、僕の力で不規則に動かしていたナイフに対応しきれずにいた。
だが、僕達の目の前に黒い滲みが現れ、そこから槍が伸びていた。
「ここは俺に任せろ!」
ドドが僕達の前に飛び出し、その槍を蹴り払っていた。次々に黒い滲みが発生していたが、この男は驚くべき反射速度でその槍一つ一つに対処して僕達を守ってくれた。
「まあー。いつまでもいつまでも、悪あがきするのねー」
背後からナターシャの声が聞こえた。振り返ると、奴はこちらに向けて手を伸ばし、その手からあのオーブが放たれていた。
「危ないっ!」
僕は咄嗟にミルちゃんを抱き抱えながら飛んだ。だが、僕の背中に何かが触れたと思った途端、すぐに爆発した。
「うっ! ああぁ……」
背中で爆発を受け、その痛みに苦しみながら僕は倒れた。
「想様! 想様ぁ! うぅ、わたくしのために……ナターシャ、許しませんわよ!」
そう言ってミルちゃんはナターシャに向けて無数の銀のナイフを投げ放つ。
ナターシャはひらひらと宙を舞いながら避けていくが、大量のナイフを避け切れず、傷を負っていく。
「やったわねー。吹き飛んじゃえー」
ナターシャが再び僕達の周りに白いオーブを出現させた。
「回避しますわ!」
ミルちゃんがそう言うと、僕達は道路へと移動していた。頭上の先程いた位置では爆発が起き、周囲のビルも巻き込んで破壊し、瓦礫が崩れ落ちてきていた。
「想、動けるか? 走るぞ!」
「あぁ、大丈夫。なんとか。行こう」
背中の焼き付く痛みに耐えながら、僕は2人と共に走り出す。と、その僕達の横側からクラリスが宙を跳ねながら追ってきた。空中に滲みを発生して、それを足場にしている。
「もらったわ! はあぁーっ!」
跳躍し、斜め上から槍を振り下ろしてきていた。
「お前の槍は、もう見切った」
ドドはその槍の柄の部分を右腕で受け止め、クラリスの顎を殴り上げた。
「ぬわっ!?」
「何度も何度も、執拗いですわよ」
ミルちゃんが宙に飛んだクラリスの目の前に現れ、釘バットで横殴りした。
クラリスの身体は地面に叩きつけられ、その口から血を吐いた。
「がはっ、がはっ! お、おのれぇ! まだ、まだ、ここで果てるわけには、いかないのよ!」
クラリスはあれほどのダメージを受けながらも、まだ立ち上がろうとしていた。だが、辺り一帯に白いオーブが無数に舞い始める。その量は先程の2回よりも多い。
「くっ! またか!?」
ドドが声を荒らげた。そして、空中にナターシャが現れる。
「ぜーんぶ、吹き飛ばす。クラリスちゃん、あなたはもういいわ」
「ちょっとナターシャ!? 私を巻き添えにするつもり!?」
クラリスのその言葉と共に、街の通りを白い光が包んだ。
「危なかった。ミルちゃん、ありがとう」
僕達は高層ビルの屋上にいた。ミルちゃんが間一髪で僕達を移動してくれていた。先程いた地上では爆発の影響で周囲のビルが崩れていく。
「いえいえ! でも、ナターシャは味方をも巻き添えにしてしまうなんて、非道すぎますわ」
全くその通りだ。クラリスはあの爆発を直に受けたのだからもう無事ではないだろう。ナターシャは味方を殺す程に理性を失っている。
と、その時また周囲に白いオーブが浮かび始める。
「まずいですわ! 逃げます!」
ミルちゃんの言葉と共に、僕達は再び瞬間移動し、今度は広々とした公園に降り立つ。背後で爆発が起き、高層ビルが崩れていた。
「あの爆発は危険すぎる。ナターシャはどこにいるんだ?」
僕が呟いた直後、目の前に大きな瓦礫が飛んできた。声にならない叫びが漏れ、慌ててその瓦礫が飛んできた方向を見る。
先程破壊されたビルの瓦礫が、次々にこちらに飛来し、僕達を襲ってきている。空にはあのナターシャが浮かんでいる。
「くっ、数が多い上に重い。これ以上は防御できない。ミルちゃん、頼む」
樹木と車をグラインドで動かし、瓦礫の襲来を防いでいたが、耐えきれず彼女に助けを求めた。
「わかりました! 移動しましょう!」
と、ミルちゃんのグラインドによって、僕達3人は近くのビルの屋上へと移動した。
「なっ!? そんなっ!?」
その矢先、僕は声を上げた。移動したそのビルの屋上には、既にオーブがびっしりと埋め尽くされていた。
まさか、先程の瓦礫の攻撃は、ここに誘導するためだったのか? 予め、ビルの屋上に罠を張っていたのか。屋上と地上を交互に移動して来た事も仇となったかもしれない。
既に目の前は真っ白に輝いている。
「2人とも、しっかり掴まってろ!」
突然ぐいっと引き寄せられた。その直後、耳を劈くような爆音が響き、身体中を大きく揺さぶる衝撃に包まれる。
一際大きな衝撃のあと、爆発が収まっていた。
「ドド! ドド! しっかりしてください!」
ミルちゃんの悲痛な声が聞こえた。目を開けると、僕とミルちゃんはドドの腕の中にいた。爆発の直前、彼は僕達2人を守ってくれたのだ。
「はは……大丈夫だ、生きてるよ……くっそ、いてぇ……」
周りは道路だ。ビルの屋上から爆発で投げ出され、ここまで落ちてきてしまったらしい。
「ドド、すまない……」
僕は思わず頭を垂れた。
「そんな顔すんな。ほら、アイツが来るぞ。まだ……終わってねぇんだ。全部終わったら、美味いメシ、作るからよ」
ドドはそう言いながら、自分の身体に鞭を打つように上半身を起こす。
彼にここまで頼るわけにいかないんだ。僕は、顔を上げる。
ナターシャは道路に降り立ち、その手からオーブが発生する。
「んナタァアーシャアァ!」
僕が叫んだつもりだったが、違った。叫び声の主はミルちゃんだった。
ミルちゃんは自らの足で走り出し、右手の拳銃を撃ち出す。
その途端、ナターシャはその手からオーブの塊を放っていた。だが、ミルちゃんはすぐに消え、ナターシャの懐に現れて左手の銀のナイフを突き刺すと共に右手の拳銃を連発した。
「いやっ! いやぁー!」
ナターシャは悲鳴を上げていた。
ミルちゃんが回避したオーブは僕達に向かってきたが、僕が瓦礫をかき集めて防御壁を作り、負傷したドドを守る。絶対に、3人揃って生き延びるんだ。
「あなたのような悪魔、わたくしが必ず討ち取ります!」
ミルちゃんは空中に逃げたナターシャに向かって、聖水を帯びた釘バットを振り下ろし、透かさず再び銃を打つ。
更に追撃をかけるため、地面に打ち付けられたナターシャの横側に移動し、両手に持った銀のナイフで滅多切りにし始めた。
「あぁ! あひゃっ!? はがっ! や、やめっ……ぶへあぇ! い、いやぁ!」
ナターシャは為す術なく切りつけられていた。
だが、その時、1匹の黒い蝶がやって来た。いや、あれは蝶ではなく、蛾だ。
1匹だった筈なのに、2匹、4匹、10匹と、次第にその数が増えていく。
「な、なんですの!?」
異変に気付いたミルちゃんがその手を止め、距離を取っていた。
いつの間にか、ナターシャの背後にあの椅子に座った遺体が置かれていた。
「コ……ロ、ス」
遺体の口が開き、そう言った。
そして、あの何十匹もいた黒い蛾が全て燃え上がり始めた。それは、黒い炎だった。
「これが、私のグラインド、『ナターシャ』なのよー」
ミルちゃんに滅多切りされた霊体のナターシャが、身体に黒い蛾をまとわりつかせながら宙に浮いていた。
「紅いあなたもー、青いお兄さんもー、大きいおじさんもー、みんな焼き尽くしてあげるー」
黒い炎はどんどん拡がって僕達を襲った。その炎からは時折、燃えた蛾が飛び出して襲ってくる。
「あぁっ、ああ、あっつい! く、そ……熱いのは、嫌いなんだよ」
僕はそう言って、地下の水道管にグラインドを働きかける。道路に亀裂が走り、そこから水が溢れ出した。
しかし、黒い炎は普通の物と違うからか、水で鎮火する事はできなかった。それでも、少しだけ弱まる。
「この炎は、先程わたくしが館で受け止めた物ですわね。ならば簡単です!」
ミルちゃんがそう言って、頭上に噴出する水に聖水をばら撒いた。水と聖水が混ざりあって聖水が増加したのか、あの黒い炎はたちまち消えていく。
「ナターシャ、あなたのグラインドは通じませんわ!」
ミルちゃんが力強く、そう言い放った。
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