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第4章 ナターシャ
4-25 霊戦
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ナターシャの炎を受け止め、ミルちゃんのゴシックワンピースの袖は肘の辺りまでボロボロになっていた。
「『命に代えても』とは言いません。わたくしが死んだその後に、想様をお守りできなくなってしまいますから。この命を維持しつつも、想様はわたくしがお守りすると、そう誓ったのです」
腕に火傷を負いながらも、強くそう言い、ミルちゃんは手に持った釘バットを振りかぶってナターシャに向けて振り下ろす。だが、ナターシャはそれをひらりと躱した。
「虫酸が走るわ。私は永遠の愛を誓ってるの。それはちっぽけな命には収まらない程に大きな愛よ」
そう言って、再び黒い炎を放ってきた。だが、そこにドドが割って入る。腕をクロスさせて炎をガードし、そこから回転して後ろ回し蹴りを放つ。
だが、ナターシャは壁の向こうへと消えていく。不気味な笑い声だけを残して。
ミルちゃんの火傷が心配になり、その腕を見る。とても痛々しそうに赤くなっている。
「ミルちゃん、大丈夫? 痛くない? 少し休もうか?」
「想様……ありがとうございます。少し冷やせば大丈夫でございますわ! このミルティーユ、これしきの事では倒れません」
そう言って氷を出現させ、それをタオルで巻いて腕に当て始めた。
とても、細く華奢な腕。一颯さんよりも細いだろうな。
「あぁ、俺が周りを見張ってるから少し休んでくれ」
ドドはそう言って周囲を見渡す。いつの間にか悪霊はいなくなっていた。
「僕達がこの先に進もうとした瞬間にナターシャは現れた。アイツも慌てたのかもしれない。となると、この先に遺体がある可能性は高い」
僕はミルちゃんが持っていた氷を受け取り、それを優しく彼女の腕に当てる。ミルちゃんは少し恥ずかしそうに俯き出した。
「そ、そうですわね。この先にいると見て間違いないでしょう。外からこの屋敷を見た時は、3階建てくらいありましたし、上の階にいる可能性が高そうですわ」
ミルちゃんの言う通り、この建物は2階建て以上の高さがあった。地下から今度は逆に上の階へといった可能性は充分有り得る。
と、ミルちゃんが僕に向かって無言で頷いて立ち上がる。
「いつまでも休んでいる訳にはいきませんもの。さ、行きましょう」
彼女に無理をさせていないといいが、彼女自身がそう言ったのだから、その言葉を受け止めて僕とドドも賛同する。
廊下を進み、曲がり角を左に曲がるとまた廊下が伸びている。その中間地点に階段が見えた。3人で顔を見合わせ、その階段を目指して進む。
ドドが率先して先頭に立って階段を上ろうとしたが、その足が踏み止まり、顔が引き攣っていた。
怪訝に思いながら覗き込むと、その階段にびっしりと男の幽霊が立ち並んでいた。そして、その男達の顔には皆どこか見覚えがあった。
そうだ、あの山中の里の住人達だ。僕達が倒した男達が進行方向を塞ぐように並び、白塗りの顔で睨んでいる。
「こんな所で、立ち止まっている訳にはいきませんわ!」
ミルちゃんは左手で銀のナイフを投げ続けながら、右手で拳銃を撃ち出した。
そうなんだ。立ち止まる訳にはいかないんだ。彼女の言葉に僕とドドは奮い立ち、前方の男達を睨み返す。
「その通りだ。押し通る!」
ドドは両手に聖水を塗りこませ、手当たり次第に悪霊達を殴って行く。
「上の敵は任せて」
僕はミルちゃんが飛ばした銀のナイフをグラインドで動かし、階段の更に上に群がった霊達を切り付けていく。
残った悪霊達は、僕達に向けて手を伸ばしてくるが、ドドが殴り倒しながら道を切り開いてくれたので、悪霊達の間を掻い潜るように階段を上っていく。
ミルちゃんは左手で拳銃を撃ち、いつの間にか右手で僕の手を握り、僕を守るように進んでくれた。
彼女の行動に、僕は報いるように前方の霊を銀のナイフで確実に仕留めていく。それが、今僕にできる、無理のない最大限の攻撃だ。
そして、悪霊の群れを突破し、階段を登りきった先には廊下が伸びていた。それほど長くはないその廊下の先に、頑丈そうな両開きの扉がある。
「いかにもって感じだな。行こう!」
先頭のドドが進み出す。だが、その廊下の壁から無数の手が生え、ドドを捕まえようとしてくる。
「いつまでもビビっていられねぇんだ。邪魔だ」
そう言って、ドドは回し蹴りで乱舞する。聖水を帯びたその蹴りの凄まじさによって、壁から生えた腕は千切れ飛んで行く。
「本当、頼もしい方ですわね」
ミルちゃんは僕の手を引きながら、呟くように言って笑っていた。
「あぁ、そうだ。ドドは、今までも、これからもずっと頼もしいんだ」
僕もつい笑みが零れる。そのドドは両側の腕を引っ張り、壁から出された悪霊を振り回していた。
悪霊を蹴散らし、ドドは扉の前に辿り着き、後方の僕達が追い付くのを確認すると、その両開きの扉を太い両腕で開けた。
そこは広々とした洋室であった。豪奢な家具が配置され、天蓋付きのベッドもある。
正面はバルコニーになっており、窓が開け放たれていたため、白いカーテンが揺れている。
そのカーテンに、椅子に座った人のシルエットが浮かんでいる。ナターシャの遺体だ。バルコニーに置かれている。
「ここまで辿り着いたのね。本当、しぶとい人間達。害虫ね」
霊体のナターシャがいつの間にかベッドに座っていた。
「なんとでも言いなさい。これ以上、あなたの好き勝手にはさせませんわ!」
ミルちゃんがナターシャを睨みながら言い、そして両手で銀のナイフを投げつける。ミルちゃんが投げた幾つものナイフは、一つ一つタイミングをずらすように消えてナターシャの周囲に現れ、あらゆる角度から攻撃した。
だが、ナターシャは空気に溶け込むように消えては現れ、時には配下の霊を出現させて防御していた。ミルちゃんの攻撃に適応してきている。
「あなたの攻撃、ずっと観察してたの。だから、もう通用しないわよ」
そう言って不敵に微笑んでいる。
「なら、こっちを狙うまでだ!」
ドドはバルコニーの遺体に向かって駆け出した。
「させるわけないじゃない」
ナターシャが呟くと、遺体から再び鎖が伸び、それが暴れるように周りの家具を破壊しながらドドを襲う。
「うおっ!? くっ、ぐはっ!」
鎖を仰け反るように回避し、腕で防御していたが、予測不能な鎖の動きに付いていけず、ドドは鎖の薙ぎ払いを受けて吹き飛ばされ、背後の壁に激突した。
「ドド! つっ、よくも、ナターシャ!」
僕はその霊の名前を叫びながら、辺りに散らばった家具やガラスの破片を、ナターシャとその遺体目掛けて同時に飛ばす。
「きっ! あなたの攻撃も、私には当たらないわ」
遺体から伸びた鎖がその破片を落とし、ナターシャは自身の前に本棚を置いて防御する。
「それでも、わたくしは諦めたりしませんわ!」
僕はミルちゃんと手を繋いでいたため、一緒にナターシャの背後へと移動していた。
ミルちゃんはナターシャの頭上に聖水の小瓶を出現させていた。そして、左手に持つ釘バットを振り下ろし、聖水の小瓶を叩き割りながらナターシャの後頭部を殴打した。
「あっががぁー!? ぐぎゃあ!」
背後から不意の攻撃を食らったナターシャは、後頭部にその衝撃を受けて悲鳴を上げた。
「僕も、諦めたくないんだ」
そう呟いて、僕は聖水を帯びた右手でナターシャの横顔を背後から殴った。腕はまだまだ痛かったが、それでもその痛みを突き飛ばすように、がむしゃらに殴った。
「ひぎゃあ! あっ、ぶはっ……よくも、よくも、よくもぉーっ! 許さない、許さないわ!」
ナターシャが怒りの叫びを上げると、僕とミルちゃんは見えない力に突き飛ばされ、壁に激突した。
「くっ、なんて力だ」
「ひぐっ。いったーいですわ! わっ!? はわっ!?」
痛みに耐えながら立ち上がろうとした僕とミルちゃんだったが、僕達の身体が宙に浮き始める。
「くっそ、どうなってんだ!?」
ナターシャに突撃を試みたドドの身体も宙に浮き、その足と腕は空を切るように藻掻いている。
「下等な人間どもに、ここまで屈辱を受けた私の怒り、その身に味わいなさい!」
ナターシャが宙に浮かびながらそう言い放つと、僕達の身体は宙を舞って再び壁に打ち付けられ、続いて3人の身体は引き寄せられるようにぶつかる。
更に引き離されたかと思ったら、今度は天井に打ち付けられ、床に叩きつけられた。
「いやっ、あっ、あふっ、痛いっ! はあっ!」
為す術なく僕らは悲鳴を上げる。
でも、女の子のミルちゃんをこれ以上苦しませたくない。僕だって、もう目の前で仲間を失いたくない。
ミルちゃんが再び床に打ち付けられる前に、ナターシャの近くにあったベッドをグラインドで移動させ、それでミルちゃんを受け止めた。
「そ、想様……、ありがとう、ございます」
ミルちゃんは弱々しくも笑った。
僕は再びナターシャを睨む。
「お前に、お前なんかに、負けるわけにいかないんだ」
ベッドの支柱を引き寄せてそれに乗り、先端に聖水を振りかけ、ナターシャの腹に向けてぶつけた。
「なっ!? ぐはぁっ!?」
「まだだぁ……まだまだぁっ!」
僕は頭から聖水を被り、そのままナターシャに頭突きした。先程ドドがやっていた事に影響されたのかもしれない。
人生初の頭突きは幽霊相手だったが、頭がグラグラする程痛かった。それでも、もう一度頭突きをかます。
「お前だけに、無理させるわけには、いかねぇんだよ!」
ナターシャの拘束がとけ、ドドはいつの間にか僕の横側から飛び出していた。
そして、ナターシャの横腹を思い切り殴った。
「がばっごげぇっ! あっ、あっ、あぁ……はぁ、あはぁ」
壁に叩きつけられたナターシャは、身体中から煙を出し、ガクガクと震えながら嗚咽を漏らしていた。
「ミルちゃん、大丈夫かい? 立てる?」
僕はベッドに横たわるミルちゃんへ手を差し伸べる。ミルちゃんは痛みに苦しみながらも、それでも僕の手を取り立ち上がる。
「想様のおかげです。わたくしはこの通り、元気ですわ。それより、想様、頭から血が……」
先程の頭突きのせいだろう。言われてから僕も気づいた。
「想は無茶すんなって言ったろ?」
そう言ってドドは僕の肩を叩きながら笑いかけた。
「あぁ、あーあぁ、もう許さないわー。何もかも、ぜーんぶ、ぜーんぶ、なくなればいいんだわー」
間延びした声が響いた。ナターシャだ。いつもとは違う、どこか虚ろな声だ。
その時、僕達のまわりに埃のような白い塊が浮かび上がる。大小様々な大きさをしたそれは薄い雪のようでもあるが、床に落ちることはなく、ただただ宙にゆらゆらと漂っている。
「な、なんだこれは?」
僕は戸惑いの言葉を発する。
「もしかして、これはオーブ? 霊魂やその欠片と言われている、あのオーブ!?」
ミルちゃんが目を見開きながらそう言う。そのオーブはどんどんその数を増していく。そして、ミルちゃんから息を飲む音が聞こえた。
「2人とも! わたくしの手を握ってくださいませ! ここは危険です! 退避します!」
僕とドドは慌ててミルちゃんの手を握る。その瞬間、僕達がいる空間は白く光り出した。
その直後、僕達は屋敷の門の前にまで瞬間移動していた。
――――ブォッゴー! ゴゴゴッゴゴォーン!
今までに耳にした事ない衝撃音が鳴り、目の前であの屋敷が爆発していた。
「なっ!? なんだ、こりゃ!?」
ドドが目を見開き、驚愕していた。
「まさか、あのオーブを爆発させたのか? ミルちゃんの咄嗟の判断がなかったら僕達は今頃……」
「今頃、あなた達、死んでいたのにねー。はー、だめかー。死んでくれないかー」
背後から声がした。屋敷から伸びる道路の真ん中に、あのナターシャの遺体があった。
その上に、霊体のナターシャが脚を組んで空中で座るような姿勢をしている。その目は朧げでどこを見ているのかわからない。
「殺さなきゃなー。こんな愚か者達、殺さなきゃなー」
ナターシャは抑揚なくそう呟いた。
「『命に代えても』とは言いません。わたくしが死んだその後に、想様をお守りできなくなってしまいますから。この命を維持しつつも、想様はわたくしがお守りすると、そう誓ったのです」
腕に火傷を負いながらも、強くそう言い、ミルちゃんは手に持った釘バットを振りかぶってナターシャに向けて振り下ろす。だが、ナターシャはそれをひらりと躱した。
「虫酸が走るわ。私は永遠の愛を誓ってるの。それはちっぽけな命には収まらない程に大きな愛よ」
そう言って、再び黒い炎を放ってきた。だが、そこにドドが割って入る。腕をクロスさせて炎をガードし、そこから回転して後ろ回し蹴りを放つ。
だが、ナターシャは壁の向こうへと消えていく。不気味な笑い声だけを残して。
ミルちゃんの火傷が心配になり、その腕を見る。とても痛々しそうに赤くなっている。
「ミルちゃん、大丈夫? 痛くない? 少し休もうか?」
「想様……ありがとうございます。少し冷やせば大丈夫でございますわ! このミルティーユ、これしきの事では倒れません」
そう言って氷を出現させ、それをタオルで巻いて腕に当て始めた。
とても、細く華奢な腕。一颯さんよりも細いだろうな。
「あぁ、俺が周りを見張ってるから少し休んでくれ」
ドドはそう言って周囲を見渡す。いつの間にか悪霊はいなくなっていた。
「僕達がこの先に進もうとした瞬間にナターシャは現れた。アイツも慌てたのかもしれない。となると、この先に遺体がある可能性は高い」
僕はミルちゃんが持っていた氷を受け取り、それを優しく彼女の腕に当てる。ミルちゃんは少し恥ずかしそうに俯き出した。
「そ、そうですわね。この先にいると見て間違いないでしょう。外からこの屋敷を見た時は、3階建てくらいありましたし、上の階にいる可能性が高そうですわ」
ミルちゃんの言う通り、この建物は2階建て以上の高さがあった。地下から今度は逆に上の階へといった可能性は充分有り得る。
と、ミルちゃんが僕に向かって無言で頷いて立ち上がる。
「いつまでも休んでいる訳にはいきませんもの。さ、行きましょう」
彼女に無理をさせていないといいが、彼女自身がそう言ったのだから、その言葉を受け止めて僕とドドも賛同する。
廊下を進み、曲がり角を左に曲がるとまた廊下が伸びている。その中間地点に階段が見えた。3人で顔を見合わせ、その階段を目指して進む。
ドドが率先して先頭に立って階段を上ろうとしたが、その足が踏み止まり、顔が引き攣っていた。
怪訝に思いながら覗き込むと、その階段にびっしりと男の幽霊が立ち並んでいた。そして、その男達の顔には皆どこか見覚えがあった。
そうだ、あの山中の里の住人達だ。僕達が倒した男達が進行方向を塞ぐように並び、白塗りの顔で睨んでいる。
「こんな所で、立ち止まっている訳にはいきませんわ!」
ミルちゃんは左手で銀のナイフを投げ続けながら、右手で拳銃を撃ち出した。
そうなんだ。立ち止まる訳にはいかないんだ。彼女の言葉に僕とドドは奮い立ち、前方の男達を睨み返す。
「その通りだ。押し通る!」
ドドは両手に聖水を塗りこませ、手当たり次第に悪霊達を殴って行く。
「上の敵は任せて」
僕はミルちゃんが飛ばした銀のナイフをグラインドで動かし、階段の更に上に群がった霊達を切り付けていく。
残った悪霊達は、僕達に向けて手を伸ばしてくるが、ドドが殴り倒しながら道を切り開いてくれたので、悪霊達の間を掻い潜るように階段を上っていく。
ミルちゃんは左手で拳銃を撃ち、いつの間にか右手で僕の手を握り、僕を守るように進んでくれた。
彼女の行動に、僕は報いるように前方の霊を銀のナイフで確実に仕留めていく。それが、今僕にできる、無理のない最大限の攻撃だ。
そして、悪霊の群れを突破し、階段を登りきった先には廊下が伸びていた。それほど長くはないその廊下の先に、頑丈そうな両開きの扉がある。
「いかにもって感じだな。行こう!」
先頭のドドが進み出す。だが、その廊下の壁から無数の手が生え、ドドを捕まえようとしてくる。
「いつまでもビビっていられねぇんだ。邪魔だ」
そう言って、ドドは回し蹴りで乱舞する。聖水を帯びたその蹴りの凄まじさによって、壁から生えた腕は千切れ飛んで行く。
「本当、頼もしい方ですわね」
ミルちゃんは僕の手を引きながら、呟くように言って笑っていた。
「あぁ、そうだ。ドドは、今までも、これからもずっと頼もしいんだ」
僕もつい笑みが零れる。そのドドは両側の腕を引っ張り、壁から出された悪霊を振り回していた。
悪霊を蹴散らし、ドドは扉の前に辿り着き、後方の僕達が追い付くのを確認すると、その両開きの扉を太い両腕で開けた。
そこは広々とした洋室であった。豪奢な家具が配置され、天蓋付きのベッドもある。
正面はバルコニーになっており、窓が開け放たれていたため、白いカーテンが揺れている。
そのカーテンに、椅子に座った人のシルエットが浮かんでいる。ナターシャの遺体だ。バルコニーに置かれている。
「ここまで辿り着いたのね。本当、しぶとい人間達。害虫ね」
霊体のナターシャがいつの間にかベッドに座っていた。
「なんとでも言いなさい。これ以上、あなたの好き勝手にはさせませんわ!」
ミルちゃんがナターシャを睨みながら言い、そして両手で銀のナイフを投げつける。ミルちゃんが投げた幾つものナイフは、一つ一つタイミングをずらすように消えてナターシャの周囲に現れ、あらゆる角度から攻撃した。
だが、ナターシャは空気に溶け込むように消えては現れ、時には配下の霊を出現させて防御していた。ミルちゃんの攻撃に適応してきている。
「あなたの攻撃、ずっと観察してたの。だから、もう通用しないわよ」
そう言って不敵に微笑んでいる。
「なら、こっちを狙うまでだ!」
ドドはバルコニーの遺体に向かって駆け出した。
「させるわけないじゃない」
ナターシャが呟くと、遺体から再び鎖が伸び、それが暴れるように周りの家具を破壊しながらドドを襲う。
「うおっ!? くっ、ぐはっ!」
鎖を仰け反るように回避し、腕で防御していたが、予測不能な鎖の動きに付いていけず、ドドは鎖の薙ぎ払いを受けて吹き飛ばされ、背後の壁に激突した。
「ドド! つっ、よくも、ナターシャ!」
僕はその霊の名前を叫びながら、辺りに散らばった家具やガラスの破片を、ナターシャとその遺体目掛けて同時に飛ばす。
「きっ! あなたの攻撃も、私には当たらないわ」
遺体から伸びた鎖がその破片を落とし、ナターシャは自身の前に本棚を置いて防御する。
「それでも、わたくしは諦めたりしませんわ!」
僕はミルちゃんと手を繋いでいたため、一緒にナターシャの背後へと移動していた。
ミルちゃんはナターシャの頭上に聖水の小瓶を出現させていた。そして、左手に持つ釘バットを振り下ろし、聖水の小瓶を叩き割りながらナターシャの後頭部を殴打した。
「あっががぁー!? ぐぎゃあ!」
背後から不意の攻撃を食らったナターシャは、後頭部にその衝撃を受けて悲鳴を上げた。
「僕も、諦めたくないんだ」
そう呟いて、僕は聖水を帯びた右手でナターシャの横顔を背後から殴った。腕はまだまだ痛かったが、それでもその痛みを突き飛ばすように、がむしゃらに殴った。
「ひぎゃあ! あっ、ぶはっ……よくも、よくも、よくもぉーっ! 許さない、許さないわ!」
ナターシャが怒りの叫びを上げると、僕とミルちゃんは見えない力に突き飛ばされ、壁に激突した。
「くっ、なんて力だ」
「ひぐっ。いったーいですわ! わっ!? はわっ!?」
痛みに耐えながら立ち上がろうとした僕とミルちゃんだったが、僕達の身体が宙に浮き始める。
「くっそ、どうなってんだ!?」
ナターシャに突撃を試みたドドの身体も宙に浮き、その足と腕は空を切るように藻掻いている。
「下等な人間どもに、ここまで屈辱を受けた私の怒り、その身に味わいなさい!」
ナターシャが宙に浮かびながらそう言い放つと、僕達の身体は宙を舞って再び壁に打ち付けられ、続いて3人の身体は引き寄せられるようにぶつかる。
更に引き離されたかと思ったら、今度は天井に打ち付けられ、床に叩きつけられた。
「いやっ、あっ、あふっ、痛いっ! はあっ!」
為す術なく僕らは悲鳴を上げる。
でも、女の子のミルちゃんをこれ以上苦しませたくない。僕だって、もう目の前で仲間を失いたくない。
ミルちゃんが再び床に打ち付けられる前に、ナターシャの近くにあったベッドをグラインドで移動させ、それでミルちゃんを受け止めた。
「そ、想様……、ありがとう、ございます」
ミルちゃんは弱々しくも笑った。
僕は再びナターシャを睨む。
「お前に、お前なんかに、負けるわけにいかないんだ」
ベッドの支柱を引き寄せてそれに乗り、先端に聖水を振りかけ、ナターシャの腹に向けてぶつけた。
「なっ!? ぐはぁっ!?」
「まだだぁ……まだまだぁっ!」
僕は頭から聖水を被り、そのままナターシャに頭突きした。先程ドドがやっていた事に影響されたのかもしれない。
人生初の頭突きは幽霊相手だったが、頭がグラグラする程痛かった。それでも、もう一度頭突きをかます。
「お前だけに、無理させるわけには、いかねぇんだよ!」
ナターシャの拘束がとけ、ドドはいつの間にか僕の横側から飛び出していた。
そして、ナターシャの横腹を思い切り殴った。
「がばっごげぇっ! あっ、あっ、あぁ……はぁ、あはぁ」
壁に叩きつけられたナターシャは、身体中から煙を出し、ガクガクと震えながら嗚咽を漏らしていた。
「ミルちゃん、大丈夫かい? 立てる?」
僕はベッドに横たわるミルちゃんへ手を差し伸べる。ミルちゃんは痛みに苦しみながらも、それでも僕の手を取り立ち上がる。
「想様のおかげです。わたくしはこの通り、元気ですわ。それより、想様、頭から血が……」
先程の頭突きのせいだろう。言われてから僕も気づいた。
「想は無茶すんなって言ったろ?」
そう言ってドドは僕の肩を叩きながら笑いかけた。
「あぁ、あーあぁ、もう許さないわー。何もかも、ぜーんぶ、ぜーんぶ、なくなればいいんだわー」
間延びした声が響いた。ナターシャだ。いつもとは違う、どこか虚ろな声だ。
その時、僕達のまわりに埃のような白い塊が浮かび上がる。大小様々な大きさをしたそれは薄い雪のようでもあるが、床に落ちることはなく、ただただ宙にゆらゆらと漂っている。
「な、なんだこれは?」
僕は戸惑いの言葉を発する。
「もしかして、これはオーブ? 霊魂やその欠片と言われている、あのオーブ!?」
ミルちゃんが目を見開きながらそう言う。そのオーブはどんどんその数を増していく。そして、ミルちゃんから息を飲む音が聞こえた。
「2人とも! わたくしの手を握ってくださいませ! ここは危険です! 退避します!」
僕とドドは慌ててミルちゃんの手を握る。その瞬間、僕達がいる空間は白く光り出した。
その直後、僕達は屋敷の門の前にまで瞬間移動していた。
――――ブォッゴー! ゴゴゴッゴゴォーン!
今までに耳にした事ない衝撃音が鳴り、目の前であの屋敷が爆発していた。
「なっ!? なんだ、こりゃ!?」
ドドが目を見開き、驚愕していた。
「まさか、あのオーブを爆発させたのか? ミルちゃんの咄嗟の判断がなかったら僕達は今頃……」
「今頃、あなた達、死んでいたのにねー。はー、だめかー。死んでくれないかー」
背後から声がした。屋敷から伸びる道路の真ん中に、あのナターシャの遺体があった。
その上に、霊体のナターシャが脚を組んで空中で座るような姿勢をしている。その目は朧げでどこを見ているのかわからない。
「殺さなきゃなー。こんな愚か者達、殺さなきゃなー」
ナターシャは抑揚なくそう呟いた。
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