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第4章 ナターシャ
4-23 恨
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僕は、為す術もなく、ただ恐怖に怯えるしかなかった。
いや、諦めるな。まだ、出来ることはある。先程、ナターシャが割った聖水の小瓶。あの破片をグラインドで飛ばす。そして僕の周りにいる悪霊に向けてその破片で切り付ける。
悪霊達は仰け反るようにし、煙を発している。
「ドド! ミルちゃん! 無事か?」
僕は破片を飛ばし、2人を囲んでいた悪霊を攻撃していく。
「想か!? 助かったぜー!」
「想様! ありがとうございます! わたくし、すっかり諦めてしまっていました」
2人のいつも通りの声を聞き、僕は安心した。既に周囲から悪霊は消えている。そして、あのナターシャの姿も見当たらない。
「ナターシャは逃げたのかな。遺体にダメージを負ったから、どこかで回復をしているのか」
呟きながら僕はそう予想する。
「ひとまず、この部屋から出ねぇと始まらねぇ。だが、肝心の扉に鍵が掛かってるからな」
ドドはそう言ってあの重厚な扉を睨んでいる。
「あー、それなんだけどさ。僕、鍵開ける事できたんだった」
僕は申し訳なく言ってから、扉に意識を向ける。ガチャッと音が鳴り、扉をグラインドで開けた。
「想にはそれができたんだったな! なんだよー。いや、でも助かったな」
僕も自分で忘れていたのだ。先程はパニック状態に陥っていたし、今は幽霊が消えてやっと冷静になれたのだ。
「想様すごいですわ! 早くこの薄気味悪い場所から退散致しましょう」
「でも、聖水はもう無くなってしまったね。次に幽霊が出てきた時はどうしよう」
床に落ちた小瓶の残骸を見る。少しでも聖水が残っていたら、僕が小瓶をグラインドで修復してそれに聖水を入れようと思っていたが、聖水はほとんどが床に零れ、既に無くなりつつあった。
「それでしたらご安心くださいませ。まだ予備の聖水が倉庫にたくさんありますし、なくなったら元々あった聖堂院から直接調達するまでですわ」
ミルちゃんは扉の前でそう説明した。それなら安心だ。つくづく便利な能力だなと思いながら、僕も扉を抜けてこの場所を後にした。
「だが、まだあのナターシャって奴がどっかにいんだろ? このまま放置して帰るわけにもいかねぇし、いつまたあっちから仕掛けて来てもおかしくねぇな」
ドドの言う通りだ。あのナターシャがもしも、このまま一般市民を襲い出したら、世の中はパニック状態に陥る。
次々と人を襲い、その襲った人さえも悪霊に変えていく。そんな最悪の事態は避けねばならない。
「そうだね。このまま帰るわけにはいかない。あまり気は進まないけど、少しこの建物を調べていこうか。あの遺体をどこかに隠しているかもしれない」
僕はそう言って、廊下に並ぶ幾つもの扉に目を向ける。片っ端から調べていくしかなさそうだ。
1番手前の右側の部屋の扉を開ける。そこには掃除用具や何かの器具、黒い布などが置かれていた。
部屋の中央には椅子があったが、ナターシャが座っていた木製の椅子ではなく、鉄製の椅子だった。
「ここはハズレみたいだ。他の部屋に行こう。ん? ドド、なんでずっと突っ立ってるの? 次へ行こう」
背後に立っていたドドは全く微動だにしないため動く事ができない。
いや、それはドドではなかった。ドドと同じくらい大きな見知らぬ男だった。ドドと決定的に違うのは、その頭は長髪ではなく、禿げ上がっていた事だ。
「ひえっ! だ、誰だ!?」
僕がそう言うと、その男は部屋の中にあった鉄製の椅子に向けて、僕を突き飛ばした。ガンッとぶつかるように僕はその椅子に座らせられる形になった。
そして、いつの間にか、椅子の左右に1人ずつ別の男の霊が立っていた。2人ともその手には手術用のメスを持っており、無言でそれを僕の腹に向けて下ろそうとしていた。
「ま、待って、待って! ひいぃー!」
僕は怯えながらも、自身が座る椅子をグラインドで思いきり横に回転させた。椅子による物理的な攻撃を霊に当てる事はできないが、霊が持っていたメスは本物だったため、それを払い除ける事に成功した。
そして、念のためにポケットに入れていた、あの聖水の小瓶の破片をグラインドで飛ばす。ほとんど乾きつつあったが、それでも両脇の霊を怯ませるには充分であった。
「想! 無事かー?」
入り口に突っ立っていた大男を殴り、ドドが部屋に入ってきた。助かった。
「あなた達! よくも想様を!」
ミルちゃんは僕の両脇でフラフラしていた霊を銀のナイフで切り裂いた。
「想様、念のため、この聖水をお渡ししておきます」
そう言って、ミルちゃんは僕に聖水をくれた。よかった、これで攻撃が通じる。
「いつの間にか僕1人になってたんだけど、2人はどうなってたの?」
「俺達2人は、なぜか向かいの部屋に吸い込まれちまってたんだ。そこで何人も女の霊が出てきてな。ミルちゃんが一緒だから助かったよ」
ドドはそう言って聖水の小瓶を見せる。既にミルちゃんから貰っていたようだ。
「そうだったのか。どうやらまだナターシャの配下の悪霊がいるみたいだね。この様子だと、恐らくこの地下の部屋には遺体は置いてないだろう。もっと安全な場所に置くはずだ。上の階に進もう」
何よりもう怖い思いをしたくない。ここは薄暗くて嫌だ。
僕の言葉に2人も同意し、そそくさと廊下に出る。
「ナターシャ、許しませんわ。ここまでわたくしたちを怖がらせて。これじゃあまるでイタズラじゃありませんか! きっと、今もどこかからわたくし達を監視して笑っていますのね」
廊下を進みながらミルちゃんは頬を膨らませて、悔しそうにそう言った。
「そうだね。でも、これで僕達にはもう幽霊は通用しないとわかったんだから、無闇に幽霊を差し向けたりしないんじゃないかなぁ?」
希望的観測も含めながら僕がそう言うと、2人とも力なく笑う。そして、廊下の突き当たり、階段に差しかかる。
「あのナターシャは、ちょっとよくわかんねぇよなぁ。なんでそこまでこの宗教のために動いてんだろな」
階段を登りながら僕の後ろからドドが言う。それは、やはり教団の活動によって自分の存在を維持しているからだろう。
では、なぜ死んで悪霊になる必要があったのか? なぜ永遠の命に拘るのか? なぜ死んでも尚、ここまで戦っているのか? それを考え出したら、確かに不可解ではある。
ドドの後ろを行くミルちゃんが続けて不満そうに言葉を発する。
「よくわからない女の子でございますよね! わたくしより歳下なのに、わたくしを『小娘』呼ばわりしてましたし。不快ですわ全く! でも、もう幽霊も無駄だだと解れば、あとはあのナターシャだけですし、何も、怖く……ありま、せん……わ……ぎいぃやあぁーっ! いやっいやっ! 早く! 早く登ってくださいませ!」
ミルちゃんがドドの背中を押している。その下を見て僕もぎょっとした。
階下から、金髪の女が、四つん這いで手足をガクガクとぎこち無く動かしながら、階段を登ってきているのだ。
「アァ……アァアァッ!」
女の霊は呻き声を発し、階段ではなくその端の手摺の上にしがみつき、そこを登り始めた。最早理性がない。
「なんなんですの! なんなんですの! なんなんですの!? なんなんですのぉー!?」
「な、なぁ! ミルちゃんのグラインドであのホールまで移動しちまえばいいんじゃねぇか!?」
ミルちゃんにぎゅうぎゅう背中を押されていたドドが慌てながら言い、絶叫していたミルちゃんの動きがピタリと止まる。
「それも、そうですわね。もう地下には用はありませんし……えぇ! そうしましょう!」
そう言って満面の笑顔になったミルちゃんのすぐ背後には、手摺を登ってやってきた四つん這いの女が飛び上がろうとしていた所だった。
その直後、僕達3人は屋敷のホールへと瞬間移動した。危なかった。ミルちゃんは気づいていないようだったが、四つん這い女はミルちゃんの後頭部に食らいつこうとしていた。
――バンッ、とその時、扉を開けるような音がなった。ホールの奥、廊下の突き当たり、地下へ通じる階段からあの四つん這い女が出てきていた。
「ひやーっ!? まだ追ってきますの!?」
四つん這い女は先程と同様、手足をガクガクと動かしているが、その動きは異常なくらいに速く、廊下を一気に駆け抜け、距離を詰めてくる。
「落ち着け! 俺達には聖水がある! 冷静に対処すれば倒せないわけねぇ!」
ドドはそう言って僕達を叱咤激励した。
「そ、そうですわね。いきます!」
ミルちゃんはそう言って銀のナイフを投げ、それを転移させて四つん這い女の背に突き刺した。
四つん這い女は痛みに苦しみながら、床を転げ回ったが、勢いを止めずに再び駆け出す。
「やるしかないみたいだね」
僕はグラインドを発動し、窓ガラスを割ってそれに聖水を掛け、その破片を四つん這い女に向けて次々に放った。
「あぁ、そうだ。何度でも言ってやる。俺達3人が組めば……最強だ!」
ドドはそう言って走り出し、右の拳に聖水を掛けた。身を屈めるようにして体勢を低くしながらも走る。そして床を擦り付けるようにして拳を放ち、四つん這い女の顔面に当てた。
吹っ飛ばされた四つん這い幽霊はホールの壁に激突し、そしてすぐに蒸発し、消えていった。
「やりましたわー!」
ミルちゃんはそう言って、嬉しそうにドドとハイタッチしていた。僕も近寄り、ドドとハイタッチした。僕は軽くしたつもりだったが、相変わらずドドのハイタッチは強い。
ようやく地下から抜け出した。これからこの屋敷を隈無く調べて、あのナターシャの遺体を探さなければならない。どこから手をつけたものか。
「全く。つくづく喧しい連中ね」
上から声がした。ナターシャだ。ホールの大階段、その上の端に聳え立つ銅像の肩に座っている。
「ナターシャ! 君をこのまま野放しにする訳にはいかない。大人しくここで成仏してもらう」
そう言った手前、どうやって成仏させればいいのだという疑問が湧く。聖水で簡単に成仏させる事ができるといいが。
「できるものならやってみなさい。ただ、私も易々とやられるわけにはいかないの」
相変わらず無表情でそう言葉を発した。だが、ボサボサの髪の間から見える赤い瞳からは、明らかな敵意、いや憎悪と言っていい程の感情を読み取れる。
「何がそこまであなたを動かしますの!? 死して尚、なぜそこまでわたくし達を敵視しますの!?」
ミルちゃんが声を荒らげる。その時、無表情なナターシャが明らかな怒りを露わにした。
「なぜ、って……? そんなの、あなた達がエイシスト様に楯突いているからに決まっているでしょう! 麗しいあの御方を困らせる愚かな人間を、私が呪い殺してあげる!」
まさか、このナターシャは、あのエイシストのファンだったのか? うわ。そんな理由でー……。
いや、諦めるな。まだ、出来ることはある。先程、ナターシャが割った聖水の小瓶。あの破片をグラインドで飛ばす。そして僕の周りにいる悪霊に向けてその破片で切り付ける。
悪霊達は仰け反るようにし、煙を発している。
「ドド! ミルちゃん! 無事か?」
僕は破片を飛ばし、2人を囲んでいた悪霊を攻撃していく。
「想か!? 助かったぜー!」
「想様! ありがとうございます! わたくし、すっかり諦めてしまっていました」
2人のいつも通りの声を聞き、僕は安心した。既に周囲から悪霊は消えている。そして、あのナターシャの姿も見当たらない。
「ナターシャは逃げたのかな。遺体にダメージを負ったから、どこかで回復をしているのか」
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「ひとまず、この部屋から出ねぇと始まらねぇ。だが、肝心の扉に鍵が掛かってるからな」
ドドはそう言ってあの重厚な扉を睨んでいる。
「あー、それなんだけどさ。僕、鍵開ける事できたんだった」
僕は申し訳なく言ってから、扉に意識を向ける。ガチャッと音が鳴り、扉をグラインドで開けた。
「想にはそれができたんだったな! なんだよー。いや、でも助かったな」
僕も自分で忘れていたのだ。先程はパニック状態に陥っていたし、今は幽霊が消えてやっと冷静になれたのだ。
「想様すごいですわ! 早くこの薄気味悪い場所から退散致しましょう」
「でも、聖水はもう無くなってしまったね。次に幽霊が出てきた時はどうしよう」
床に落ちた小瓶の残骸を見る。少しでも聖水が残っていたら、僕が小瓶をグラインドで修復してそれに聖水を入れようと思っていたが、聖水はほとんどが床に零れ、既に無くなりつつあった。
「それでしたらご安心くださいませ。まだ予備の聖水が倉庫にたくさんありますし、なくなったら元々あった聖堂院から直接調達するまでですわ」
ミルちゃんは扉の前でそう説明した。それなら安心だ。つくづく便利な能力だなと思いながら、僕も扉を抜けてこの場所を後にした。
「だが、まだあのナターシャって奴がどっかにいんだろ? このまま放置して帰るわけにもいかねぇし、いつまたあっちから仕掛けて来てもおかしくねぇな」
ドドの言う通りだ。あのナターシャがもしも、このまま一般市民を襲い出したら、世の中はパニック状態に陥る。
次々と人を襲い、その襲った人さえも悪霊に変えていく。そんな最悪の事態は避けねばならない。
「そうだね。このまま帰るわけにはいかない。あまり気は進まないけど、少しこの建物を調べていこうか。あの遺体をどこかに隠しているかもしれない」
僕はそう言って、廊下に並ぶ幾つもの扉に目を向ける。片っ端から調べていくしかなさそうだ。
1番手前の右側の部屋の扉を開ける。そこには掃除用具や何かの器具、黒い布などが置かれていた。
部屋の中央には椅子があったが、ナターシャが座っていた木製の椅子ではなく、鉄製の椅子だった。
「ここはハズレみたいだ。他の部屋に行こう。ん? ドド、なんでずっと突っ立ってるの? 次へ行こう」
背後に立っていたドドは全く微動だにしないため動く事ができない。
いや、それはドドではなかった。ドドと同じくらい大きな見知らぬ男だった。ドドと決定的に違うのは、その頭は長髪ではなく、禿げ上がっていた事だ。
「ひえっ! だ、誰だ!?」
僕がそう言うと、その男は部屋の中にあった鉄製の椅子に向けて、僕を突き飛ばした。ガンッとぶつかるように僕はその椅子に座らせられる形になった。
そして、いつの間にか、椅子の左右に1人ずつ別の男の霊が立っていた。2人ともその手には手術用のメスを持っており、無言でそれを僕の腹に向けて下ろそうとしていた。
「ま、待って、待って! ひいぃー!」
僕は怯えながらも、自身が座る椅子をグラインドで思いきり横に回転させた。椅子による物理的な攻撃を霊に当てる事はできないが、霊が持っていたメスは本物だったため、それを払い除ける事に成功した。
そして、念のためにポケットに入れていた、あの聖水の小瓶の破片をグラインドで飛ばす。ほとんど乾きつつあったが、それでも両脇の霊を怯ませるには充分であった。
「想! 無事かー?」
入り口に突っ立っていた大男を殴り、ドドが部屋に入ってきた。助かった。
「あなた達! よくも想様を!」
ミルちゃんは僕の両脇でフラフラしていた霊を銀のナイフで切り裂いた。
「想様、念のため、この聖水をお渡ししておきます」
そう言って、ミルちゃんは僕に聖水をくれた。よかった、これで攻撃が通じる。
「いつの間にか僕1人になってたんだけど、2人はどうなってたの?」
「俺達2人は、なぜか向かいの部屋に吸い込まれちまってたんだ。そこで何人も女の霊が出てきてな。ミルちゃんが一緒だから助かったよ」
ドドはそう言って聖水の小瓶を見せる。既にミルちゃんから貰っていたようだ。
「そうだったのか。どうやらまだナターシャの配下の悪霊がいるみたいだね。この様子だと、恐らくこの地下の部屋には遺体は置いてないだろう。もっと安全な場所に置くはずだ。上の階に進もう」
何よりもう怖い思いをしたくない。ここは薄暗くて嫌だ。
僕の言葉に2人も同意し、そそくさと廊下に出る。
「ナターシャ、許しませんわ。ここまでわたくしたちを怖がらせて。これじゃあまるでイタズラじゃありませんか! きっと、今もどこかからわたくし達を監視して笑っていますのね」
廊下を進みながらミルちゃんは頬を膨らませて、悔しそうにそう言った。
「そうだね。でも、これで僕達にはもう幽霊は通用しないとわかったんだから、無闇に幽霊を差し向けたりしないんじゃないかなぁ?」
希望的観測も含めながら僕がそう言うと、2人とも力なく笑う。そして、廊下の突き当たり、階段に差しかかる。
「あのナターシャは、ちょっとよくわかんねぇよなぁ。なんでそこまでこの宗教のために動いてんだろな」
階段を登りながら僕の後ろからドドが言う。それは、やはり教団の活動によって自分の存在を維持しているからだろう。
では、なぜ死んで悪霊になる必要があったのか? なぜ永遠の命に拘るのか? なぜ死んでも尚、ここまで戦っているのか? それを考え出したら、確かに不可解ではある。
ドドの後ろを行くミルちゃんが続けて不満そうに言葉を発する。
「よくわからない女の子でございますよね! わたくしより歳下なのに、わたくしを『小娘』呼ばわりしてましたし。不快ですわ全く! でも、もう幽霊も無駄だだと解れば、あとはあのナターシャだけですし、何も、怖く……ありま、せん……わ……ぎいぃやあぁーっ! いやっいやっ! 早く! 早く登ってくださいませ!」
ミルちゃんがドドの背中を押している。その下を見て僕もぎょっとした。
階下から、金髪の女が、四つん這いで手足をガクガクとぎこち無く動かしながら、階段を登ってきているのだ。
「アァ……アァアァッ!」
女の霊は呻き声を発し、階段ではなくその端の手摺の上にしがみつき、そこを登り始めた。最早理性がない。
「なんなんですの! なんなんですの! なんなんですの!? なんなんですのぉー!?」
「な、なぁ! ミルちゃんのグラインドであのホールまで移動しちまえばいいんじゃねぇか!?」
ミルちゃんにぎゅうぎゅう背中を押されていたドドが慌てながら言い、絶叫していたミルちゃんの動きがピタリと止まる。
「それも、そうですわね。もう地下には用はありませんし……えぇ! そうしましょう!」
そう言って満面の笑顔になったミルちゃんのすぐ背後には、手摺を登ってやってきた四つん這いの女が飛び上がろうとしていた所だった。
その直後、僕達3人は屋敷のホールへと瞬間移動した。危なかった。ミルちゃんは気づいていないようだったが、四つん這い女はミルちゃんの後頭部に食らいつこうとしていた。
――バンッ、とその時、扉を開けるような音がなった。ホールの奥、廊下の突き当たり、地下へ通じる階段からあの四つん這い女が出てきていた。
「ひやーっ!? まだ追ってきますの!?」
四つん這い女は先程と同様、手足をガクガクと動かしているが、その動きは異常なくらいに速く、廊下を一気に駆け抜け、距離を詰めてくる。
「落ち着け! 俺達には聖水がある! 冷静に対処すれば倒せないわけねぇ!」
ドドはそう言って僕達を叱咤激励した。
「そ、そうですわね。いきます!」
ミルちゃんはそう言って銀のナイフを投げ、それを転移させて四つん這い女の背に突き刺した。
四つん這い女は痛みに苦しみながら、床を転げ回ったが、勢いを止めずに再び駆け出す。
「やるしかないみたいだね」
僕はグラインドを発動し、窓ガラスを割ってそれに聖水を掛け、その破片を四つん這い女に向けて次々に放った。
「あぁ、そうだ。何度でも言ってやる。俺達3人が組めば……最強だ!」
ドドはそう言って走り出し、右の拳に聖水を掛けた。身を屈めるようにして体勢を低くしながらも走る。そして床を擦り付けるようにして拳を放ち、四つん這い女の顔面に当てた。
吹っ飛ばされた四つん這い幽霊はホールの壁に激突し、そしてすぐに蒸発し、消えていった。
「やりましたわー!」
ミルちゃんはそう言って、嬉しそうにドドとハイタッチしていた。僕も近寄り、ドドとハイタッチした。僕は軽くしたつもりだったが、相変わらずドドのハイタッチは強い。
ようやく地下から抜け出した。これからこの屋敷を隈無く調べて、あのナターシャの遺体を探さなければならない。どこから手をつけたものか。
「全く。つくづく喧しい連中ね」
上から声がした。ナターシャだ。ホールの大階段、その上の端に聳え立つ銅像の肩に座っている。
「ナターシャ! 君をこのまま野放しにする訳にはいかない。大人しくここで成仏してもらう」
そう言った手前、どうやって成仏させればいいのだという疑問が湧く。聖水で簡単に成仏させる事ができるといいが。
「できるものならやってみなさい。ただ、私も易々とやられるわけにはいかないの」
相変わらず無表情でそう言葉を発した。だが、ボサボサの髪の間から見える赤い瞳からは、明らかな敵意、いや憎悪と言っていい程の感情を読み取れる。
「何がそこまであなたを動かしますの!? 死して尚、なぜそこまでわたくし達を敵視しますの!?」
ミルちゃんが声を荒らげる。その時、無表情なナターシャが明らかな怒りを露わにした。
「なぜ、って……? そんなの、あなた達がエイシスト様に楯突いているからに決まっているでしょう! 麗しいあの御方を困らせる愚かな人間を、私が呪い殺してあげる!」
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