カンテノ

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第4章 ナターシャ

4-21 監禁

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 空中で僕の蹴りを食らったブルヘリアは地面に激突し、血を吐いた。僕は再びタイヤに乗って地面に降り立つ。

「想様ー! かっこよかったですわー!」

  と、ミルちゃんが近付いてきた。

「ミルちゃんもいいバッティングしてたじゃねぇか」

  ドドも近寄り、ミルちゃんの肩を叩く。ミルちゃんの釘バットで打たれたブルヘリアはさながらボールのようだったな。

「まだじゃぁ……まだ、まだ、まだ終わっとらんぞぉ……」

  ブルヘリアが再び起き上がった。あれ程のダメージを受けてもなお立ち上がれるとは、やはりこいつも何らかの強化を受けているようだ。
  そして、ブルヘリアはこちらに背を向け、屋敷の入り口に向かって走り出した。

「あいつ逃げる気か? 追うぞ」

  ドドがそう言って走り出し、僕とミルちゃんはその後に続く。

  ブルヘリアが入った屋敷へと足を踏み入れる。中は厳かなインテリアで飾られたホールになっていた。悪魔の銅像も置かれている。

「奴はあそこの扉に入っていったみたいだ。行こう」

  ドドが先導し、正面の扉を開ける。その先は長い廊下になっており、そこをブルヘリアは小走りに走っていた。

「なんだか、ちょっとあの時を思い出すね」

  僕がそう言うと、ドドも同じ事を考えていたのか、フッと笑う。初めてドドと会ったあの夜、一颯さんと3人でクラブに忍び込んだ時の事を思い出したのだ。
  今は、その一颯さんの妹、ミルちゃんがいる。そのミルちゃんは目を丸くして僕達を不思議そうに見ている。

「ほげっ! もう追ってきやがったか!」

  ブルヘリアが振り返って僕達に気付いた。先程の戦闘で、奴の銃はどこかに飛ばされていたからもう武器は持っていないはずだ。
  だが、ブルヘリアの右手に黒いドロドロした塊が現れる。あれが、ブルヘリアのグラインドか。

「2人とも、下がれ!」

  ドドが僕達の前に立ち、ブルヘリアが放ったその黒い固まりから守ってくれた。

「ふへへ、島田め。そいつを、くらったな?」

  まさか……。ブルヘリアのグラインドの能力は、あの黒目のゾンビを操る力だ。ならば、あの黒い塊を受けた人間はゾンビになってしまうのか? なら、ドドはもう……。

「オラのグラインド、『ブルヘリア』! その泥を受けた人間は、そのまま3日経てばゾンビと化す!」

  あ? 3日もかかるの? 

「なんだこの泥。すぐに取れるぞ」

  そう言ってドドはその泥を払っていた。全く攻撃性がないグラインドだ。死人に使えば効果はあるだろうが、意識のある人間には何も意味が無い。

「おーい! とるんじゃねぇ! ゾンビになれよお前も!」

  ブルヘリアは地団駄を踏んでいた。そのブルヘリアにドドが近付き、奴の顔を容赦なく蹴飛ばした。

「ふんげはぁ!?」

「生憎、ゾンビになんか興味ねぇ。ゾンビになったら逆に弱くなりそうだしな」

  ドドの言う通り、あのゾンビ達はスピードは従来の人間と変わらないが、攻撃そのものは単調だったからな。
  ドドに蹴飛ばされて、額から血を流したブルヘリアは悔しそうに僕達を睨み付けながら再び逃げ出した。その手から黒い泥を撒き散らしながら。

「きゃあ! もうっ! 落とせばゾンビにならなくて済むと言っても、わたくしは汚れたくありませんわ!」

  ブルヘリアが撒き散らす泥を、汚物のように見ながらミルちゃんは不機嫌にしている。

「わーかったよ。俺の後ろにいてくれ」

  ドドは率先して前に出て、そして再びブルヘリアを追い始める。しかし、ブルヘリアはこのままどうする気だ? 屋敷の奥に行くばかりで追い詰められているようにしか思えない。
  と、廊下の突き当たりにある扉をブルヘリアは開けてその先に行く。そこへドドはすぐに追いついて扉を開ける。

「どうやら地下に行くみてぇだな」

  扉の先には地下へと続く階段があり、ブルヘリアは泥を撒き散らしながらその階段を降りて行く。

「何を考えているんだ? でも、ずる賢いあいつの事だ。慎重に行こう」

  僕の言葉にドドとミルちゃんは頷き、ブルヘリアを追うため階段を降りる。足下には泥がそこら中に撒き散らされ、途中何度か滑りそうになってしまう。

「どうやら、ここが1番下みてぇだ」

  階段が終わり、その先には廊下が伸びている。ブルヘリアが息を切らして走る声が聞こえ、辺りには泥が尚も撒き散らされている。
  薄暗い廊下にはいくつか扉があったが、ブルヘリアは更に奥へと進んでいるようだ。

「そんなに広くはないはずだからもう追い詰めたも同然だ。嫌な予感はするけど、ここまで来たからには奴を追わなきゃいけない」

  僕は独り言のようにそう呟いた。足下の泥にも気を付けながら進むと突き当たりに扉があった。今までの扉とは違い、重々しく厳重そうだったが、鍵はかかっておらず、ドドがその扉を開ける。
  その先には、棚がいくつも並んでいる空間があり、さらに正面にまた同じ扉があった。その扉は微かに開いており、その先からブルヘリアの荒い息遣いが聞こえる。

「この向こうにいるな。よし、行こう」

  ドドがそう言ってその扉を開け、3人でその中へ足を踏み入れる。そこは少し広い空間になっていた。だが、先程の廊下よりも暗く、よく見えない。
  と、その時、ドドが僕とミルちゃんを庇うように腕を回した。ブルヘリアの泥だった。

「うりゃうりゃうりゃー!」

  そう言ってブルヘリアは泥を次々に撒き散らしていく。いくらダメージがないと言っても、あの泥には極力触れたくない。自然と僕達はあの泥を避けてしまう。

「お前らはオラんち教団、そしてゼブルム、あのエイシスト様をも脅かす不届き者じゃ! あとは任せたでお!」

  ブルヘリアはいつの間にか部屋の入り口まで辿り着いており、そこから出て逃げていく。

「おい待て! くそっ! 鍵かけやがった」

  扉に鍵をかけてブルヘリアは逃げたらしく、ドドが押しても引いても開かない。

「ひゃっ、あっ……あそこに女の子が縛られておりますわ」

  ミルちゃんに言われて僕も気づいた。この部屋の奥に、女の子が椅子に座った状態で、胸、腰、太腿、足首を鎖で縛り付けられ、手は後ろに回されて縛られているようだ。
  その少女は衣服を一切身につけていなかった。色素の薄い金髪はボサボサになり、薄汚れている。
  13歳から15歳くらいの中学生だろうか。未成年の少女がナイトサイド・エクリプスによって監禁されていたのか。なんて非道い事をするんだ。

「しっかりしてください。大丈夫ですか? 今わたくしが助けますからね」

  ミルちゃんがそう言いながら近寄る。

「待て。ミルちゃん、その娘はもう……」

  ドドがミルちゃんに呼びかけて口籠もる。ミルちゃんも椅子に縛り付けられた少女を間近で見て、そして絶句した。
  少女は既に死んでいた。ミルちゃんの後ろから見た僕も、ようやく察した。

「あいつら……こんなに若い女の子を監禁して殺したのか? 許せない。なんて非道い奴らだ」

  この少女もまた、悪魔の生贄にされていたのだ。よく見ると、少女を中心にして床に魔法陣のような紋章が描かれている。見た事のない文字とマークがびっしり連なっており、そして、死体の少女の腹部にも似たような紋章が刻まれている。

「悪魔の儀式に使われたのでしょう。それでも、あんまりですわ。こんなに若い女の子を自分達の非人道的な宗教活動のために殺すなんて。許せませんわ」

  ミルちゃんは泣いていた。僕も胸の底から湧き出る憤りを抑える事ができない。

「奴らは許せない。でも、この女の子をこのままここに置いてはおけない。外に出して、ちゃんと供養してあげよう」

  そう言って、僕は足を踏み出す。


「近寄るな」

  僕の左耳のすぐ近くで女の声がした。

「うわわわぁわわー!」

  すぐ近くに女の顔があった気配がし、僕は驚いて蹌踉めき、床に倒れ込んだ。
  が、そこには誰もいなかった。

「想? どうしたんだ?」

  ドドが僕を心配して近寄る。

「今、何か声が聞こえたんだけど……気の所為だったみたいだ」

  ミルちゃんも僕を心配してこちらを見ている。先程までの連戦で疲れが貯まっているのかもしれない。僕は立ち上がって、ミルちゃんの方を向く。

「ちょっと疲れてたのかな。騒いじゃってごめんね。さ、遺体を運ぼうか」

  そう言って、僕は椅子に縛り付けられた少女の遺体に近付き、その鎖を調べようとした。
  ――ガシッ。その時、死んでいて鎖に繋がれているはずの少女の手が動いて僕の腕を掴んだ。

「ひいっ! うわわー!」

  僕は飛び上がって尻もちをついてしまう。そんな僕を、ドドもミルちゃんも怪訝そうに見つめている。

「今……、今! 手が、手が動いたんだ。え? あれ? え、そんな……どういうこと?」

  少女の遺体に再び視線を戻した僕の動きが止まり、ミルちゃんは更に怪訝そうな顔をする。

「想様? どうなさいましたの?」

「ない……女の子の、遺体が……なくなってる」

  何度も瞬きをして確かめた。先程まであった、あの椅子に縛られた遺体が椅子と共に消えている。

「なんだ? 確かに、今までここにあったはずだ。誰かが持っていったのか?」

  ドドも気づき、その顔には焦りが浮かんでいる。そしてミルちゃんを見る。そうか、ミルちゃんなら一瞬であの遺体を転移できるのだった。が、そのミルちゃんは首を必死に振っている。

「わ、わたくしは、何もしていませんわ。移動させようとテリファイアを使ったのですが、何か不思議な力に弾かれてしまって。想様に言われてから、目の前にあったあの女の子がいなくなっていたのに気付きました」

  ミルちゃんはそう語った。となると、あとは別の誰かが運んだのか? あの一瞬で?

「そう言えば、ブルヘリアはさっき『あとは任せた』って言って逃げたよね? てことは、この部屋には他にも誰かいるのかな?」

  僕がそう言うと、2人は慌てて周囲を見渡す。室内は薄暗いが、その薄暗さにもようやく目が慣れてきていて、周囲を確認する事ができた。だが、人の存在を感知する事はできなかった。

  いや、いた。部屋の隅。壁の黒い染みだと思っていたものは人だった。長い黒髪、黒いワンピースの女性がじっとそこに立っている。
  室内の照明が点滅し出した。それと共に、その黒いワンピースの女は一瞬消えた。

「オオォォーン」

  一瞬だけ消えた女は僕の目の前に現れ、低い呻き声を発しながら突撃し、僕の肩を掴んでそのまま持ち上げて突っ走り続ける。

「あぁ……あぁ……、ひやっ、うわぁ!」

  女に持ち上げられながら僕の口からは悲鳴が出ていた。そして、僕は背中から部屋の壁に思い切り打ち付けられ、その直後にはもうあの女は消えていた。

「想! 大丈夫か!?」

  ドドが僕のもとに駆け寄る。

「いてて……大丈夫。壁にぶつけられただけだから」

  そう言って顔を上げるが、あの女はどこにもいない。

「そ、想……様? 今のは、一体、何なんですの……?」

  ミルちゃんは声を震わせ、辺りを警戒しながらこちらに近付いてくる。

「今、確かに、黒い女の人がいましたわよ……ね? 堂島さんも見ましたわよね? でも、どこに行ってしまいましたの? そんな、これじゃ、まるで、ゆ、ゆ、幽霊じゃ……ありませんか?」

  ミルちゃんはついにその単語を口にしてしまった。僕はずっとそれを考えたくなかった。姉とシクス以外の幽霊なんて信じていなかったし、遭遇など絶対にしたくなかったからだ。

「そうよ。幽霊よ。やっと気付いたの?」

  ミルちゃんの背後から少女の声がした。そこに、ボサボサの髪をした全裸の少女がいた。
  その女の子は、確かに先程まで椅子に縛り付けられていた死体の、あの女の子であった。

「いぃーやぁーっ! 出たっ! 出たっ! 出ましたわぁー!」

  ミルちゃんは絶叫しながらこちらに逃げて来て、僕の腕にしがみついた。

やかましい女ね。初めまして。私は『ナターシャ』。あなた達をあの世へ送ってあげる」

  赤い瞳をした全裸の少女はそう言って笑った。
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