カンテノ

よんそん

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第4章 ナターシャ

4-18 クラリス

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「なによこの男? どこから現れたの?」

  声を上げたクラリスを始め、マードックもブルヘリアも驚いていた。そして、シクスの隣に立つミルちゃんも。

「ほえー!? なんですの!? え、なんでわたくしの名前を知ってらっしゃるの?」

  身長2mのシクスを見上げてミルちゃんが混乱し始めている。

「大丈夫、シクスは僕の弟で味方だから。ミルちゃんに会いたくて出てきちゃったんだよね?」

  僕はミルちゃんの隣に立ち、そして珍しくシクスをからかってみた。シクスは少し戸惑いながらも黙って頷く。

「シクスか。助かるぜ、一緒に戦ってくれんだな」

  ドドがシクスの隣に立つ。と、そのドドを見るや否や、シクスはドドの目の前に立ち素早く手を動かした。

「うおっおっ? あ、包帯してくれたのか? 助かるよ! ありがとう!」

「いえ、酷い傷でしたし、煉美が『包帯巻いてあげな』と言っていたので」

  シクスがそう言うと、ドドは笑って喜んだ。

「さぁ、それでは行きましょうか。もう10分もありませんので。4人で力を合わせましょう」

  そう言ったシクスは走り出し、一瞬でブルヘリアの目の前に現れ、その大きな腹部を蹴り飛ばし、D3によって出現した拳銃を乱射した。

「あががががーがばらんぶひゃー!?」

  ブルヘリアは奇声を発しながら、10m以上先の樹に激突し、そのまま気絶した。

「はは! 相変わらずすげぇな。んじゃ、残り2人さっさと片付けるか!」

  ドドはそう言いながら、マードックへと走り出す。マードックはシクスの速業に驚愕し、反応が遅れていた。ドドはそのマードックの横顔を容赦なくぶん殴った。

「ぐわっ、ぶへっ! こ、このデカブツよくもやりやがったな!」

  体勢を立て直そうとしたマードックの背後に黒い影が現れる。ミルちゃんだ。手にはあの釘バットを持っていた。

「ぶっ潰してさしあげますわー!」

  ミルちゃんが横からその釘バットを思い切り振った。が、その釘バットが弾かれ、宙へ飛ばされた。

「あまり調子に乗らないでよね。私、本気出しちゃうわよ?」

  クラリスがいた。ミルちゃんとマードックの間に割り込み、あの黒い槍を振り上げ、ミルちゃんの釘バットを防いでいた。そして、その槍をミルちゃんに向かって振り下ろす。

「調子に乗ってなどいません。私達は、ただ、目の前の悪を打ち砕く。それだけです」

  ミルちゃんを庇うように割って入ったシクスが、長い脚を上げてクラリスの槍を受け止めていた。
  そして、僕は既に空中にいた。庭園に生えていた樹をグラインドで引き抜き、それに乗って上空からクラリスへと突撃する。

「そこね! 甘いわ!」

  クラリスは敏感に察知し、身体を沈ませてから飛び上がる。そして、僕が乗っていた樹を粉々に粉砕した。シルベーヌさんの剣技に近いほどの斬撃だ。

「くっ! だが、まだだ」

  足場をなくして空中に投げ出されたが、粉砕された樹の欠片を全てクラリスに向けて飛ばす。

「つっ! なんて力なのよ!」

  クラリスは槍で防御していたが、小さな無数の欠片などほとんど防御できないだろう。尖った樹の欠片によって、クラリスの身体は傷を負う。

「はっ! 群青兄さんよ! 格好の的だぜ!」

  空中にいた僕に向かって、地上からマードックが両腕の戦車砲を向けていた。ブルヘリアの影響なのか、奴も僕の事を「群青」と呼び始めた。

「やらせてたまるか。シクス!」

  そのマードックの前に、ドドとシクスが飛び出す。ドドは身を低くし、右側からマードックの脇腹に向けてその拳を放ち、シクスは左側から回し蹴りをマードックの横顔に向けて当てた。

「ごっ、ごふっ! ぶっがーっ!」

  避けようのない挟撃を受け、マードックは血を吐き散らしながらその場に倒れる。そして、シクスはすぐに落下する僕を受け止めてくれた。

「想様ー! これをお使いくださいませー!」

  と、ミルちゃんが頭上に大量の岩を出現させてくれた。

「ありがとう。いけ!」

  僕はその岩を操り、蹲るマードックへと飛ばす。が、そこにクラリスが立ちはだかった。

「無駄よ」

  クラリスはその黒い槍で岩の全てを粉砕しながら吹き飛ばした。
  僕は岩の欠片をなおもクラリスへと飛ばし続けるが、クラリスは踊るように身体を回転させながら、槍を自在に振り回し、岩の欠片の尽くを弾き返した。

「想、あのクラリスは只者ではありません。気をつけて」

  シクスが僕を地面に下ろしながら静かに呟く。

「フフフッ。なかなか凄いわねあなた達。でも、私のこの黒槍『ディオティマ』には敵わないわよ?」

  クラリスは振り回していた槍を両手に持って構える。そこへ、シクスが両手にサブマシンガンを持ち、連射しながらクラリスへと距離を詰める。
  クラリスはそれを俊敏に回避し、時には銃弾を槍で弾きながらシクスに向けて槍を放つ。

「ぐっ!」

  シクスは上空に跳び上がって回避したが、鋭い槍の突きが足に掠る。
  その瞬間、ドドが距離を詰め、クラリスの横から右の拳を打つ。が、クラリスは槍の柄でそれを受け止める。並外れた反射神経と身体能力、そして槍そのものを使いこなしている。

「くーっ! だが、まだまだ」

  そう言って、ドドは左の拳を放ち、さらに裏拳、肘打ち、中段突きなどのコンビネーションを次々に放っていく。あまりの連撃にクラリスも防御が追いつかず、身体のバランスを崩していく。

「やるじゃないの」

  クラリスはそれでも涼しい笑みを浮かべていた。だが、その背後で、シクスが空中から素早い蹴りを放っていた。ドドに気を取られていたクラリスはその蹴りを背中に受け、大きく吹っ飛ばされた。
  その時、ドドとシクスがいた位置に今度は爆発が起きた。マードックだ。奴が起き上がり、戦車砲を放っていた。

「うっおー!?」

  ドドが叫びながらシクスと共に吹き飛ばされる。

「好き勝手……やってくれてんじゃねぇぞー!」

  マードックの顔は血だらけになり、口から血を吐きながらも吠えていた。そして、辺りに戦車砲を次々に撃ち放ち、周囲に爆発が巻き起こる。照準は定まっていないが、爆発の量は凄まじく、僕らは逃げ場を失う。だが……。

「そんな攻撃が通用する程、僕らはバカじゃない」

  僕はそう言って、庭園に置かれた悪魔の銅像をマードックの背後からぶつけた。

「ぐえぇっ……痛てぇじゃねぇかよ。群青野郎! お前から殺す!」

  マードックはそう言い放つと、左手の戦車砲を背後に撃ち、その爆発で吹き飛ぶ力を利用し、右手の戦車砲を構えながら、僕へと向かって猛スピードで飛びながら突撃してくる。

「想様には、近付けさせませんわよ!」

  飛来するマードックが僕の目前に迫った時、ミルちゃんがマードックの右腕の上の空中に現れ、その腕に向けて、釘バットを振り下ろした。

「ぎぎゃあっ!? ぐっ、この、女ァ!」

  激痛に苦しみながらマードックは地面を転がり、そして左腕の戦車砲をミルちゃんに向ける。
  と、そのマードックに向けてミルちゃんが指を立てる。

「それ以上やるようでしたら、先程の信者達のように、あなたの内蔵をぶちまけてさしあげますわよ?」

  落ち着いた口調で、平然とミルちゃんは言った。が、マードックは弱々しくも笑う。

「何を言うかと思えば。笑わせんなよ。もうわかってんだよ。お前のあれは、俺様達グラインダーには効かないんだろ? 気付かないとでも思ったか? できてたらとっくに俺様の心臓ぶちまいてたもんなぁ? あぁ? どうなんだよおい! 死ね小娘がぁ!」

  と、マーダックは戦車砲を放とうとする。

「ハァ、残念ですわね」

  ミルちゃんが短くそう呟くと、マードックの前に赤黒い物体が落ちた。

「は? おい……おい……なんだよ、これ……?」

  目の前の物体に戸惑ったマードックの言葉尻が震えている。先程まで殺意を帯びていた目が、恐怖の色に染まっていく。

「あなたの肝臓ですわ。確かに、わたくしの『テリファイア』はグラインダーの体内に直接は通用しませんわ。でも、それは通常時のみ。あなたはもう身体がボロボロになり、グラインドのエネルギーの流れが乱れています。そんな状態でなら、あなたの内蔵だろうが心臓だろうが、思い通りに取り出せますわ」

  ミルちゃんがそう言うと、また1つ赤黒い物体がマードックの前に現れた。恐らく腎臓だろう。
  肝臓も腎臓も失ったマードックは声も出せずに苦しみ続け、庭園の芝生に血を吐き散らし、やがて動かなくなった。

「うわぁ、こえー」

  ドドとシクスが近付いてきた。ドドはドン引きしていたが、シクスは相変わらず無表情だ。だが、僕にはわかる。シクスも少なからず戦慄している。僕だって、ミルちゃんの残虐さに慄いているのだから。

「そんな、あなた、マードックを……よくも……!」

  先程シクスに蹴り飛ばされたクラリスがこちらに近付き、そして怒りの表情を浮かべていた。

「生け贄と称して罪もない人々の命を奪い、非道な行いを続けてきたあなた達への報いですわ。わたくし達を敵に回したこと、後悔させてあげますわ」

  ミルちゃんが冷たく言い放つと、クラリスは素早く駆け出し、ミルちゃんの目の前に飛び上がり、槍を上段から振り下ろす。が、すぐにミルちゃんは消える。

「無駄を悟りなさいませ。あなた1人ではわたくし達には敵いませんわ」

  ミルちゃんがクラリスの背後に現れ、そして釘バットを振り下ろした。が、先程と同じようにその釘バットは弾き飛ばされる。
  先程と違う点は、クラリスはこちらを振り向いていない上に、槍は地面に振り下ろされたままだということ。
  なぜその状態でミルちゃんの釘バットを弾き飛ばせたんだ?

「ミルティーユさん! 危ない!」

  と、シクスが素早く飛び出し、ミルちゃんを抱えて跳んだ。そして、先ほどまでミルちゃんがいた空間に、無数の槍の連撃が放たれた。

「シクスさん!? 大丈夫でございますか?」

  シクスは足と背中に斬撃を受けてしまったようだ。

「大丈夫です。それより、あの女の攻撃に気をつけてください。先程の、あのマードックの洪水を斬った時も見ていましたが、クラリスのグラインドは未知数です」

  そう言って、シクスは抱きかかえたミルちゃんを降ろす。少し離れた所にいたドドが警戒し構える。僕も槍を持つ黒髪の女性を見据える。そのクラリスがこちらを振り向く。

「例え、私1人になったとしても、あなた達を全員殺す」

  その紫の瞳を僕らに向け、クラリスは冷静に言い放った。
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