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第4章 ナターシャ
4-16 パンツァー・ディヴィジョン
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「お姉さんのパンチ、なかなか効いたぜ。だがねー、俺様にはナイトサイド・エクリプスの加護がある。この教団のためにも、あのくらいじゃあやられねぇぞー」
マードックは若い割に熱心な信者のようだ。再び腕の戦車砲を構える。今度は両腕だ。
「全くもー。いくら撃とうが、あたしのアンチセシスの前では無力だよ? みんな、あたしの後ろに下がってて」
姉の言葉を信じ、僕らは下がる。そして、マードックの両腕から2発の砲弾が放たれる。が、姉は腕を組んだまま重力磁場を展開し、姉の目の前でその砲弾が止まる。
「お返しするよ」
そう言って、姉は2つの砲弾を蹴り飛ばす。だが、先程のように砲弾はマードックに近付く前に消える。
「俺様に砲弾は当たらねぇ。そうできてん――っ!?」
マードックの言葉が終わらないうちに、姉が奴の懐に飛び込む。右腕の外側、手の甲から肘までをマードックの身体にぶつけ、更に左手の拳を突き当てる。
「ぐっ! こんにゃろーがー!」
空中に吹き飛ばされながらも、マードックは腕の戦車砲から砲弾を飛ばす。が、姉は軽々とその砲弾を拳で跳ね飛ばす。
「小娘め! 幽霊なれば、大人しく成仏せい!」
バルズムは黒い鳥から飛び降り、その鳥を右腕に巻き付けて黒い刃にし、空中から姉に襲い掛かる。
「あたしには……あたし達には、まだやる事があるんだ。それが終わるまでは、成仏するわけにはいかないんだ」
姉は右手の拳でその黒い刃を受け止める。黒い刃は重力に圧し潰され、ぐにゃぐにゃ曲がっていく。
「ちいっ! なんだこのグラインドは!」
潰れたバルズムの黒い刃は煙となり、再び大きな黒い鳥に変わる。
そして、辺り一帯に大小様々な黒い鳥が無数に出現する。それらは円を描くように飛び交い、やがて僕達を包み込む黒い渦へと変貌する。
「おいおい、バルズム爺さん本気じゃねぇかよ!」
マードックが離れた場所で笑っていた。バルズムは姉を睨みつけている。
「貴様ら1人たりとも逃がさんぞ。このわしを怒らせた事を後悔させてくれる」
静かにそう言い放つと、黒い渦から鳥が次々襲来する。
「あー、これは江飛凱の竜巻よりすごいねー。だけどね、あたしもそんなに時間ないんだわ。そろそろ、ケリをつけようか」
そう言って姉は宙に浮かび始める。僕は襲いくる鳥からドドとミルちゃんを守るため、道路標識を3本振り回す。
「ほざけ小娘が!」
バルズムがそう叫ぶと、その手から黒い煙が発生し、煙状態のまま姉に襲い掛かる。それは姉の身体を貫いた。
「姉さん!」
僕は思わず叫んでしまったが、姉は笑っていた。
「人間の養分を吸い取る煙か。そーくん達が食らってたらまずかったね。でも、幽霊のあたしには効かない」
その言葉を聞いてバルズムの表情が歪む。渦から黒い鳥達が一斉に飛び出し、姉を襲い始める。が、姉は凄まじい回し蹴りを放ち、その全てを一蹴した。
「覚悟はいいか?」
姉はそう言って上空のバルズムを睨み、奴に向かって突撃する。
「覚悟するのは貴様よ!」
バルズムはそう叫び、大量の黒い鳥を姉に向けて放つ。が、その悉くが重力磁場によって弾かれる。
「おっらぁ!」
姉は空中にいたバルズムの腹部を思い切り殴った。あまりに強い重力がこもった拳を受け、バルズムの身体は黒い渦の壁に衝突する。
「ぬぐぅあー!」
バルズムは叫びながらも鳥を飛ばし続ける。が、その鳥を突き破りながら姉はバルズムを蹴る。バルズムはまた反対側の渦の壁にぶつかり跳ね返る。
そして、姉は渦の壁を蹴り、その渦の中を猛スピードで飛び交い、往復するようにしながらも、宙に浮いたバルズムに何度も何度も蹴りのラッシュを浴びせる。
「ぐっはぁ! くそ……、くそぉ! こんな、小娘ごときにわしがぁっ!」
為す術なくラッシュを食らったバルズムは空中で逆さまの状態になっていた。その背後に姉が現れる。
「フィニッシュだ。くたばれジジィ」
姉は逆さまになったバルズムの両方の脇の下に自身の両足を乗せ、バルズムの足首を手で掴む。そして、そのまま重力による猛烈な落下速度で、地面にバルズムを頭から叩きつけた。
黒い渦は消え、バルズムの周りの地面は陥没し、黒いローブを着た老人の首はねじ曲がり、動かなくなった。
「きゃーっ! お姉様素敵ですわー!」
ミルちゃんはいつの間にか両手にペンライトを持っており、それを振っていた。何かが間違っている。
「ははははー。ありがとうミルちゃん。応援してくれてたんだね。もう時間だ。後は任せたよ。まったねー!」
姉はそう言って手を振り、消え去った。
「行ってしまいましたわね……」
ミルちゃんはコンサートの後のように、ぼーっと余韻に浸っている。
「1日10分しかこっちに来れないんだ。また会えるよ」
僕がそう言っても、話を聞いているのかいないのか、ミルちゃんはただ頷くだけだった。
「なんだよー、幽霊のねーちゃんは消えたのかー。なら、あとは余裕だな」
マードックが頭の後ろで手を組みながら笑っている。奴は坂道の上から僕達を見下ろしている。
「わりぃが、煉美さんがいなくても、俺達3人は無敵だ!」
ドドが構えて啖呵を切る。
「そうだ。僕達は、絶対に負けない。姉さんは、いつも傍にいてくれる」
僕も続いて自分の周りに道路標識を3本浮かせる。
「わたくしにも、姉様がついていてくれますわ。だから、大切な人を、必ず守りますわ!」
ミルちゃんはその手に拳銃を出す。
「ぷっははー! いいねー! かっこいいよお前ら! この状況でもその虚勢が続くのか?」
マードックの言葉と同時に、周りの建物や路地から白塗りの信者が飛び出して来た。
「やれお前ら! ナイトサイド・エクリプスの名のもとに!」
再び白塗り信者達との戦闘になり、ドドは肉弾戦で、僕は道路標識を振り回して迎えうつ。
「いやー、遅れてもうたー。お、マードックおるの! あれ? バルズム爺さんは?」
そこへ、ブルヘリアが車に乗ってやってきた。その後にも何台もの車が続いており、黒目ゾンビが何人もいた。
「あー爺さんはやられた。たぶん死んだなありゃ」
マードックは抑揚なく言い、それを聞いてブルヘリアは慌てふためいている。
「まずいな、ますます敵が増えた」
僕は白塗り信者を蹴散らしながらも、この状況に押されそうになる。
「大丈夫です、想様。わたくしにお任せを」
ミルちゃんがそう言うと、僕の近くにいた信者が1人、2人と次々に倒れていく。どうなっているんだ?
「ん? なんかあいつらどんどん倒れてってねーか?」
異変に気づいたマードックが眉を顰める。さっきからずっと混乱していたブルヘリアも動きが止まる。そのブルヘリアの前に、ぼとっ、ぼとっと何かが落ちた。
「ん? なんじゃこの赤いの?」
「それは、心臓ですわ。この信者達の」
ミルちゃんは確かにそう告げた。
「は? はぁーっ!? なんだお前!? まさか、心臓を奪い取ったのか!? だから、あいつらあそこに倒れてんの!?」
マードックが目をひん剥いて声を荒らげている。周囲は騒然とし、他の白塗り信者達は恐怖のあまり後退り、逃げ出す者も出始める。
「そうですわよ? あなた達、生け贄がほしいのでしょう? よかったじゃありませんか。この心臓を生け贄になさいな」
ミルちゃんは薄らと笑いながら平然とそう言ってのけた。なんて危ない女の子なんだ。
「な、なんじゃとー!? あ、あの小娘やばいど!? マードック退散じゃ! 退散!」
「ば、馬鹿野郎! 逃げんな! お前のゾンビなら効かないだろ?」
マードックに言われ、ブルヘリアも逃げ出そうとした足を止める。
既に周囲に白塗り信者はほとんど残っていなかったが、黒目ゾンビ達がまだ大勢残っていた。ブルヘリアの目に活気が戻る。
「残念。黒目ゾンビは既に対策済みだ」
僕はそう言って、3本の道路標識を高速回転させながら飛ばす。それによって次々に黒目ゾンビの頭が切り離されていく。頭を失った黒目ゾンビの身体は、溶けて黒い泥のような物に変わっていった。
「んな!? なにー!? 群青小僧めー!」
ブルヘリアは憤慨していた。
「なぁ、ミルちゃん。あの2人の心臓ももぎ取れるのか?」
ドドがミルちゃんに近付いて小声で聞いていた。ミルちゃんは首を振る。
「残念ながら、グラインド使い自身にわたくしの『テリファイア』を働きかけるのは難しいんですの。特に心臓や内蔵はとれませんわ。でも、それは黙っておきましょう。脅しの効果としては抜群でしょう」
ミルちゃんの話を僕も近くで聞いていたため納得する。そうか、だからミルちゃんはテレポートする時に、グラインダーの僕の手を握っていたのだろう。触れていた方がより転移しやすいのかもしれない。
手を触れない状態で僕をテレポートさせる事ができたのは、それは僕が彼女に心を許しているからなのかもしれない。
「ったく。いいか? このマードック様がいるんだ。負ける訳はねぇんだよ!」
そう言って、マードックは近くの乗用車のルーフに飛び乗る。そして両腕に戦車砲を出現させる。
「ブルヘリア! 動かせ! お前らも行くぞ!」
マードックが乗った車をブルヘリアが運転し、周りの黒目ゾンビ達もそれについていく。敵の一団は坂の上から下ってくるため、立地的にも僕らは不利だ。そして、マードックはその戦車砲を放ってきた。
「2人とも、下がりますわよ」
ミルちゃんがそう言って、僕らを遥か後方へと移動させてくれた。僕らが先程までいた位置では爆発が起きている。
「ありがとう。これだけ距離が開けば攻撃しやすい」
距離は100mほど開いている。僕は近くにあった自動車を飛ばす。が、すぐにマードックは次弾を撃ち、その自動車を破壊した。
「この距離でもまだ射程圏内だぞ。どうする?」
ドドは落ち着きながらも聞く。あの砲弾は強力だ。防御する術は何かないか?
「撃たれる前に先手を撃つしかありませんわ!」
ミルちゃんがそう言うと、前方のマードック達の頭上にトラックが現れた。先程バルズムと戦った時に使った物だ。
「しゃらくせー!」
マードックが叫んで、上空のトラックに砲弾を飛ばし、それを破壊した。凄まじい威力だ。
そして、マードックを乗せた車が走り出し、トラックの破片を回避しながらこちらに全速前進し始めた。
「やっぱりこうなるか」
事態を想定していた僕は傍にあった別の乗用車を目の前まで運び、それにエンジンをかけ、3人とも乗車する。
「ミルちゃん、回避は任せた」
「はい! 朝飯前でございますわ!」
僕は運転席に乗り、前方を見ながらグラインドで車を動かす。
「撃ってくるぞ!」
後方を見ていたドドが叫ぶ。マードック達との距離は既に50m程までに迫り、マードックの砲身が火を噴く。道幅はそれ程広くはない。
と、僕達の乗る車が飛んだ。気づけばビルの屋上を走っていた。
「す、すみません。あの爆発を回避するにはここくらいしかなくて」
ミルちゃんは申し訳なさそうに謝った。
「いや、大丈夫。これでいいよ」
僕がグラインドで動かす車はそのままビルの屋上から飛び降り、そしてビルの谷間の宙を飛ぶ。
「うおっ! すげぇ。魔法だなこりゃもう!」
後部座席のドドが笑いながら驚き、ミルちゃんもはしゃいでいた。
僕はルームミラーで後方を確認しつつ、近くの屋上に設置されていた広告看板を、グラインドでマードックに向けて飛ばす。猛スピードで飛んで行った看板は見事マードックが乗る車を大破した。
マードックは地面に転げ落ちたが、すぐに立ち上がってこちらに腕を向ける。
「また撃ってきますわ! 地上に戻ります!」
ミルちゃんの移動によって再び地面を走り、僕達の上空を砲弾が飛んでいった。
「もう1発くるぞ! あ? なんか、今までと違うぞ?」
ドドが怪訝そうに声を上げる。次の瞬間、僕達が乗る車の周りに、なんと黒い水が流れ込んできた。
「これが、俺様の本当の力だ」
マードックの声が聞こえた。そして、僕達の乗る車はその黒い水に飲み込まれていった。
マードックは若い割に熱心な信者のようだ。再び腕の戦車砲を構える。今度は両腕だ。
「全くもー。いくら撃とうが、あたしのアンチセシスの前では無力だよ? みんな、あたしの後ろに下がってて」
姉の言葉を信じ、僕らは下がる。そして、マードックの両腕から2発の砲弾が放たれる。が、姉は腕を組んだまま重力磁場を展開し、姉の目の前でその砲弾が止まる。
「お返しするよ」
そう言って、姉は2つの砲弾を蹴り飛ばす。だが、先程のように砲弾はマードックに近付く前に消える。
「俺様に砲弾は当たらねぇ。そうできてん――っ!?」
マードックの言葉が終わらないうちに、姉が奴の懐に飛び込む。右腕の外側、手の甲から肘までをマードックの身体にぶつけ、更に左手の拳を突き当てる。
「ぐっ! こんにゃろーがー!」
空中に吹き飛ばされながらも、マードックは腕の戦車砲から砲弾を飛ばす。が、姉は軽々とその砲弾を拳で跳ね飛ばす。
「小娘め! 幽霊なれば、大人しく成仏せい!」
バルズムは黒い鳥から飛び降り、その鳥を右腕に巻き付けて黒い刃にし、空中から姉に襲い掛かる。
「あたしには……あたし達には、まだやる事があるんだ。それが終わるまでは、成仏するわけにはいかないんだ」
姉は右手の拳でその黒い刃を受け止める。黒い刃は重力に圧し潰され、ぐにゃぐにゃ曲がっていく。
「ちいっ! なんだこのグラインドは!」
潰れたバルズムの黒い刃は煙となり、再び大きな黒い鳥に変わる。
そして、辺り一帯に大小様々な黒い鳥が無数に出現する。それらは円を描くように飛び交い、やがて僕達を包み込む黒い渦へと変貌する。
「おいおい、バルズム爺さん本気じゃねぇかよ!」
マードックが離れた場所で笑っていた。バルズムは姉を睨みつけている。
「貴様ら1人たりとも逃がさんぞ。このわしを怒らせた事を後悔させてくれる」
静かにそう言い放つと、黒い渦から鳥が次々襲来する。
「あー、これは江飛凱の竜巻よりすごいねー。だけどね、あたしもそんなに時間ないんだわ。そろそろ、ケリをつけようか」
そう言って姉は宙に浮かび始める。僕は襲いくる鳥からドドとミルちゃんを守るため、道路標識を3本振り回す。
「ほざけ小娘が!」
バルズムがそう叫ぶと、その手から黒い煙が発生し、煙状態のまま姉に襲い掛かる。それは姉の身体を貫いた。
「姉さん!」
僕は思わず叫んでしまったが、姉は笑っていた。
「人間の養分を吸い取る煙か。そーくん達が食らってたらまずかったね。でも、幽霊のあたしには効かない」
その言葉を聞いてバルズムの表情が歪む。渦から黒い鳥達が一斉に飛び出し、姉を襲い始める。が、姉は凄まじい回し蹴りを放ち、その全てを一蹴した。
「覚悟はいいか?」
姉はそう言って上空のバルズムを睨み、奴に向かって突撃する。
「覚悟するのは貴様よ!」
バルズムはそう叫び、大量の黒い鳥を姉に向けて放つ。が、その悉くが重力磁場によって弾かれる。
「おっらぁ!」
姉は空中にいたバルズムの腹部を思い切り殴った。あまりに強い重力がこもった拳を受け、バルズムの身体は黒い渦の壁に衝突する。
「ぬぐぅあー!」
バルズムは叫びながらも鳥を飛ばし続ける。が、その鳥を突き破りながら姉はバルズムを蹴る。バルズムはまた反対側の渦の壁にぶつかり跳ね返る。
そして、姉は渦の壁を蹴り、その渦の中を猛スピードで飛び交い、往復するようにしながらも、宙に浮いたバルズムに何度も何度も蹴りのラッシュを浴びせる。
「ぐっはぁ! くそ……、くそぉ! こんな、小娘ごときにわしがぁっ!」
為す術なくラッシュを食らったバルズムは空中で逆さまの状態になっていた。その背後に姉が現れる。
「フィニッシュだ。くたばれジジィ」
姉は逆さまになったバルズムの両方の脇の下に自身の両足を乗せ、バルズムの足首を手で掴む。そして、そのまま重力による猛烈な落下速度で、地面にバルズムを頭から叩きつけた。
黒い渦は消え、バルズムの周りの地面は陥没し、黒いローブを着た老人の首はねじ曲がり、動かなくなった。
「きゃーっ! お姉様素敵ですわー!」
ミルちゃんはいつの間にか両手にペンライトを持っており、それを振っていた。何かが間違っている。
「ははははー。ありがとうミルちゃん。応援してくれてたんだね。もう時間だ。後は任せたよ。まったねー!」
姉はそう言って手を振り、消え去った。
「行ってしまいましたわね……」
ミルちゃんはコンサートの後のように、ぼーっと余韻に浸っている。
「1日10分しかこっちに来れないんだ。また会えるよ」
僕がそう言っても、話を聞いているのかいないのか、ミルちゃんはただ頷くだけだった。
「なんだよー、幽霊のねーちゃんは消えたのかー。なら、あとは余裕だな」
マードックが頭の後ろで手を組みながら笑っている。奴は坂道の上から僕達を見下ろしている。
「わりぃが、煉美さんがいなくても、俺達3人は無敵だ!」
ドドが構えて啖呵を切る。
「そうだ。僕達は、絶対に負けない。姉さんは、いつも傍にいてくれる」
僕も続いて自分の周りに道路標識を3本浮かせる。
「わたくしにも、姉様がついていてくれますわ。だから、大切な人を、必ず守りますわ!」
ミルちゃんはその手に拳銃を出す。
「ぷっははー! いいねー! かっこいいよお前ら! この状況でもその虚勢が続くのか?」
マードックの言葉と同時に、周りの建物や路地から白塗りの信者が飛び出して来た。
「やれお前ら! ナイトサイド・エクリプスの名のもとに!」
再び白塗り信者達との戦闘になり、ドドは肉弾戦で、僕は道路標識を振り回して迎えうつ。
「いやー、遅れてもうたー。お、マードックおるの! あれ? バルズム爺さんは?」
そこへ、ブルヘリアが車に乗ってやってきた。その後にも何台もの車が続いており、黒目ゾンビが何人もいた。
「あー爺さんはやられた。たぶん死んだなありゃ」
マードックは抑揚なく言い、それを聞いてブルヘリアは慌てふためいている。
「まずいな、ますます敵が増えた」
僕は白塗り信者を蹴散らしながらも、この状況に押されそうになる。
「大丈夫です、想様。わたくしにお任せを」
ミルちゃんがそう言うと、僕の近くにいた信者が1人、2人と次々に倒れていく。どうなっているんだ?
「ん? なんかあいつらどんどん倒れてってねーか?」
異変に気づいたマードックが眉を顰める。さっきからずっと混乱していたブルヘリアも動きが止まる。そのブルヘリアの前に、ぼとっ、ぼとっと何かが落ちた。
「ん? なんじゃこの赤いの?」
「それは、心臓ですわ。この信者達の」
ミルちゃんは確かにそう告げた。
「は? はぁーっ!? なんだお前!? まさか、心臓を奪い取ったのか!? だから、あいつらあそこに倒れてんの!?」
マードックが目をひん剥いて声を荒らげている。周囲は騒然とし、他の白塗り信者達は恐怖のあまり後退り、逃げ出す者も出始める。
「そうですわよ? あなた達、生け贄がほしいのでしょう? よかったじゃありませんか。この心臓を生け贄になさいな」
ミルちゃんは薄らと笑いながら平然とそう言ってのけた。なんて危ない女の子なんだ。
「な、なんじゃとー!? あ、あの小娘やばいど!? マードック退散じゃ! 退散!」
「ば、馬鹿野郎! 逃げんな! お前のゾンビなら効かないだろ?」
マードックに言われ、ブルヘリアも逃げ出そうとした足を止める。
既に周囲に白塗り信者はほとんど残っていなかったが、黒目ゾンビ達がまだ大勢残っていた。ブルヘリアの目に活気が戻る。
「残念。黒目ゾンビは既に対策済みだ」
僕はそう言って、3本の道路標識を高速回転させながら飛ばす。それによって次々に黒目ゾンビの頭が切り離されていく。頭を失った黒目ゾンビの身体は、溶けて黒い泥のような物に変わっていった。
「んな!? なにー!? 群青小僧めー!」
ブルヘリアは憤慨していた。
「なぁ、ミルちゃん。あの2人の心臓ももぎ取れるのか?」
ドドがミルちゃんに近付いて小声で聞いていた。ミルちゃんは首を振る。
「残念ながら、グラインド使い自身にわたくしの『テリファイア』を働きかけるのは難しいんですの。特に心臓や内蔵はとれませんわ。でも、それは黙っておきましょう。脅しの効果としては抜群でしょう」
ミルちゃんの話を僕も近くで聞いていたため納得する。そうか、だからミルちゃんはテレポートする時に、グラインダーの僕の手を握っていたのだろう。触れていた方がより転移しやすいのかもしれない。
手を触れない状態で僕をテレポートさせる事ができたのは、それは僕が彼女に心を許しているからなのかもしれない。
「ったく。いいか? このマードック様がいるんだ。負ける訳はねぇんだよ!」
そう言って、マードックは近くの乗用車のルーフに飛び乗る。そして両腕に戦車砲を出現させる。
「ブルヘリア! 動かせ! お前らも行くぞ!」
マードックが乗った車をブルヘリアが運転し、周りの黒目ゾンビ達もそれについていく。敵の一団は坂の上から下ってくるため、立地的にも僕らは不利だ。そして、マードックはその戦車砲を放ってきた。
「2人とも、下がりますわよ」
ミルちゃんがそう言って、僕らを遥か後方へと移動させてくれた。僕らが先程までいた位置では爆発が起きている。
「ありがとう。これだけ距離が開けば攻撃しやすい」
距離は100mほど開いている。僕は近くにあった自動車を飛ばす。が、すぐにマードックは次弾を撃ち、その自動車を破壊した。
「この距離でもまだ射程圏内だぞ。どうする?」
ドドは落ち着きながらも聞く。あの砲弾は強力だ。防御する術は何かないか?
「撃たれる前に先手を撃つしかありませんわ!」
ミルちゃんがそう言うと、前方のマードック達の頭上にトラックが現れた。先程バルズムと戦った時に使った物だ。
「しゃらくせー!」
マードックが叫んで、上空のトラックに砲弾を飛ばし、それを破壊した。凄まじい威力だ。
そして、マードックを乗せた車が走り出し、トラックの破片を回避しながらこちらに全速前進し始めた。
「やっぱりこうなるか」
事態を想定していた僕は傍にあった別の乗用車を目の前まで運び、それにエンジンをかけ、3人とも乗車する。
「ミルちゃん、回避は任せた」
「はい! 朝飯前でございますわ!」
僕は運転席に乗り、前方を見ながらグラインドで車を動かす。
「撃ってくるぞ!」
後方を見ていたドドが叫ぶ。マードック達との距離は既に50m程までに迫り、マードックの砲身が火を噴く。道幅はそれ程広くはない。
と、僕達の乗る車が飛んだ。気づけばビルの屋上を走っていた。
「す、すみません。あの爆発を回避するにはここくらいしかなくて」
ミルちゃんは申し訳なさそうに謝った。
「いや、大丈夫。これでいいよ」
僕がグラインドで動かす車はそのままビルの屋上から飛び降り、そしてビルの谷間の宙を飛ぶ。
「うおっ! すげぇ。魔法だなこりゃもう!」
後部座席のドドが笑いながら驚き、ミルちゃんもはしゃいでいた。
僕はルームミラーで後方を確認しつつ、近くの屋上に設置されていた広告看板を、グラインドでマードックに向けて飛ばす。猛スピードで飛んで行った看板は見事マードックが乗る車を大破した。
マードックは地面に転げ落ちたが、すぐに立ち上がってこちらに腕を向ける。
「また撃ってきますわ! 地上に戻ります!」
ミルちゃんの移動によって再び地面を走り、僕達の上空を砲弾が飛んでいった。
「もう1発くるぞ! あ? なんか、今までと違うぞ?」
ドドが怪訝そうに声を上げる。次の瞬間、僕達が乗る車の周りに、なんと黒い水が流れ込んできた。
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