カンテノ

よんそん

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第4章 ナターシャ

4-13 冥片

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 山道をひたすら下り続けた僕ら3人。ようやく、アスファルトの一般道へと出ることが出来た。

「着きましたわー! もう足が痛くてクタクタですわぁ」

  ミルちゃんはその場に座り込んでしまいそうだった。

「慣れない山道大変だったな。お疲れさん! さて、これからどうするか? とりあえず街に向かうが、もうじき日も暮れるし宿をとった方がいいか?」

  ドドはミルちゃんの肩を叩きながら言う。

「うーん、今世間がどんな状況なのか全く分からないよね。端末のバッテリーもとっくに切れているし。少し警戒しながら街に行って、どこかで休めそうだったらそこで休もうか」

  僕はそう言って、バックパックから帽子と伊達眼鏡を出した。ドドも帽子を被る。

「あの、わたくしももうしばらくお供いたしますわ!」

  ミルちゃんは少し慌てながらそう言ったので、一緒に街まで歩き出す。
  アスファルトの道をひたすら歩くと住宅街が広がっていた。時折すれ違う人もいたが、なるべく目を合わせないように歩く。

「て言うか、ミルちゃんの格好目立たないか?」

  先程から道行く人がチラチラと見ており、ドドは堪らず指摘した。

「ちょ! わたくしのこの可愛いお洋服がいけないとでも!? わたくしはやめませんわよ!」

  黒いゴスロリワンピースは確かに目立つ。

「まぁまぁ。ミルちゃんが目立ってくれてるから、僕らが見られなくて済んでるよきっと」

  僕が前向きな意見を述べた。今の所誰からも声を掛けられる事もないし、通報している様子もないが、引き続き警戒しながら道を進む。

  歩き続けると、次第に住宅だけでなく、商店やビルなども増えてきた。
  そのいくつかは少し珍しいデザインをしている建築物だった。レトロでいて、先進的な建物だ。屋根が尖っていたり、三角柱や八角柱の建物なども多く、どこか一般的な建築物を避けているような気さえする。

「お、あそこにあるのホテルじゃねぇか? ちょっと様子見てみようぜ」

  ドドが指さした建物は確かにホテルだったが、その建物の形は円柱を何本も束ねたようなデザインをしていた。独特だ。

「ドド、警戒しながら行こう。あの里での件もあるから」

  僕の言葉に彼も頷き、その建物へと3人で入って行く。

「ようこそ、いらっしゃいませー」

  フロントのカウンターにいた中年の女性は愛想のいい笑顔で僕らを迎えた。

「3名様でござんすか? 冥片めいへん市は初めてでござんすか? 素敵な街でござんしょう。お部屋は1人1部屋ずつご用意で?」

  その女性は矢継ぎ早にそう言ってきた。「冥片」それがこの街の名前だ。そこで僕が前に出て応対する。

「えぇ、とても素敵な街並みですね。部屋は3人で1部屋でお願いします」

  背後の2人が戸惑うのを感じながらも、女性から部屋の鍵を受け取る。

「よかったのか? ミルちゃんまで同じ部屋で」

「わたくし、ちょっとドキドキしますが、その、お2人とは同じテントの下で過ごし、同じスキレットの飯を食べた仲ですし、か、かまいませんわ」

  部屋に入るとドドは荷物を下ろしながら聞き、ミルちゃんは恥ずかしがりながらそう言う。

「ミルちゃんには悪いけど、3人同じ部屋が一番安全だ。ベッドはミルちゃんに譲ろう」

  僕も荷物を下ろし、伊達眼鏡を外す。

「警戒を怠らないのですね。あ、そうですわ。お荷物、必要な物だけ残して、あとはわたくしの倉庫に送りましょうか?」

「あ、はい。それは助かります」

  そう言って僕とドドは荷物を整理し、1箇所にまとめる。それをミルちゃんは、グラインド「テリファイア」を使って倉庫に送った。

「ありがとうございます。ミルちゃんも今日は疲れたでしょう。先にシャワー浴びて来てください。大丈夫、絶対に覗きませんから」

  僕は気を利かしてそう言った。

「あの、わたくし、倉庫でシャワーも浴びれますので、そちらで済ませてきてよろしいでしょうか? すぐにまたこちらの部屋に戻ってきますので」

  そうだよ。ミルちゃんにはそれが出来るじゃないか。僕は先程の自分の発言をなかった事にしたい。覗かないなんて言ってしまった自分が恥ずかしい。
  そして、ミルちゃんは消えて行った。

「なぁ、よく考えたら、俺達ミルちゃんの倉庫で泊まればいいんじゃないのか?」

  ドドの言う事も尤もだ。

「うん、それもいいんだけど、でも、この街怪しいんだ。ちょっと気になって調査したくてね」

  僕の言葉にドドは首を捻る。僕はこの部屋の鍵をドドに見せる。

「この鍵、ここに紋章があるんだ。この紋章、あの謎の男が持ってたカードと同じ紋章なんだ」

  僕はそう言いながら、昨晩山中で遭遇したあの黒目の男が持っていたカードを出す。

「ちょっと待て。という事は、このホテルは、あの里と同じ宗教の……?」

「おそらく。ただ、今は気付いてないフリをしよう。変に疑われないためにも。今のうちに僕らもシャワーを浴びよう」

  先にドドにシャワーを譲り、僕は頭の中で考えを整理する。この紋章の宗教、「ナイトサイド・エクリプス」はこのホテルだけでなく、この「冥片」という街ぐるみで宗教だとしたら? 前回のあの里よりも危険な場所に僕らはいる事になる。
  そして、たしかあの里は街と流通をしていた。その街がこの冥片なのではないだろうか。だとしたら、この街にブルヘリアとあのエイシストがいる可能性が高い。

「想ー、シャワー浴びてこーい」

  ドドは僕に気を遣ってくれたのか、手早くシャワーを済ませていた。僕もそそくさとシャワーを浴びる。シャワーのお湯も水圧も申し分なく、違和感は全くない。

「メシはどうするかー? 街見てくるかー?」

  シャワーから戻った僕にドドが声を掛ける。

「うん、そうだね。少し見て回りたいし、そうしようか」

  そう答えた僕を見て、ドドの顔が強張る。何かおかしな事言ってしまっただろうか? と、疑問に思っていたが、その時になって背後に気配を感じた。
  振り返ると、あのフロントの中年女性が憤怒の形相で立っていた。部屋には鍵を掛けていたはずなのに、入り口の扉は開いていた。

「ひっ!?」

  僕は思わず驚愕し、悲鳴を上げた。その中年女性が僕に向かって斧を振り上げていたからだ。

「今宵の生贄となれ! ナイトサイド・エクリプスのために!」

  女は目を見開きそう叫んだ。が、その斧は僕に当たる事はなかった。女の手から斧が消えていたのだ。

「あなた! 想様に何をしてらっしゃいますの!?」

  ミルちゃんがいつの間にか部屋に戻ってきており、その手には中年女性が持っていた斧が握られている。

「返せー!」

  中年女性はミルちゃんに向かって走り出した。

「はい、返しますわ」

  ミルちゃんは勢いをつけ、その斧を振り回して容赦なく女性の横腹に突き刺した。

「ぐぅがぁー! あっ、あっ、あー!」

  女性は痛みに苦しみ、床に倒れる。

「想様、お怪我はありません事? やはり、この街はおかしいのですね?」

  床で悶え苦しむ女性を余所に、ミルちゃんは聞いてきた。僕もドドも唖然としていたが、慌てて我に帰る。

「あ、うん。そうなんです。あの里と同じ宗教の街のようです」

「やはりそうでしたのね。実は、街を歩いていた時にあのマークを見掛けたのです。初めは少し似ている程にしか思わなかったのですが。とにかく、ここを離れましょう」

  シャワーを済ませたミルちゃんは先程と同じ黒いゴスロリワンピースを着ているように見えたが、少しデザインが違う物を着てきたようだった。

  僕らは荷物をまとめ準備をする。そして、ミルちゃんは僕の手を握り、次の瞬間にはもうホテルの外にいた。

「ん? おい、俺、今手を繋いでなかったのに一緒に来れたぞ?」

  ドドの言う通り、彼は手を繋いでない筈なのに一緒にテレポートできた。

「もしかして……手を繋ぐ必要ないんじゃ……?」

  僕は思い至った結論を口にする。思い出してみれば、物体をテレポートさせる時には一切手を触れていない。

「はへ!? い、いいじゃありませんか! 手を、繋いだ方がちゃんと移動できるんです……たぶん。堂島さんの手は忘れてましたわ!」

  あらあら。可哀想なドド。

「と、とにかく今は警戒しながら街を進みましょう。この街にはあのブルヘリアがいるかもしれません。また生贄の儀式とかやってたら、見過ごせませんから」

  僕がそう話した時、バンッと銃声が響いた。咄嗟に危機を感じたドドが、ミルちゃんを庇うように動いたおかげで誰にも銃弾は当たらずに済んだ。

「上から狙ってる。走るぞ」

  ドドの言う通り、近くの建物の窓から誰かがライフルを撃ったようで、黒光りする銃身が見えた。僕ら3人は走り出す。

「その、先程は、ありがとうございます」

  ミルちゃんは走りながらドドに礼を言う。

「いいって。どうやら、街全体が俺たちを狙ってるみたいだな」

  僕はまだ足の骨折が完治しておらず、2人の後を追うように走る。
  そして、ドドの視線の先には何人もの男が集まって道を塞いでいた。その男達は皆、顔を白く塗り、目の周りは黒く塗っている。そして、その手には刃物、鈍器、拳銃が握られている。

「そこをどけ。邪魔だおめぇら」

  ドドは拳銃を持つ男に近づくと、容赦なくそいつの脇腹を殴り上げた。

「わたくし達の邪魔をする者には容赦致しません!」

  ミルちゃんはそう言って、敵の拳銃を物体転移で奪い、走りながらも発砲し、目の前の男達を倒す。

「2人とも! 上にもいる! 気をつけて!」

  両サイドのビルの窓からライフルを構えている人間がいたので、僕はグラインドで敵が持っていたバットとナイフをそれぞれに飛ばす。

「サンキュー想! お、後ろからも来てんな」

  ドドは後方にいた僕を振り返り、さらにその後ろから迫って来ている一団に気づいた。

「前からも来てる! 挟み撃ちか」

  前から中型のトラックが走ってこちらに向かってくる。その荷台にたくさんの男達が乗って銃を構えている。

「2人とも! 移動します!」

  ミルちゃんがそう言うと、僕らは瞬時にトラックの後方まで移動した。

「お! って、やっぱし手ぇ繋いでなくても移動できんじゃねぇか!」

  ドドに突っ込まれて、ミルちゃんは気まずそうに黙っている。

「まぁまぁ。ほら、あいつらこっちに来るよ」

  トラックは目の前にいたはずの僕らが、後方に移動した事に驚いていたようだったが、すぐにUターンしてこちらに走ってくる。

  僕はグラインドで道路脇の道路標識を引き抜き、トラックの運転席と助手席の間に突き刺す。
  運転手は突然の事態に混乱し、トラックは近くの建物に激突した。が、荷台に乗っていた男達が飛び降り、こちらに向って来る。

「いいぜぇ。全員ぶちのめしてやる!」

  ドドは走り出し、飛び蹴りで1人目を吹っ飛ばし、2人目の顔面を殴り、3人目にはタックルし、その脚を掴んで残りの敵にぶん投げた。

「堂島さん……無茶苦茶ですわ……」

  ミルちゃんは呆気にとられていた。と、その時、周りの飲食店、オフィスビル、ショッピングモールからわらわらと大勢の男女が出てきた。全員白塗りの顔をして武装している。

「ちっとこれは数が多いなぁ」

  道路を埋め尽くす程の白塗り人間を警戒しながらドドは身構える。

「移動しますわよ!」

  ミルちゃんの掛け声と共に僕らは飛ぶ。どこかのビルの屋上に降り立った。下を見下ろすと、先程の地点からだいぶ距離を取ってくれたようだ。

「助かったよ。あんな数は流石に相手できないよね」

  僕は苦笑しながら礼を言う。

「俺は全員ぶっ倒すけどな?」

  ドドが見栄を張る。

「とか言いながら、だいぶ焦っていたように見えましたわ?」

  と、ミルちゃんが痛い所を指摘し、ドドが声を荒らげて反論している。


「うーむ、何やら騒々しいのぉ。おぬしらが例の客人か」

  その時、低い声が響いた。僕らがいる屋上の端に、黒いローブを着た老人がいた。

彷徨さまよえる旅人らよ、我が教団の生け贄となれ」

  老人が顔の前に掲げた手の甲には、あの紋章が刻まれていた。
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