カンテノ

よんそん

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第4章 ナターシャ

4-1 喪失感

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 亜我見での激闘は終息した。しかし、江飛凱を倒した所で、僕達の指名手配が解除される事はなかった。
  戦いの後、ドドとラウディさんに一颯さんの訃報を伝えた。2人とも、驚き、悲しみ、憤っていた。4人の誰もが各々に責任を感じていた。
 
 ラウディさんは予め近くの米軍基地に医者を呼んでいたらしく、僕ら4人はそこで治療を受けた。
  4人の中でも僕の傷が1番ひどく、本来なら入院しなければいけない程だったが、呑気に休んでいる訳にもいかず、1日だけ軍事基地の医療室で泊まる事にした。


  就寝につくと共に、僕はクアルトに来ていた。

「そーくん、何泣いてるんだよ?」

  クアルトに着くと、姉は僕を見て言った。現実世界で我慢していた涙が、ここで溢れてしまっていた。

「姉さんだって、泣いてるじゃないか」

  あの姉が泣いていた。僕が指摘すると、顔をくしゃくしゃにして泣き出した。傍にいたシクスでさえも涙を流していた。

「だって……だってさ……。ミモザちゃん、ごめんね。ごめんね」

  姉はそう言って、溢れる涙を拭っていた。3人で暫くその場で涙を流す時間が続いた。

  姉さんが亡くなった時、あの当時も僕は毎日泣き、もう2度とこんな思いをしたくないと思っていた。自分の大切な人が亡くなるなんて、もう絶対嫌だと。
  しかし、それがまた起きてしまい、僕は悲しみで胸がいっぱいで、自分の無力さをずっと嘆いている。

  だが、あの時はただただ1人で泣いていただけだったが、今はこうして一緒に涙を流す人がいる。自分1人ではないという事だけでも、僕は少しだけ救われた。
  ひとしきり泣き、少しずつ落ち着きを取り戻し、ソファに座るとシクスが暖かい紅茶を持って来てくれた。

「ありがとう。身体が温まる」

  僕はシクスに礼を述べる。この紅茶には何度も救われている。

「うん、あたしも温まる。そーくん、本当に今回の戦いは辛かったし、身体もボロボロだ。ゆっくり休んでほしい」

  姉はそう言って弱々しくも微笑んでくれる。

「しかし、全国指名手配が継続中の今、この国で休める場所があるでしょうか?」

  シクスが最もな疑問を口にした。これからの事を考えていかなければならない。

「ドドが、どこかにあてがあるらしい。だから、今は彼に頼ろうと思ってる」

  ラウディさんもファルさんも暫くしたら母国に帰るだろう。彼らに頼る訳にはいかない。
  別れは寂しいが、いつかラウディさんが言っていた。空と海が僕達を繋いでいてくれる。

「そっかー! うん、ドドくんが言うなら安心だね!」

  姉は、どこか悲しみを振り払うようにそう言って手を叩く。
  姉が現実世界に行った時に、ドドは気絶していた。そして、意識を取り戻し、みんなから事の顛末を聞き、ひっくり返る程に驚いていた。死んだ姉が戦いの終止符を打ったのだから。そして、姉に会えなかった事をとても残念がっていた。

  その姉は、あの激闘の時に着ていた服のままだ。黒い五分袖シャツに、白のオーバーサイズTシャツ、そして黒いハーフレギンス。だが、やはり室内で靴は履いておらず、裸足だ。

「シクスもあの江飛凱に殺されてただなんて知らなかったよ。てっきり交通事故で亡くなったんだと思い込んでたから」

  江飛凱とシクスが戦っていた時に、シクスが言っていた事を思い出して僕は口にする。

「あー、銃で撃たれたなんてショッキング過ぎてそーくんに言えなかったんだ。ごめん、嘘ついて。部屋を荒らされて、シクスが死んでて、あたしもショックだった。だから、あの後すぐに引っ越したんだよ。まぁ、あたしが死んだ後にその部屋も荒らしたみたいだけどね。ひっどい奴らだよ」

「そのくらいの嘘なら全然。むしろ、僕に気を遣ってくれてありがとう。確かに、姉さん引っ越ししたよね。そうか、あれシクスが亡くなった後だったのか」

  シクスが亡くなった当時も、僕は悲しくて、それ以外の記憶はうろ覚えだったりする。

「そうですね。あの時は猫でしたから、ほとんど何もできなくて悔しい思いをしました。でも、煉美が仇を討ってくれただけで私は充分です」

「そう言えば、あの時『私の負けです』って言ってたよね? もしかして、姉さんと勝負してたとか?」

  僕がそう言うと、姉は得意げに笑い出す。

「そゆことー。どっちが倒せるかってね。まぁ、シクスが倒しちゃってたら、あたしが鬱憤晴らせなかったんだけどね」

  シクスは無表情でありながらも、どこか悔しそうだ。そして、無言でキッチンからビールとグラスを持ってきた。

「お、わかってるねー! あとは、肩揉みだっけ? それと、ケーキも用意してくれたんだよね?」

  なんて猫使いが荒い姉なんだ。そんなものを賭けて戦うなんてひどい。
  だが、シクスは無言でまたキッチンに行き、苺のショートケーキを3人分持ってきてくれた。

「江飛凱を倒したお祝いです。どうぞ、想も食べてください」

「いいの? ありがとう。いただきます」

  うん、生クリームがふわふわで、苺も熟してておいしい。そして、シクスはまたもや無言で姉の背後に立ち、肩を揉み始めた。

「うんうん、悪くないよー。いいよー」

  姉はビールを飲み、ケーキを食べながら肩を揉まれている。まるで女王様じゃないか。

「ずっと気になってた事があるんだ。一颯さんの遺体はいつの間にか消えていたんだ。あれは、誰かが運んだのかな?」

  僕がその事を口にすると、姉はビールを飲んでから難しそうな顔をする。

「あれねー。そーくんの周りで起きた事は、この部屋でも見れるから、あの後何度も見返したんだけど、影みたいなものしか映ってないんだ」

  姉がそう言って、壁面に映像を映し出して見せてくれたが、確かに一瞬黒い影が現れて、すぐに一颯さんの遺体が消えていた。
  どうなっているんだ? そう言えば、ファルさんの車に置いてあったはずの一颯さんの荷物も消えていたらしい。

「私もこの現象については皆目見当が付きません。謎のままですね」

  シクスは姉の肩を揉みながら淡々と答えた。謎、か。なら今は考えてもしょうがないか。


  翌朝、僕は現実世界の医療室のベッドで目覚めた。身体はまだまだ痛む。身体中に包帯が巻かれ、ガーゼを貼られた状態だ。それでも、立ち上がり歩く事はできる。
  つらいけど、今日はここから旅立たなければならない。指名手配犯の僕達がずっとここにいたら迷惑を掛けるだけだ。

  しばらくすると、他の3人も起床し、軍事基地の朝食を頂いた。僕とドドは、スーツケースに入れていた荷物を、必要最低限の物だけバックパックに詰め、残った物とスーツケースは基地で処分してもらう事にした。

「弟、ドドマル、お前達に会えて本当によかった。一緒に戦った事、誇りに思う。また、いつか必ず会おう。弟、レンビーによろしくな」

  ラウディさんは璃風のホテルに荷物を置きっぱなしにしているため、璃風へと戻りすぐにアメリカに帰るらしい。
  別れ際にラウディさんは、僕とドドを抱き締め、握手をしてくれた。

  ファルさんは、僕とドドを途中まで車で送ると言ってくれたので、ラウディさんと別れた後は3人で車で移動する事になった。
  ドドの目的地は、亜我見府のすぐ隣、邑彩ゆうさい府であったため、移動時間はさほどかからなかった。

「本当にここでよかったのか? もうちょっと行ってもよかったんだぞ?」

  街中の人通りが少ない場所で車を停めると、ファルさんが後部座席のドドに声をかけた。
  ドドは変装のために髪を縛り、サングラスを掛ける所だった。僕は帽子を被って、伊達眼鏡をしている。これだけでも大分カモフラージュできている。と思いたい。

「あぁ、買い物もあるからさ。後は歩いて行くさ。ファルさん、本当にこの長い道のり、俺達を運んでくれてありがとう」

  ドドがそう言うと、ファルさんは照れたように笑う。僕も続いてお礼を言う。1日目に会った時に「礼は後でいい」と言われていたからだ。

「いいって。絶対また会おうな! 想は、確かソーセージ食べたいんだっけ? 今度持ってくるよ!」

  いつかホテルの食事の席でさらっと言った事をファルさんは覚えていてくれたらしい。

「はい、楽しみにしてます。ファルさん、お気をつけて。無茶はしないように。お元気で」

「無茶してんのはお互い様だろ? じゃあな! お前らも元気でな!」

  去り行くファルさんの車に僕達2人は手を振った。

「さて、そんじゃあ行くか! とりあえずこの近くにあるアウトドアショップに行こう」

  ドドは寂しさを振り払うように、快活に進み出した。僕は、足がまだ痛むものの、それでもドドの後をしっかりついて行く。
  ドドに連れられて着いたショップは、品揃えも豊富な大型店であった。テント、寝袋、バーベキュー用の道具等、他にも様々な品物を取り扱っていた。
  ドドは一つ一つじっくり見ているようで、まだまだ買い物に時間が掛かりそうだった。

  僕は店内を一通り見た後、ドドに断ってから店外で待つことにした。
  邑彩、ここは観光地としてもとても有名な街だ。以前にも修学旅行で来た事があるが、その時の記憶は殆どない。こんな街だったろうかと眺める。
  学生時代と今。同じ景色を見たとしても、どこか感じ方が変わっている気がする。それは、僕自身が変わっているという事に他ならない。

  他人になど全く興味がなかったあの頃。その時はそれが当たり前だと考えていた。だが、今は人と多くの交流をした事で、景色があの頃よりもカラフルに見えるようになっていた。
  しかし、僕の中で何かが変わりつつあった今、いつも隣にいた人がいない。心の流れが止まってしまったような、そして心の中の色素が薄れて、再びモノクロの世界に戻るような、抗いようのない喪失感がどうしてもこびりついて離れない。

  と、その時、僕は人にぶつかってしまった。ぶつかったと言っても、とんっと軽く当たってしまった程度だった。
  考え事にふけり、いつの間にか空を見上げながら、ぼんやりふらふら歩いていたようだ。

「あ、ごめんなさい」

  僕は慌てて謝る。目の前にいたのは少女だった。身長155cm程だろうか? 黒いドレスのようなワンピースを着ている。このファッションをなんと呼ぶのだったかと、ふと思い出せなくなる。
  そして、その少女は紅い髪をしていた。緩く巻いた髪を、ツインテールにしている。僕が謝った後もずっと俯いたままだ。どうしたのだろうと思っていたら、
 
 ――――ポンッ。

  少女は何も言わずに、手に持っていた紙袋を僕に押し付けてきた。僕はその紙袋の中身を見る。これは――。

「あの――」

  そう言いかけて僕が顔を上げると、目の前にいたはずの少女は既にいなくなっていた。どこに行ってしまったのだろうと、辺りを見渡すがそれらしき人は全く見当たらない。

「おーい、想ー! お待たせー。買い物済んだぞー」

  ドドがアウトドアショップから出てきた。大きなバックパックを背負い、さらに両肩にバッグをぶら下げている。買った物は全てその中に収納済みらしい。

「ん? どうしたその袋?」

  放心している僕を見て、ドドも不思議そうにしている。

「今、女の子に渡されたんだ」

  その紙袋に入っていたのは、間違いなく僕のデニムシャツだった。
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