カンテノ

よんそん

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第3章 サフォケイション

3-22 猛攻

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「ね、姉さん……!?」

  僕が呼ぶと、姉はすぐにこちらに駆け寄ってきた。白銀髪をポニーテールにし、胸元を強調した白いオーバーサイズTシャツ、その上に黒の五分袖シャツをボタンを留めずに着て、ボトムスは黒いハーフレギンスを履いている。くるぶしソックス、そしてスニーカーという組み合わせだ。

「そーくん、大丈夫? ごめんね、1つ謝っておきたい事がある。あの時、あたしはミモザちゃんを助ける事ができなかった。どうしても、この10分をアイツにぶつけなくちゃいけなくて」

  姉は少し伏し目がちになりながらそう言った。あの時の事を悔やんでいたのか。

「姉さんは何も悪くないよ。姉さんが気にする事じゃない」

  僕がそう言うと、姉は顔を上げ、泣き出しそうな笑顔になる。

「ありがとう、そーくん。そう言ってもらえるとあたし頑張れる! じゃあ、行ってくるね!」

  そう言って姉は駆け出した。

「レンねぇ!? ほ、本当に、レン姉なのか!? どうなってんだ!?」

  ファルさんは信じられないといった顔で、目の前を走り行く姉さんを見つめている。

「ファルくーん! そーくんの事、守ってくれてありがとうねー!」

  姉は倒れたファルさんに手を振った。

「馬鹿野郎……そんなの、当たり前の事だ」

  ファルさんは思わず泣き出していた。

「おいおい、嘘だろ? 夢でも見てるのか? レンビーが今、目の前にいるぞ?」

  ラウディさんは思わずサングラスを外した。ラウディさんのその目は、とても優しい目をしていた。

「おーっす! 大佐も久しぶりだね! アイツはあたしが倒してくるよー!」

「だから俺は……フッ、大佐じゃねぇって、言ってるだろ」

  そのラウディさんを懐かしむように姉はにっこり笑った。

「あー、ドドくんはまだ気絶中かー。じゃあ、また今度ねー」

  そう言って、遠くで倒れていたドドにも手を振った。

「なんだ……? 一体、何が起きた?」

  建物の瓦礫から江飛凱が頭を押さえながら立ち上がった。姉に突き飛ばされた事により、酸欠状態と獄暑状態は既に解除されていた。

「よぉ、江飛凱! 会いに来てやったぜ! 地獄からな!」

「なっ!? 貴様が何故ここにいる!? 貴様は確かに私が殺した。死亡もちゃんと確認した! どういう仕掛けだ?」

  江飛凱は目を丸くしていた。

「あぁ、死んだよ? これでちょっとは幽霊を信じる気になったか? あんたに殺されて、成仏出来なくて、あたしは怨霊になったんだよ」

  そう言って、姉は混乱している江飛凱の顎を容赦なく蹴り飛ばした。しかし、江飛凱はすぐに体勢を整え、空中に浮く。

「認めない! 幽霊なぞ認めてなるものか!」

  江飛凱は錯乱しながらも、風の刃と雷の矢を放ち、そしてこの晴天で1箇所にだけ、姉の頭上から雪崩を降らした。

「はは、ははは! やはり私は少し疲れていたようだな! 早く帰って休まねばな! 明日は大事な会議なんだ!」

  江飛凱はそう言って踵を返して飛び去ろうとする。が、江飛凱の攻撃を全て物ともせずに、姉はそこに立っていた。雪崩は姉を避けるように落ちていた。

「その程度か? それで神の業だと? 笑わせるな。次は、あたしの番な」

  そう言って姉は空中に浮かぶ江飛凱の目の前に瞬時に現れ、江飛凱の顔面に高速回転による後ろ回し蹴りを2発入れた後、奴の腹に向けて下から突き上げるボディブローを放った。
  だが、その江飛凱の身体は決して吹っ飛ぶ事はなく、その場に留まりながらひたすら悶え苦しんでいる。
  そこへ、江飛凱の斜め上から、姉が身体をしならせるように回転蹴りを放ち、江飛凱の身体は地面に轟音を立て叩き付けられ、地盤が沈下した。

「ぐぼーっ! お、おがあぁ!? あっあっ、ぐわっ、お、お前、何をした!?」

  地面にうずくまり、悶え苦しむ江飛凱の目の前に姉は降り立った。すると、さらに地盤沈下が発生し、江飛凱の身体はうつ伏せに地面に押さえつけられるようになる。

「言ってなかったな。あたしのグラインドは、『アンチセシス』。重力を自在に操るグラインドだ」

「な、な、なん……だと?」

  重力を操り、さらにそこに鍛え上げた格闘術を合わせている。それはもはや最強の技だ。江飛凱があそこまで苦しんでいるのも無理はない。

「あたしは、自由自在に重力を発生させる事ができる。そして、逆に無重力を生むことも。その力のベクトルも自由自在に変える事ができる」

  そう言って、姉の身体はその場に浮かび始める。

「くそ、くそがぁ! 弖寅衣 煉美ぃ! 貴様のような小娘がぁ! この私に、再び歯向かうというのかぁ!」

  そう言って、江飛凱は再び空高く飛び上がった。そして、天に向けて手の平を掲げ、それを振り落ろす。すると、空から何本もの太いレーザービームのようなものが降ってきた。
  姉は右手を掲げ、それを容易く跳ね返した。手の周りに重力磁場を発生させ跳ね返したようだった。

「うん、なるほど。紫外線を超凝縮したレーザーってところか。まだそんな技を隠していたわけね」

  姉が弾いたそのレーザーは背後の建物に当たると爆発し、建物は炎上した。

「そうだ! この天の裁きによって灰になれ!」

  そう言って、無数のレーザーを上空から放つ。だが、姉は無重力を駆使し、そのレーザーをひらりひらりと次々に回避していく。
  だが、レーザーは姉を狙うように屈折し、空を飛び交う姉を追尾していく。姉はレーザー網を掻い潜りながら、重力を伴った蹴りによってそのレーザーを弾き飛ばす。

  姉が、再び江飛凱の目の前にまで辿り着くのに時間はかからなかった。なぜなら、江飛凱の身体そのものを重力で引き寄せたからだ。
  姉は空中で横に3回転ほど回ってから蹴りを放ち江飛凱を地面に向けて蹴り落とす。そして、急速で落下していく江飛凱に追いつき、さらに前回転からの踵落としを奴の腹に放った。

「ぐぼごげぇー!」

  江飛凱の身体は再び地面にのめり込むように沈んだ。

「お前が天の裁きなら、あたしは地獄の裁きって事でいいか? あの日、お前はその風の力であたしをビルの屋上から落とし、あたしはその重力に逆らえず、地面に落とされた。地獄に落とされたんだ。だから、あたしは地獄から這い上がって、その無慈悲な重力を己の力に変えた。『アンチセシス』、これはお前のような腐った悪を否定し続けるための力だ」

  江飛凱は、姉の話など聞いていないのか、風の刃と雷の矢を放ち、それを容易く避けた姉に向かって紫外線レーザーをまた空から撃った。

「あたしは、あんたの下で働いてた時、あんたの重労働なんて屁とも思ってなかったよ。あんたみたいなクソ野郎に負けたくなかったからね」

  姉はそう言いながら全ての攻撃を回避し、江飛凱の元へと走り出し、跳び上がり、江飛凱の顔に向けて蹴りを放つ。さらに奴の首を両足で挟むと、身体を捻りながら半回転させ、脚をしならせて地面に江飛凱を頭から叩き付けた。

「でもさ、殆どの人間はあたしみたいに強くないんだ。あの会社にいた何人かは、あたしとは違って、本当に自殺してしまった。お前の、人を人とは思わない非道なやり方で、精神がズタボロにされ、疲弊しまったからだ。わかるかその人達の無念が? あたしは、今それを背負ってるんだよ。死者の思いを」

  江飛凱は右手に風の刃、そして左手は電気を帯びながら、言葉にならない声を出して姉に向かっていった。
  姉は、風の刃を蹴りで払い落とし、電撃の左手は裏拳で払い除ける。
  そして、周囲に重力を発生させると、江飛凱の顔を蹴り上げ、胴体のあらゆる箇所に拳を打ち放つ。姉に殴られた箇所には重力が発生し、その重力は江飛凱の筋肉を破壊していく。

「そして、あたしが死んだ後、あたしの仲間たちが一生懸命になって、あたしの無念を晴らそうとしていてくれたんだ。何年も。ここまで辿り着くまでに、何人もの努力があって、何人もの犠牲があって、あたしはここに立っているんだ。その仲間の思いと、あたしの大好きな弟達の思いを今、この拳に乗せているんだよ」

  姉は何発も殴った後、江飛凱の顔面に強烈な拳を叩き込んだ。そこで周囲を覆っていた重力を解き、江飛凱の身体は100m程先の建物まで吹っ飛んだ。

「だまれ、だまれー! 貴様のような小娘に何がわかる!? 私は、世界を変える! 歴史を作る! その力がある! そのためにもあらゆる犠牲は当然だ! その資格が私にはある! そのために生まれた存在が私なのだ!」

  そう言って、流血しボロボロになった江飛凱は風の力で瓦礫を払い除けると、あの獄暑状態を発生させた。そして窒息を促す酸欠状態も発生し、再び天から紫外線レーザーを放っていた。


 ◆◆◆◆


  皆、本当にありがとう。こんなあたしについてきてくれて、あたしのために戦ってくれて。あたしは、その思いを、絶対無駄にはしない。

「江飛凱、あんたはあたし達にとって通過点でしかない。越えなくちゃいけないものであり、越えて当然のものだ。あたし達はこの先に進むんだ。そのためにも、ここで過去の怨みに、全てに決着を付けてやる」

  あたしはそう言って目を閉じ、重力場を展開する。周りのそーくん達に被害が及ばないように。そして、あの男を追い詰めるために。

「煉美流奥義――グラヴィティ・ブラスト」

  あたしは閉じていた目を開ける。重力場を身に纏い、向かい来るレーザー全てを跳ね除けながら江飛凱へと突進し、奴の懐に潜り込むと両の手の平から重力を発生させ、それを打ち込み、江飛凱の身体を空に打ち上げる。

  その直後にあたしはすぐに飛び上がる。重力のベクトルを空へと向ける事で、打ち上げられた江飛凱に一瞬で追い付く。
  重力で圧縮された空間の中で、あたしは無数の蹴りと拳の連打を江飛凱にぶちかましていく。この空間を支配し、そこで踊り狂うように。

「これで、終焉だ」

  そう言い放ち、江飛凱の胸に向けて最大限の重力を込めた拳を放つ。それは真っ直ぐに奴の心臓がある位置を捉え、そこを中心にして江飛凱の全ての内蔵は重力に逆らえず、体内で破裂した。


 ◆◆◆◆


「姉さん、終わったんだね」

  僕は傍に立った姉に声をかけた。姉は僕の隣に座り込んだ。

「うん! 久しぶりに暴れてすっきりしたよ!」

  そう言って、清々しい笑顔を見せた。ちょうど夕陽が沈みかけており、空には本来の天気が戻りつつあった。

「はい、これ。取り返してきたよ」

  と、姉は江飛凱に奪われた僕の腕時計を渡した。
  ふと、過去の記憶がフラッシュバックする。5歳くらいの時だっただろうか。当時、近所の年上の子供達に、僕は大事にしていた猫のぬいぐるみを奪われた。その時も、姉はすぐにそのぬいぐるみを取り返してくれた。
  その時の姉の笑顔と、今の姉の笑顔はなんら変わらない。

「そーくん、あたしについてきてくれて、本当にありがとう。これからも、こんな姉だけど、よろしくね!」

  そう言って、隣に座る姉は手を差し出してきた。

「よかった、怨霊とか言ってたから江飛凱を倒したら成仏しちゃうのかと思った」

  僕は姉の手を握り返す。

「あー、あれ? あれはなんか気持ちが昂ってノリでね。これからも一緒だよ!」

  そう言って、姉は沈み行く夕陽と共に笑顔で消えて行った。
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