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第3章 サフォケイション
3-19 ディフィート・サニティー
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「さ、乗れ! メットは1つしかないから想が被れ」
そう言ってファルさんは僕にヘルメットを渡した。言われるがままに、そのヘルメットを被る。
そして、ファルさんが愛機と称したバイク、ディフィート・サニティーのタンデムシートに乗ろうとする。が、どうやって乗ればいいのか解らない上に力も入らない。ファルさんがすぐに手を添え、支えてくれたおかげで何とか乗る事ができた。
「ラウディのおっさんのスマホに搭載されてるGPSで場所は把握してる。ここからだいぶ離れてるみたいだ」
ファルさんは携帯端末で位置を確認し、その後バイクに跨る。
「これ、腰に回してくれ。手を離しても振り落とされないためにな」
そう言ってファルさんが僕に渡したのは、長いベルトだった。僕はそれの端を自分の腰に回し、ファルさんへと渡す。ファルさんはそのベルトを少しきつめに締め、僕と離れないようにしてくれた。
「ベルトはしてあるけど、ちゃんと掴まってろよー」
そして、ファルさんはエンジンを入れる。ハイブリッドカーのような静かな駆動音がし、ファルさんはバイクをコンテナの出口へと向ける。
「んじゃ、行くぞ。飛ばす!」
そう言ってファルさんはアクセルを捻った。先程まで静かな駆動音を上げていたバイクは、けたたましい唸り声を上げ発進し、猛加速した。
「フォーッ! さいっこぉーっ!」
と、風が吹き荒ぶ中でファルさんの声が耳元で聞こえた。
「あれ? どうなってるんだ?」
「あー、メットにインカム内蔵されてんだ。これで走りながらでも会話できるってわけだ」
そう言われて、前方のファルさんを確認すると、ファルさんは頭に直接インカムを装着して、しっかり固定しているようだった。
そして、初めて乗ったバイクのタンデムはとても気持ちがよかった。全身に重症を負い、その痛みを感じながらも、それを忘れてしまいそうになるくらいの心地良さだ。
風を全身に感じ、猛スピードで街中を颯爽と走り、今なら何でもできてしまいそうな、そんな気持ちにさえなってしまう。グラインドで物体に乗って動くよりも何倍も気持ちがよかった。
「ここら辺も少し荒れてるな。おっさん達がやりあったのかな。お、前に特殊部隊はっけーん」
ファルさんが言う通り、両脇のビルやガードレールに争った形跡がある。
そして前方には数台の戦闘車両と、それを囲むように特殊部隊が周囲を見回していた。奴らは突然現れた黒いバイクに驚き、銃をこちらに向けてくる。
「邪魔だー!」
ファルさんがそう言った次の瞬間、僕達が乗っていたバイクは宙を跳んだ。特殊部隊の頭上を越え、後輪から戦闘車両のボンネットの上に着地すると、もう一度跳び、アスファルトに降り立った。
「はっはー。すげぇだろ?」
すごい。こんな大型バイクがあんなに高く跳ぶなんて。そして着地した後もバイクは猛スピードで走り、ディフィート・サニティーと呼んでいたこのバイクは人気のない大通りをすいすい進んでいく。
やがて大きな橋にさしかかる。海が近い。と、その時、
「ファルさん。上にあのステルスが」
僕はインカム越しに告げる。あの江飛凱が乗っていた黒いステルス機が上空を飛んでいる。
「お、ほんとだ。でも、おっさん達はこの先にいる。こいつの相手してる暇はねぇ」
そう言ってファルさんはさらにスピードを上げた。だが、ステルス機は僕らに気付いたのか、こちらに向かって降りてくる。そして、あのレーザーを撃ってきた。
「あったらねーよー」
ファルさんは正確なハンドリングでレーザーを素早く回避する。バイクの車体が傾き、僕は落ちるんじゃないかと不安になってしまう。
「ひ、ひいぃ……」
つい情けない声を出してしまい、ファルさんに笑われてしまった。ステルス機は僕達が乗るディフィート・サニティーに並走するように橋の上を飛び始めた。その操縦席には、あの科学者、フィア・ファクターがいた。
「またあいつかー。振り切るか」
そう言って、ファルさんはディフィート・サニティーのスピードをさらにもう1段上げた。速い。飛ばされそうになる。
と、橋の終わりが近づき、その向こうにまた特殊部隊の集団がいた。
「こ、攻撃します」
僕はファルさんの身体にしがみつきながらそう言って、頭上にあった交通案内板を勢いよくグラインドで飛ばし、奴らの近くにあった道路標識も振り回した。
「おぉー。んじゃ、俺もちょっとかましてやるか!」
ファルさんがそう言うと、なんとディフィート・サニティーのフロント部から銃弾が連射された。どうやら機関銃が内蔵されているようだ。
「おらおらー! どけー!」
ファルさんはそう言って、再びバイクを跳躍させ、戦闘車両のボンネットに降り立ち、その上を走り抜けた。再び道路に降り立ち、猛スピードで走る。
だが、後方の上空にはまたあのステルス機がいた。容赦なくレーザーを撃ってくるが、ファルさんは右へ左へと動きレーザーを難なく躱す。ファルさんはミラーで確認しながらも、持ち前の反射神経でレーザーを冷静に回避しているのだ。
「お? 雨降ってきたな」
「本当だ。さっきまであんなに晴れていたのに」
雨足は次第に強くなっていく。しかし、その雨の中でもファルさんの操縦は何も変わらない。昨日の高速道路でもそうだったが、雨天の走行にも慣れている。ステルス機は既に追跡を諦めたようだった。
前方に建物の群れが見えてきた。ここは知っている。来たことはなかったが、有名なテーマパークだ。
ファルさんはバイクを止める事なく、そのままゲートに向かい、車体をジャンプさせてゲートを飛び越えていく。
「平日だけど、人は1人もいないな。進入禁止にしているのか?」
パーク内に突入すると、スピードを落とし辺りを見回している。ファルさんが言った通り、来園客はおろか、従業員さえも見当たらない。
「何か妙ですよね」
口に出してみたものの、何が妙なのかは自分でもよくわからない。
ファルさんが操縦するディフィート・サニティーはエントランスを抜け、目の前の大通りを走る。そして、その先に人が立っている。スーツ姿だ。
「いた。奴だ」
ファルさんも気づいて声を出した。大通りを抜けた先は広場になっていて、そこにドドとラウディさんが倒れていた。
「おい! おっさん! 大丈夫か!?」
ファルさんは倒れていたラウディさんの傍でバイクを止め、声を掛けた。
「うっ……ファルゼンか。気をつけろ、あいつに」
ラウディさんは仰向けで倒れながらも意識はあった。
「ドド……ドド!」
僕はバイクの上から2回彼の名前を呼んだが、ドドが起きる気配はない。
「弟もいるのか。ドドマルは大丈夫だ。気を失ってるだけだ」
ラウディさんはドドの安否を教えてくれた。この2人がやられるなんて、何があったんだ。
僕は、雨が降り頻る中、悠然と立つ男、江飛凱を睨みつけた。
「おやおやー、お仲間登場か。ん? 弖寅衣くんがいるね? ブルータルが相手すると言っていたはずなんだが?」
「あいつは、僕が殺した」
僕がそう言うと、そこで初めて江飛凱は表情を崩した。僕達の足元に倒れているラウディさんも驚いていた。
「馬鹿な! 何を言っている!? 最強の兵士だぞあの男は! 無敵の身体、必殺の拳を持つあの男を倒しただと!?」
奴は僕の言葉を信じる事ができないようだった。
「想は倒したんだよ。想を舐めんな。あいつを倒してなきゃ、俺達はここまで来れてねぇだろが馬鹿」
ファルさんが正論を言った所で、奴はやっと現実を受け止めたようだ。しかし、それでも江飛凱は再び余裕の笑みを浮かべる。
「なるほど。流石はあの女の弟と言った所か。やはり君はすごいんだねー。だが……この私にも勝てるとは限らないよね」
奴がそう言うと、雨はさらに激しくなり、強風が吹き出した。まさか、まさか、この雨は……。
「ファルさん、 奴のグラインドは雨だ! そして、風も吹かせている!」
僕がそう言うと、ファルさんも瞬時に状況を理解し、再びディフィート・サニティーのエンジンを吹かし、そしてバイクは走り出した。よく見ると、江飛凱はこの雨の中全く濡れていない。
「想、攻撃頼む。俺は回避に専念する」
ファルさんの言葉に頷き、僕は近くにあった屋台と道案内の看板を奴に向けて飛ばす。しかし、それは上空に跳ね上げられた。そうか、風か。風によって今まで攻撃を防いでいたのか。
僕は跳ね上げられた看板と屋台を再び奴に向けて飛ばす。
「何度やっても無駄さ!」
奴はそう言って、また風の力で自身に向かってきた物体を跳ね除けようとした。しかし、
「なに!?」
その風の強ささえ分かればどうという事はない。それを突き破ってでも飛ばすだけだ。看板は見事あいつに命中した。だが、屋台の方は当たらなかった。奴は消えていた。
「上だ! 想!」
インカムからファルさんの声が聞こえた。上を見ると、奴は宙に浮いていた。風の力で飛べるのか。
すると、江飛凱は片手をこちらに向け、その手から強風を飛ばしてきた。
しかし、ファルさんはすぐにそれを察知し、バイクをターンさせ、方向転換させてくれた。広場の外周に沿って反時計回りに走り出す。江飛凱が放った強風は、僕らが先程までいた場所の近くにあった建物の壁を破壊した。
「逃げられると、思わないでくれよー!」
そう言って、背後の江飛凱は空中からまた風を放ってきた。いや、さっきの風とは違う。後方を振り返ると、風が刃になっていた。
「逃げるんじゃねぇよ。避けるんだよ」
ファルさんがそう言うと、ディフィート・サニティーは唸り声を上げ、猛加速したかと思ったら、傍にあったベンチに飛び乗り風の刃を避けた。そしてさらにそこからジャンプした。
気づいた時には走っていた。壁を。建物の壁を斜め上に登るように猛スピードで走っている。僕は必死でファルさんにしがみつく。
「飛ぶぞ」
ファルさんがそう言うと同時に、ディフィート・サニティーは宙に舞い上がった。そして、その先には、あいつがいた。
「ぐぶえぇー!」
ディフィート・サニティーの前輪が見事に江飛凱の横顔を抉るように殴っていた。が、着地の衝撃が強く、僕のお尻はバイクから浮き、再びファルさんにしっかりしがみついた。
「だはは! ざまぁみろ。あ、想、大丈夫だったか?」
バイクが止まったので僕は片手でお尻をさする。
「あ、はい。なんとか、無事です」
舌を噛みそうにもなってしまったが、それでも無事である事に代わりはない。僕の返事を聞いてファルさんは安心し笑った。
「くそがぁ……舐めた真似をしてくれるもんだねぇー」
先程の前輪による衝撃で地面に落とされた江飛凱が立ち上がる。まだ雨が止む気配はない。
だがその時、急激に気温が下がった。この感じは、あのカーネイジの時に似ている。だが、あの時ほど寒くはない。
そして、今まで降っていた豪雨は、その時、雹に変わった。
「くっ、なんだこりゃ!」
ファルさんは慌てて再び走り出す。少しでも回避できるよう、ディフィート・サニティーの車体を不規則的に動かす。そして、江飛凱と距離をとるように。
「あまーい。さぁ、とらえたぞー?」
江飛凱からそんな声が聞こえ、僕は背後を振り返る。目の前に雹がいくつも集結しており、そこにさらに風の刃が加わっていた。
しまった。防御が間に合わない。
無数の雹と、風の刃が僕とファルさんとディフィート・サニティーを襲い、バイクごと転倒した。ファルさんと僕を繋いでいたベルトは風の刃で引き裂かれ、僕の身体は宙を舞った。
そう言ってファルさんは僕にヘルメットを渡した。言われるがままに、そのヘルメットを被る。
そして、ファルさんが愛機と称したバイク、ディフィート・サニティーのタンデムシートに乗ろうとする。が、どうやって乗ればいいのか解らない上に力も入らない。ファルさんがすぐに手を添え、支えてくれたおかげで何とか乗る事ができた。
「ラウディのおっさんのスマホに搭載されてるGPSで場所は把握してる。ここからだいぶ離れてるみたいだ」
ファルさんは携帯端末で位置を確認し、その後バイクに跨る。
「これ、腰に回してくれ。手を離しても振り落とされないためにな」
そう言ってファルさんが僕に渡したのは、長いベルトだった。僕はそれの端を自分の腰に回し、ファルさんへと渡す。ファルさんはそのベルトを少しきつめに締め、僕と離れないようにしてくれた。
「ベルトはしてあるけど、ちゃんと掴まってろよー」
そして、ファルさんはエンジンを入れる。ハイブリッドカーのような静かな駆動音がし、ファルさんはバイクをコンテナの出口へと向ける。
「んじゃ、行くぞ。飛ばす!」
そう言ってファルさんはアクセルを捻った。先程まで静かな駆動音を上げていたバイクは、けたたましい唸り声を上げ発進し、猛加速した。
「フォーッ! さいっこぉーっ!」
と、風が吹き荒ぶ中でファルさんの声が耳元で聞こえた。
「あれ? どうなってるんだ?」
「あー、メットにインカム内蔵されてんだ。これで走りながらでも会話できるってわけだ」
そう言われて、前方のファルさんを確認すると、ファルさんは頭に直接インカムを装着して、しっかり固定しているようだった。
そして、初めて乗ったバイクのタンデムはとても気持ちがよかった。全身に重症を負い、その痛みを感じながらも、それを忘れてしまいそうになるくらいの心地良さだ。
風を全身に感じ、猛スピードで街中を颯爽と走り、今なら何でもできてしまいそうな、そんな気持ちにさえなってしまう。グラインドで物体に乗って動くよりも何倍も気持ちがよかった。
「ここら辺も少し荒れてるな。おっさん達がやりあったのかな。お、前に特殊部隊はっけーん」
ファルさんが言う通り、両脇のビルやガードレールに争った形跡がある。
そして前方には数台の戦闘車両と、それを囲むように特殊部隊が周囲を見回していた。奴らは突然現れた黒いバイクに驚き、銃をこちらに向けてくる。
「邪魔だー!」
ファルさんがそう言った次の瞬間、僕達が乗っていたバイクは宙を跳んだ。特殊部隊の頭上を越え、後輪から戦闘車両のボンネットの上に着地すると、もう一度跳び、アスファルトに降り立った。
「はっはー。すげぇだろ?」
すごい。こんな大型バイクがあんなに高く跳ぶなんて。そして着地した後もバイクは猛スピードで走り、ディフィート・サニティーと呼んでいたこのバイクは人気のない大通りをすいすい進んでいく。
やがて大きな橋にさしかかる。海が近い。と、その時、
「ファルさん。上にあのステルスが」
僕はインカム越しに告げる。あの江飛凱が乗っていた黒いステルス機が上空を飛んでいる。
「お、ほんとだ。でも、おっさん達はこの先にいる。こいつの相手してる暇はねぇ」
そう言ってファルさんはさらにスピードを上げた。だが、ステルス機は僕らに気付いたのか、こちらに向かって降りてくる。そして、あのレーザーを撃ってきた。
「あったらねーよー」
ファルさんは正確なハンドリングでレーザーを素早く回避する。バイクの車体が傾き、僕は落ちるんじゃないかと不安になってしまう。
「ひ、ひいぃ……」
つい情けない声を出してしまい、ファルさんに笑われてしまった。ステルス機は僕達が乗るディフィート・サニティーに並走するように橋の上を飛び始めた。その操縦席には、あの科学者、フィア・ファクターがいた。
「またあいつかー。振り切るか」
そう言って、ファルさんはディフィート・サニティーのスピードをさらにもう1段上げた。速い。飛ばされそうになる。
と、橋の終わりが近づき、その向こうにまた特殊部隊の集団がいた。
「こ、攻撃します」
僕はファルさんの身体にしがみつきながらそう言って、頭上にあった交通案内板を勢いよくグラインドで飛ばし、奴らの近くにあった道路標識も振り回した。
「おぉー。んじゃ、俺もちょっとかましてやるか!」
ファルさんがそう言うと、なんとディフィート・サニティーのフロント部から銃弾が連射された。どうやら機関銃が内蔵されているようだ。
「おらおらー! どけー!」
ファルさんはそう言って、再びバイクを跳躍させ、戦闘車両のボンネットに降り立ち、その上を走り抜けた。再び道路に降り立ち、猛スピードで走る。
だが、後方の上空にはまたあのステルス機がいた。容赦なくレーザーを撃ってくるが、ファルさんは右へ左へと動きレーザーを難なく躱す。ファルさんはミラーで確認しながらも、持ち前の反射神経でレーザーを冷静に回避しているのだ。
「お? 雨降ってきたな」
「本当だ。さっきまであんなに晴れていたのに」
雨足は次第に強くなっていく。しかし、その雨の中でもファルさんの操縦は何も変わらない。昨日の高速道路でもそうだったが、雨天の走行にも慣れている。ステルス機は既に追跡を諦めたようだった。
前方に建物の群れが見えてきた。ここは知っている。来たことはなかったが、有名なテーマパークだ。
ファルさんはバイクを止める事なく、そのままゲートに向かい、車体をジャンプさせてゲートを飛び越えていく。
「平日だけど、人は1人もいないな。進入禁止にしているのか?」
パーク内に突入すると、スピードを落とし辺りを見回している。ファルさんが言った通り、来園客はおろか、従業員さえも見当たらない。
「何か妙ですよね」
口に出してみたものの、何が妙なのかは自分でもよくわからない。
ファルさんが操縦するディフィート・サニティーはエントランスを抜け、目の前の大通りを走る。そして、その先に人が立っている。スーツ姿だ。
「いた。奴だ」
ファルさんも気づいて声を出した。大通りを抜けた先は広場になっていて、そこにドドとラウディさんが倒れていた。
「おい! おっさん! 大丈夫か!?」
ファルさんは倒れていたラウディさんの傍でバイクを止め、声を掛けた。
「うっ……ファルゼンか。気をつけろ、あいつに」
ラウディさんは仰向けで倒れながらも意識はあった。
「ドド……ドド!」
僕はバイクの上から2回彼の名前を呼んだが、ドドが起きる気配はない。
「弟もいるのか。ドドマルは大丈夫だ。気を失ってるだけだ」
ラウディさんはドドの安否を教えてくれた。この2人がやられるなんて、何があったんだ。
僕は、雨が降り頻る中、悠然と立つ男、江飛凱を睨みつけた。
「おやおやー、お仲間登場か。ん? 弖寅衣くんがいるね? ブルータルが相手すると言っていたはずなんだが?」
「あいつは、僕が殺した」
僕がそう言うと、そこで初めて江飛凱は表情を崩した。僕達の足元に倒れているラウディさんも驚いていた。
「馬鹿な! 何を言っている!? 最強の兵士だぞあの男は! 無敵の身体、必殺の拳を持つあの男を倒しただと!?」
奴は僕の言葉を信じる事ができないようだった。
「想は倒したんだよ。想を舐めんな。あいつを倒してなきゃ、俺達はここまで来れてねぇだろが馬鹿」
ファルさんが正論を言った所で、奴はやっと現実を受け止めたようだ。しかし、それでも江飛凱は再び余裕の笑みを浮かべる。
「なるほど。流石はあの女の弟と言った所か。やはり君はすごいんだねー。だが……この私にも勝てるとは限らないよね」
奴がそう言うと、雨はさらに激しくなり、強風が吹き出した。まさか、まさか、この雨は……。
「ファルさん、 奴のグラインドは雨だ! そして、風も吹かせている!」
僕がそう言うと、ファルさんも瞬時に状況を理解し、再びディフィート・サニティーのエンジンを吹かし、そしてバイクは走り出した。よく見ると、江飛凱はこの雨の中全く濡れていない。
「想、攻撃頼む。俺は回避に専念する」
ファルさんの言葉に頷き、僕は近くにあった屋台と道案内の看板を奴に向けて飛ばす。しかし、それは上空に跳ね上げられた。そうか、風か。風によって今まで攻撃を防いでいたのか。
僕は跳ね上げられた看板と屋台を再び奴に向けて飛ばす。
「何度やっても無駄さ!」
奴はそう言って、また風の力で自身に向かってきた物体を跳ね除けようとした。しかし、
「なに!?」
その風の強ささえ分かればどうという事はない。それを突き破ってでも飛ばすだけだ。看板は見事あいつに命中した。だが、屋台の方は当たらなかった。奴は消えていた。
「上だ! 想!」
インカムからファルさんの声が聞こえた。上を見ると、奴は宙に浮いていた。風の力で飛べるのか。
すると、江飛凱は片手をこちらに向け、その手から強風を飛ばしてきた。
しかし、ファルさんはすぐにそれを察知し、バイクをターンさせ、方向転換させてくれた。広場の外周に沿って反時計回りに走り出す。江飛凱が放った強風は、僕らが先程までいた場所の近くにあった建物の壁を破壊した。
「逃げられると、思わないでくれよー!」
そう言って、背後の江飛凱は空中からまた風を放ってきた。いや、さっきの風とは違う。後方を振り返ると、風が刃になっていた。
「逃げるんじゃねぇよ。避けるんだよ」
ファルさんがそう言うと、ディフィート・サニティーは唸り声を上げ、猛加速したかと思ったら、傍にあったベンチに飛び乗り風の刃を避けた。そしてさらにそこからジャンプした。
気づいた時には走っていた。壁を。建物の壁を斜め上に登るように猛スピードで走っている。僕は必死でファルさんにしがみつく。
「飛ぶぞ」
ファルさんがそう言うと同時に、ディフィート・サニティーは宙に舞い上がった。そして、その先には、あいつがいた。
「ぐぶえぇー!」
ディフィート・サニティーの前輪が見事に江飛凱の横顔を抉るように殴っていた。が、着地の衝撃が強く、僕のお尻はバイクから浮き、再びファルさんにしっかりしがみついた。
「だはは! ざまぁみろ。あ、想、大丈夫だったか?」
バイクが止まったので僕は片手でお尻をさする。
「あ、はい。なんとか、無事です」
舌を噛みそうにもなってしまったが、それでも無事である事に代わりはない。僕の返事を聞いてファルさんは安心し笑った。
「くそがぁ……舐めた真似をしてくれるもんだねぇー」
先程の前輪による衝撃で地面に落とされた江飛凱が立ち上がる。まだ雨が止む気配はない。
だがその時、急激に気温が下がった。この感じは、あのカーネイジの時に似ている。だが、あの時ほど寒くはない。
そして、今まで降っていた豪雨は、その時、雹に変わった。
「くっ、なんだこりゃ!」
ファルさんは慌てて再び走り出す。少しでも回避できるよう、ディフィート・サニティーの車体を不規則的に動かす。そして、江飛凱と距離をとるように。
「あまーい。さぁ、とらえたぞー?」
江飛凱からそんな声が聞こえ、僕は背後を振り返る。目の前に雹がいくつも集結しており、そこにさらに風の刃が加わっていた。
しまった。防御が間に合わない。
無数の雹と、風の刃が僕とファルさんとディフィート・サニティーを襲い、バイクごと転倒した。ファルさんと僕を繋いでいたベルトは風の刃で引き裂かれ、僕の身体は宙を舞った。
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