カンテノ

よんそん

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第3章 サフォケイション

3-14 亜我見

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 朝だ。またいつの間にかクアルトで寝てしまい、起きたら現実世界のベッドの上だった。隣のファルさんはまだ寝ているようだが、僕はそそくさと起きて身支度を済ませる。
  午前8時。睡眠はたっぷりとった。今日は白いTシャツの上にデニムシャツを、ボタンを留めずに着る。ボトムスは深緑色の、クロップドパンツを履く。くるぶしあたりまで丈があるパンツだ。

  やがてファルさんも起き始めた。数分くらい寝ぼけていたが、ちゃんと寝たおかげか朝から元気だった。

「おはよう想! 俺もダッシュで着替える!」

  急ぐ必要はないと言ったが、ファルさんはシャワーを浴びて、素早く身支度を済ませ着替えた。
  赤い半袖シャツの下に長袖の黒いフィットインナーシャツを着ている。ボトムスもカーキ色のハーフパンツの下に黒いレギンスを履き、動き易さを重視しているようだった。
 
 しばらくすると、ドドからメッセージが届き、朝食はホテルのバイキングをみんなで食べようという事になった。みんなサングラスや眼鏡をし、帽子は流石に不自然すぎるため、ラウディさんが用意してくれたカツラを被って5人一緒に朝食を食べた。
  一颯さんはあの後ちゃんと眠れただろうか? そう思ってちらりと見たが、いつも通り朝から大量に食べているので問題なさそうだ。今日は黒いシャツに赤いチェックのスカートを履いている。

  朝食を済ませた僕達は荷物をまとめ、チェックアウトを済ませる。そして、車を停めてある地下駐車場へと向かった。

「みんな、車に積んである荷物を全部出してくれ」

  車に乗り込もうとした所でファルさんがそう言った。僕らが疑問に思っていると、

「今日乗る車はこれじゃないんだ。こっちだ」

  そう言って、隣の白い車を指さした。ドイツの有名なメーカーの高級車だ。今までの車に比べるとスポーツカーに近い。

「この車、使っていいんですか!?」

  僕は驚きの声を発した。

「あぁ、知り合いのディーラーに手配してもらっといた。キーも既に受け取ってる。五人乗りはギリギリだけどな」

  いつの間にそんな事をしていたのか。本当に用意周到だし、レーサーはやはり金持ちだ。

「誰が、助手席に乗るんだ? 後ろに俺とドドマルを並んで乗せるわけにはいかないだろ?」

  ラウディさんが白い車の後部から荷物を積みながら言った。

「本当は助手席にはレディーしか乗せない主義なんだがな。今日は特別だ。どっちでもいいよ」

  顔が割れているドドが助手席に座るのはまずいため、ラウディさんが助手席に座る事となった。そして、新しい車に僕達は乗り込み発進した。

「今日、確か江飛凱の奴は午前中に講演会をするんだったな? そこに押しかけるって事だな?」
 
  高速道路に入った所でラウディさんが確認するようにそう聞いた。

「あぁ、裏口で待ち伏せるしかないだろう」

  ファルさんは運転しながら答える。その隣の助手席にラウディさんが乗っているのを見ると、なんだか微笑ましくなってしまう。

「交渉はすべきだが、万が一のためにファルさんとミモザちゃんは車で待機しておいた方がいいだろう」

  そう言ったのは僕の右側に座るドドだった。相変わらず全身黒の服を身にまとっている。僕は後部座席のど真ん中に座っている。ドドの意見には僕も賛成だ。

  だが、江飛凱については悪いイメージしかなく、交渉に乗るとはとても思えない。あのSDカードが奴にとってどれほど大切な物なのかはわからない。
  秘密を知っていた姉が殺されたのは事実だ。そんな奴とまともな交渉などできる筈もないと踏んでいる。

「ここからはついに亜我見だぞ」

  高速道路を1時間半くらい走ったあたりでファルさんが教えてくれた。程なくして、車は高速道路を下り、一般道へと進む。

「ここが、亜我見か。璃風程ではないですけど、都会ですね」

  僕は窓の外の景色を見て呟く。遠くにはビルが立ち並ぶ街が見える。恐らくあそこに向かうのだろう。その街が近付くにつれ、少しずつ緊張が増していく。
  車は街にたどり着き、ビルの谷間を走る。どうやらここが亜我見の主要都市のようだ。

「もう少しすると、江飛凱が講演をしている会場に辿り着く。11時には講演が終わる予定だ。ちょうどいい時間に着きそうだな」

  ファルさんは冷静にそう言った。そして、目の前にそれらしき建物が見えてきた。コンサート会場のような円形の建物だった。車は裏口に回り、関係者用入口の少し離れた路肩にファルさんは駐車した。

「警備員もいるな。だが、奴が出てきたら問答無用で行くぞ」

  ラウディさんが言った通り、入り口の両脇に警備員が立っている。しかし、江飛凱をどうやって判断すればいいのだろう。奴は恐らく車に乗って出てくるだろう。その車を見つける事ができるだろうか? 
 
 だが、僕の心配は杞憂に終わる。入り口の脇にある自動ドアから数人の人間が出てきた。その1番後ろに、アイツがいた。縦縞のスーツを着て、濃い緑の髪を整髪料で固めている。間違いない、江飛凱だ。

「野郎、のこのこ歩いて出てきやがった。弟! ドドマル! 行くぞ!」

  ラウディさんが車から降り、それに続いてドドと僕も車から降りて奴の元へと向かう。あの、テンガロンハットを被ったブルータルという軍人もいる。そして、オレンジ色の髪のエイシストもいた。他にも3人のスーツの男がおり、僕達が近付くと江飛凱を守るように前にでた。

「江飛凱 凰寿だな? お前に話があって来た」

  ラウディさんは堂々と奴に向かってそう言った。江飛凱は自動ドアから出てきたばかりの所で、僕達との間には段差があり、自然と僕達が見上げる体勢になる。
  そして、江飛凱は愛想のいい笑みを浮かべた。

「エイシストの言った通りだよ。本当に君達は私に会いに来てくれたんだね。わざわざありがとう! とても嬉しい。君が弖寅衣君だね? 私に話があると?」

  奴は綺麗な歯を見せて僕に向かってそう言った。褐色の肌にその白い歯はとても目立って輝いていた。

「はい。単刀直入に言います。僕達はあなたの秘密を知っています。今、僕達に掛けられている指名手配はあなたが出したものですよね? あなたの秘密をバラされたくなかったら、僕達の指名手配を解いてください」

  僕がそう言うと笑い声が聞こえた。笑っていたのは、あのブルータルだった。

「これは脅迫ってやつか? どうすんだ江飛凱さんよー?」

  顔の半分が髭で覆われているブルータルは目がギラギラとしていた。

「んー? 確かに、指名手配は私の指示だ。しかし、その条件を飲んだ所で、君達が知ってるその秘密という物を、君達がずっとバラさないという保証はどこにあるのかな?」

  江飛凱は至って優しい口調で言ってくる。少し調子が狂う。

「お前が、謎のスペースコロニーを作っている事は知っているんだ。そして、そのデータが入ったSDカードを探していた事も、それを取り戻すために日本に来た事も」

  ラウディさんがそう言った。あえて「僕を抹殺するため」という理由は口にしなかったようだ。

「君達はやはり何か勘違いをしているようだ。そのSDカードが手に入ろうが、失おうが、私には関係ないんだ。君達はここで全員捕まるのだから」

  江飛凱がそう言うと、周囲から武装した特殊部隊が何人も出てきた。

「くそ! やはり読まれていたか!」

  ドドが戦闘態勢に入る。僕も辺りを見回す。

「私はこの後も忙しいのでこれで失礼するよ。最後に一目会えてよかった。さようなら」

  そう言って、江飛凱達は近くに来た車に乗り込む。

「待て!」

  僕は叫ぶと同時に、江飛凱達が乗り込んだ車に向かって、近くにあった「入り口」と書かれた看板をグラインドで投げつける。
  しかし、その看板は何か見えない力で吹き飛ばされてしまった。その瞬間、確かに江飛凱は僕に向かって笑っていた。そして、その車は早々にこの場から立ち去ろうとする。
  ラウディさんがその車に銃を撃ったが、その銃弾も何かに跳ね返されてしまい、車は見えなくなってしまう。

「くそ! 逃がしたか!」

「仕方ねぇさ、今は目の前のこいつらを片付けるか」

  ドドは冷静にそう言うと、すぐに片っ端から特殊部隊の隊員を倒し始める。銃を持つ敵に物怖じもせず、立ち向かっていく。

「フッ、ドドマルはワイルドだ。あいつ1人に任せる訳にはいかないな」

  ラウディさんがそう言って、ハンドガンを撃ちながら近付く敵を蹴り倒す。僕もラウディさんの言葉に押され、銃を構えた隊員に向かって走り出し、その手を殴って銃を落とし、顔面に向かって回し蹴りする。近くにあった道路標識をグラインドで抜き、それを振り回して何人もの隊員をなぎ倒していく。

「おーい! 隙見て乗り込めー!」

  と、ファルさんが車を近付けてくれてくれた。僕は道路標識をもう1つ追加し、周りの隊員を牽制しながら車に乗り込む。

「2人共! 今のうちに!」

  車に乗った後も道路標識をぶん回し続け、ドドとラウディさんに呼びかける。ドドが乗り込み、ラウディさんは拳銃を撃ちながら助手席に座った。

「よし、突破するぞ!」

  そう言ってファルさんは車を発進させた。僕はその進行方向に固まっている特殊部隊に向けて、片方の道路標識を振り回し、もう片方は周りの隊員の牽制に使う。
  ラウディさんは助手席の下からアサルトライフルを取り出し、窓から撃った。ドドが後ろから銃のケースを取り出す。

「ドドマル! こっちを使え!」

  ラウディさんは先程まで使っていたハンドガンを渡し、銃のケースをドドから受け取る。

「俺、銃なんて撃った事ねぇぞ?」

「大丈夫、お前はセンスがいい。そこの安全装置を外せ。肩でしっかり固定しろ。後は敵に向かって撃つだけだ」

  そう言われて、戸惑いながらもドドは窓から銃を撃った。何発か撃って、すぐに慣れたようだった。

「すみません、江飛凱を逃してしまいました」

  僕は運転席のファルさんに向かって言った。

「あぁ、気にすんな。ナンバーも確認しといたし、去り際に発信機を付けといた。だが、どうも少し離れた所で停まっている。外された可能性は低いはずなんだけど、だとしたらそこで様子を見ているのか」

  あの一瞬で発信機を付けていたなんて、抜かりないな。しかし、未来予知ができるエイシストが一緒だったから気付かれていてもおかしくはない。
  ドドが拳銃の扱いに慣れ、その活躍もあり、特殊部隊の包囲網を突破した。そして、車は大通りへと出た。

「ちっ、まだいやがる。今までよりも数が多い」

  見ると街中には僕達を待ち構えるように特殊部隊がずらりと配備されており、周りの一般市民は騒然としていた。奴らは僕達が来ることを分かってて、罠を張っていたのか。
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