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第3章 サフォケイション
3-13 就寝
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雨が降り頻る中、ファルさんが運転する車は高速道路を下りて、再び一般道を走る。そして目的のホテルに着いたのは既に午後20時を回っていた頃だった。
事前に打ち合わせていた通り、僕らはそれぞれ変装してホテルにチェックインを済ませた。男性は僕とファルさんで一部屋、ドドとラウディさんで一部屋、そして一颯さんは1人で一部屋を割り当てる事にした。
途中の売店でそれぞれ夕飯を購入し、部屋へと持ち帰り、各々休息の時を過ごす。
「いやー、なかなか大冒険だったなー。あんなエキサイティングなドライブ初めてだぜー」
シャワーを浴びたファルさんが半裸状態で、髪をタオルで拭きながら戻ってきた。
「あの駅での襲撃から始まって、そこから逃走してサービスエリアに行って、そこでも襲撃されて、サーキットや米軍基地に行って、そしてカフェでは謎の教主様と話をして、また高速道路で襲撃を受けて。振り返ってみたら怒濤の1日でしたね」
僕は売店で購入したゼリーを食べている。シャワーは先程手早く済ませた。
「教主様は本当に謎だったよなー。何がしたいんだか。謎と言えば、さっきの幽霊、シクスだっけ? あいつも謎だったな。憎たらしいほどに背が高かったしな」
そう言ってファルさんは悔しそうにしていた。160cmと200cmだから相当な差があるだろうな。あの時ファルさんが車から降りなかったのは、並びたくなかったからかもしれないな。
「シクスは僕の親友であり、弟でもあります。ちょっと普通じゃない関係なんです」
僕がそう言うと、なんだそりゃと言いながらファルさんもゼリーを食べ始めた。
「明日はいよいよ亜我見に突入ですか?」
僕がそう聞くと、ファルさんはゼリーを流し込むように食べ切った。
「あぁ、そうだ。想、しっかり休めよ? 車の中でもあまり寝てなかったろ?」
ファルさんは気づいていたんだな。でも、僕はクアルトに行く事によって、短時間でも充実した休息を得ている。もちろん、その事は話せないが。
「はい、休みますよ。ファルさんこそ寝ないでずっと運転してますよね? 1番疲れているのはファルさんの筈です。ゆっくり休んでください」
ファルさんは僕達に気を遣って強がっていたが、きっと本当は眠たい筈だ。
「俺は慣れてるけどさ。でも、明日はついに亜我見だからな。せっかくホテルに来たし、俺も寝させてもらうよ」
そう言ってファルさんはベッドの上に横になった。
「レン姉の仇は俺達でとろうな、想」
唐突にファルさんはそんな事を言った。
「まずは交渉ですけどね。でも、戦闘になったその時は、絶対に」
僕は自分の手を見つめながら呟く。不安はある。でも、それを抱えながらも立ち向かわなきゃいけないんだ。
「ファルさんは、不安じゃないんですか?」
と、ファルさんに聞いたが、既に静かな寝息を立てて寝ていた。やっぱり余程疲れていたんだな。
「お疲れ様です。ここまでありがとうございました」
僕は静かにそう言った。
その時、僕の携帯端末が振動した。またシルベーヌさんだな。あの後も何通かメッセージが来ていたのだが、そのどれもが絵文字で埋め尽くされており、それは最早解読不能な古代文字であった。だから、僕はずっと無視していた。
しかし、端末を見たら差出人はシルベーヌさんではなく、隣の部屋にいる一颯さんだった。
【弖寅衣くん、私、一人ぼっちで寂しいです】
そんなメッセージが送られてきていた。そうだよな。ずっと皆と一緒だったしな。そちらの部屋に行く旨をメッセージで送り、僕は部屋を出た。
一颯さんの部屋のチャイムを鳴らすと、彼女はすぐに扉を開けた。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
僕がそう聞くと、彼女は少し安心した表情を浮かべ、部屋に招き入れてくれた。入ってよいのだろうかと思いながらも、流されるように部屋に上がってしまう。
「すみません、ちょっと寂しくなってしまって。今まではこんな事なかったんですけど、寝ようにも眠れなくて」
そう言いながら彼女はベッドに腰掛ける。黄色のショートパンツに水色のTシャツだ。こんな部屋着状態の一颯さんは、なんだかまた今までのイメージと違うな。
「そうですか。お話相手くらいしか出来ませんけど、それでよければ」
僕はそう言って部屋にあった椅子に腰を落ち着ける。
「あ、あの! アイス……、一緒に食べませんか? 1個余分に買ってしまったので」
そう言って彼女は冷凍庫からアイスを2つ出した。いただきますと言って僕はそれを受け取る。ブルーベリー味のアイスだ。
「一颯さんて、ブルーベリー好きなんですか? 確か前にもどこかでブルーベリーのスイーツを食べていたような」
いつだっただろうか。初めて一緒にカフェに行った時か。
「はい! そうなんです。ラズベリーとかも好きですけど、ブルーベリーが大好きなんです!」
彼女も僕と同じブルーベリー味のアイスを食べており、それを1口食べると満面の笑みを見せた。僕もまた1口食べる。
「美味しいですね。峡峰で食べたアイスも美味しかったですけど」
僕の言葉に一颯さんは何度も頷いていた。今日あった出来事について2人で語っていたら、あっという間にアイスを食べ終わってしまった。
「あの教主様という方が言っていた話で、1つ気になっていた事があるんです。弖寅衣くんがたまにこの世界から消えているっていうお話。弖寅衣くんはどこかに行っちゃうんですか?」
一颯さんは少し真剣そうに、どこか焦りながら聞いてきた。
「あー、確か前に一颯さんにも話した事ありましたね。亡くなった姉と夢の中で会ったって話。あれから僕は何度も会いに行ってるんです。シクスとはその夢の中で知り合ったんです。たぶん、あの教主さんが言ってたのはその事です。この話、一颯さん以外に話してないので秘密ですからね?」
僕がそう言うと、彼女は安心し、すぐに笑顔に戻った。
「はい! 2人だけの秘密ですね! 覚えてますあのお話。なんだー、よかった。弖寅衣くん、どこかに行っちゃったらどうしようかと思って。シクスさんて、猫さんの幽霊さんなんですよね?」
彼女の言い方につい僕は笑ってしまう。
「はい、猫さんの幽霊さんです。昔姉が飼っていた猫なんです。2人で可愛がってたんですよ」
そう話すと一颯さんは羨ましそうにしていた。彼女も猫が好きなのかもしれない。いつも見るこの屈託の無い笑顔は純粋そのものだ。
「あ、眠れないのでしたらトランプかオセロやりましょうか? 僕達の部屋にもあったんで。確か、あそこの引き出しに……」
そう言って、僕は立ち上がる。と、背後から抱きつかれてしまった。
「え? あ? 一颯さん!? どうしました!?」
動揺しながらも、今日の一颯さんは素面の筈だよなと、頭の中で確認し、抱きしめられながらも振り返り、一颯さんと向かい合った。
「弖寅衣くん、今日は一緒に寝てくれませんか?」
彼女は真っ直ぐに僕の目を見つめていた。抱きしめた腕はまだ離してくれない。
「一颯さん……」
僕は頭の中が混乱しつつある。それでも、彼女の肩にそっと手を置く。
「一颯さん、それはできません。ごめんなさい」
僕は言葉を振り絞るようにそう言った。
「そう……ですよね。ごめんなさい、私の方こそ」
彼女は俯きながら、僕を抱きしめていた腕をほどき始める。
「でも、一颯さんが眠れるまで傍《そば》にいてあげますから。ベッドに入ってくださいね」
そう言うと、彼女は顔を上げ、パァッと笑顔になった。彼女はベッドに横になり、僕は彼女に布団を掛けてあげた。
「本当、職場ではあんなにしっかり者だったのに、子供っぽくなりますよね」
僕がそう言うと、彼女は恥ずかしそうに笑う。
「手だけ、握ってもらってもいいですか?」
「はい、いいですよ」
僕はそう言うと、ベッドの隣の床に座り、一颯さんの手を握る。一颯さんは目を細める。
「弖寅衣くん、ここで問題です。私の名前は何でしょう?」
突然の問題。
「一颯・ミモザ・ルヴィエさんですよ」
今度はちゃんと答えることが出来た。
「ふふふっ、正解です。ちゃんと覚えてくれたんですね」
もちろん、と僕は答える。それから、一颯さんとはその後も何気ない会話をし、彼女は次第にうとうとし始めて眠りについた。
「おやすみなさい」
僕はそう言って、一颯さんの部屋の明かりを消し、自分の部屋へと戻った。
部屋に戻るとファルさんはさっきと変わらずぐっすり寝ていた。僕もベッドに横になり、目を瞑る。そして、ここではない部屋、クアルトへと向かう。
「そーくん! なーにをやってるんだよー!?」
クアルトに着くなり、姉が僕の身体を揺さぶる。
「何って、何が!?」
僕は訳も分からず、そう返すしかなかった。
「ミモザちゃんのお誘い断っちゃだめでしょ!? 朝まで一緒にいなきゃダメでしょ!? そのままゴールインする流れだったでしょ!?」
揺さぶる力がさらに増した。
「こんな状況でそんな事できないよ!」
僕がそう言うと、姉は揺さぶる手を止め、ため息をついてから、困ったような笑顔をした。
「生真面目なんだもんなー。ミモザちゃんいい娘なんだから大切にしなよー?」
そう言って、いつもの3人掛けソファに腰を下ろした。僕は、わかってるよと言いながら自分のソファに座る。
「煉美の過保護にも困りましたねー」
そう言ってシクスは紅茶を持ってきてくれた。
「シクス、さっきは助けてくれてありがとう!」
僕は彼にお礼を言いたかったのもあり、こうしてこの部屋を訪れた。あの高速道路でシクスが現れた事には、僕でさえも驚いたが、迅速にあの戦闘車両を撃破した事に、皆も僕もとても感謝していた。
「いえいえ、お役に立てたようで何よりです」
シクスは相変わらずだ。僕は紅茶を1口飲む。
「気になっていたんだけど、シクスは現実世界では攻撃を受けても痛くないの? 無敵なの?」
僕がそう聞くと、シクスは紅茶を飲み、一呼吸置いた。
「現実世界にいる時の私の身体は人間の身体とは違います。エネルギー粒子の集合体と言うべきでしょうか。それによって存在を保っています。ダメージを受けても痛くはありませんし、血も出ません。しかし、そのエネルギーが削られます。あまりにも多くのダメージを受ければ、現界を保てなくなります。なので、無敵ではありませんね」
そういう事だったのか。そして、24時間で10分だけという制限付き。しばらくはまたシクスの力を借りる事が出来ないのだから、彼にばかり頼るわけにもいかないという事だ。
「あの戦闘車両、どうなっているんだろう? あんな物をゼブルムは作っているなんて」
「奴らの科学は相当進んでるみたいだね。あの男、エイシストも底が知れないね。そーくんが現実世界を離れている事にも感づいていたみたいだし」
姉がティーカップに口を近づけたままの状態で話した。
「未来予知ができると言っていましたね。あの男自身が直接戦う事はなくとも、他のゼブルムの仲間をサポートする可能性が高いですね」
シクスもいつも以上に真剣な面持ちだった。
「明日は、ついに亜我見なんでしょ? 気を引き締めていかないとね。お姉ちゃん応援してるからね!」
「うん、ありがとう」
姉はどこか興奮しながら言ったのでつい笑ってしまう。そうなんだ、明日はついに亜我見なんだ。
事前に打ち合わせていた通り、僕らはそれぞれ変装してホテルにチェックインを済ませた。男性は僕とファルさんで一部屋、ドドとラウディさんで一部屋、そして一颯さんは1人で一部屋を割り当てる事にした。
途中の売店でそれぞれ夕飯を購入し、部屋へと持ち帰り、各々休息の時を過ごす。
「いやー、なかなか大冒険だったなー。あんなエキサイティングなドライブ初めてだぜー」
シャワーを浴びたファルさんが半裸状態で、髪をタオルで拭きながら戻ってきた。
「あの駅での襲撃から始まって、そこから逃走してサービスエリアに行って、そこでも襲撃されて、サーキットや米軍基地に行って、そしてカフェでは謎の教主様と話をして、また高速道路で襲撃を受けて。振り返ってみたら怒濤の1日でしたね」
僕は売店で購入したゼリーを食べている。シャワーは先程手早く済ませた。
「教主様は本当に謎だったよなー。何がしたいんだか。謎と言えば、さっきの幽霊、シクスだっけ? あいつも謎だったな。憎たらしいほどに背が高かったしな」
そう言ってファルさんは悔しそうにしていた。160cmと200cmだから相当な差があるだろうな。あの時ファルさんが車から降りなかったのは、並びたくなかったからかもしれないな。
「シクスは僕の親友であり、弟でもあります。ちょっと普通じゃない関係なんです」
僕がそう言うと、なんだそりゃと言いながらファルさんもゼリーを食べ始めた。
「明日はいよいよ亜我見に突入ですか?」
僕がそう聞くと、ファルさんはゼリーを流し込むように食べ切った。
「あぁ、そうだ。想、しっかり休めよ? 車の中でもあまり寝てなかったろ?」
ファルさんは気づいていたんだな。でも、僕はクアルトに行く事によって、短時間でも充実した休息を得ている。もちろん、その事は話せないが。
「はい、休みますよ。ファルさんこそ寝ないでずっと運転してますよね? 1番疲れているのはファルさんの筈です。ゆっくり休んでください」
ファルさんは僕達に気を遣って強がっていたが、きっと本当は眠たい筈だ。
「俺は慣れてるけどさ。でも、明日はついに亜我見だからな。せっかくホテルに来たし、俺も寝させてもらうよ」
そう言ってファルさんはベッドの上に横になった。
「レン姉の仇は俺達でとろうな、想」
唐突にファルさんはそんな事を言った。
「まずは交渉ですけどね。でも、戦闘になったその時は、絶対に」
僕は自分の手を見つめながら呟く。不安はある。でも、それを抱えながらも立ち向かわなきゃいけないんだ。
「ファルさんは、不安じゃないんですか?」
と、ファルさんに聞いたが、既に静かな寝息を立てて寝ていた。やっぱり余程疲れていたんだな。
「お疲れ様です。ここまでありがとうございました」
僕は静かにそう言った。
その時、僕の携帯端末が振動した。またシルベーヌさんだな。あの後も何通かメッセージが来ていたのだが、そのどれもが絵文字で埋め尽くされており、それは最早解読不能な古代文字であった。だから、僕はずっと無視していた。
しかし、端末を見たら差出人はシルベーヌさんではなく、隣の部屋にいる一颯さんだった。
【弖寅衣くん、私、一人ぼっちで寂しいです】
そんなメッセージが送られてきていた。そうだよな。ずっと皆と一緒だったしな。そちらの部屋に行く旨をメッセージで送り、僕は部屋を出た。
一颯さんの部屋のチャイムを鳴らすと、彼女はすぐに扉を開けた。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
僕がそう聞くと、彼女は少し安心した表情を浮かべ、部屋に招き入れてくれた。入ってよいのだろうかと思いながらも、流されるように部屋に上がってしまう。
「すみません、ちょっと寂しくなってしまって。今まではこんな事なかったんですけど、寝ようにも眠れなくて」
そう言いながら彼女はベッドに腰掛ける。黄色のショートパンツに水色のTシャツだ。こんな部屋着状態の一颯さんは、なんだかまた今までのイメージと違うな。
「そうですか。お話相手くらいしか出来ませんけど、それでよければ」
僕はそう言って部屋にあった椅子に腰を落ち着ける。
「あ、あの! アイス……、一緒に食べませんか? 1個余分に買ってしまったので」
そう言って彼女は冷凍庫からアイスを2つ出した。いただきますと言って僕はそれを受け取る。ブルーベリー味のアイスだ。
「一颯さんて、ブルーベリー好きなんですか? 確か前にもどこかでブルーベリーのスイーツを食べていたような」
いつだっただろうか。初めて一緒にカフェに行った時か。
「はい! そうなんです。ラズベリーとかも好きですけど、ブルーベリーが大好きなんです!」
彼女も僕と同じブルーベリー味のアイスを食べており、それを1口食べると満面の笑みを見せた。僕もまた1口食べる。
「美味しいですね。峡峰で食べたアイスも美味しかったですけど」
僕の言葉に一颯さんは何度も頷いていた。今日あった出来事について2人で語っていたら、あっという間にアイスを食べ終わってしまった。
「あの教主様という方が言っていた話で、1つ気になっていた事があるんです。弖寅衣くんがたまにこの世界から消えているっていうお話。弖寅衣くんはどこかに行っちゃうんですか?」
一颯さんは少し真剣そうに、どこか焦りながら聞いてきた。
「あー、確か前に一颯さんにも話した事ありましたね。亡くなった姉と夢の中で会ったって話。あれから僕は何度も会いに行ってるんです。シクスとはその夢の中で知り合ったんです。たぶん、あの教主さんが言ってたのはその事です。この話、一颯さん以外に話してないので秘密ですからね?」
僕がそう言うと、彼女は安心し、すぐに笑顔に戻った。
「はい! 2人だけの秘密ですね! 覚えてますあのお話。なんだー、よかった。弖寅衣くん、どこかに行っちゃったらどうしようかと思って。シクスさんて、猫さんの幽霊さんなんですよね?」
彼女の言い方につい僕は笑ってしまう。
「はい、猫さんの幽霊さんです。昔姉が飼っていた猫なんです。2人で可愛がってたんですよ」
そう話すと一颯さんは羨ましそうにしていた。彼女も猫が好きなのかもしれない。いつも見るこの屈託の無い笑顔は純粋そのものだ。
「あ、眠れないのでしたらトランプかオセロやりましょうか? 僕達の部屋にもあったんで。確か、あそこの引き出しに……」
そう言って、僕は立ち上がる。と、背後から抱きつかれてしまった。
「え? あ? 一颯さん!? どうしました!?」
動揺しながらも、今日の一颯さんは素面の筈だよなと、頭の中で確認し、抱きしめられながらも振り返り、一颯さんと向かい合った。
「弖寅衣くん、今日は一緒に寝てくれませんか?」
彼女は真っ直ぐに僕の目を見つめていた。抱きしめた腕はまだ離してくれない。
「一颯さん……」
僕は頭の中が混乱しつつある。それでも、彼女の肩にそっと手を置く。
「一颯さん、それはできません。ごめんなさい」
僕は言葉を振り絞るようにそう言った。
「そう……ですよね。ごめんなさい、私の方こそ」
彼女は俯きながら、僕を抱きしめていた腕をほどき始める。
「でも、一颯さんが眠れるまで傍《そば》にいてあげますから。ベッドに入ってくださいね」
そう言うと、彼女は顔を上げ、パァッと笑顔になった。彼女はベッドに横になり、僕は彼女に布団を掛けてあげた。
「本当、職場ではあんなにしっかり者だったのに、子供っぽくなりますよね」
僕がそう言うと、彼女は恥ずかしそうに笑う。
「手だけ、握ってもらってもいいですか?」
「はい、いいですよ」
僕はそう言うと、ベッドの隣の床に座り、一颯さんの手を握る。一颯さんは目を細める。
「弖寅衣くん、ここで問題です。私の名前は何でしょう?」
突然の問題。
「一颯・ミモザ・ルヴィエさんですよ」
今度はちゃんと答えることが出来た。
「ふふふっ、正解です。ちゃんと覚えてくれたんですね」
もちろん、と僕は答える。それから、一颯さんとはその後も何気ない会話をし、彼女は次第にうとうとし始めて眠りについた。
「おやすみなさい」
僕はそう言って、一颯さんの部屋の明かりを消し、自分の部屋へと戻った。
部屋に戻るとファルさんはさっきと変わらずぐっすり寝ていた。僕もベッドに横になり、目を瞑る。そして、ここではない部屋、クアルトへと向かう。
「そーくん! なーにをやってるんだよー!?」
クアルトに着くなり、姉が僕の身体を揺さぶる。
「何って、何が!?」
僕は訳も分からず、そう返すしかなかった。
「ミモザちゃんのお誘い断っちゃだめでしょ!? 朝まで一緒にいなきゃダメでしょ!? そのままゴールインする流れだったでしょ!?」
揺さぶる力がさらに増した。
「こんな状況でそんな事できないよ!」
僕がそう言うと、姉は揺さぶる手を止め、ため息をついてから、困ったような笑顔をした。
「生真面目なんだもんなー。ミモザちゃんいい娘なんだから大切にしなよー?」
そう言って、いつもの3人掛けソファに腰を下ろした。僕は、わかってるよと言いながら自分のソファに座る。
「煉美の過保護にも困りましたねー」
そう言ってシクスは紅茶を持ってきてくれた。
「シクス、さっきは助けてくれてありがとう!」
僕は彼にお礼を言いたかったのもあり、こうしてこの部屋を訪れた。あの高速道路でシクスが現れた事には、僕でさえも驚いたが、迅速にあの戦闘車両を撃破した事に、皆も僕もとても感謝していた。
「いえいえ、お役に立てたようで何よりです」
シクスは相変わらずだ。僕は紅茶を1口飲む。
「気になっていたんだけど、シクスは現実世界では攻撃を受けても痛くないの? 無敵なの?」
僕がそう聞くと、シクスは紅茶を飲み、一呼吸置いた。
「現実世界にいる時の私の身体は人間の身体とは違います。エネルギー粒子の集合体と言うべきでしょうか。それによって存在を保っています。ダメージを受けても痛くはありませんし、血も出ません。しかし、そのエネルギーが削られます。あまりにも多くのダメージを受ければ、現界を保てなくなります。なので、無敵ではありませんね」
そういう事だったのか。そして、24時間で10分だけという制限付き。しばらくはまたシクスの力を借りる事が出来ないのだから、彼にばかり頼るわけにもいかないという事だ。
「あの戦闘車両、どうなっているんだろう? あんな物をゼブルムは作っているなんて」
「奴らの科学は相当進んでるみたいだね。あの男、エイシストも底が知れないね。そーくんが現実世界を離れている事にも感づいていたみたいだし」
姉がティーカップに口を近づけたままの状態で話した。
「未来予知ができると言っていましたね。あの男自身が直接戦う事はなくとも、他のゼブルムの仲間をサポートする可能性が高いですね」
シクスもいつも以上に真剣な面持ちだった。
「明日は、ついに亜我見なんでしょ? 気を引き締めていかないとね。お姉ちゃん応援してるからね!」
「うん、ありがとう」
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