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第3章 サフォケイション
3-8 理由
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ファルさんが運転する車は高速道路を抜け、今は一般道をひた走る。午前5時。辺りは静かだが、時折対向車とすれ違う。車は次第に木々に囲まれた道路を走る。このまま山にでも向かうのだろうか。
「ファルさん、これからどこに向かうんですか?」
一颯さんが堪らず問い掛けた。皆それが気になっているだろう。
「知り合いのとこにね。車を乗り換えるためにさ。銃弾の痕も酷いだろ?」
なるほど。確かにこのまま昼間も走ったら怪しまれるだろう。そして、先程、特殊部隊ACHEによる襲撃でこの車のナンバーも記録されてしまっているかもしれない。このタイミングで車を変えるのは適切な判断だと言える。
「解りました。でも、その後はどこに向かうんですか?」
僕もずっと気になっていた事を聞く。目的地があるんだろうか。しかし、ファルさんは口篭りながらその質問に答える素振りがない。
「西だ。おそらく、俺とファルゼンが日本に来ていた理由は同じだ。偶然な訳が無い」
答えてくれたのはラウディさんだった。ファルさんの後ろに座るラウディさんが僕をちらりと見る。
「そろそろ教えてもいいだろ? 弟、お前にとっては少しつらい話になるかもしれないが、いいか?」
ファルさんはラウディさんの言葉を聞いて前方を見ながらも了承の返事をした。僕にとってつらい話か。でも、それは僕が直面しなくてはならない事なのだろう。
「はい。受け止めます。話してください」
僕がそう言うと、ラウディさんは自身が持ってきていたバックパックから10インチサイズのタブレットを取り出した。そして、ある画面を僕と一颯さんとドドの3人に見えるように向けた。
そこには3人の男が映っていた。どうやら空港での写真のようだ。
「2日前、この男が来日した。弟、こいつを知ってるか?」
僕は首を振る。ラウディさんが指さした男はブランド物のスーツを身に纏い、褐色の健康的な肌をしており、愛想のいい笑みを周りの記者に向けている。濃い緑色の髪を横に流すように整髪料で固めており、サイドの毛を刈り上げているようだった。人柄がとても良さそうだ。しかし、画面にテロップで書かれた名前が読めない。
「江飛凱 凰寿という男だ。世界を股に掛けるベンチャー企業の社長だ。最近まではアメリカでまた新しい事業を立ち上げてそれに専念していたが、唐突に日本へと帰ってきた」
ベンチャー企業の社長か。確かに見るからに羽振りが良さそうだ。画面の端には彼に向かって手を振る女性もいる事から、根強いファンも少なくないのだろう。
そして、ラウディさんはそこで間を置いた。数秒してから口を再び開く。
「弟よ、お前の姉、レンビーの死因を知ってるか?」
唐突にそんな事を聞いてきた。僕にとっては辛い思い出だが、それでも迷わず口にする。
「はい。自殺です。ビルから飛び降りて」
そう、僕の姉、弖寅衣 煉美は自殺でこの世を去った。遺書は残ってなかったが、当時の状況と監視カメラの映像がそれを物語っていた。
姉が勤めていた会社はいわゆるブラック企業だった。社員を酷使し、サービス残業も当たり前の過重労働体制だったという。
その環境が姉を自殺に追いやったのだと。そして、監視カメラには姉以外の人間が映っていなかった。
姉の周囲の誰もが「自殺」という事実を受け入れなかった。彼女はそんな事をするような人間じゃないと信じていたからだ。僕もだ。だから、あの当時、僕は毎日泣きながら事実を拒絶していた。
そして、クアルトという部屋で再会した姉を前にして、その自殺について聞く事は絶対に出来なかった。怖かったのかもしれない。あんな風に笑っている姉を見て、そんな事聞ける訳が無いし、未だに僕は信じていない。
「そうだ、表向きにはな。だがな、俺達がそんな事実受け入れると思うか? 俺達はあいつの親友だ。あの時、俺達は結束し、情報をひたすら掻き集めた。そして、ある線が浮かんだ。レンビーは殺された。当時、レンビーの上司だったこの男にな」
そう言って、ラウディさんは再びタブレットに映る江飛凱という男を指した。
こいつが、姉さんを、殺した? 姉さんの元上司?
「当時はまだ日本で都市開発事業の会社を経営していたな。レンビーが死んだ後、なぜかこいつの手掛ける事業の悉くが波に乗る。部下の自殺を機に改心した会社として一躍有名になったんだ。しかし、どうにも匂うと俺は感じた。レンビーと親しかった奴らに片っ端から聞いた。どうもレンビーは上司だった江飛凱と何度も衝突していたようだ」
なんだそれは。何がどうなっているんだ。姉は当時仕事の事は一切僕には話さなかった。むしろいつも僕の学校生活の話を聞いてくれ、心配してくれた。
隣で話を聞いていたドドの表情は強張っており、一颯さんはずっと手で口を抑えながら目には涙を浮かべていた。
「そして、俺は知り合いの優秀な工作員に頼んでレンビーが働いていた会社の監視カメラの映像を全て解析してもらった。監視カメラの映像はやはり偽装されていた。そして、1つだけ、本来の映像の瞬間を復元する事ができた」
そして、ラウディさんはタブレットで別の画像を見せてくれた。階段を登ろうとしている姉さんと、あの男の横顔がしっかり映っていた。日付けと時間も姉さんが死んだ日と合致する。
「あのレンビーが喧嘩で負けるわけない。しかし、遺体には銃による弾痕や刃物による傷は一切なかった。これは俺の憶測だが、江飛凱はグラインダーだ。ゼブルムのメンバーだという情報も既に掴んでいる。なんらかの能力でレンビーをビルの屋上から突き落とした」
ゼブルムの一員だと? そんな、そんな、許せない……。そうか、だからファルさんはゼブルムに対してあれ程までに怒りを露わにしていたのか。
「これも皆と話し合った上での憶測でしかないが、レンビーがただ奴に歯向かった程度では殺されはしないだろう。レンビーは奴の決定的な秘密を知っていたんだ。その口封じとして、奴に殺されたと考えるのが1番筋が通ってしまうんだ」
口封じのため? 江飛凱という男の秘密?
「その秘密というのは、この男がゼブルムの一員という事ですか?」
僕の質問にラウディさんは首を振る。
「いや、例えそれを公表した所で奴には何もダメージはない。ゼブルムは表向きには研究機関として名が通っているからな。もっと、もっと大きな秘密があるはずなんだ。弟、何か聞いていないか?」
姉からこの江飛凱という男については全く聞いていない。クアルトでも話題に出た事は1度もない。
「残念ながら、何も聞いてないです。すみません、お役に立てなくて」
僕が項垂れると、ラウディさんは優しく僕の肩を叩いてくれた。
「何、お前が謝ることは何も無い。話を少し戻すが、江飛凱は今、西の街にいる。亜我見府だ。だから俺達は奴を1発、いや何発もぶん殴るために西に向かってる」
亜我見府に行くのか。僕は1度も行ったことはないな。日本では璃風都の次くらいに大きな街だ。
「そして、江飛凱がこのタイミングで来日した理由。表向きには講演会だの、児童養護施設へ寄付するためだとか公表しているが、そんな事はいつでもできるはずだ。2日前、丁度お前達は峽峰にいた。奴は、ゼブルムの報告で弟の名前を見たはずだ。『弖寅衣』なんて苗字は珍しいからな。レンビーの弟が組織に楯突いていると知って飛んできたのだろう。つまり、奴の狙いは、弟、お前だ」
ラウディさんは顔を上げ、僕を真っ直ぐに見つめた。
「そんな……じゃあ、特殊部隊のACHEはこの江飛凱の差し金という事ですか?」
こいつは、僕を殺そうとしているのか? 姉と同じように僕も殺す気なのか? タブレットに映る愛想のいい笑顔は最早仮面としか思えなくなった。
「間違いないだろう。奴はアメリカで軍の兵器開発事業にも手を伸ばしていた。俺は常に奴の動きをマークしていたが、日本との間で何度も物資を流通していた。おそらくACHEの軍備強化にも加担しているだろう」
江飛凱は戦争を起こす気だ。今までのゼブルムの行動からもそれは明らかだ。その計画を一任されている1人だ。だが、あまりに存在が巨大だ。こんな奴に僕はこれから立ち向かわなくてはいけないのか。
「そして、もう1人。江飛凱と同じくらいに俺が警戒している男がいる。こいつだ」
ラウディさんは江飛凱の左前方に立つ男を指し示した。その男はスーツ姿だが、頭にはテンガロンハットを被っており、表情はわからない。しかし、顔の下半分をびっしりと髭が覆っており、その伸びた髭は左右のもみあげを繋いでいる。
「こいつの名はマリス。江飛凱のボディガードとして一緒に来日したようだが、軍人の世界ではこいつを知らない者はいない。数々の戦場を潜り抜けて来た化け物だ」
ボディガード。確かに、ラウディさんと同じくらいに体格がよく、スーツがはち切れんばかりの胸板をしている。見るからに強そうだ。
「こいつは銃器も扱っていたが、恐ろしい事に素手で武装した敵の兵士を何人も倒してきた。生きる兵器とされている。そして、拳一突きで人間を殺すと言われている。信じられないだろ? だが、戦場でそれを見たという人間が何人もいる。マリス、こいつにはもう1つの名前がある。『ブルータル』その名を聞くと軍人は誰もが震え上がる」
拳一突きで人間を殺すだと? そんな事が可能なのか? まさか、グラインドの力なのか? そんな人間が軍にいるとしたら、それこそ最強の兵器だ。
「恐ろしい奴だ。奴が常に江飛凱の隣にいる可能性が高い。こいつには充分注意して欲しい。江飛凱の力の正体が解らない現状況に於いては、奴よりブルータルの方が危険だとさえ思えるからな」
ラウディさんの言葉は最もだ。写真でもブルータルは江飛凱を守るように左前方に立っている。江飛凱よりも先に、このブルータルと接触する可能性が高いだろう。
「こっちの後ろにいる男は何者なんですか?」
僕はタブレットの画像で、江飛凱の背後に立つオレンジ色の髪の男を指さす。髪が長いのか、サイドの髪を編み込んでおり、前髪はピンか何かで止めているようで、額を出しており、頭頂部で髪を縛っている。簪のような飾り物も頭に付けている。
「こいつに関しては俺も解らない。江飛凱の付き人のように見えるな。軍のデータを探しても見つからなかった。正体不明な以上、こいつも警戒するに越した事はない」
ラウディさんでも知らない男。そいつは、目を瞑り、口元は微笑んでいるようだ。写真からでも得体の知れない不気味さが窺えた。
「ファルさん、これからどこに向かうんですか?」
一颯さんが堪らず問い掛けた。皆それが気になっているだろう。
「知り合いのとこにね。車を乗り換えるためにさ。銃弾の痕も酷いだろ?」
なるほど。確かにこのまま昼間も走ったら怪しまれるだろう。そして、先程、特殊部隊ACHEによる襲撃でこの車のナンバーも記録されてしまっているかもしれない。このタイミングで車を変えるのは適切な判断だと言える。
「解りました。でも、その後はどこに向かうんですか?」
僕もずっと気になっていた事を聞く。目的地があるんだろうか。しかし、ファルさんは口篭りながらその質問に答える素振りがない。
「西だ。おそらく、俺とファルゼンが日本に来ていた理由は同じだ。偶然な訳が無い」
答えてくれたのはラウディさんだった。ファルさんの後ろに座るラウディさんが僕をちらりと見る。
「そろそろ教えてもいいだろ? 弟、お前にとっては少しつらい話になるかもしれないが、いいか?」
ファルさんはラウディさんの言葉を聞いて前方を見ながらも了承の返事をした。僕にとってつらい話か。でも、それは僕が直面しなくてはならない事なのだろう。
「はい。受け止めます。話してください」
僕がそう言うと、ラウディさんは自身が持ってきていたバックパックから10インチサイズのタブレットを取り出した。そして、ある画面を僕と一颯さんとドドの3人に見えるように向けた。
そこには3人の男が映っていた。どうやら空港での写真のようだ。
「2日前、この男が来日した。弟、こいつを知ってるか?」
僕は首を振る。ラウディさんが指さした男はブランド物のスーツを身に纏い、褐色の健康的な肌をしており、愛想のいい笑みを周りの記者に向けている。濃い緑色の髪を横に流すように整髪料で固めており、サイドの毛を刈り上げているようだった。人柄がとても良さそうだ。しかし、画面にテロップで書かれた名前が読めない。
「江飛凱 凰寿という男だ。世界を股に掛けるベンチャー企業の社長だ。最近まではアメリカでまた新しい事業を立ち上げてそれに専念していたが、唐突に日本へと帰ってきた」
ベンチャー企業の社長か。確かに見るからに羽振りが良さそうだ。画面の端には彼に向かって手を振る女性もいる事から、根強いファンも少なくないのだろう。
そして、ラウディさんはそこで間を置いた。数秒してから口を再び開く。
「弟よ、お前の姉、レンビーの死因を知ってるか?」
唐突にそんな事を聞いてきた。僕にとっては辛い思い出だが、それでも迷わず口にする。
「はい。自殺です。ビルから飛び降りて」
そう、僕の姉、弖寅衣 煉美は自殺でこの世を去った。遺書は残ってなかったが、当時の状況と監視カメラの映像がそれを物語っていた。
姉が勤めていた会社はいわゆるブラック企業だった。社員を酷使し、サービス残業も当たり前の過重労働体制だったという。
その環境が姉を自殺に追いやったのだと。そして、監視カメラには姉以外の人間が映っていなかった。
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そして、クアルトという部屋で再会した姉を前にして、その自殺について聞く事は絶対に出来なかった。怖かったのかもしれない。あんな風に笑っている姉を見て、そんな事聞ける訳が無いし、未だに僕は信じていない。
「そうだ、表向きにはな。だがな、俺達がそんな事実受け入れると思うか? 俺達はあいつの親友だ。あの時、俺達は結束し、情報をひたすら掻き集めた。そして、ある線が浮かんだ。レンビーは殺された。当時、レンビーの上司だったこの男にな」
そう言って、ラウディさんは再びタブレットに映る江飛凱という男を指した。
こいつが、姉さんを、殺した? 姉さんの元上司?
「当時はまだ日本で都市開発事業の会社を経営していたな。レンビーが死んだ後、なぜかこいつの手掛ける事業の悉くが波に乗る。部下の自殺を機に改心した会社として一躍有名になったんだ。しかし、どうにも匂うと俺は感じた。レンビーと親しかった奴らに片っ端から聞いた。どうもレンビーは上司だった江飛凱と何度も衝突していたようだ」
なんだそれは。何がどうなっているんだ。姉は当時仕事の事は一切僕には話さなかった。むしろいつも僕の学校生活の話を聞いてくれ、心配してくれた。
隣で話を聞いていたドドの表情は強張っており、一颯さんはずっと手で口を抑えながら目には涙を浮かべていた。
「そして、俺は知り合いの優秀な工作員に頼んでレンビーが働いていた会社の監視カメラの映像を全て解析してもらった。監視カメラの映像はやはり偽装されていた。そして、1つだけ、本来の映像の瞬間を復元する事ができた」
そして、ラウディさんはタブレットで別の画像を見せてくれた。階段を登ろうとしている姉さんと、あの男の横顔がしっかり映っていた。日付けと時間も姉さんが死んだ日と合致する。
「あのレンビーが喧嘩で負けるわけない。しかし、遺体には銃による弾痕や刃物による傷は一切なかった。これは俺の憶測だが、江飛凱はグラインダーだ。ゼブルムのメンバーだという情報も既に掴んでいる。なんらかの能力でレンビーをビルの屋上から突き落とした」
ゼブルムの一員だと? そんな、そんな、許せない……。そうか、だからファルさんはゼブルムに対してあれ程までに怒りを露わにしていたのか。
「これも皆と話し合った上での憶測でしかないが、レンビーがただ奴に歯向かった程度では殺されはしないだろう。レンビーは奴の決定的な秘密を知っていたんだ。その口封じとして、奴に殺されたと考えるのが1番筋が通ってしまうんだ」
口封じのため? 江飛凱という男の秘密?
「その秘密というのは、この男がゼブルムの一員という事ですか?」
僕の質問にラウディさんは首を振る。
「いや、例えそれを公表した所で奴には何もダメージはない。ゼブルムは表向きには研究機関として名が通っているからな。もっと、もっと大きな秘密があるはずなんだ。弟、何か聞いていないか?」
姉からこの江飛凱という男については全く聞いていない。クアルトでも話題に出た事は1度もない。
「残念ながら、何も聞いてないです。すみません、お役に立てなくて」
僕が項垂れると、ラウディさんは優しく僕の肩を叩いてくれた。
「何、お前が謝ることは何も無い。話を少し戻すが、江飛凱は今、西の街にいる。亜我見府だ。だから俺達は奴を1発、いや何発もぶん殴るために西に向かってる」
亜我見府に行くのか。僕は1度も行ったことはないな。日本では璃風都の次くらいに大きな街だ。
「そして、江飛凱がこのタイミングで来日した理由。表向きには講演会だの、児童養護施設へ寄付するためだとか公表しているが、そんな事はいつでもできるはずだ。2日前、丁度お前達は峽峰にいた。奴は、ゼブルムの報告で弟の名前を見たはずだ。『弖寅衣』なんて苗字は珍しいからな。レンビーの弟が組織に楯突いていると知って飛んできたのだろう。つまり、奴の狙いは、弟、お前だ」
ラウディさんは顔を上げ、僕を真っ直ぐに見つめた。
「そんな……じゃあ、特殊部隊のACHEはこの江飛凱の差し金という事ですか?」
こいつは、僕を殺そうとしているのか? 姉と同じように僕も殺す気なのか? タブレットに映る愛想のいい笑顔は最早仮面としか思えなくなった。
「間違いないだろう。奴はアメリカで軍の兵器開発事業にも手を伸ばしていた。俺は常に奴の動きをマークしていたが、日本との間で何度も物資を流通していた。おそらくACHEの軍備強化にも加担しているだろう」
江飛凱は戦争を起こす気だ。今までのゼブルムの行動からもそれは明らかだ。その計画を一任されている1人だ。だが、あまりに存在が巨大だ。こんな奴に僕はこれから立ち向かわなくてはいけないのか。
「そして、もう1人。江飛凱と同じくらいに俺が警戒している男がいる。こいつだ」
ラウディさんは江飛凱の左前方に立つ男を指し示した。その男はスーツ姿だが、頭にはテンガロンハットを被っており、表情はわからない。しかし、顔の下半分をびっしりと髭が覆っており、その伸びた髭は左右のもみあげを繋いでいる。
「こいつの名はマリス。江飛凱のボディガードとして一緒に来日したようだが、軍人の世界ではこいつを知らない者はいない。数々の戦場を潜り抜けて来た化け物だ」
ボディガード。確かに、ラウディさんと同じくらいに体格がよく、スーツがはち切れんばかりの胸板をしている。見るからに強そうだ。
「こいつは銃器も扱っていたが、恐ろしい事に素手で武装した敵の兵士を何人も倒してきた。生きる兵器とされている。そして、拳一突きで人間を殺すと言われている。信じられないだろ? だが、戦場でそれを見たという人間が何人もいる。マリス、こいつにはもう1つの名前がある。『ブルータル』その名を聞くと軍人は誰もが震え上がる」
拳一突きで人間を殺すだと? そんな事が可能なのか? まさか、グラインドの力なのか? そんな人間が軍にいるとしたら、それこそ最強の兵器だ。
「恐ろしい奴だ。奴が常に江飛凱の隣にいる可能性が高い。こいつには充分注意して欲しい。江飛凱の力の正体が解らない現状況に於いては、奴よりブルータルの方が危険だとさえ思えるからな」
ラウディさんの言葉は最もだ。写真でもブルータルは江飛凱を守るように左前方に立っている。江飛凱よりも先に、このブルータルと接触する可能性が高いだろう。
「こっちの後ろにいる男は何者なんですか?」
僕はタブレットの画像で、江飛凱の背後に立つオレンジ色の髪の男を指さす。髪が長いのか、サイドの髪を編み込んでおり、前髪はピンか何かで止めているようで、額を出しており、頭頂部で髪を縛っている。簪のような飾り物も頭に付けている。
「こいつに関しては俺も解らない。江飛凱の付き人のように見えるな。軍のデータを探しても見つからなかった。正体不明な以上、こいつも警戒するに越した事はない」
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