カンテノ

よんそん

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第3章 サフォケイション

3-6 心理

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 それからしばらく雑談をしていた。ファルさんがこの前参加したレースの事、ラウディさんが米軍所属時代に参加した紛争の事、それから僕達が戦ったディキャピテーションの事。

「ディキャピテーション……確か、奴の父親はオーストリアの処刑人として有名だったな。それでアイツも父親の跡を継いでいたはずだ。まさか、レンビーの弟が倒したとはな」

  ラウディさんは低く唸るように呟いた。

「ディキャピテーション倒して、あのルシッドも倒したんだろ? そりゃゼブルムから狙われちゃうよな! ちょっと見ない内にでかい男になったな想は!」

  ファルさんは運転席から身を乗り出すような体勢になっていた。

「あぁ、そうなんだ。想はすげぇんだぜ? 俺が教えた基礎もあっという間に身に付けて、格闘術もすぐにできるようになっちまったんだ」

「って、ドド!? いつの間に起きてたの!? 僕なんかまだ格闘術はよくわかってないよ」

  ラウディさんの隣で寝ていたはずのドドが起きていた。朝になるまでは起きないだろうと思っていたのに。

「ラウディ兄さんが軍隊時代の話してるあたりから薄ら起き始めてな。ディキャピテーションの名前が聞こえだして、完全覚醒したぜ」

  ドドはなぜか誇らしげに自分の顎の髭を撫でていた。そのドドに、隣のラウディさんが飲み物を渡した。先程買ってきたお茶だ。

「お、ありがてぇ! いただきます!」

  そんなドドを見てラウディさんは嬉しそうにしている。同族の匂いを感じているのかもしれない。と、ファルさんがそこでみんなに向かって提案をする。

「ちょうどそろそろシャワー浴びに行こうかとも考えてた所だ。全員で行くのはまずいから、2回に分けるか?」

  確かに、いくら帽子や眼鏡をしているとは言え流石に全員で行くのはまずい。時刻は既に午前3時。人は少ないだろうが、用心するに越したことはない。

「俺とミスタードドマルは別れた方がよさそうだな。何かあった時にガードできるしな」

  ラウディさんはそう言ってドドの肩を叩いた。ドドも笑顔で力強く頷く。

「俺はミモザちゃんと行くから!」

「はぁ!? チビゼン! お前はこんな状況で何を言ってるんだ? 俺は許さんぞ。ミスイブキのような可憐なレディーに貴様のような下衆男が近づくな!」

  ファルさんが目を輝かせながら名乗り出たが、ラウディさんに反対され、その目は怒りの炎に変わる。

「お二人とも、まぁまぁ落ち着いてください。私はファルさんと一緒でも構いませんから。堂島さんが一緒なら問題ないですよね?」

  間に挟まれた一颯さんがあたふたしながらも2匹の猛獣をなだめた。

「ミモザちゃーん! 大丈夫、この俺がしっかり見張ってるからね!」

「ファルさんもしっかりお風呂入ってくださいよ! 運転で疲れてるでしょうし」

  僕は咄嗟に口を挟んでしまったが、シャワーだけ浴びる予定の僕が言えた義理ではなかった。ラウディさんは納得いかない様子だったが、一颯さんの言葉に観念したのか、ため息をつき、

「わかった。ミスイブキが言うならしょうがない。ミスタードドマル、彼女を任せたぞ」

  そう言ってドドの肩を叩き、任務を告げるように言った。

「あぁ、了解だ! でもまぁ大丈夫だろ。ファルさんはただ話がしたいだけだと思うぜ?」

  ドドのその言葉に好感を持ったのか、ファルさんは照れ笑いしながら先程の帽子を渡した。それを受け取ったドドは、長い髪を縛り帽子を被った。そして、3人で車外へと出て行った。

「ファルさんの事、そんなに信用出来ないんですか?」

  車内に残されたのは僕とラウディさんだけとなり、僕は後方に座る米国の大佐に問い掛けた。

「ん? あー、まぁ、なんだろな。そんなに信用してないわけじゃないんだ。あいつの事はすごいと思っている。確かに女好きな所はあるが、それでもあいつは弁えるだろ。あれでもすごく冷静な男だ。ただ、念の為にと思って言おうとすると、つい強く当たってしまうんだ。まるで歯車が噛み合わないように、調子が狂ってしまうんだ」

  意外だった。ラウディさんがそこまで思っていたのが。ファルさんがいない今だからこそ聞けた本音だ。
  この人は決して、不器用ではない。僕や一颯さん、ドドと接している時はとても礼儀正しくフレンドリーで。でも、気持ちとは裏腹な言動をとってしまう事は誰にでもある。それは決して悪い事ではない。

「わかります。僕も、姉に時々強く言ってしまったり、心では本気で思ってないような事を言っちゃいます……言ってました。姉は優しいからそれを受け止めてくれるけど、でもたまに余裕がない時、どうしても僕らは衝突してしまいがちでした」

  そんな時はいつも後から反省した。反省して次に活かそうとする事もいい事だが、衝突する事が1つの在り方だとする考えも決して悪くは無いのではないかと。両者に信頼できる関係が築けているのなら、それも良いのではないのかと。今のラウディさんの言葉を聞いて思った。

「あぁ、そうだな。人間はそんなもんなんだよな。だから、俺も時には気をつけるし、時にはこれでもいいんじゃないかと思っているんだ」

  僕の考え方を見透かしたようにラウディさんはまとめてくれて、なんだかラウディさんと思いを共有しているような気がして、嬉しくなった。

「ところで、レンビーは優しくはないだろ? すぐ怒ったし、俺の意見が気に食わないと殴ってきた時もあったぞ?」

  真面目な話の後にそんな話をされ、僕は思わず笑った。いや、ラウディさんからしたら今の話も真面目なのかもしれないが。

「実は、ここだけの話なんですが、姉は僕の前では別人だったんですよ? すごく甘やかしてくるんです」

  僕がそう言うと、ラウディさんの顔が止まって全く動かなくなった。そして、眉をひそめる。

「あのレンビーが? 何かの間違いだろ? 信じられない。あの殺戮マシーンがブラコンだと? これは傑作だ。国に帰ったら隊の皆に教えてやろう!」

  殺戮マシーン……アメリカではそんなに暴れていたのか。

「いや、だからここだけの話です! 内緒です! トップシークレット!」

  口止めしておかないと後で姉に怒られてしまう。

「あぁ、そうだな、トップシークレットだ! 間違ってない!」

  ラウディさんは手を叩いて笑っている。その後もラウディさんと姉の話をした。姉が以前アメリカに行きラウディさんの仕事を手伝った時の話も聞かせてもらったが、殺戮マシーンと呼ばれても何もおかしくはない話だった。
  話をしていたら時間が経ち、ファルさん達3人が帰ってきた。帰りにコンビニで買い物もしてきたらしく、手にはビニール袋を持っている。

「お風呂気持ちよかったですよー。弖寅衣くん達も行ってきてください」

  一颯さんはアイスを買ってきたらしく、早速それを開けている。ファルさんは一颯さんとお話できて嬉しかったのか、先程より上機嫌そうに顔をほころばせている。

「人もいなかったし、美女とコンビニデートできて俺はもう最高だぜ! この後も何キロでも走ってやる!」

  ファルさんもアイスを買ってきたらしく、それに手をつけている。

「よかったな。じゃ、弟、俺達も行くとするか」

  ラウディさんに言われ、僕は一颯さんに借りたキャスケットを被り車外へと降りて、車のガラスを鏡代わりにして確認する。僕が被ると、驚くくらいに似合わない。
  ラウディさんと一緒にサービスエリアの建物へ向けて歩き出した。改めて並んで歩くとラウディさんは大きい。筋肉のぶん、ドドよりも大きい。

  建物内へと入り、案内板を見つけて浴場の方へと向かう。脱衣場に入り、ラウディさんが服を脱いだが、その背中は傷だらけであった。幾つもの戦場をくぐり抜けた証だ。
  浴場内は熱気がむんむんとしていた。あの峡峰の温泉程ではなかったが、それでも僕は早くここから出たいと思い、シャワーを浴び、手早く髪と身体を洗った。もちろん湯船には浸からず、ラウディさんに先に失礼しますと言って浴場を後にした。
 
 手早く髪を乾かし、服を着て脱衣場から出た。ラウディさんを待ってる間に何をしよう? 熱かったし、とりあえず冷たい飲み物を飲もうと自販機でコーラを買った。

「おい、兄ちゃん」

  と、コーラを飲んでいたら不意に声をかけられた。声の主を見ると、見知らぬ初老のおじさんがそこにいた。

「テレビ見たぞ。お前らあれだろ? 今全国指名手配されてるあれだろ? うまく逃げ延びてるみたいだけど、まさかこんな所にいるとはなー」

  そのおじさんは、ニヤニヤしながら僕に向かって指をさしながら話してきた。
  バレていたのか。どうしよう。僕は何も言えずに黙っている事しかできなかった。

「この日本でさ、逃げられると思ってんの? え? もうさ、さっき警察に通報しといたからさ。な? 悪人は大人しく捕まった方がいいよ?」

  そんな、もう通報済みだっていうのか。目の前のおじさんは、すごく馴れ馴れしく、余裕を見せつけながら言ってくる。肌に不快感がまとわり付くようで、すぐにでも逃げ出したくなる。

「あ、なになに? こいつ例の? うわ、こんなに若い奴だったんだー。へぇー。写真撮っていい? ネットに晒していい?」

  そこに別の男が現れた。人相が悪く、金のネックレスをして、自分が偉い人間だと思い込んでいるかのような態度だった。
  写真なんか絶対に撮らせるわけにいかない。僕はもう我慢できず、そいつが手に構えたスマホをグラインドで動かし、1番初めに話しかけてきたおじさんに思い切りぶつけた後、ゴミ箱へと入れた。

「は!? なんだ? どうなってんの!? お前が今なんかやったのか? あぁ? 手品か? そんな事して許されると思ってんのか!」

  金のネックレスをした男が僕に掴みかかり、殴ってきた。そんなに痛くはない。だが、そこへ次々と他の人間が集まってきた。

「なに指名手配犯だって? 俺にも殴らせろ!」

「こいつ、手品で俺にスマホぶつけてきたんだよ! 犯罪人だ! ぶん殴ってやる!」

「今丁度ムカついてたから殴らせろや!」

  と、どんどん男達が僕を殴り始めた。少し離れた所で笑っている女達もいた。なんだ? 何がどうなっているんだ?
  人が困っている時は見て見ぬふりをしてばかりなのに、誰かが動き出したらせきを切ったように釣られて便乗してくる。誰かが行動しないと自分も行動できない。
  そして、相手が悪人だと決めつけて、普段は持ち合わせていない正義感を振りかざしてやりたい放題。なんなんだこの国は。

  ――――バァンッ!

  と、その時銃声が響いた。僕の後ろにラウディさんが立っており、天井に向けてハンドガンを撃ったようだった。
  そして、彼は僕の方へと近付き、銃声に唖然としていた男達の顔面を1人残らず殴った。

「お前ら、俺の仲間に何している? 日本人共、それがお前らの大和魂か?」

  ラウディさんは静かに怒っていた。

「なんだよこの外人! でけぇからって調子のんな! 日本で好き勝手できると思うなよ!」

  先程、僕の写真を撮ろうとした男がラウディさんに掴みかかろうとした。しかし、ラウディさんはその大きな片手で男の顔面を掴み、自動販売機に叩き付けた。男は気絶し、その身体はその場に崩れた。

「お前達は偽のニュースに踊らされてる事が解らないのか!? とんだマヌケだ! まだ弟に殴りたい奴がいるか? 中学校のいじめみたいに寄って集って殴りたいか? 全員俺が叩きのめす!」

  僕を含めた全員が圧倒されていた。この場で「弟」と呼んだら僕がラウディさんの弟みたいになってしまってるけど。

「大丈夫か? お前ならこんな奴ら全員倒せたはずだろ?」

「大丈夫です。全然痛くなかったので。ちょっとびっくりして動けなかっただけです」

  僕がそう言うとラウディさんは呆れたようだった。その時、建物の外の駐車場にたくさんの車がなだれ込んでくるのがわかった。警察ではない。あれは、あの時の特殊部隊だった。
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