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第2章 カーネイジ
2-18 ルシッド
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「ぐ、ぐ、ぐふわーっ! あっ、ぐはっ、あ、あ、俺の、俺の腕がぁー! ごぼっ! ぶはぁ……」
シルベーヌさんの奥義によって、右腕を切断されたサターンズ・リングは、血を吐きながら叫んでいた。
「乙女を悲しませる愚か者はこうなる運命なのよ!」
シルベーヌさんは何事も無かったかのようにウインクをしていた。やはり、本気を出すととてつもなく強い。僕はまだ震えが止まらない。
「一思いに殺してもよかったけれど、あなたはあまりにあたしを怒らせた。どう? 痛い? せいぜいその苦痛を味わいなさい」
地に伏したサターンを見下ろしながら笑っていた。完全にいってしまってないか?
「終わったのか?」
と、背後から堂島さん達が近付いてきた。一颯さんの手当てを受けたためか、堂島さんはしっかりと地面に立っており、それを見て僕は安心した。
一颯さんは両手にシルベーヌさんの鞘を入れた日本刀用のケースを持ち、心配そうにしていた。
「うん。流石にシルベーヌさんのあの大技を受けたらもう戦えないだろう」
あの一瞬で合計3箇所を斬られたのだ。正面と背後、そして右腕を斬り落とされ、もうサターンは戦えない。
「まだだ……」
苦痛の表情を浮かべながらも、サターンは呟いた。諦めが悪いのか、負けず嫌いなのか。誰がどう見ても結果は明らかだ。
だが、その時、何か音がした。風が吹くような。悪寒が背筋に走る。
「みんな下がれ!」
僕は叫んでいた。その言葉に3人とも何かを感じ取ってくれたのか、急いで後方へ下がり、サターンから離れた。
次の瞬間、有り得ない事が起きた。僕らがさっきまでいた空間に、あまりにも巨大な黒い塊が落ちてきた。地震が起きたかのような揺れが発生し、僕らは蹌踉めき、地面に倒れた。
黒い巨大な塊は4m、いや5mの高さに達していた。横幅も同じくらいあるだろう。これは、まさか……。
「へへ……やっと来たな。カーネイジ!」
上空にはサターンの巨大な環が浮いていた。どうやらサターンが最後の力を使って、あの巨大なものを運んだようで、巨大な環はすぅっと消えていった。
「カーネイジ」と言ったのか? あれは、あれは、もしやあの洞窟の中にいたあの大きな目の正体か? あの洞窟にこんなにも大きなものがいたのか? そもそも、これは人間なのか?
「こいつ! もしかして、殺人鬼のルシッドじゃないの!?」
荒らげるように声を出したのはシルベーヌさんだった。
「殺人鬼!? 人間なのか!?」
堂島さんも驚きながらシルベーヌさんに聞いた。
「えぇ、間違いないわあの顔。何年も前に、ロシアで女性や子供を狙った大量虐殺事件が起きたの。その犯人がルシッド。殺した相手の、脳の一部を蒐集してたという猟奇殺人鬼。警察が何度も逮捕に臨んだけど、誰もが返り討ちにあい、結局国は軍隊を投入して捕縛し、何年も前に投獄されたはずよ。まさか、あの洞窟で匿っていたというの!? でも、当時はあそこまで巨大じゃなかったはずよ!?」
猟奇殺人鬼だと? そんな危険な人間が今、目の前にいるのか?
その殺人鬼は、黒い髪の毛と髭が顔の周りを覆っており、肌は土気色をしていた。衣服は上下真っ黒で、それが元の色なのか、汚れによるものなのかは判別がつかない。腕も脚も、樹海の樹木と同じくらいに太い。そして、左手には巨大な斧を持っていた。
「はは……そうだ、そのルシッドだ。我が組織は……、奴を牢獄から解放する代わりに組織に入る事を条件にした。そして、組織の……ゼブルムの研究によって、ルシッドは力をつけ、巨大化し、カーネイジとなったのさ……!」
サターンは息も絶え絶えに語った。この殺人鬼もゼブルムの力で改造されているのか。
「悪趣味すぎるわ。いくらなんでも」
と、地面に倒れていたはずのバーント・イン・ザ・サンがカーネイジの隣に立った。あんなに大きく見えた黒い狼は、今や小さく見えてしまう程だ。
カーネイジは荒い息を立ててこちらを睨み付けている。その息は蒸気のように白い煙となっている。
「こんな奴に敵うわけねぇ! 一旦退くぞ!」
堂島さんの考えに賛同し、僕ら4人は廃村から抜け出し、再び森の中へ行く。しかし、背後から地響きがする。奴が、カーネイジが追ってきているのだ。
「ドド! 一颯さんを頼む!」
僕がそう言うと、堂島さんは無言で頷き、一颯さんを抱え上げ、お姫様抱っこをして走る。一颯さんの、きゃっという悲鳴が聞こえたが、今はあの巨人に集中しなければならない。
「そーちゃん、どうするつもり?」
シルベーヌさんが走りながら聞いてきた。
「とりあえず牽制しながら逃げます。あの炎の狼も追ってくると思うので、シルベーヌさんはそちらをお願いできますか?」
僕がそう言うと、シルベーヌさんはニコッと微笑んだ。
「お安い御用よ。ダーリンのお願いだもの」
その呼び方に、思わず僕はフッと笑ってしまった。先程も使った、枝と蔓でできた即席ボードに乗る。身体を横に向け、前方と背後を確認しながら逃げる。
既に森の中だが、やはりこちらは地面の起伏が激しい。勾配が激しい登り坂を登り切ったら、すぐに下り坂が待っていた。
そして、森の中は先程よりも薄暗い。見通しが悪いが、音によって奴の位置を把握できる。僕は見かけた岩を手当り次第グラインドで投げ飛ばす。中には岩と思っていた物が地面そのもので、動かせなかったりもしたが、その時はすぐに次の物へと視線を飛ばす。
が、カーネイジは手に持った巨大な斧で岩を粉砕していく。進路の邪魔になる樹をも切り倒していく。
「なんて奴だ。無茶苦茶だ」
飛び散る岩の欠片を回避しながらも僕は驚愕した。まだ距離は空いている。カーネイジの巨体は樹木よりも高い。樹木が視界を遮りその全貌は見えないが、あまりにも異常なその体躯に、異質な空気を纏いながら森を闊歩している。
カーネイジの動きが突然止まった。よく見ると何かを抱えている。樹だ。奴は樹を引っこ抜き、それを槍投げのようにこちらに向けて投げつけてきた。
「嘘だろ……」
呆然としていた僕の目の前に大木が迫っていた。が、そこで横から影が飛び出し、僕の前に現れた。ピンク髪サイドテールの乙女、シルベーヌさんだった。
彼女は身体を空中で斜めの体勢にしながらも、人間業とは思えない高速の斬撃を繰り出し、あの巨大な大木をバラバラに斬り刻んだ。まさに妖精のように宙を舞っていた。
だが、そのバラバラになる大木から飛び出す大きな黒い物体があった。バーント・イン・ザ・サンだ。燃える黒い狼があの大木に乗っていたのだ。奴が、燃えながら僕に向かってドリルのように回転しつつ突撃してくる。従来の動物ではできないような動きだ。
僕は横から岩を飛ばし、狼へとぶつける。狼は岩の衝撃を受けながらも、体勢を変え、その岩を足場にして蹴飛ばし、斜め上の樹木の上に飛び乗った。
僕は、シルベーヌさんが斬り刻んだ木片を狼と、そして迫り来る殺人鬼カーネイジに向けて飛ばす。木片は確実にあの巨体に命中していたが、いくつかは巨大な斧と腕で薙ぎ払われてしまう。
そして、またカーネイジの歩みが止まった。身体を大きく沈ませたかと思ったら、次の瞬間、あの大きな身体で飛び上がった。大きな斧を頭上に振りかぶり、僕の方へと迫ってきた。体当たりによって、周りの木の枝をバキバキとへし折りながらこっちへと向かってくる。
「シルベーヌさん、こっち! 一緒に乗って!」
シルベーヌさんの手を引き、ボードに乗せる。辛うじて2人で乗れるスペースがあるため、彼女を乗せ、僕は正面の大木に向かってボードを走らせる。その大木は地盤が傾いていた事もあり、幹が斜めに伸びていた。その幹の上を走りながら登る。
次の瞬間、ドゴォンという音を立て、カーネイジが着地と共に斧を振り下ろした。そして、なんとその斧によって斬られた樹木の悉くが燃えていた。どういう事だ? あの殺人鬼も狼と同じように炎を使うのか? 疑問を抱きながらも幹の上を走っていたが、そこから着地したカーネイジの頭上目掛けて飛ぶ。
そのタイミングを見計らって、シルベーヌさんがカーネイジに向けて頭から突撃する。両手で刀を持ち、斬り上げる動きで殺人鬼の頭を狙ったが、奴はその斬撃を斧で受け止めた。
シルベーヌさんは空中で体勢を整えつつ、斧を持つ腕を斬りにかかるが、硬くて刃が通らないのか、かすり傷程度しか与える事が出来ず、着地する。
「くっ、なんて硬さなのよ」
僕はボードで奴の頭上に浮いているが、異様な暑さに戸惑っている。この感覚はあの洞窟で初めてこの巨人と会った時と同じだ。熱を操るのか?
「ヴヴァー、グフォー!」
奴は獣のように唸り、鳴き声を上げている。もはや人語を介さないのか。僕は奴に向けて上から大きい岩をグラインドで落とす。それをカーネイジは斧を持っていない方の右手で受け止める。
僕は奴の背後に忍ばせていた、第2の大岩を後頭部目掛けて放った。が、カーネイジは左手に持った斧の背の部分で受け止めた。感覚も鋭いのか。
奴の両手を塞いだその瞬間を見逃さなかったシルベーヌさんが飛び出す。しかし、それを遮るようにバーント・イン・ザ・サンが木の上を飛び渡り、地上を走るシルベーヌさんに向かって炎の突撃をする。
「邪魔」
鋭く呟き、シルベーヌさんはあっさり目の前の狼を斬り伏せ、狼の身体を踏み台にし素早く飛び上がる。カーネイジの懐に飛び込み、そして、回転を加えながら奴の腹を横から斬り裂いた。
ドシーンと音を立て、巨体がついに膝をついた。腹からは夥しい量の血が溢れている。
「グオォー、ンングー!」
それでもカーネイジの顔からは憤怒の表情は消えない。唸り声を上げたあと、何か単語を呟いていたが、ロシア語なのだろうか? 意味は全くわからなかった。
と、その時、先程まで異常な暑さを発していた一帯が、急激に冷え込んできた。寒い。どうなっているんだ? 僕はボードで宙に浮いていたが、急いでシルベーヌさんの元へと行く。
「どうなってるの!? あたし達が樹海に入って来た時よりも寒いわ。真冬並よ?」
僕も頷く。そして、驚く事に辺りの草木が凍りついている。
「恐らく、奴のグラインドは温度を操るものなんじゃないでしょうか? 熱を上げるだけかと思ってましたが、ここまで温度を下げる事もできるなんて」
そして、ふと思い出した。土曜日に訪れたあの湖。あそこの水温が低かったのはこのカーネイジの能力によるものだったのではないだろうか。確かにこの樹海からあの湖は近いのだ。
斧で木を燃やしていたのは、斧を高音にしていた事が原因か。しかし、いくらなんでもこの寒さは異常だ。雪が降るのではないかと思うくらいに。
そこで僕の頭に恐ろしい予想が浮かび上がってしまった。
「ドドー! 逃げろ! 出来るだけ遠くに!」
数十m先にいる堂島さんに向かって声を掛ける。そして、シルベーヌさんをボードに乗せ、僕も跡を追うようにカーネイジから距離をとる。奴は今まさに斧を振り被ろうとしていた。
「どうしたの? そーちゃん?」
僕の肩に掴まっているシルベーヌさんが怪訝そうに後ろから聞いてきた。
「僕の予想通りなら、奴の狙いは……」
その言葉が終わらない内に、今まで聞いた事のない凄まじい轟音を響かせ、大爆発が起きた。
シルベーヌさんの奥義によって、右腕を切断されたサターンズ・リングは、血を吐きながら叫んでいた。
「乙女を悲しませる愚か者はこうなる運命なのよ!」
シルベーヌさんは何事も無かったかのようにウインクをしていた。やはり、本気を出すととてつもなく強い。僕はまだ震えが止まらない。
「一思いに殺してもよかったけれど、あなたはあまりにあたしを怒らせた。どう? 痛い? せいぜいその苦痛を味わいなさい」
地に伏したサターンを見下ろしながら笑っていた。完全にいってしまってないか?
「終わったのか?」
と、背後から堂島さん達が近付いてきた。一颯さんの手当てを受けたためか、堂島さんはしっかりと地面に立っており、それを見て僕は安心した。
一颯さんは両手にシルベーヌさんの鞘を入れた日本刀用のケースを持ち、心配そうにしていた。
「うん。流石にシルベーヌさんのあの大技を受けたらもう戦えないだろう」
あの一瞬で合計3箇所を斬られたのだ。正面と背後、そして右腕を斬り落とされ、もうサターンは戦えない。
「まだだ……」
苦痛の表情を浮かべながらも、サターンは呟いた。諦めが悪いのか、負けず嫌いなのか。誰がどう見ても結果は明らかだ。
だが、その時、何か音がした。風が吹くような。悪寒が背筋に走る。
「みんな下がれ!」
僕は叫んでいた。その言葉に3人とも何かを感じ取ってくれたのか、急いで後方へ下がり、サターンから離れた。
次の瞬間、有り得ない事が起きた。僕らがさっきまでいた空間に、あまりにも巨大な黒い塊が落ちてきた。地震が起きたかのような揺れが発生し、僕らは蹌踉めき、地面に倒れた。
黒い巨大な塊は4m、いや5mの高さに達していた。横幅も同じくらいあるだろう。これは、まさか……。
「へへ……やっと来たな。カーネイジ!」
上空にはサターンの巨大な環が浮いていた。どうやらサターンが最後の力を使って、あの巨大なものを運んだようで、巨大な環はすぅっと消えていった。
「カーネイジ」と言ったのか? あれは、あれは、もしやあの洞窟の中にいたあの大きな目の正体か? あの洞窟にこんなにも大きなものがいたのか? そもそも、これは人間なのか?
「こいつ! もしかして、殺人鬼のルシッドじゃないの!?」
荒らげるように声を出したのはシルベーヌさんだった。
「殺人鬼!? 人間なのか!?」
堂島さんも驚きながらシルベーヌさんに聞いた。
「えぇ、間違いないわあの顔。何年も前に、ロシアで女性や子供を狙った大量虐殺事件が起きたの。その犯人がルシッド。殺した相手の、脳の一部を蒐集してたという猟奇殺人鬼。警察が何度も逮捕に臨んだけど、誰もが返り討ちにあい、結局国は軍隊を投入して捕縛し、何年も前に投獄されたはずよ。まさか、あの洞窟で匿っていたというの!? でも、当時はあそこまで巨大じゃなかったはずよ!?」
猟奇殺人鬼だと? そんな危険な人間が今、目の前にいるのか?
その殺人鬼は、黒い髪の毛と髭が顔の周りを覆っており、肌は土気色をしていた。衣服は上下真っ黒で、それが元の色なのか、汚れによるものなのかは判別がつかない。腕も脚も、樹海の樹木と同じくらいに太い。そして、左手には巨大な斧を持っていた。
「はは……そうだ、そのルシッドだ。我が組織は……、奴を牢獄から解放する代わりに組織に入る事を条件にした。そして、組織の……ゼブルムの研究によって、ルシッドは力をつけ、巨大化し、カーネイジとなったのさ……!」
サターンは息も絶え絶えに語った。この殺人鬼もゼブルムの力で改造されているのか。
「悪趣味すぎるわ。いくらなんでも」
と、地面に倒れていたはずのバーント・イン・ザ・サンがカーネイジの隣に立った。あんなに大きく見えた黒い狼は、今や小さく見えてしまう程だ。
カーネイジは荒い息を立ててこちらを睨み付けている。その息は蒸気のように白い煙となっている。
「こんな奴に敵うわけねぇ! 一旦退くぞ!」
堂島さんの考えに賛同し、僕ら4人は廃村から抜け出し、再び森の中へ行く。しかし、背後から地響きがする。奴が、カーネイジが追ってきているのだ。
「ドド! 一颯さんを頼む!」
僕がそう言うと、堂島さんは無言で頷き、一颯さんを抱え上げ、お姫様抱っこをして走る。一颯さんの、きゃっという悲鳴が聞こえたが、今はあの巨人に集中しなければならない。
「そーちゃん、どうするつもり?」
シルベーヌさんが走りながら聞いてきた。
「とりあえず牽制しながら逃げます。あの炎の狼も追ってくると思うので、シルベーヌさんはそちらをお願いできますか?」
僕がそう言うと、シルベーヌさんはニコッと微笑んだ。
「お安い御用よ。ダーリンのお願いだもの」
その呼び方に、思わず僕はフッと笑ってしまった。先程も使った、枝と蔓でできた即席ボードに乗る。身体を横に向け、前方と背後を確認しながら逃げる。
既に森の中だが、やはりこちらは地面の起伏が激しい。勾配が激しい登り坂を登り切ったら、すぐに下り坂が待っていた。
そして、森の中は先程よりも薄暗い。見通しが悪いが、音によって奴の位置を把握できる。僕は見かけた岩を手当り次第グラインドで投げ飛ばす。中には岩と思っていた物が地面そのもので、動かせなかったりもしたが、その時はすぐに次の物へと視線を飛ばす。
が、カーネイジは手に持った巨大な斧で岩を粉砕していく。進路の邪魔になる樹をも切り倒していく。
「なんて奴だ。無茶苦茶だ」
飛び散る岩の欠片を回避しながらも僕は驚愕した。まだ距離は空いている。カーネイジの巨体は樹木よりも高い。樹木が視界を遮りその全貌は見えないが、あまりにも異常なその体躯に、異質な空気を纏いながら森を闊歩している。
カーネイジの動きが突然止まった。よく見ると何かを抱えている。樹だ。奴は樹を引っこ抜き、それを槍投げのようにこちらに向けて投げつけてきた。
「嘘だろ……」
呆然としていた僕の目の前に大木が迫っていた。が、そこで横から影が飛び出し、僕の前に現れた。ピンク髪サイドテールの乙女、シルベーヌさんだった。
彼女は身体を空中で斜めの体勢にしながらも、人間業とは思えない高速の斬撃を繰り出し、あの巨大な大木をバラバラに斬り刻んだ。まさに妖精のように宙を舞っていた。
だが、そのバラバラになる大木から飛び出す大きな黒い物体があった。バーント・イン・ザ・サンだ。燃える黒い狼があの大木に乗っていたのだ。奴が、燃えながら僕に向かってドリルのように回転しつつ突撃してくる。従来の動物ではできないような動きだ。
僕は横から岩を飛ばし、狼へとぶつける。狼は岩の衝撃を受けながらも、体勢を変え、その岩を足場にして蹴飛ばし、斜め上の樹木の上に飛び乗った。
僕は、シルベーヌさんが斬り刻んだ木片を狼と、そして迫り来る殺人鬼カーネイジに向けて飛ばす。木片は確実にあの巨体に命中していたが、いくつかは巨大な斧と腕で薙ぎ払われてしまう。
そして、またカーネイジの歩みが止まった。身体を大きく沈ませたかと思ったら、次の瞬間、あの大きな身体で飛び上がった。大きな斧を頭上に振りかぶり、僕の方へと迫ってきた。体当たりによって、周りの木の枝をバキバキとへし折りながらこっちへと向かってくる。
「シルベーヌさん、こっち! 一緒に乗って!」
シルベーヌさんの手を引き、ボードに乗せる。辛うじて2人で乗れるスペースがあるため、彼女を乗せ、僕は正面の大木に向かってボードを走らせる。その大木は地盤が傾いていた事もあり、幹が斜めに伸びていた。その幹の上を走りながら登る。
次の瞬間、ドゴォンという音を立て、カーネイジが着地と共に斧を振り下ろした。そして、なんとその斧によって斬られた樹木の悉くが燃えていた。どういう事だ? あの殺人鬼も狼と同じように炎を使うのか? 疑問を抱きながらも幹の上を走っていたが、そこから着地したカーネイジの頭上目掛けて飛ぶ。
そのタイミングを見計らって、シルベーヌさんがカーネイジに向けて頭から突撃する。両手で刀を持ち、斬り上げる動きで殺人鬼の頭を狙ったが、奴はその斬撃を斧で受け止めた。
シルベーヌさんは空中で体勢を整えつつ、斧を持つ腕を斬りにかかるが、硬くて刃が通らないのか、かすり傷程度しか与える事が出来ず、着地する。
「くっ、なんて硬さなのよ」
僕はボードで奴の頭上に浮いているが、異様な暑さに戸惑っている。この感覚はあの洞窟で初めてこの巨人と会った時と同じだ。熱を操るのか?
「ヴヴァー、グフォー!」
奴は獣のように唸り、鳴き声を上げている。もはや人語を介さないのか。僕は奴に向けて上から大きい岩をグラインドで落とす。それをカーネイジは斧を持っていない方の右手で受け止める。
僕は奴の背後に忍ばせていた、第2の大岩を後頭部目掛けて放った。が、カーネイジは左手に持った斧の背の部分で受け止めた。感覚も鋭いのか。
奴の両手を塞いだその瞬間を見逃さなかったシルベーヌさんが飛び出す。しかし、それを遮るようにバーント・イン・ザ・サンが木の上を飛び渡り、地上を走るシルベーヌさんに向かって炎の突撃をする。
「邪魔」
鋭く呟き、シルベーヌさんはあっさり目の前の狼を斬り伏せ、狼の身体を踏み台にし素早く飛び上がる。カーネイジの懐に飛び込み、そして、回転を加えながら奴の腹を横から斬り裂いた。
ドシーンと音を立て、巨体がついに膝をついた。腹からは夥しい量の血が溢れている。
「グオォー、ンングー!」
それでもカーネイジの顔からは憤怒の表情は消えない。唸り声を上げたあと、何か単語を呟いていたが、ロシア語なのだろうか? 意味は全くわからなかった。
と、その時、先程まで異常な暑さを発していた一帯が、急激に冷え込んできた。寒い。どうなっているんだ? 僕はボードで宙に浮いていたが、急いでシルベーヌさんの元へと行く。
「どうなってるの!? あたし達が樹海に入って来た時よりも寒いわ。真冬並よ?」
僕も頷く。そして、驚く事に辺りの草木が凍りついている。
「恐らく、奴のグラインドは温度を操るものなんじゃないでしょうか? 熱を上げるだけかと思ってましたが、ここまで温度を下げる事もできるなんて」
そして、ふと思い出した。土曜日に訪れたあの湖。あそこの水温が低かったのはこのカーネイジの能力によるものだったのではないだろうか。確かにこの樹海からあの湖は近いのだ。
斧で木を燃やしていたのは、斧を高音にしていた事が原因か。しかし、いくらなんでもこの寒さは異常だ。雪が降るのではないかと思うくらいに。
そこで僕の頭に恐ろしい予想が浮かび上がってしまった。
「ドドー! 逃げろ! 出来るだけ遠くに!」
数十m先にいる堂島さんに向かって声を掛ける。そして、シルベーヌさんをボードに乗せ、僕も跡を追うようにカーネイジから距離をとる。奴は今まさに斧を振り被ろうとしていた。
「どうしたの? そーちゃん?」
僕の肩に掴まっているシルベーヌさんが怪訝そうに後ろから聞いてきた。
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