32 / 125
第2章 カーネイジ
2-17 記憶
しおりを挟む
夢を見た。クアルトではない。これは、本当の夢だ。猫がいる。あの湖で助けた猫か? 違う。これはもっと古い記憶。
何年前だっただろうか。当時、僕はまだ高校生だった。1年生、いや2年生の時か。場所はあの公園だ。金曜日の夜に訪れ、シルベーヌさんと会った、都会のど真ん中に位置する、あの広く大きな公園。
「そーくーん、どうしたぁ?」
後ろから姉が近付いてくる。この時、姉はまだ生きていて、大学生だったかな。
学校が終わったら2人で一緒に帰る約束をしていた僕達は、あの広い公園を訪れていた。
「姉さん。猫がいるんだ。子猫」
僕が指をさす。まだ産まれて間もない、小さな黒い子猫。それまで僕は黒猫にはどこか不吉なイメージを持っていたが、その子猫は人懐こいのか、僕の足に頭を擦りつけながら近付き、ぺろぺろと僕の手の平を舐め、すごく可愛かったんだ。
「本当だぁ! 可愛いね!」
そう言って、姉さんは黒い子猫を抱き上げた。片腕で持てる程の小ささで、姉はもう片方の手の指先で、猫の頭を撫でている。
「姉さん、この猫飼えないかな? うちはダメだから、姉さんの所で」
しばらく2人で猫と触れ合った後、僕は姉に提案する。大学生の姉さんは昨年から一人暮らしを始めていた。周りにこの子猫の親らしき猫は見当たらなかった。
「うん! いいよ! あたしの部屋ペットOKだし。飼おっか!」
姉がもっと悩む事を予想していたのだが、あっさりと彼女は了承してしまった。
それから、僕は姉の部屋に遊びに行く度に、その黒猫とじゃれ合っていた。子猫だった黒猫は数ヶ月でみるみる大きくなっていった。
何という名前だったか。名前が全く思い出せない。確か、姉が当時好きだったアーティストか何かの名前を付けた気がしたのだが。
「きゃあーっ!」
悲鳴が聞こえ、はっと目を開く。夢から醒めた。どんな夢だったかは思い出せない。悲鳴を発したのは一颯さんだった。僕の隣で、僕の腕に掴まっている。
そして、目の前にはあの大きな黒い狼が飛び掛ってきている。高く宙に浮き、牙と爪を立て、メラメラと燃えている。
バーント・イン・ザ・サン。太陽に燃やされた狼は、今や太陽そのものの様だった。それが僕と一颯さんを襲いかかろうとしている。だめだ、頭が回らない。
「うおぉー!」
そこに大きな男が現れた。堂島さんだった。彼は、僕達の前に駆け付け、そして狼の突撃を受け止めた。
右腕で狼の大きな口を塞ぐように防御し、左手で狼の前足を受け止めていた。しかし、狼のもう片方の前足の爪が堂島さんの右腕へと食い込んでいた。血が流れ出している。
「くっそがぁ! 俺はなぁ! お前らを絶対守るって決めてんだよ! 何があろうと! どんな奴が相手だろうと! 何度でもだぁ! お前らは、絶対に、俺が守る! 」
僕達に言うように、そして自分自身に言い聞かせるように、堂島さんは叫んでいた。その誓いは、あの時初めて3人で食事をした時の約束を今もなお継続しているように聞こえた。
だが、堂島さんの腕からは血がどんどん流れ出し、さらに服が燃え始めていた。
そこに、狼の背後から猛スピードで近付いた人影がいた。シルベーヌさんだった。彼女は狼の横側から刀を振り下ろした。そこで狼はようやく堂島さんから離れ、僕らから距離をとった。
僕は何をしているんだ? いつまで休んでるんだよ。何をしにここに来たんだよ。身体が痛くても、立つんだ。大事な仲間がここまで身を挺してるんだよ。自分がすべき事を思い出せよ。
「ドド、大丈夫か!? 一颯さんと一緒に休んでてくれ」
僕は立ち上がり、彼に声をかけ様子を見る。ナイロンパーカーのおかげか、火傷は酷くない様だったが、出血がひどい。
「想……、俺は、まだ動けるぞ」
立ち上がろうとする堂島さんをシルベーヌさんが手で制した。
「百々丸くん、ありがとう。でも、大丈夫。ここはあたし達2人に任せて休んでなさい」
その言葉を聞き観念したのか、堂島さんはその場に座り込む。シルベーヌさんはそれを横目で確認すると、すぐに駆け出した。あっという間に狼の目の前に辿り着き、跳んだ。そして、狼に何度も斬りかかる。
あまりの速さと連撃に、何が起こったのか判断が出来なかった炎の狼は、対処が遅れ慌てて前足の爪を立てたが、それは一瞬でへし折られた。そして強烈な斬撃をくらい、その身体は家屋の壁に激突した。
「お前は、バラバラに、斬り刻んでやる」
シルベーヌさんは狼を一点に見つめながら、近付いていく。辺りをまた殺気が包む。あまりの殺気に、狼は怯んだ。
そこへ、大きな環が飛んできた。サターンズ・リングの環だ。奴が屋根の上から攻撃を放ってきた。
狼は体勢を建て直し、再び突撃しようとしていたが、そこを僕がグラインドで飛ばした丸太によって制する。
「お前は組織に利用されてしまった哀れな動物かもしれないが、それでも許せない」
僕は自分でも気付かない内に言葉を発し、そして走っていた。燃える狼の顎を下から蹴り上げた。熱い。でも、堂島さんの痛みに比べたら、こんなものは何でもない。
しかし、その時僕に向かってサターンの大きな環が飛んできた。咄嗟に近くにあった岩を使い防御する。が、小さい。このままでは押される。そして、横からは狼がまた飛び掛かろうとしていた。
だが、瞬時に狼の腹の下へとシルベーヌさんが回り込み、斬り上げる。その後、突きの連撃によって僕の前に迫る環を破壊してくれた。
「そーちゃん大丈夫?」
シルベーヌさんはすぐに心配してくれたが、僕は無言で頷きサターンを向く。奥の家屋の上からまた大きな環を放とうとしていた。僕はすぐに別の家屋の丸太や木材を飛ばす。先程、バーント・イン・ザ・サンの炎によって燃えていた家屋の木材を。
予想外の攻撃にサターンが驚くのがわかった。炎の熱によってサターンの環が溶け、蒸発する。やはり炎に弱かったか。さらに丸太や木材、岩を次々と投げつけサターンを攻撃し、そしてサターンが腰を据えていた家屋を崩壊させた。
シルベーヌさんに斬られた狼はまだ起き上がり、こちらに向かってきていた。あれだけ斬られた筈なのに、まだここまで動くとは、どうなっているんだ? ゼブルムによって身体を頑丈にさせられているのか。
飛び掛ってきた狼を、シルベーヌさんが日本刀を横にして受け止める。が、その時、バーント・イン・ザ・サンは大きく口を開き、炎そのものを口から吐いた。シルベーヌさんは驚きながらも身を屈め、刀で斬り付けながら横に跳んだ。
「ちょっとお! 髪が少し焦げちゃったじゃない!」
こんな状況でも髪の心配をしているなんて、まだ余裕があるという事か。彼女らしいと言えば彼女らしい。
燃える狼はまた炎を吐き出そうと、口を開く。そこには隙が生じる。そのタイミングを狙って、僕は丸太を飛ばす。狼の口目掛けて。
炎を出す直前で自身の口を塞がれたバーント・イン・ザ・サンは嘔吐くような鳴き声を出しながら地に倒れ、転げている。
「青緑のガキめー! 何度も、何度も巫山戯た事しやがって!」
サターンだった。もう帽子を被っていない。環に乗ってこちらへと突進してくる。
「巫山戯た事ばかりしているのはあなた達でしょ?」
そう言ってシルベーヌさんが飛び出し、サターンの環を粉砕していく。辺りに氷の欠片が飛び散るが、それはすぐに溶けていく。バーント・イン・ザ・サンの炎によって周囲の草も燃え始めているからだ。
「観念しなさい。状況はあなたにとって、圧倒的不利よ」
2m程の距離から刃先をサターンに向けてシルベーヌさんは言い放つ。だが、サターンは尚も笑っている。何度見ても薄気味悪い笑みだ。
「これを見てもまだ俺が不利だと言えるか?」
そう言って上空を指し示した。そこには、今までの何倍もの大きな環が浮いていた。
いつの間に? 倒壊した家屋と同じ大きさだ。それが刃を僕らに向けて落下してきた。
「うっ……くっ!」
シルベーヌさんは声を洩らしながらも、刀を両手で持ち、それを受け止めていた。あまりの質量に刀が震えている音が聞こえる。高速回転する土星の環と、シルベーヌさんの日本刀――フィータスが摩擦でガキンガキンと火花を散らしている。
僕は燃えている木材を飛ばし、大きな環にぶつけているが、質量が大きい上に、サターンはどんどん環の成分を生成しているようで、まるで歯が立たない。
「これならどうだ」
僕のバックパックからある物が飛び出す。虫除けスプレーと制汗スプレーだ。その2つをグラインドで飛ばし、巨大な環に向けて噴射する。
さらにもう1つ、ガスボンベだ。それを環の中心に浮かせ、360°にガスをばら撒く。あとは燃えた木材をありったけ投げつける。
「シルベーヌさん、掴まって!」
日本刀で巨大な環を受け止めていたシルベーヌさんの腕を引き、枝と木の蔓で先程密かに作り上げたボードに乗り、そこから少しでも離れる。
背後で「ブフォーン」という音を立ててガス爆発が起きた。振り返ると、あの巨大な環は綺麗さっぱり消滅した。
「そーちゃんすごい! 助かったわー、あたしもう限界だったもの」
疲れた様な顔をしていたが、まだまだ余裕がありそうだった。
「実は出発前から対策を練ってたんです。火が無かったらライター使うつもりでしたけど、火を使う敵がいて助かりました。ディキャピテーションと戦った時の経験も活かせてよかった」
僕も思わず笑みをこぼす。
「な、なんだと!? なんて無茶苦茶な事すんだコイツ……」
気付くとサターンはすぐ近くまで来ていた。絶望と苦痛が混ざった表情を浮かべている。
「あたし達2人の愛のパワーは最強なの! あなたの貧弱な攻撃になんか負けないわ!」
また訳の解らない事を言い出したぞ。この状況にそぐわぬ単語に、サターンはますます怒りを露わにする。
「訳のわかんねぇ事言いやがってこのババァ! 俺のリングで切り刻んやる! 2度とその減らず口叩けねぇようにな!」
そう言って、両手に自分の身体と同等の大きさの環を出した。
「おい、小僧、今、何と言った?」
これは、まずい。殺気が、今までよりも遥かに強い。僕は思わず後ずさってしまう。
「あぁ!? ババァだよ! 何が悪いんだっつーんだ!」
サターンは尚も口にしてしまっている。女性に言ってはいけない言葉を。そして、奴はさらに小さな環をいくつも出現させ、その全てを高速回転させた。
「お前と遊ぶのも、飽きた。その減らず口を、叩けなくなるのは、お前だ」
そう言って、シルベーヌさんはフィータスを構える。しかし、いつもと全く違う構えだ。両手で持ち、左肩の方から背負い投げる様な構えをし、腰を少し落とす。
そして、何よりも、シルベーヌさんは――笑っていた。
「ひっ!?」
シルベーヌさんが切れ長な目を見開き、獰猛な笑みを浮かべている様子を見て、サターンは思わず悲鳴を洩らした。
「恒河沙一刀流奥義――ディセント・イントゥ・デプラヴィティー」
シルベーヌさんは猛烈な速度で駆け出す。彼女の動きに慣れたのか、その時僕ははっきりと目で追う事ができた。
一瞬でサターンの目の前に接近した彼女は、左肩に背負う日本刀を振り下ろし、サターンを斬りつける。あまりに強い斬撃に、サターンの身体は前のめりになって宙に浮く。
そのサターンの腹辺りに、シルベーヌさんが刀の峰を当て持ち上げ、思い切り上空へと飛ばした。そこへ、シルベーヌさんは身体を縦回転しながら跳躍する。
そして、回転しながらサターンの右腕を肩から切り落とした。続けて、重力と体重と回転の勢いでサターンの背中を斬りつけながら地面へと轟音を響かせ叩き落とした。
一瞬の荒業であった。
何年前だっただろうか。当時、僕はまだ高校生だった。1年生、いや2年生の時か。場所はあの公園だ。金曜日の夜に訪れ、シルベーヌさんと会った、都会のど真ん中に位置する、あの広く大きな公園。
「そーくーん、どうしたぁ?」
後ろから姉が近付いてくる。この時、姉はまだ生きていて、大学生だったかな。
学校が終わったら2人で一緒に帰る約束をしていた僕達は、あの広い公園を訪れていた。
「姉さん。猫がいるんだ。子猫」
僕が指をさす。まだ産まれて間もない、小さな黒い子猫。それまで僕は黒猫にはどこか不吉なイメージを持っていたが、その子猫は人懐こいのか、僕の足に頭を擦りつけながら近付き、ぺろぺろと僕の手の平を舐め、すごく可愛かったんだ。
「本当だぁ! 可愛いね!」
そう言って、姉さんは黒い子猫を抱き上げた。片腕で持てる程の小ささで、姉はもう片方の手の指先で、猫の頭を撫でている。
「姉さん、この猫飼えないかな? うちはダメだから、姉さんの所で」
しばらく2人で猫と触れ合った後、僕は姉に提案する。大学生の姉さんは昨年から一人暮らしを始めていた。周りにこの子猫の親らしき猫は見当たらなかった。
「うん! いいよ! あたしの部屋ペットOKだし。飼おっか!」
姉がもっと悩む事を予想していたのだが、あっさりと彼女は了承してしまった。
それから、僕は姉の部屋に遊びに行く度に、その黒猫とじゃれ合っていた。子猫だった黒猫は数ヶ月でみるみる大きくなっていった。
何という名前だったか。名前が全く思い出せない。確か、姉が当時好きだったアーティストか何かの名前を付けた気がしたのだが。
「きゃあーっ!」
悲鳴が聞こえ、はっと目を開く。夢から醒めた。どんな夢だったかは思い出せない。悲鳴を発したのは一颯さんだった。僕の隣で、僕の腕に掴まっている。
そして、目の前にはあの大きな黒い狼が飛び掛ってきている。高く宙に浮き、牙と爪を立て、メラメラと燃えている。
バーント・イン・ザ・サン。太陽に燃やされた狼は、今や太陽そのものの様だった。それが僕と一颯さんを襲いかかろうとしている。だめだ、頭が回らない。
「うおぉー!」
そこに大きな男が現れた。堂島さんだった。彼は、僕達の前に駆け付け、そして狼の突撃を受け止めた。
右腕で狼の大きな口を塞ぐように防御し、左手で狼の前足を受け止めていた。しかし、狼のもう片方の前足の爪が堂島さんの右腕へと食い込んでいた。血が流れ出している。
「くっそがぁ! 俺はなぁ! お前らを絶対守るって決めてんだよ! 何があろうと! どんな奴が相手だろうと! 何度でもだぁ! お前らは、絶対に、俺が守る! 」
僕達に言うように、そして自分自身に言い聞かせるように、堂島さんは叫んでいた。その誓いは、あの時初めて3人で食事をした時の約束を今もなお継続しているように聞こえた。
だが、堂島さんの腕からは血がどんどん流れ出し、さらに服が燃え始めていた。
そこに、狼の背後から猛スピードで近付いた人影がいた。シルベーヌさんだった。彼女は狼の横側から刀を振り下ろした。そこで狼はようやく堂島さんから離れ、僕らから距離をとった。
僕は何をしているんだ? いつまで休んでるんだよ。何をしにここに来たんだよ。身体が痛くても、立つんだ。大事な仲間がここまで身を挺してるんだよ。自分がすべき事を思い出せよ。
「ドド、大丈夫か!? 一颯さんと一緒に休んでてくれ」
僕は立ち上がり、彼に声をかけ様子を見る。ナイロンパーカーのおかげか、火傷は酷くない様だったが、出血がひどい。
「想……、俺は、まだ動けるぞ」
立ち上がろうとする堂島さんをシルベーヌさんが手で制した。
「百々丸くん、ありがとう。でも、大丈夫。ここはあたし達2人に任せて休んでなさい」
その言葉を聞き観念したのか、堂島さんはその場に座り込む。シルベーヌさんはそれを横目で確認すると、すぐに駆け出した。あっという間に狼の目の前に辿り着き、跳んだ。そして、狼に何度も斬りかかる。
あまりの速さと連撃に、何が起こったのか判断が出来なかった炎の狼は、対処が遅れ慌てて前足の爪を立てたが、それは一瞬でへし折られた。そして強烈な斬撃をくらい、その身体は家屋の壁に激突した。
「お前は、バラバラに、斬り刻んでやる」
シルベーヌさんは狼を一点に見つめながら、近付いていく。辺りをまた殺気が包む。あまりの殺気に、狼は怯んだ。
そこへ、大きな環が飛んできた。サターンズ・リングの環だ。奴が屋根の上から攻撃を放ってきた。
狼は体勢を建て直し、再び突撃しようとしていたが、そこを僕がグラインドで飛ばした丸太によって制する。
「お前は組織に利用されてしまった哀れな動物かもしれないが、それでも許せない」
僕は自分でも気付かない内に言葉を発し、そして走っていた。燃える狼の顎を下から蹴り上げた。熱い。でも、堂島さんの痛みに比べたら、こんなものは何でもない。
しかし、その時僕に向かってサターンの大きな環が飛んできた。咄嗟に近くにあった岩を使い防御する。が、小さい。このままでは押される。そして、横からは狼がまた飛び掛かろうとしていた。
だが、瞬時に狼の腹の下へとシルベーヌさんが回り込み、斬り上げる。その後、突きの連撃によって僕の前に迫る環を破壊してくれた。
「そーちゃん大丈夫?」
シルベーヌさんはすぐに心配してくれたが、僕は無言で頷きサターンを向く。奥の家屋の上からまた大きな環を放とうとしていた。僕はすぐに別の家屋の丸太や木材を飛ばす。先程、バーント・イン・ザ・サンの炎によって燃えていた家屋の木材を。
予想外の攻撃にサターンが驚くのがわかった。炎の熱によってサターンの環が溶け、蒸発する。やはり炎に弱かったか。さらに丸太や木材、岩を次々と投げつけサターンを攻撃し、そしてサターンが腰を据えていた家屋を崩壊させた。
シルベーヌさんに斬られた狼はまだ起き上がり、こちらに向かってきていた。あれだけ斬られた筈なのに、まだここまで動くとは、どうなっているんだ? ゼブルムによって身体を頑丈にさせられているのか。
飛び掛ってきた狼を、シルベーヌさんが日本刀を横にして受け止める。が、その時、バーント・イン・ザ・サンは大きく口を開き、炎そのものを口から吐いた。シルベーヌさんは驚きながらも身を屈め、刀で斬り付けながら横に跳んだ。
「ちょっとお! 髪が少し焦げちゃったじゃない!」
こんな状況でも髪の心配をしているなんて、まだ余裕があるという事か。彼女らしいと言えば彼女らしい。
燃える狼はまた炎を吐き出そうと、口を開く。そこには隙が生じる。そのタイミングを狙って、僕は丸太を飛ばす。狼の口目掛けて。
炎を出す直前で自身の口を塞がれたバーント・イン・ザ・サンは嘔吐くような鳴き声を出しながら地に倒れ、転げている。
「青緑のガキめー! 何度も、何度も巫山戯た事しやがって!」
サターンだった。もう帽子を被っていない。環に乗ってこちらへと突進してくる。
「巫山戯た事ばかりしているのはあなた達でしょ?」
そう言ってシルベーヌさんが飛び出し、サターンの環を粉砕していく。辺りに氷の欠片が飛び散るが、それはすぐに溶けていく。バーント・イン・ザ・サンの炎によって周囲の草も燃え始めているからだ。
「観念しなさい。状況はあなたにとって、圧倒的不利よ」
2m程の距離から刃先をサターンに向けてシルベーヌさんは言い放つ。だが、サターンは尚も笑っている。何度見ても薄気味悪い笑みだ。
「これを見てもまだ俺が不利だと言えるか?」
そう言って上空を指し示した。そこには、今までの何倍もの大きな環が浮いていた。
いつの間に? 倒壊した家屋と同じ大きさだ。それが刃を僕らに向けて落下してきた。
「うっ……くっ!」
シルベーヌさんは声を洩らしながらも、刀を両手で持ち、それを受け止めていた。あまりの質量に刀が震えている音が聞こえる。高速回転する土星の環と、シルベーヌさんの日本刀――フィータスが摩擦でガキンガキンと火花を散らしている。
僕は燃えている木材を飛ばし、大きな環にぶつけているが、質量が大きい上に、サターンはどんどん環の成分を生成しているようで、まるで歯が立たない。
「これならどうだ」
僕のバックパックからある物が飛び出す。虫除けスプレーと制汗スプレーだ。その2つをグラインドで飛ばし、巨大な環に向けて噴射する。
さらにもう1つ、ガスボンベだ。それを環の中心に浮かせ、360°にガスをばら撒く。あとは燃えた木材をありったけ投げつける。
「シルベーヌさん、掴まって!」
日本刀で巨大な環を受け止めていたシルベーヌさんの腕を引き、枝と木の蔓で先程密かに作り上げたボードに乗り、そこから少しでも離れる。
背後で「ブフォーン」という音を立ててガス爆発が起きた。振り返ると、あの巨大な環は綺麗さっぱり消滅した。
「そーちゃんすごい! 助かったわー、あたしもう限界だったもの」
疲れた様な顔をしていたが、まだまだ余裕がありそうだった。
「実は出発前から対策を練ってたんです。火が無かったらライター使うつもりでしたけど、火を使う敵がいて助かりました。ディキャピテーションと戦った時の経験も活かせてよかった」
僕も思わず笑みをこぼす。
「な、なんだと!? なんて無茶苦茶な事すんだコイツ……」
気付くとサターンはすぐ近くまで来ていた。絶望と苦痛が混ざった表情を浮かべている。
「あたし達2人の愛のパワーは最強なの! あなたの貧弱な攻撃になんか負けないわ!」
また訳の解らない事を言い出したぞ。この状況にそぐわぬ単語に、サターンはますます怒りを露わにする。
「訳のわかんねぇ事言いやがってこのババァ! 俺のリングで切り刻んやる! 2度とその減らず口叩けねぇようにな!」
そう言って、両手に自分の身体と同等の大きさの環を出した。
「おい、小僧、今、何と言った?」
これは、まずい。殺気が、今までよりも遥かに強い。僕は思わず後ずさってしまう。
「あぁ!? ババァだよ! 何が悪いんだっつーんだ!」
サターンは尚も口にしてしまっている。女性に言ってはいけない言葉を。そして、奴はさらに小さな環をいくつも出現させ、その全てを高速回転させた。
「お前と遊ぶのも、飽きた。その減らず口を、叩けなくなるのは、お前だ」
そう言って、シルベーヌさんはフィータスを構える。しかし、いつもと全く違う構えだ。両手で持ち、左肩の方から背負い投げる様な構えをし、腰を少し落とす。
そして、何よりも、シルベーヌさんは――笑っていた。
「ひっ!?」
シルベーヌさんが切れ長な目を見開き、獰猛な笑みを浮かべている様子を見て、サターンは思わず悲鳴を洩らした。
「恒河沙一刀流奥義――ディセント・イントゥ・デプラヴィティー」
シルベーヌさんは猛烈な速度で駆け出す。彼女の動きに慣れたのか、その時僕ははっきりと目で追う事ができた。
一瞬でサターンの目の前に接近した彼女は、左肩に背負う日本刀を振り下ろし、サターンを斬りつける。あまりに強い斬撃に、サターンの身体は前のめりになって宙に浮く。
そのサターンの腹辺りに、シルベーヌさんが刀の峰を当て持ち上げ、思い切り上空へと飛ばした。そこへ、シルベーヌさんは身体を縦回転しながら跳躍する。
そして、回転しながらサターンの右腕を肩から切り落とした。続けて、重力と体重と回転の勢いでサターンの背中を斬りつけながら地面へと轟音を響かせ叩き落とした。
一瞬の荒業であった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる