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第2章 カーネイジ
2-15 樹海
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朝だ。今日はちゃんと男性と女性で別の部屋で就寝し、しっかりと疲れをとった。
そして、午前中はシルベーヌさんと堂島さんが必要な物を買いに行った。軽量タイプの防寒具、バックパック、水分、携帯食料、必要最低限の装備を整えてくれた。
そして、昼前に僕達はタクシーで目的地である樹海へ向かった。土日は快晴だったが、本日は生憎の曇天である。タクシーで降りた所は観光施設のような場所だった。
「ここから樹海に入れるんでしょうか?」
イメージと違ったため一颯さんも思わず疑問を口にした。
「正確にはもう既に樹海に入ってるわ。今タクシーで通ってきた道も樹海内なの。いつの間にかあたし達はもう樹海に入っていたのよ? ただ、奥に行くとなると、途中まではここの遊歩道を通るのが一番なの」
シルベーヌさんが答えた。今日はピンクの髪をサイドテールにして縛っている。堂島さんも今日は珍しく長い髪を縛っている。
シルベーヌさんは先日も着ていた紫のナイロンパーカーを着ている。そして僕は青、堂島さんは黒、一颯さんは緑のナイロンパーカーを着ている。空気がひんやりしているので、着てきて正解だった。一颯さんも今日はストレッチパンツを履いている。
そして、僕らは遊歩道を進む。その名の通り、しっかり整備された道であり、樹海の中だという実感があまりない。
しかし、奥に進むに従って、段々と地面の高低差が激しくなる。地面が窪んでいたり、隆起しているため、そこに生えている樹木も斜めに伸びている。
「さ、ここから遊歩道を外れて行くわよ」
シルベーヌさんの言葉もどこか真剣味を帯びている。彼女が示した方角には、確かに道があるが、今まで通ってきた遊歩道と違い道幅が少し狭い。
「おし、行こう。俺は一番後ろを行くからシルベーヌ姉さんは前を頼む」
堂島さんはやはりサバイバル慣れしている。
「えぇ、百々丸くんも頼むわね。みんな、離れないように、ピッタリくっつくぐらいに付いてきてね」
僕らは樹海の奥へと進み始めた。シルベーヌさんの後ろには僕が、その後ろに一颯さん、堂島さんと一列になって進む。
「あのサターンも、自らがここへとあたし達を呼んだのだから、あたし達がここに来た事を知れば何らかのアプローチをかけてくるはずよ」
サターンズ・リングはこの樹海のどこかに身を潜めているのか。いつでも戦闘できるよう、覚悟しておかねばならない。
先に進むにつれ、さらに地面の陥没と隆起が激しくなる。足元にも気をつけながら進むようシルベーヌさんに言われ、皆緊張しながら進む。
それでも、近くで鳥の囀りが聞こえたり、途中で鹿を見かけたりしていたら、ここにも生き物が生息しているのだなとそう思わされた。
「この樹海はね、山の噴火によって溶岩が流れて、その上に積もった土から木や苔が生えて出来たの。だから、土がしっかりしている所もあれば、落とし穴みたいに薄い土しかない地面もあるの。地盤が不安定なのよ」
シルベーヌさんがそう語った。そして、僕らは今、ほとんど道とは呼べない場所を進んでいる。溶岩石の上を、でこぼこした足場を手も使ってよじ登るように。あの渓谷の岩場はツルツルして滑りやすかったのに対し、ここの岩場はゴツゴツして滑ることはないが、足を置く場所に注意しないと挫いてしまいそうだ。
「こりゃ、帰る時も一苦労だな。暗くなる前には片付けてぇな」
堂島さんがそう言って水を飲んだ。
「お水もいざという時のために温存しといてね。何が起きるかわからないから」
僕はがぶ飲みしようとした手を慌てて止めた。
そして、それから1時間程歩いた辺りで、先頭を行くシルベーヌさんの足が止まった。
「洞窟ね。空気の流れがおかしい。並々ならぬ気配を感じるわ。これはあたしの勘でしかないのだけどね」
見ると、確かに前方の地面がぽっかりと穴を開けている。それは斜め下の方へと続いている。あまり大きくはない。横幅3m、縦幅4メートルほどだろうか。ここを進むのか。
その時、洞窟の奥でぼわっと人の顔が浮かび上がった。サターンズ・リングだった。獰猛な目付き、口を大きく開き、不気味に笑っている。そして、何も言わずに奥へと消えていった。
異様な光景を目の当たりにし、その場の誰もが固まっていたが、堂島さんが口を開いた。
「今のはあいつだよな? みんな見たよな? 誘ってるみてぇだな。行くしかないのか?」
その言葉を聞いて皆の緊張がさらに増す。そして、シルベーヌさんが溜め息をつく。
「行くしかないわね。この事件を終わらせるためにも。罠の可能性は充分高いわ。みんな懐中電灯を持って! 行きましょう」
僕達は意を決して、その洞窟に足を踏み入れる。まるで大きく口を開けた怪物のような洞窟へと。
懐中電灯で前方を照らしても見通しは悪い。夜よりも暗く感じる。一颯さんは後ろから僕のパーカーの裾をしっかり掴んでいる。
洞窟の中は冷凍庫の中の様に冷え切っており、天井から水が滴り落ちてくるため皆フードを被った。足場にも水溜まりが多数あり、時々ズボッと穴に足がはまってしまう。
「止まって。何かおかしい。この先に何かいる」
洞窟に侵入してから20分経った頃だったか、僕の前にいるシルベーヌさんが手を横に伸ばして制止を促した。僕は全くわからなかったのだが、すぐに異変に気づいた。暖かい。しかも、どんどんと温度が上がっていく。先程まであんなに冷え切っていたのにこれは異常だ。
「――――っ!?」
前方のシルベーヌさんが息を呑む音が聞こえた。僕も前方を見た。目だ。大きな目がこちらを見ている。なんだあれは? 懐中電灯で照らしても全貌はよくわからない。あまりにそれは大きかったからだ。
ドスンと地響きがする。
「逃げましょう! ここでの戦闘はあまりに危険よ! 百々丸くん行って! 走らずに、それでも少し急いで!」
シルベーヌさんが声を荒らげていた。今度は堂島さんを先頭にし、一斉に元きた道を戻る。さっき鳴っていた地響きがまだ続いている。あの巨大な何かが追ってきているのか?
と、その時、僕の前を行く一颯さんが、きゃっと悲鳴を上げ止まった。
「あ、足が……!」
穴に足が嵌ってしまったらしい。
「大丈夫ですか!? 抜けそうですか?」
「はい、もうちょっとで、なんとか」
フシュゥーと、蒸気が出るような音が背後で聞こえた。振り返ると、あの、巨大な何かがすぐそこにいた。血走った目だけが暗闇に浮かんでいる。
「なんなのよ、こいつ!?」
傍にいたシルベーヌさんも思わず声を上げた。何か、何かないか? 辺りを懐中電灯で照らすと、岩がいくつか転がっていた。それを見つけ次第、あの目に向かってグラインドで投げつける。
「ぐぅっ!」
突然の攻撃に怯んだのか、呻き声が聞こえた。
「足、抜けました!」
「急ぎましょう!」
シルベーヌさんが一颯さんの手を取り足早に歩く。僕は2人の後を追いながらも、岩を見つけては後方に投げ飛ばす。
「おい! 大丈夫か? ここの脇道から風が入ってきてる。細いからあいつは通れねぇはずだ!」
先頭の堂島さんが逃げ道を指さしていた。人1人分なら余裕の広さだが、あの巨体は通れそうにない。堂島さんが先頭を進み、僕らはその道を行く。
途中天井が低くなったが、堂島さんが率先して後方に注意を促してくれたため、一颯さん達はぶつかる事無く進めていたようだ。僕は1度頭をぶつけてしまったが。
後ろからはもう地響きなどの音が聞こえないし、やはり追って来れなかったのだろう。
「出口が見えた。もうちょっとだ! 頑張れ」
堂島さんが言った通り、前方から光が見えた。なんとか全員無事に洞窟から脱出する事ができた。が、次の瞬間、
「ぐっ、ぶあー!」
洞窟を出た直後の堂島さんが悲鳴を上げて倒れていた。
「あなた、待ち構えてたのねっ……!」
シルベーヌさんが日本刀を出し、ケースと布袋を一颯さんに預けていた。洞窟から出た先の前方に、サターンズ・リングが立っていた。
「フハハハハ! ざまぁねぇなゴミどもが!」
奴は笑い続けている。洞窟は二重の罠になっていたのか。
「ドド!? 大丈夫か!?」
僕はシルベーヌさんの背後に倒れる堂島さんに声をかける。
「……っつ、クソ痛えが、かすり傷だ。腕にちょっと当たっただけだ」
相変わらず頑丈な人だ。サターンの身体を中心にし大きな環が1つ回り続け、さらに奴の両側に2つの環が回転しながら浮かんでいる。
「ゴミは、お前だ」
シルベーヌさんは刀を腰に構え、一気に駆け出した。居合抜きだ。あまりに速かった。サターンの身体から血が飛んだ。
「ぐっそぉがぁ! このぉ!」
「3人とも、走りなさい!」
シルベーヌさんの言葉を受け、僕達は走り出す。シルベーヌさんはサターンの環を弾き、斬り刻みながらも僕達の後を追う。
「一颯さん、お願いがあります」
僕が走りながら声をかける。彼女は無言でこちらを見る。
「僕とシルベーヌさんで時間を稼ぐので、どこか安全なところでドドの応急処置をしててください」
彼女は無言で、しっかりと頷いた。僕は踵を返し、シルベーヌさんの元に行く。走りながら近くに倒れていた大きな樹を勢いよくグラインドで投げ飛ばす。
「!? くっそ、小賢しい事しやがって!」
サターンは自身の周りにあった一番大きな環でそれを斬り裂いた。その一瞬の隙をシルベーヌさんが見逃すわけがなかった。
「もらった」
シルベーヌさんは横一文字に刀を振り、サターンの腹を斬った。血は飛んだものの、致命傷には至らなかったのか、奴はまだ立っていた。
どうやら、小さな環を咄嗟に発生させ防御しながら回避したようだった。足元にも環が付いている事から、あれで高速移動したようだ。
「そーちゃん、戻ってきちゃったのね、もう!」
そう言いながらもシルベーヌさんはどこか嬉しそうだった。
「一颯さんにドドの手当てをしてもらっているので。その間に時間稼ぎをと思って」
僕の言葉を聞いて、シルベーヌさんも頷き、またサターンに向き直る。
「さぁ、2対1よ! どうするの? 剣精と、そしてそーちゃんはあのディキャピテーションを倒した男よ」
そんなにハードルを上げないでくれよ。
「知ってるとも。だからそいつを殺さなきゃなんねぇ。俺たちゼブルムの恐ろしさを思い知らすためにも。ガキが興味本位で手を出した事を、後悔させてやるんだよ」
その言葉が終わらない内に、サターンの環が4つ飛んできた。シルベーヌさんは飛び出した。刀で2つの環を斬り、その直後に鞘で叩き落とす。
残り2つの環が僕を襲う。岩2つで受け止め、それを地面に叩き潰すように落として封じる。そして、走る。止まっていたら格好の的になる。奴の背後を取るように動く。
「シルベーヌさん、あの環の正体は水と氷です!」
僕は走りながらもシルベーヌさんに声をかけた。それを聞いて、シルベーヌさんは納得しながら笑みを浮かべ、そして走り出した。
「それがわかったからなんだって言うんだクソガキィ!」
そう言ってサターンはまた環を僕とシルベーヌさんに1つずつ飛ばしてきた。
「簡単よ。粉々に砕けばいいのよ」
そう言って、シルベーヌさんは突進しながら猛烈な突きのラッシュを日本刀で放つ。それによって環を粉々に砕いた。そして、その突きの連撃は尚も続き、サターンの周りを回転していた大きな環もあっという間に砕いた。
もう1つ飛んできた環をまた岩で封じた僕は、猛スピードで進む。サターンが環で高速移動したように、僕は枝と木の葉をかき集め、それに乗り高速移動する。
シルベーヌさんの凄まじい突きの連撃を避けるべく、サターンはまた足元の環の高速移動により後退する。
予想通りだ。僕は、そこにスピードの乗った拳を、先程シルベーヌさんが斬った奴の腹部の傷口にぶつける。サターンの表情が苦痛に歪み、その身体は宙に浮いた。
「ナイス」
シルベーヌさんが呟いたのが聞こえた。そして、宙に浮いたサターンを正面から袈裟懸けに斬りつけた。
そして、午前中はシルベーヌさんと堂島さんが必要な物を買いに行った。軽量タイプの防寒具、バックパック、水分、携帯食料、必要最低限の装備を整えてくれた。
そして、昼前に僕達はタクシーで目的地である樹海へ向かった。土日は快晴だったが、本日は生憎の曇天である。タクシーで降りた所は観光施設のような場所だった。
「ここから樹海に入れるんでしょうか?」
イメージと違ったため一颯さんも思わず疑問を口にした。
「正確にはもう既に樹海に入ってるわ。今タクシーで通ってきた道も樹海内なの。いつの間にかあたし達はもう樹海に入っていたのよ? ただ、奥に行くとなると、途中まではここの遊歩道を通るのが一番なの」
シルベーヌさんが答えた。今日はピンクの髪をサイドテールにして縛っている。堂島さんも今日は珍しく長い髪を縛っている。
シルベーヌさんは先日も着ていた紫のナイロンパーカーを着ている。そして僕は青、堂島さんは黒、一颯さんは緑のナイロンパーカーを着ている。空気がひんやりしているので、着てきて正解だった。一颯さんも今日はストレッチパンツを履いている。
そして、僕らは遊歩道を進む。その名の通り、しっかり整備された道であり、樹海の中だという実感があまりない。
しかし、奥に進むに従って、段々と地面の高低差が激しくなる。地面が窪んでいたり、隆起しているため、そこに生えている樹木も斜めに伸びている。
「さ、ここから遊歩道を外れて行くわよ」
シルベーヌさんの言葉もどこか真剣味を帯びている。彼女が示した方角には、確かに道があるが、今まで通ってきた遊歩道と違い道幅が少し狭い。
「おし、行こう。俺は一番後ろを行くからシルベーヌ姉さんは前を頼む」
堂島さんはやはりサバイバル慣れしている。
「えぇ、百々丸くんも頼むわね。みんな、離れないように、ピッタリくっつくぐらいに付いてきてね」
僕らは樹海の奥へと進み始めた。シルベーヌさんの後ろには僕が、その後ろに一颯さん、堂島さんと一列になって進む。
「あのサターンも、自らがここへとあたし達を呼んだのだから、あたし達がここに来た事を知れば何らかのアプローチをかけてくるはずよ」
サターンズ・リングはこの樹海のどこかに身を潜めているのか。いつでも戦闘できるよう、覚悟しておかねばならない。
先に進むにつれ、さらに地面の陥没と隆起が激しくなる。足元にも気をつけながら進むようシルベーヌさんに言われ、皆緊張しながら進む。
それでも、近くで鳥の囀りが聞こえたり、途中で鹿を見かけたりしていたら、ここにも生き物が生息しているのだなとそう思わされた。
「この樹海はね、山の噴火によって溶岩が流れて、その上に積もった土から木や苔が生えて出来たの。だから、土がしっかりしている所もあれば、落とし穴みたいに薄い土しかない地面もあるの。地盤が不安定なのよ」
シルベーヌさんがそう語った。そして、僕らは今、ほとんど道とは呼べない場所を進んでいる。溶岩石の上を、でこぼこした足場を手も使ってよじ登るように。あの渓谷の岩場はツルツルして滑りやすかったのに対し、ここの岩場はゴツゴツして滑ることはないが、足を置く場所に注意しないと挫いてしまいそうだ。
「こりゃ、帰る時も一苦労だな。暗くなる前には片付けてぇな」
堂島さんがそう言って水を飲んだ。
「お水もいざという時のために温存しといてね。何が起きるかわからないから」
僕はがぶ飲みしようとした手を慌てて止めた。
そして、それから1時間程歩いた辺りで、先頭を行くシルベーヌさんの足が止まった。
「洞窟ね。空気の流れがおかしい。並々ならぬ気配を感じるわ。これはあたしの勘でしかないのだけどね」
見ると、確かに前方の地面がぽっかりと穴を開けている。それは斜め下の方へと続いている。あまり大きくはない。横幅3m、縦幅4メートルほどだろうか。ここを進むのか。
その時、洞窟の奥でぼわっと人の顔が浮かび上がった。サターンズ・リングだった。獰猛な目付き、口を大きく開き、不気味に笑っている。そして、何も言わずに奥へと消えていった。
異様な光景を目の当たりにし、その場の誰もが固まっていたが、堂島さんが口を開いた。
「今のはあいつだよな? みんな見たよな? 誘ってるみてぇだな。行くしかないのか?」
その言葉を聞いて皆の緊張がさらに増す。そして、シルベーヌさんが溜め息をつく。
「行くしかないわね。この事件を終わらせるためにも。罠の可能性は充分高いわ。みんな懐中電灯を持って! 行きましょう」
僕達は意を決して、その洞窟に足を踏み入れる。まるで大きく口を開けた怪物のような洞窟へと。
懐中電灯で前方を照らしても見通しは悪い。夜よりも暗く感じる。一颯さんは後ろから僕のパーカーの裾をしっかり掴んでいる。
洞窟の中は冷凍庫の中の様に冷え切っており、天井から水が滴り落ちてくるため皆フードを被った。足場にも水溜まりが多数あり、時々ズボッと穴に足がはまってしまう。
「止まって。何かおかしい。この先に何かいる」
洞窟に侵入してから20分経った頃だったか、僕の前にいるシルベーヌさんが手を横に伸ばして制止を促した。僕は全くわからなかったのだが、すぐに異変に気づいた。暖かい。しかも、どんどんと温度が上がっていく。先程まであんなに冷え切っていたのにこれは異常だ。
「――――っ!?」
前方のシルベーヌさんが息を呑む音が聞こえた。僕も前方を見た。目だ。大きな目がこちらを見ている。なんだあれは? 懐中電灯で照らしても全貌はよくわからない。あまりにそれは大きかったからだ。
ドスンと地響きがする。
「逃げましょう! ここでの戦闘はあまりに危険よ! 百々丸くん行って! 走らずに、それでも少し急いで!」
シルベーヌさんが声を荒らげていた。今度は堂島さんを先頭にし、一斉に元きた道を戻る。さっき鳴っていた地響きがまだ続いている。あの巨大な何かが追ってきているのか?
と、その時、僕の前を行く一颯さんが、きゃっと悲鳴を上げ止まった。
「あ、足が……!」
穴に足が嵌ってしまったらしい。
「大丈夫ですか!? 抜けそうですか?」
「はい、もうちょっとで、なんとか」
フシュゥーと、蒸気が出るような音が背後で聞こえた。振り返ると、あの、巨大な何かがすぐそこにいた。血走った目だけが暗闇に浮かんでいる。
「なんなのよ、こいつ!?」
傍にいたシルベーヌさんも思わず声を上げた。何か、何かないか? 辺りを懐中電灯で照らすと、岩がいくつか転がっていた。それを見つけ次第、あの目に向かってグラインドで投げつける。
「ぐぅっ!」
突然の攻撃に怯んだのか、呻き声が聞こえた。
「足、抜けました!」
「急ぎましょう!」
シルベーヌさんが一颯さんの手を取り足早に歩く。僕は2人の後を追いながらも、岩を見つけては後方に投げ飛ばす。
「おい! 大丈夫か? ここの脇道から風が入ってきてる。細いからあいつは通れねぇはずだ!」
先頭の堂島さんが逃げ道を指さしていた。人1人分なら余裕の広さだが、あの巨体は通れそうにない。堂島さんが先頭を進み、僕らはその道を行く。
途中天井が低くなったが、堂島さんが率先して後方に注意を促してくれたため、一颯さん達はぶつかる事無く進めていたようだ。僕は1度頭をぶつけてしまったが。
後ろからはもう地響きなどの音が聞こえないし、やはり追って来れなかったのだろう。
「出口が見えた。もうちょっとだ! 頑張れ」
堂島さんが言った通り、前方から光が見えた。なんとか全員無事に洞窟から脱出する事ができた。が、次の瞬間、
「ぐっ、ぶあー!」
洞窟を出た直後の堂島さんが悲鳴を上げて倒れていた。
「あなた、待ち構えてたのねっ……!」
シルベーヌさんが日本刀を出し、ケースと布袋を一颯さんに預けていた。洞窟から出た先の前方に、サターンズ・リングが立っていた。
「フハハハハ! ざまぁねぇなゴミどもが!」
奴は笑い続けている。洞窟は二重の罠になっていたのか。
「ドド!? 大丈夫か!?」
僕はシルベーヌさんの背後に倒れる堂島さんに声をかける。
「……っつ、クソ痛えが、かすり傷だ。腕にちょっと当たっただけだ」
相変わらず頑丈な人だ。サターンの身体を中心にし大きな環が1つ回り続け、さらに奴の両側に2つの環が回転しながら浮かんでいる。
「ゴミは、お前だ」
シルベーヌさんは刀を腰に構え、一気に駆け出した。居合抜きだ。あまりに速かった。サターンの身体から血が飛んだ。
「ぐっそぉがぁ! このぉ!」
「3人とも、走りなさい!」
シルベーヌさんの言葉を受け、僕達は走り出す。シルベーヌさんはサターンの環を弾き、斬り刻みながらも僕達の後を追う。
「一颯さん、お願いがあります」
僕が走りながら声をかける。彼女は無言でこちらを見る。
「僕とシルベーヌさんで時間を稼ぐので、どこか安全なところでドドの応急処置をしててください」
彼女は無言で、しっかりと頷いた。僕は踵を返し、シルベーヌさんの元に行く。走りながら近くに倒れていた大きな樹を勢いよくグラインドで投げ飛ばす。
「!? くっそ、小賢しい事しやがって!」
サターンは自身の周りにあった一番大きな環でそれを斬り裂いた。その一瞬の隙をシルベーヌさんが見逃すわけがなかった。
「もらった」
シルベーヌさんは横一文字に刀を振り、サターンの腹を斬った。血は飛んだものの、致命傷には至らなかったのか、奴はまだ立っていた。
どうやら、小さな環を咄嗟に発生させ防御しながら回避したようだった。足元にも環が付いている事から、あれで高速移動したようだ。
「そーちゃん、戻ってきちゃったのね、もう!」
そう言いながらもシルベーヌさんはどこか嬉しそうだった。
「一颯さんにドドの手当てをしてもらっているので。その間に時間稼ぎをと思って」
僕の言葉を聞いて、シルベーヌさんも頷き、またサターンに向き直る。
「さぁ、2対1よ! どうするの? 剣精と、そしてそーちゃんはあのディキャピテーションを倒した男よ」
そんなにハードルを上げないでくれよ。
「知ってるとも。だからそいつを殺さなきゃなんねぇ。俺たちゼブルムの恐ろしさを思い知らすためにも。ガキが興味本位で手を出した事を、後悔させてやるんだよ」
その言葉が終わらない内に、サターンの環が4つ飛んできた。シルベーヌさんは飛び出した。刀で2つの環を斬り、その直後に鞘で叩き落とす。
残り2つの環が僕を襲う。岩2つで受け止め、それを地面に叩き潰すように落として封じる。そして、走る。止まっていたら格好の的になる。奴の背後を取るように動く。
「シルベーヌさん、あの環の正体は水と氷です!」
僕は走りながらもシルベーヌさんに声をかけた。それを聞いて、シルベーヌさんは納得しながら笑みを浮かべ、そして走り出した。
「それがわかったからなんだって言うんだクソガキィ!」
そう言ってサターンはまた環を僕とシルベーヌさんに1つずつ飛ばしてきた。
「簡単よ。粉々に砕けばいいのよ」
そう言って、シルベーヌさんは突進しながら猛烈な突きのラッシュを日本刀で放つ。それによって環を粉々に砕いた。そして、その突きの連撃は尚も続き、サターンの周りを回転していた大きな環もあっという間に砕いた。
もう1つ飛んできた環をまた岩で封じた僕は、猛スピードで進む。サターンが環で高速移動したように、僕は枝と木の葉をかき集め、それに乗り高速移動する。
シルベーヌさんの凄まじい突きの連撃を避けるべく、サターンはまた足元の環の高速移動により後退する。
予想通りだ。僕は、そこにスピードの乗った拳を、先程シルベーヌさんが斬った奴の腹部の傷口にぶつける。サターンの表情が苦痛に歪み、その身体は宙に浮いた。
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