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第2章 カーネイジ
2-9 お泊まり
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温泉から出て、浴衣に着替え、部屋に戻ると堂島さんが待っていた。
「おう、ちゃんと入ってきたな? 気持ちよかっただろ? 夕飯はみんなで一緒の部屋で食べようってミモザちゃんが言ってたぞ。少し休んだら呼ぶか」
そう言えば、部屋に帰る途中でシルベーヌさんも同じような事を言っていた。シルベーヌさんと一緒に混浴温泉に入っていたなんて事が堂島さんと一颯さんに知られたらまずい。細心の注意を払っていかねば。
あの熱湯に浸かり、しかも美女からの誘惑もあり、身体はだいぶ火照っていて、半ばのぼせ気味だ。少し休ませてもらうとするか。と、携帯端末にシルベーヌさんからメッセージが来ていた。
【お夕飯はみんなで一緒に食べましょう。そっちの部屋に後で行くから準備が出来たら言ってね】
だいたいそんな内容だ。無駄に多いハートやキスの絵文字は見なかった事にする。そして了解の返事をすると数秒で返事がきた。
【あたし達ついに一線越えちゃったわね】
だいたいそんな内容だ。無駄に多いハートやキスの絵文字はもちろん無視するし、この際だからメッセージ自体も既読無視する。
堂島さんと世間話をしながら数分休んで、だいぶ熱も収まってきたため、準備できましたとメッセージを送る。一颯さんへと送ろうと思ったが、また後で文句を言われたら面倒なので仕方なくシルベーヌさんへメッセージを送った。
程なくして2人がやってきた。食事は既にシルベーヌさんが決めて注文しており、こちらの部屋に届くように手配してくれたそうだ。
「温泉気持ちよかったですよねー。お肌もすべすべです。少しのぼせちゃいましたけど」
一颯さんはそう言って照れ笑いしていた。シルベーヌさんが一颯さんにあの混浴の事を言ってないか不安だったが、大丈夫そうだ。
「僕もだいぶのぼせました。もうしばらく温泉はいいです」
僕がそう言うと、皆笑っていた。
「そーちゃんはお子様ねー。何年かしたらまた温泉に来たくなるわよ?」
シルベーヌさんはそう言って、僕に向かって意味ありげにウインクした。他の2人はもう慣れてしまったのか、それをいつもの事だと思い気にしていないようだったので安心した。
数分した所で料理が部屋に届いた。すごい数だった。昨夜、高級料亭で食べた料理と同じくらいかそれ以上の品数である。
「すごーい! このお鍋に入ってるの何ですか? いい匂い」
一颯さんが興味津々で鍋を見つめていた。
「峡峰の郷土料理よ。おいしいわよー。今お椀に装ってあげるわね」
そう言ってシルベーヌさんはみんなのお椀に鍋の中身を装って配ってくれた。面倒見がいい所は本当に素敵だと思う。
その郷土料理には平たい麺と、南瓜を始めとした野菜、豚肉などが入っており、味噌で味付けした汁がとてもいい香りを引き立てていた。そして美味しい。
「美味いなこりゃあ! 冬に食べたら身体も暖まるな」
堂島さんは思わず舌鼓を打った。
「はい! 日本の家庭の温かさみたいな物を感じますね」
一颯さんも感動していたようで、2杯目を自分で装っていた。そんな皆をシルベーヌさんは微笑ましく見渡していた。お母さんだなもう。
「そーちゃんもいっぱい食べなさい? 百々丸くんみたいに大きくなれないわよ?」
本当にお母さんみたいな事を言い出した。その言葉にも甘え、僕もせっかくなので2杯目を装おうとしたのだが、シルベーヌさんが積極的に僕のお椀を取り装ってくれた。
あんな事があった後なのでどうしても意識してしまうが、平常心を自分に言い聞かせ、お礼の言葉を述べる。
鍋料理以外にも新鮮な刺身や和食、ローストビーフなどの洋食も並べられていたので、4人とも食事を楽しんでいた。
「明日はどこへ行くんですか?」
天麩羅を天つゆに付けながら一颯さんがシルベーヌさんに聞いた。
「明日はここから少し行った所にある山にいくつもりよ。景色がいいから楽しみにしててね!」
そう言ってシルベーヌさんは一颯さんに微笑みかける。一颯さんはくりっとした瞳をより大きくし喜んでいた。
「明日はお昼過ぎくらいに出発するつもりだから、今宵はゆっくりしましょ」
シルベーヌさんは僕ら3人に向けて言った。なるほど、だから彼女の近くにはワインがあるのか。堂島さんも既にビールを飲んでいた。
「ここはワインも有名なのよ。すっごく美味しいんだから。そーちゃんとミモザちゃんもほんの一口だけでもどう?」
せっかくなので、本当に少しだけワイングラスに注いでもらい飲んでみた。本当に一口ぶんだけなのだが、口の中に芳醇な香りと味わいが広がった。一颯さんも滅多にお酒を飲まないらしいが、その美味しさに驚いていた。
「一颯さんのお母さん確かフランスの御方なんですよね? やっぱりどこか懐かしく感じるのかもしれませんね」
僕がそう言うと、一颯さんも思い出したように口を開いた。
「あ、そうでした! 母フランス人でした! よくワインを飲んでいたのを覚えてます」
少しお酒を飲んだだけだが、一颯さんの頬は既にピンク色をしていて、白い肌にその色が綺麗に映えていた。
「フランスで思い出したんですけど、確かシルベーヌさんのお名前ってフランス語で『妖精』って意味ですよね?」
一颯さんの問いかけにシルベーヌさんは誇らしげに答える。
「そうよ。あたしは妖精なの。かわいいでしょ?」
一颯さんは元気よく、はいと肯定したが、妖精と言うより妖魔とか仙女って感じじゃないかな。
「そーちゃーん? 何か言いたそうね?」
シルベーヌさんは笑顔だったが、それは怖い笑顔であった。
「いえ、その、綺麗な妖精さんだなと思ってたくらいです」
わざとらしく視線を逸らしながら答えたにも拘わらず、シルベーヌさんは、やだもーと手をこちらに向けて扇いでいる。絶対本気にしてないくせに。
「弖寅衣くーん? また美女に見蕩れちゃってるんですかぁ? だめですよー? こっちにも美女いるんですよー?」
「って、一颯さんもう酔っちゃいました!? しっかりしてください! お水! お水!」
一颯さんはやはり少量のアルコールで酔ってしまうのか。慌ててお冷を差し出したが、それを飲んでもすぐに酔いが引くわけはなかった。
「ローストビーフ丼でーす! うふふ、おいしいー」
白米の上にローストビーフを乗せて即席ローストビーフ丼を作り楽しんでいた。ふと、助けを求めようと隣に座る堂島さんを見ると、こちらもだいぶ出来上がっており、虚ろな目をしていた。
「ドドさんも大丈夫ですか!? 寝る時はちゃんと布団で寝てくださいね!?」
「何言ってんだ? 俺はまだ飲めるぞー。飯も食えるぞー」
だめだこいつ。とりあえず離れた所に布団を敷き、いつでも寝れるようにしておく。
「そーちゃん、夜はまだまだこれからなんだから寝るのは早いわよ? せっかくなんだからみんなでわいわいしましょうよ」
念の為に、一颯さんのぶんの布団も敷いたところでシルベーヌさんが声をかけてきた。2人に比べ、全く酔っている気配がない。姉さんと同じくらい酒に強そうだ。
「はいはい、万が一に備えて念の為ですから。はい、今行きますよ」
やれやれ。シルベーヌさんはお酒が入っていてもいなくても面倒臭い。昼間は本当に頼りがいのあるお姉さんの印象で、一緒にいて安心して旅をできるから余計に憎めない。
それから数分、皆中身のない会話をしながら食事をしていた。一颯さんはお酒が入っても変わらずの食欲で、あれだけあった食事を平らげてしまった。
旅館の人を呼び、僕も食器を一緒に片付けた。従業員のお姉さんは遠慮していたが、一度あの空間から脱出したくて無理を言わせてもらった。
そして何故か一颯さんも付いてきてしまった。流石に食器を持たす訳にはいかなかったので、付いて行くだけですよと念を押した。
食器を厨房に運んだ帰り、一颯さんはまだ少し酔いが回っていたのか、唐突に僕の手を握ってきた。
「一颯さん、まだ酔ってますか? もうちょっとお水飲みますか?」
と聞いたが、一颯さんはすぐに首を振った。
「ちょっとだけ、こうしていてもいいですか?」
そう言って、一颯さんは少しはにかみながら、それでもどこか真剣味を帯びた表情で僕を見上げた。
「わかりました。部屋に着くまでですからね?」
そう言うと、一颯さんは笑顔になり、僕の手を握るその強さが心無しか増したような気がした。
そして、少し寄り道をして行こうと言われ、館内を見ながら2人で回ることにした。道中、窓から見えた夜の庭園はライトアップされ、どこか幻想的で趣があった。
「あ、アイス……」
と、不意に一颯さんが呟いた。その視線の先を見ると、売店があり、アイスを販売していた。
「買っていきますか? せっかくだから部屋でお留守番してる2人の分も」
そう言うと一颯さんは喜び、早歩きで売店に向かった。まだ手を繋いでいるので、僕も引っ張られるように後を追う。
ソフトクリームとカップアイスの両方が売っていたが、一颯さんはどちらにしようか悩んでいたので、結局カップアイス4個と一颯さん用にソフトクリームを注文した。
「どうですか? 美味しいですか?」
部屋へと向かいながら、一颯さんはぺろぺろとソフトクリームを舐めていた。手繋ぎはまだ継続中だ。僕はもう一方の片手にカップアイスが入った袋を持っている。
「はい! とっても美味しいです!」
一颯さんは満面の笑みで答え、そして僕の口の前にそのアイスを差し出してきた。一瞬戸惑ってしまったが、流れに飲まれてしまい僕はそのアイスをひと舐めしてしまった。爽やかな巨峰味だった。
部屋の前に着くと、一颯さんは少し寂しそうにしていたが、約束ですからねと僕はなるべく優しく言い、手を離し部屋の鍵を開け入った。
堂島さんはまだ起きていたようだ。アイスを買ってきた事を告げると、2人とも喜んでいた。
「美味しいわぁ。やっぱ温泉の後はアイスよね! ありがとう、そーちゃん」
喜んでいただけたようで何よりだ。一颯さんは何故か僕の隣に座った。手はもう繋いでいないが、まだ名残り惜しかったのかもしれない。カップアイスにも手をつけると、また美味しそうに笑っていたので僕は少しほっとする。
「シルベーヌ姉さんが今まで見た強敵の話聞かせてもらってたけど、面白かったぜー。世界には色んな奴いるんだなー」
堂島さんはそう言って、胡座をかいた膝を叩いていた。その話は僕も聞きたかったなー。
「あら? 百々丸くんの修行時代の話も面白かったわよ?」
その話も気になるな。少しだけ以前聞いた事があるが、もっと聞きたかったなとずっと思っていた。この2人はなんだかんだで馬も合うし、お似合いなんじゃないかなと僕は思うんだが、シルベーヌさんがその気じゃなさそうだな。
「わり。俺もう寝るわー」
と、堂島さんはついに限界だったらしく、先程僕が敷いた布団に寝始めた。準備しておいて正解だったかもな。
「あらあらー。ねぇ、そーちゃん。せっかくなんだし、今日は4人で同じ部屋に寝ましょうよ?」
この人は何を言い出すんだ。
「ダメですよ! シルベーヌさん何しでかすかわからないですし」
「絶対に何もしないわよー! もししたら切腹するわ。武士に二言はないわ。4人での思い出作りに。ね? いいでしょ?」
切腹されたらそれはそれで困るが。しかし、彼女の表情は真剣だったし信じてもいいだろう。僕が了承すると、
「やったー! 皆でお泊まりですねー!」
声を上げて喜んだのは一颯さんだった。堂島さんはその声にも起きずに、既に爆睡してるようだった。僕は肩を竦め、食卓を隅へ運び、部屋にあった布団を出す。丁度あと2組あって助かった。
顔を寄せ合えるように布団を配置し、電気を消し、眠りにつくまで3人で小声で話をしていた。
シルベーヌさんが途中で海外で起きた怖い話をし出した時には一颯さんがキャッと悲鳴をあげた。
そして、意外にもシルベーヌさんはいつの間にか先に寝落ちしていて、僕ら2人が残っていたが、どちらからともなく眠りについていった。
「おう、ちゃんと入ってきたな? 気持ちよかっただろ? 夕飯はみんなで一緒の部屋で食べようってミモザちゃんが言ってたぞ。少し休んだら呼ぶか」
そう言えば、部屋に帰る途中でシルベーヌさんも同じような事を言っていた。シルベーヌさんと一緒に混浴温泉に入っていたなんて事が堂島さんと一颯さんに知られたらまずい。細心の注意を払っていかねば。
あの熱湯に浸かり、しかも美女からの誘惑もあり、身体はだいぶ火照っていて、半ばのぼせ気味だ。少し休ませてもらうとするか。と、携帯端末にシルベーヌさんからメッセージが来ていた。
【お夕飯はみんなで一緒に食べましょう。そっちの部屋に後で行くから準備が出来たら言ってね】
だいたいそんな内容だ。無駄に多いハートやキスの絵文字は見なかった事にする。そして了解の返事をすると数秒で返事がきた。
【あたし達ついに一線越えちゃったわね】
だいたいそんな内容だ。無駄に多いハートやキスの絵文字はもちろん無視するし、この際だからメッセージ自体も既読無視する。
堂島さんと世間話をしながら数分休んで、だいぶ熱も収まってきたため、準備できましたとメッセージを送る。一颯さんへと送ろうと思ったが、また後で文句を言われたら面倒なので仕方なくシルベーヌさんへメッセージを送った。
程なくして2人がやってきた。食事は既にシルベーヌさんが決めて注文しており、こちらの部屋に届くように手配してくれたそうだ。
「温泉気持ちよかったですよねー。お肌もすべすべです。少しのぼせちゃいましたけど」
一颯さんはそう言って照れ笑いしていた。シルベーヌさんが一颯さんにあの混浴の事を言ってないか不安だったが、大丈夫そうだ。
「僕もだいぶのぼせました。もうしばらく温泉はいいです」
僕がそう言うと、皆笑っていた。
「そーちゃんはお子様ねー。何年かしたらまた温泉に来たくなるわよ?」
シルベーヌさんはそう言って、僕に向かって意味ありげにウインクした。他の2人はもう慣れてしまったのか、それをいつもの事だと思い気にしていないようだったので安心した。
数分した所で料理が部屋に届いた。すごい数だった。昨夜、高級料亭で食べた料理と同じくらいかそれ以上の品数である。
「すごーい! このお鍋に入ってるの何ですか? いい匂い」
一颯さんが興味津々で鍋を見つめていた。
「峡峰の郷土料理よ。おいしいわよー。今お椀に装ってあげるわね」
そう言ってシルベーヌさんはみんなのお椀に鍋の中身を装って配ってくれた。面倒見がいい所は本当に素敵だと思う。
その郷土料理には平たい麺と、南瓜を始めとした野菜、豚肉などが入っており、味噌で味付けした汁がとてもいい香りを引き立てていた。そして美味しい。
「美味いなこりゃあ! 冬に食べたら身体も暖まるな」
堂島さんは思わず舌鼓を打った。
「はい! 日本の家庭の温かさみたいな物を感じますね」
一颯さんも感動していたようで、2杯目を自分で装っていた。そんな皆をシルベーヌさんは微笑ましく見渡していた。お母さんだなもう。
「そーちゃんもいっぱい食べなさい? 百々丸くんみたいに大きくなれないわよ?」
本当にお母さんみたいな事を言い出した。その言葉にも甘え、僕もせっかくなので2杯目を装おうとしたのだが、シルベーヌさんが積極的に僕のお椀を取り装ってくれた。
あんな事があった後なのでどうしても意識してしまうが、平常心を自分に言い聞かせ、お礼の言葉を述べる。
鍋料理以外にも新鮮な刺身や和食、ローストビーフなどの洋食も並べられていたので、4人とも食事を楽しんでいた。
「明日はどこへ行くんですか?」
天麩羅を天つゆに付けながら一颯さんがシルベーヌさんに聞いた。
「明日はここから少し行った所にある山にいくつもりよ。景色がいいから楽しみにしててね!」
そう言ってシルベーヌさんは一颯さんに微笑みかける。一颯さんはくりっとした瞳をより大きくし喜んでいた。
「明日はお昼過ぎくらいに出発するつもりだから、今宵はゆっくりしましょ」
シルベーヌさんは僕ら3人に向けて言った。なるほど、だから彼女の近くにはワインがあるのか。堂島さんも既にビールを飲んでいた。
「ここはワインも有名なのよ。すっごく美味しいんだから。そーちゃんとミモザちゃんもほんの一口だけでもどう?」
せっかくなので、本当に少しだけワイングラスに注いでもらい飲んでみた。本当に一口ぶんだけなのだが、口の中に芳醇な香りと味わいが広がった。一颯さんも滅多にお酒を飲まないらしいが、その美味しさに驚いていた。
「一颯さんのお母さん確かフランスの御方なんですよね? やっぱりどこか懐かしく感じるのかもしれませんね」
僕がそう言うと、一颯さんも思い出したように口を開いた。
「あ、そうでした! 母フランス人でした! よくワインを飲んでいたのを覚えてます」
少しお酒を飲んだだけだが、一颯さんの頬は既にピンク色をしていて、白い肌にその色が綺麗に映えていた。
「フランスで思い出したんですけど、確かシルベーヌさんのお名前ってフランス語で『妖精』って意味ですよね?」
一颯さんの問いかけにシルベーヌさんは誇らしげに答える。
「そうよ。あたしは妖精なの。かわいいでしょ?」
一颯さんは元気よく、はいと肯定したが、妖精と言うより妖魔とか仙女って感じじゃないかな。
「そーちゃーん? 何か言いたそうね?」
シルベーヌさんは笑顔だったが、それは怖い笑顔であった。
「いえ、その、綺麗な妖精さんだなと思ってたくらいです」
わざとらしく視線を逸らしながら答えたにも拘わらず、シルベーヌさんは、やだもーと手をこちらに向けて扇いでいる。絶対本気にしてないくせに。
「弖寅衣くーん? また美女に見蕩れちゃってるんですかぁ? だめですよー? こっちにも美女いるんですよー?」
「って、一颯さんもう酔っちゃいました!? しっかりしてください! お水! お水!」
一颯さんはやはり少量のアルコールで酔ってしまうのか。慌ててお冷を差し出したが、それを飲んでもすぐに酔いが引くわけはなかった。
「ローストビーフ丼でーす! うふふ、おいしいー」
白米の上にローストビーフを乗せて即席ローストビーフ丼を作り楽しんでいた。ふと、助けを求めようと隣に座る堂島さんを見ると、こちらもだいぶ出来上がっており、虚ろな目をしていた。
「ドドさんも大丈夫ですか!? 寝る時はちゃんと布団で寝てくださいね!?」
「何言ってんだ? 俺はまだ飲めるぞー。飯も食えるぞー」
だめだこいつ。とりあえず離れた所に布団を敷き、いつでも寝れるようにしておく。
「そーちゃん、夜はまだまだこれからなんだから寝るのは早いわよ? せっかくなんだからみんなでわいわいしましょうよ」
念の為に、一颯さんのぶんの布団も敷いたところでシルベーヌさんが声をかけてきた。2人に比べ、全く酔っている気配がない。姉さんと同じくらい酒に強そうだ。
「はいはい、万が一に備えて念の為ですから。はい、今行きますよ」
やれやれ。シルベーヌさんはお酒が入っていてもいなくても面倒臭い。昼間は本当に頼りがいのあるお姉さんの印象で、一緒にいて安心して旅をできるから余計に憎めない。
それから数分、皆中身のない会話をしながら食事をしていた。一颯さんはお酒が入っても変わらずの食欲で、あれだけあった食事を平らげてしまった。
旅館の人を呼び、僕も食器を一緒に片付けた。従業員のお姉さんは遠慮していたが、一度あの空間から脱出したくて無理を言わせてもらった。
そして何故か一颯さんも付いてきてしまった。流石に食器を持たす訳にはいかなかったので、付いて行くだけですよと念を押した。
食器を厨房に運んだ帰り、一颯さんはまだ少し酔いが回っていたのか、唐突に僕の手を握ってきた。
「一颯さん、まだ酔ってますか? もうちょっとお水飲みますか?」
と聞いたが、一颯さんはすぐに首を振った。
「ちょっとだけ、こうしていてもいいですか?」
そう言って、一颯さんは少しはにかみながら、それでもどこか真剣味を帯びた表情で僕を見上げた。
「わかりました。部屋に着くまでですからね?」
そう言うと、一颯さんは笑顔になり、僕の手を握るその強さが心無しか増したような気がした。
そして、少し寄り道をして行こうと言われ、館内を見ながら2人で回ることにした。道中、窓から見えた夜の庭園はライトアップされ、どこか幻想的で趣があった。
「あ、アイス……」
と、不意に一颯さんが呟いた。その視線の先を見ると、売店があり、アイスを販売していた。
「買っていきますか? せっかくだから部屋でお留守番してる2人の分も」
そう言うと一颯さんは喜び、早歩きで売店に向かった。まだ手を繋いでいるので、僕も引っ張られるように後を追う。
ソフトクリームとカップアイスの両方が売っていたが、一颯さんはどちらにしようか悩んでいたので、結局カップアイス4個と一颯さん用にソフトクリームを注文した。
「どうですか? 美味しいですか?」
部屋へと向かいながら、一颯さんはぺろぺろとソフトクリームを舐めていた。手繋ぎはまだ継続中だ。僕はもう一方の片手にカップアイスが入った袋を持っている。
「はい! とっても美味しいです!」
一颯さんは満面の笑みで答え、そして僕の口の前にそのアイスを差し出してきた。一瞬戸惑ってしまったが、流れに飲まれてしまい僕はそのアイスをひと舐めしてしまった。爽やかな巨峰味だった。
部屋の前に着くと、一颯さんは少し寂しそうにしていたが、約束ですからねと僕はなるべく優しく言い、手を離し部屋の鍵を開け入った。
堂島さんはまだ起きていたようだ。アイスを買ってきた事を告げると、2人とも喜んでいた。
「美味しいわぁ。やっぱ温泉の後はアイスよね! ありがとう、そーちゃん」
喜んでいただけたようで何よりだ。一颯さんは何故か僕の隣に座った。手はもう繋いでいないが、まだ名残り惜しかったのかもしれない。カップアイスにも手をつけると、また美味しそうに笑っていたので僕は少しほっとする。
「シルベーヌ姉さんが今まで見た強敵の話聞かせてもらってたけど、面白かったぜー。世界には色んな奴いるんだなー」
堂島さんはそう言って、胡座をかいた膝を叩いていた。その話は僕も聞きたかったなー。
「あら? 百々丸くんの修行時代の話も面白かったわよ?」
その話も気になるな。少しだけ以前聞いた事があるが、もっと聞きたかったなとずっと思っていた。この2人はなんだかんだで馬も合うし、お似合いなんじゃないかなと僕は思うんだが、シルベーヌさんがその気じゃなさそうだな。
「わり。俺もう寝るわー」
と、堂島さんはついに限界だったらしく、先程僕が敷いた布団に寝始めた。準備しておいて正解だったかもな。
「あらあらー。ねぇ、そーちゃん。せっかくなんだし、今日は4人で同じ部屋に寝ましょうよ?」
この人は何を言い出すんだ。
「ダメですよ! シルベーヌさん何しでかすかわからないですし」
「絶対に何もしないわよー! もししたら切腹するわ。武士に二言はないわ。4人での思い出作りに。ね? いいでしょ?」
切腹されたらそれはそれで困るが。しかし、彼女の表情は真剣だったし信じてもいいだろう。僕が了承すると、
「やったー! 皆でお泊まりですねー!」
声を上げて喜んだのは一颯さんだった。堂島さんはその声にも起きずに、既に爆睡してるようだった。僕は肩を竦め、食卓を隅へ運び、部屋にあった布団を出す。丁度あと2組あって助かった。
顔を寄せ合えるように布団を配置し、電気を消し、眠りにつくまで3人で小声で話をしていた。
シルベーヌさんが途中で海外で起きた怖い話をし出した時には一颯さんがキャッと悲鳴をあげた。
そして、意外にもシルベーヌさんはいつの間にか先に寝落ちしていて、僕ら2人が残っていたが、どちらからともなく眠りについていった。
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