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第2章 カーネイジ
2-2 シルベーヌ
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一颯さんの買い物は主に日用品などで、手早く済ませて僕らは再び街中を歩いていた。
少しずつではあるが、夕方の空気も涼しくなり、秋はもうすぐそこまで迫ってきていた。
「あそこの公園通って行きましょうか? その方が近いですし」
僕はそう提案した。都会のド真ん中に位置するその公園は、敷地面積も広く、多くの人が足を運ぶ。樹木や花が周りを彩り、無機質なビル群とは対照的で、都会であることを忘れさせてくれる。
「もうすぐ紅葉の時期ですよねー。ここも毎年綺麗ですよねー」
公園に着くなり、一颯さんは辺りを見渡しながらそう言った。そう、秋になればこの公園は今以上に彩りが増し、たくさんの人で賑わう。その時にはまた3人で来たいな。
「おにくー! おにくー!」
初めは不服そうだった一颯さんだが、今ではすっかり焼肉を楽しみにしている。僕ももうすっかり焼肉気分だ。この公園を抜けて、大通りに出た所に目的地の店があるので、もうすぐだ。
と、何か違和感を感じた。辺りに人がいない。さっきまでは数人程ではあるが、すれ違う人がいた。しかし、今は1人も周囲にいない。
「ドドさん、何かおかしくないですか?」
僕の問いかけに堂島さんも気づいたようで、辺りを警戒し始めた。
すると、周囲の茂みから、わらわらと見知らぬ男達が出てきた。数が多い。ざっと30人以上はいる。しかも、皆バットや鉄パイプなどの鈍器を手に持ち、武装している。敵意剥き出しだ。
「お前ら何モンだ? 随分物騒じゃねえか」
堂島さんは手当り次第に睨みを効かせながら仁王立ちしている。
「今日はお前ら3人をずっと監視してたんだよ。そしたらちょうどいい場所に来てくれたんでな。まぁちょっと殺されてくれ」
武装した男達のうち、太った男がそう言った。どうやらそいつがリーダーらしい。手には拳銃を持っている。
そして、その太った男の言葉を合図に、周囲の男達は一斉に飛び出してきた。
「くっ……、やるしかねぇみてぇだな!」
堂島さんは仕掛けてきた相手を片っ端から殴っていく。この1週間、警察などは一切僕らの元には訪れて来なかった。しかし、このような物騒な輩が、今日になって突然奇襲をかけてくるとは予想外だった。
もしや、あのディキャピテーションが所属していた組織の人間なのか。とにかく今は迎え撃つしかない。堂島さんは離れた所で奴らを相手にしている以上、僕は一颯さんを守らなければならない。
しかし、この公園はあの工場と違い、動かすことが出来るものが少ない。仮に能力でベンチなどを動かすとしても、この公園を荒らすようなことをしたくない。
そうこう悩んでいるうちに、1人目が襲ってきた。振り下ろしてきたバットは難なく躱し、カウンターで殴るものの、相手はなかなかタフなのか、一発では倒れなかった。
そして他の男達も次から次へと襲いかかってくる。まずい、全部を対処しきれない。せめて一颯さんを守らなければいけない。それが今優先すべきことだ。
「くっ……数が多すぎる……!」
思わず口から弱音が漏れてしまった。そして、油断していたその時、一颯さんの背後から忍び寄る影があった。僕は急いで一颯さんとの間に入るが、相手は木刀を振りかざしていた。防御が間に合わない。
――――このままだと僕だけではなく、一颯さんにまで当たってしまう……。
半ば諦めかけてしまっていた。しかし、その瞬間、また別の気配が近づいていた事に僕は気づかなかった。
男が振りかざした木刀は僕にも一颯さんにも当たらなかった。いつの間にか近づいていた人影が男の木刀を受け止めていた。
あの女性だった……先程カフェにいた、あのピンクの髪の女性が、今目の前にいた。よく見ると日本刀を持っている。そして、男の持っていた木刀は綺麗にばっさり切られている。
「彼には手出しさせないわ。傷つける者は、許さない」
ピンクの髪の女性は、静かにそう言って木刀を持っていた男を日本刀で斬り伏せた。その太刀筋は目にも留まらぬ速さだった。
しかし、周囲にはまだ敵が待ち構えており、謎の女性が出現しても臆することなく襲い掛かってきた。
危ない、この女性も巻き添えにしてしまう。そう心配したのも束の間、女性は静かに歩き、1人、2人、3人と次々に一太刀で男達を斬っていた。
時には峰打ちも使っていたが、殆どの敵を刃の部分で切り、血が飛び散っていた。そして、驚くべき事に、ピンクの髪の女性は全く返り血を浴びていない。浴びないように立ち回っているのだ。一瞬の内に僕らを取り囲む敵は皆倒してしまった。
すると、そのピンクの髪の女性はすぐに堂島さんを囲う敵へと向かう。モデルのように優雅に歩いたようにしか見えなかったのだが、走っているのと同じスピードで敵へと近づき、先程と同じように次々と斬り伏せていく。僕は呆気に取られていた。
「な、なんだこの女は!?」
流石に敵のチームにも動揺が走っていた。そして、堂島さんも女性に気づき、敵を倒しながらも見蕩れていた。気づけば30人以上いた輩達は全員芝生の上に倒れていた。
ピンクの髪の女性はそれを確認すると、刀の刀身をハンカチで拭い、近くに置いてあった鞘に収め、さらに細長い布袋に入れ、そしてカメラの三脚を収納するような、長いバッグに入れた。
そして、僕を見た。とても綺麗な顔をしていた。切れ長な目をしており、髪色と同じピンクのルージュを塗った唇は絵画のように整っていた。
「そーちゃーん! 大丈夫だったぁ!? 怪我はしてない!?」
は? ピンクの髪の女性は僕に近寄ると、初対面であるにも拘わらず、僕を思い切り抱き締めながらそう言ってきた。どうなっているんだ?
そして、豊満な胸を思い切り僕の顔面に押し付けている。
「く、苦しい……」
僕はなんとか顔を出して、ピンクの髪の女性の背後にいる一颯さんを恐る恐る覗く。一颯さんの顔には恐怖と戸惑いが入り交じっており、やがて慌てふためき始めた。
「て、弖寅衣くん……そちらの方とお知り合いだったのですか? ま、ま、まさか恋人だったのですか!?」
「さっきカフェにいたお姉さんだよな!? どういうことだよ想!?」
堂島さんも一颯さんに続いて慌てていた。そして、堂島さんのその言葉にはどこか少し怒りも混じっていた。この女性が誰なのか、僕が聞きたいくらいだ。
そしてこのお姉さんはまだ僕を抱き締めていて、離してくれない。無理やりにでも引き剥がしながら、
「ちょ、ちょっとなんなんですか!? 助けてくださったのはありがとうございます。でも、僕はあなたとは初対面ですよね!?」
そう言ってやっと解放してもらった。
「あぁ、ごめんなさいね。昔少し会っただけだから、そーちゃんは覚えてないわよね。でも、あたしはずっとそーちゃんに会いたかったのよー?」
全く。全くと言っていいほど身に覚えがない。そして、抱擁からは解放されたものの、ピンク髪の女性は今度は僕の腕に自分の腕を絡め、胸を押し付けてくる。身長も高い。180cmを越えたくらいだろう。
「すみません、僕は覚えてないです。失礼ですがお名前は?」
この状況ではそう尋ねるしかなかった。
「そうね、自己紹介がまだだったわよね。あたしは、シルベーヌ。シルベーヌ・ゴーガーシャよ。あなたのお姉さん、煉美の親友よ!」
姉さんの親友を名乗ったピンク髪の女性、シルベーヌさんはここじゃゆっくり話もできないからと、僕たちを食事に誘った。僕達はこれから焼肉に行く所だった旨を伝えると、
「焼肉はだめ! 臭いが服と髪についちゃうわ」
と、ばっさり断り、そしてなんと近くにある高級料亭へと誘ったのだった。しかもシルベーヌさんの奢りで。それならばと3人で快諾したのだった。
そして、僕達は入った事もない店構えの敷居を跨ぎ、個室の座敷へと案内されたのだった。どうやらそのお店は、シルベーヌさんの昔からの馴染みのお店らしい。
「うーん! やっぱ畳は落ち着くわねぇ!」
そう言って、シルベーヌさんは僕の隣をキープした。そしてまた腕を絡めてくる。
「シルベーヌさんは海外の御方じゃないんですか?」
僕は初めて見た時から外国の方だと思い込んでいたが、日本語が自然すぎるし、畳が落ち着くということは、まさか日本人なのか?
「うーん、そうとも言えるし、そうでないとも言えるわね!」
笑顔で誤魔化されてしまったが、つまり質問に答える気はないということか。なんだこの怪しい人は。そして、先程から一颯さんの視線が痛く感じる。
なんとも言えない気まずい空気の中、料理が運ばれてきた。会席料理というものだろうか、ありとあらゆる品が卓を埋め尽くし、3人とも唖然としてしまった。
「さ、いただきましょ。あたしが突然乱入しちゃって、ちょっとは申し訳ないと思ってるのよ? だから好きなだけ食べてちょうだい?」
不機嫌だった一颯さんもそれに気を良くしたのか、目を輝かせて箸を伸ばした。シルベーヌさんを初めて見た時はクールなイメージだったが、こうして話す所を見ると表情豊かな人で、悪い人ではないのかもしれない。まだ疑ってはいるが。
「カフェにいた時にもいましたよね? もしかして、あの時から監視していたんですか?」
僕は直球的な質問をぶつける。
「あぁ、カフェは本当に偶然だったの。ちょっと休んでぼーっとしていた所だったのだけれど、そこにそーちゃん達が来たじゃない? だいぶ大人っぽくなってたけど、昔の面影が残ってたから絶対そうだと思ってたのよ。だからちょっと尾けさせてもらっちゃった」
照れ笑いを演出した笑顔、といった表情をシルベーヌさんはした。
「しかし、お姉さん滅茶苦茶強かったなぁ。刀を使ってるとは言え、素人ではないよな?」
堂島さんは刺身を飲み込んでからそう言った。
「堂島 百々丸さんでしたっけ? あなたもすごかったわぁ! だからあたしもついつい張り切っちゃった」
堂島さんと一颯さんの自己紹介は先程済ませており、シルベーヌさんは名前をしっかり覚えてくれたようだった。
「あたしからも質問いいかしら? ディキャピテーションを殺したのはあなた達なの?」
突然ディキャピテーションの名前が出て、僕はちょうど白米を喉に流すタイミングだったため、噎せてしまった。それを見て、シルベーヌさんは優しく背中を摩ってくれた。
「なんでその名前をシルベーヌさんが知っているんですか? まさか、ディキャピテーションと同じ組織の……?」
噎びが落ち着いた所で、僕は質問で返す。もしも彼女があの組織の者だったら、今すぐここから逃げ出さねばならない。僕達を始末しに来たのか。いや、始末しに来たのは先程の男達か。彼女はそこを救ってくれたのだった。
「やだわぁ。あたしは組織とかには属さないわ。普段あたしは海外で用心棒みたいな事をしているの。ディキャピテーションは昔から裏の界隈では有名だったんだけど、彼女が死んだという報せが届いたの。だからこうして日本に調べに来たのだけど、そこでさっきのカフェでの会話がつい聞こえちゃったの。職業病ってやつかしら」
海外で用心棒? それであんなに強いのか。
「ディキャピテーションとは1度顔を合わせた事があったけど、彼女は強いわ。その彼女を倒したなんて、堂島さんはよっぽど強い人なの?」
自分の名前を呼ばれた堂島さんは静かに首を横に振った。
「いや、俺じゃねぇよ。あいつを倒したのは紛れもなく想だ。俺はこいつをサポートしたに過ぎねぇよ」
堂島さんはそう言って目を閉じながら笑った。それを聞いて、シルベーヌさんも流石に驚き、僕を見つめていた。
「そーちゃんが!? すごい……やっぱりあなたは、れんちゃんの弟ね」
姉を「れんちゃん」と呼んだシルベーヌさんは、僕を真っ直ぐ見ていたが、その視線はどこか遠くを見るように懐かしんでいた。
「実はね、そんな強いあなた達に相談があるの」
シルベーヌさんは笑顔で切り出し、ウインクをしたのだった。
少しずつではあるが、夕方の空気も涼しくなり、秋はもうすぐそこまで迫ってきていた。
「あそこの公園通って行きましょうか? その方が近いですし」
僕はそう提案した。都会のド真ん中に位置するその公園は、敷地面積も広く、多くの人が足を運ぶ。樹木や花が周りを彩り、無機質なビル群とは対照的で、都会であることを忘れさせてくれる。
「もうすぐ紅葉の時期ですよねー。ここも毎年綺麗ですよねー」
公園に着くなり、一颯さんは辺りを見渡しながらそう言った。そう、秋になればこの公園は今以上に彩りが増し、たくさんの人で賑わう。その時にはまた3人で来たいな。
「おにくー! おにくー!」
初めは不服そうだった一颯さんだが、今ではすっかり焼肉を楽しみにしている。僕ももうすっかり焼肉気分だ。この公園を抜けて、大通りに出た所に目的地の店があるので、もうすぐだ。
と、何か違和感を感じた。辺りに人がいない。さっきまでは数人程ではあるが、すれ違う人がいた。しかし、今は1人も周囲にいない。
「ドドさん、何かおかしくないですか?」
僕の問いかけに堂島さんも気づいたようで、辺りを警戒し始めた。
すると、周囲の茂みから、わらわらと見知らぬ男達が出てきた。数が多い。ざっと30人以上はいる。しかも、皆バットや鉄パイプなどの鈍器を手に持ち、武装している。敵意剥き出しだ。
「お前ら何モンだ? 随分物騒じゃねえか」
堂島さんは手当り次第に睨みを効かせながら仁王立ちしている。
「今日はお前ら3人をずっと監視してたんだよ。そしたらちょうどいい場所に来てくれたんでな。まぁちょっと殺されてくれ」
武装した男達のうち、太った男がそう言った。どうやらそいつがリーダーらしい。手には拳銃を持っている。
そして、その太った男の言葉を合図に、周囲の男達は一斉に飛び出してきた。
「くっ……、やるしかねぇみてぇだな!」
堂島さんは仕掛けてきた相手を片っ端から殴っていく。この1週間、警察などは一切僕らの元には訪れて来なかった。しかし、このような物騒な輩が、今日になって突然奇襲をかけてくるとは予想外だった。
もしや、あのディキャピテーションが所属していた組織の人間なのか。とにかく今は迎え撃つしかない。堂島さんは離れた所で奴らを相手にしている以上、僕は一颯さんを守らなければならない。
しかし、この公園はあの工場と違い、動かすことが出来るものが少ない。仮に能力でベンチなどを動かすとしても、この公園を荒らすようなことをしたくない。
そうこう悩んでいるうちに、1人目が襲ってきた。振り下ろしてきたバットは難なく躱し、カウンターで殴るものの、相手はなかなかタフなのか、一発では倒れなかった。
そして他の男達も次から次へと襲いかかってくる。まずい、全部を対処しきれない。せめて一颯さんを守らなければいけない。それが今優先すべきことだ。
「くっ……数が多すぎる……!」
思わず口から弱音が漏れてしまった。そして、油断していたその時、一颯さんの背後から忍び寄る影があった。僕は急いで一颯さんとの間に入るが、相手は木刀を振りかざしていた。防御が間に合わない。
――――このままだと僕だけではなく、一颯さんにまで当たってしまう……。
半ば諦めかけてしまっていた。しかし、その瞬間、また別の気配が近づいていた事に僕は気づかなかった。
男が振りかざした木刀は僕にも一颯さんにも当たらなかった。いつの間にか近づいていた人影が男の木刀を受け止めていた。
あの女性だった……先程カフェにいた、あのピンクの髪の女性が、今目の前にいた。よく見ると日本刀を持っている。そして、男の持っていた木刀は綺麗にばっさり切られている。
「彼には手出しさせないわ。傷つける者は、許さない」
ピンクの髪の女性は、静かにそう言って木刀を持っていた男を日本刀で斬り伏せた。その太刀筋は目にも留まらぬ速さだった。
しかし、周囲にはまだ敵が待ち構えており、謎の女性が出現しても臆することなく襲い掛かってきた。
危ない、この女性も巻き添えにしてしまう。そう心配したのも束の間、女性は静かに歩き、1人、2人、3人と次々に一太刀で男達を斬っていた。
時には峰打ちも使っていたが、殆どの敵を刃の部分で切り、血が飛び散っていた。そして、驚くべき事に、ピンクの髪の女性は全く返り血を浴びていない。浴びないように立ち回っているのだ。一瞬の内に僕らを取り囲む敵は皆倒してしまった。
すると、そのピンクの髪の女性はすぐに堂島さんを囲う敵へと向かう。モデルのように優雅に歩いたようにしか見えなかったのだが、走っているのと同じスピードで敵へと近づき、先程と同じように次々と斬り伏せていく。僕は呆気に取られていた。
「な、なんだこの女は!?」
流石に敵のチームにも動揺が走っていた。そして、堂島さんも女性に気づき、敵を倒しながらも見蕩れていた。気づけば30人以上いた輩達は全員芝生の上に倒れていた。
ピンクの髪の女性はそれを確認すると、刀の刀身をハンカチで拭い、近くに置いてあった鞘に収め、さらに細長い布袋に入れ、そしてカメラの三脚を収納するような、長いバッグに入れた。
そして、僕を見た。とても綺麗な顔をしていた。切れ長な目をしており、髪色と同じピンクのルージュを塗った唇は絵画のように整っていた。
「そーちゃーん! 大丈夫だったぁ!? 怪我はしてない!?」
は? ピンクの髪の女性は僕に近寄ると、初対面であるにも拘わらず、僕を思い切り抱き締めながらそう言ってきた。どうなっているんだ?
そして、豊満な胸を思い切り僕の顔面に押し付けている。
「く、苦しい……」
僕はなんとか顔を出して、ピンクの髪の女性の背後にいる一颯さんを恐る恐る覗く。一颯さんの顔には恐怖と戸惑いが入り交じっており、やがて慌てふためき始めた。
「て、弖寅衣くん……そちらの方とお知り合いだったのですか? ま、ま、まさか恋人だったのですか!?」
「さっきカフェにいたお姉さんだよな!? どういうことだよ想!?」
堂島さんも一颯さんに続いて慌てていた。そして、堂島さんのその言葉にはどこか少し怒りも混じっていた。この女性が誰なのか、僕が聞きたいくらいだ。
そしてこのお姉さんはまだ僕を抱き締めていて、離してくれない。無理やりにでも引き剥がしながら、
「ちょ、ちょっとなんなんですか!? 助けてくださったのはありがとうございます。でも、僕はあなたとは初対面ですよね!?」
そう言ってやっと解放してもらった。
「あぁ、ごめんなさいね。昔少し会っただけだから、そーちゃんは覚えてないわよね。でも、あたしはずっとそーちゃんに会いたかったのよー?」
全く。全くと言っていいほど身に覚えがない。そして、抱擁からは解放されたものの、ピンク髪の女性は今度は僕の腕に自分の腕を絡め、胸を押し付けてくる。身長も高い。180cmを越えたくらいだろう。
「すみません、僕は覚えてないです。失礼ですがお名前は?」
この状況ではそう尋ねるしかなかった。
「そうね、自己紹介がまだだったわよね。あたしは、シルベーヌ。シルベーヌ・ゴーガーシャよ。あなたのお姉さん、煉美の親友よ!」
姉さんの親友を名乗ったピンク髪の女性、シルベーヌさんはここじゃゆっくり話もできないからと、僕たちを食事に誘った。僕達はこれから焼肉に行く所だった旨を伝えると、
「焼肉はだめ! 臭いが服と髪についちゃうわ」
と、ばっさり断り、そしてなんと近くにある高級料亭へと誘ったのだった。しかもシルベーヌさんの奢りで。それならばと3人で快諾したのだった。
そして、僕達は入った事もない店構えの敷居を跨ぎ、個室の座敷へと案内されたのだった。どうやらそのお店は、シルベーヌさんの昔からの馴染みのお店らしい。
「うーん! やっぱ畳は落ち着くわねぇ!」
そう言って、シルベーヌさんは僕の隣をキープした。そしてまた腕を絡めてくる。
「シルベーヌさんは海外の御方じゃないんですか?」
僕は初めて見た時から外国の方だと思い込んでいたが、日本語が自然すぎるし、畳が落ち着くということは、まさか日本人なのか?
「うーん、そうとも言えるし、そうでないとも言えるわね!」
笑顔で誤魔化されてしまったが、つまり質問に答える気はないということか。なんだこの怪しい人は。そして、先程から一颯さんの視線が痛く感じる。
なんとも言えない気まずい空気の中、料理が運ばれてきた。会席料理というものだろうか、ありとあらゆる品が卓を埋め尽くし、3人とも唖然としてしまった。
「さ、いただきましょ。あたしが突然乱入しちゃって、ちょっとは申し訳ないと思ってるのよ? だから好きなだけ食べてちょうだい?」
不機嫌だった一颯さんもそれに気を良くしたのか、目を輝かせて箸を伸ばした。シルベーヌさんを初めて見た時はクールなイメージだったが、こうして話す所を見ると表情豊かな人で、悪い人ではないのかもしれない。まだ疑ってはいるが。
「カフェにいた時にもいましたよね? もしかして、あの時から監視していたんですか?」
僕は直球的な質問をぶつける。
「あぁ、カフェは本当に偶然だったの。ちょっと休んでぼーっとしていた所だったのだけれど、そこにそーちゃん達が来たじゃない? だいぶ大人っぽくなってたけど、昔の面影が残ってたから絶対そうだと思ってたのよ。だからちょっと尾けさせてもらっちゃった」
照れ笑いを演出した笑顔、といった表情をシルベーヌさんはした。
「しかし、お姉さん滅茶苦茶強かったなぁ。刀を使ってるとは言え、素人ではないよな?」
堂島さんは刺身を飲み込んでからそう言った。
「堂島 百々丸さんでしたっけ? あなたもすごかったわぁ! だからあたしもついつい張り切っちゃった」
堂島さんと一颯さんの自己紹介は先程済ませており、シルベーヌさんは名前をしっかり覚えてくれたようだった。
「あたしからも質問いいかしら? ディキャピテーションを殺したのはあなた達なの?」
突然ディキャピテーションの名前が出て、僕はちょうど白米を喉に流すタイミングだったため、噎せてしまった。それを見て、シルベーヌさんは優しく背中を摩ってくれた。
「なんでその名前をシルベーヌさんが知っているんですか? まさか、ディキャピテーションと同じ組織の……?」
噎びが落ち着いた所で、僕は質問で返す。もしも彼女があの組織の者だったら、今すぐここから逃げ出さねばならない。僕達を始末しに来たのか。いや、始末しに来たのは先程の男達か。彼女はそこを救ってくれたのだった。
「やだわぁ。あたしは組織とかには属さないわ。普段あたしは海外で用心棒みたいな事をしているの。ディキャピテーションは昔から裏の界隈では有名だったんだけど、彼女が死んだという報せが届いたの。だからこうして日本に調べに来たのだけど、そこでさっきのカフェでの会話がつい聞こえちゃったの。職業病ってやつかしら」
海外で用心棒? それであんなに強いのか。
「ディキャピテーションとは1度顔を合わせた事があったけど、彼女は強いわ。その彼女を倒したなんて、堂島さんはよっぽど強い人なの?」
自分の名前を呼ばれた堂島さんは静かに首を横に振った。
「いや、俺じゃねぇよ。あいつを倒したのは紛れもなく想だ。俺はこいつをサポートしたに過ぎねぇよ」
堂島さんはそう言って目を閉じながら笑った。それを聞いて、シルベーヌさんも流石に驚き、僕を見つめていた。
「そーちゃんが!? すごい……やっぱりあなたは、れんちゃんの弟ね」
姉を「れんちゃん」と呼んだシルベーヌさんは、僕を真っ直ぐ見ていたが、その視線はどこか遠くを見るように懐かしんでいた。
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