カンテノ

よんそん

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第1章 ディキャピテーション

1-15 決着

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  栽培所を抜け、通路を抜けた先はまた作業場であった。大きな設備が多く、今までの作業場よりも広く感じた。

「あの女、まだ追ってきてるか?」

  走りながら堂島どうじまさんがそう聞いてきた。僕は振り返ってみた。残念なことにちょうど扉を開けてディキャピテーションが出てきた。

「今来たとこです! でも、距離がだいぶ空いてるし、おそらく射程距離外だからこのまま逃げ切りましょう」

  銃を所持していたが、中庭で落とし、先程の栽培所でディキャピテーションは銃を撃ってこなかったことから、恐らくもう持っていないだろう。
  この工場の出口に近付いている実感はまるでないが、もうすぐだと信じたい。
  と、後方から何か機械の音が鳴り出した。
 
 ――――フォークリフト!?

  工場で重い荷物を運搬する時に使用する車両だ。それを作業着の男が運転し、その前部の荷物を持ち上げるフォークの部分にディキャピテーションが立ち、こちらを見据えている。

「まずい! フォークリフトのスピードだとすぐに追いつかれます!」

  堂島さんも後方を確認し、ぎょっとする。フォークリフトの、フォークの先端が巨大な刃と化しているからだ。

「あそこにもう1台、同じものがあります! 誰か運転できますか?」

  一颯いぶきさんが息を切らしながら指をさして聞いてきた。堂島さんも流石に運転はできないだろうな。

 「僕の能力で動かします! 一颯さんは一番安全な運転席に!」

  フォークリフトに辿り着くと一颯さんを運転席に座らせ、僕と堂島さんは2本あるフォークを足場にして掴まる。

「動かします!」

  フォークリフトの内部へと意識を注ぐだけで簡単にエンジンがかかり、思い通りに走り出すことができた。

「す、すごい。まるで自動運転みたいです」

  一颯さんは目を丸くしている。それもそうだろう。自分が運転席にいるのに何も操作せずに動いているのだから。
  僕は前方と後方を交互に確認しながら集中を注いでいる。
  と、後方のディキャピテーションが何かを投げた。あれは、スパナか? いや、そのスパナが鋭利な刃物へと変化しながらこちらに向かってくる。

「くっ……!」

  避けようと車体を少し揺らして思わずブレーキをかけてしまい、僕たちが乗るフォークリフトは減速してしまった。

「さぁ、追いついたわよ」

  不敵な笑みを浮かべている。ディキャピテーションとはもう1mの距離に近付いていた。確実に射程圏内だ。
  そして、ディキャピテーションが乗るフォークリフトの前部から伸びる巨大な刃が、僕達が乗るフォークリフトの後部を抉るように刺していき、ギギギギィと耳障りな轟音を鳴らす。

「このまま僕がやられるわけないだろ?」

  僕は苦し紛れにも余裕を見せた。そして通路の両側にある設備を能力で投げる。ディキャピテーションを挟み撃ちするように。
  が、床から飛び出た奴の刃によって切り刻まれ、破壊された。

「ワンパターンなのよね。あなたの攻撃。あら? さっきの威勢はどうしたの?」

  僕が苦々しい表情をしていると、ディキャピテーションは心底嬉しそうに笑っていた。

「遊びは終わりよ。あなた達を切り刻んで、その内臓をぶちまけてあげるわ」

  そう言うとディキャピテーションは、両手に持っていたスパナから刃を伸ばした。
 
  ――――バンッ!
  
  突然響き渡った銃声に、僕も、ディキャピテーションも驚いていた。そして、ディキャピテーションの表情はやがて苦痛のそれへと変わる。奴の腹部から血が出ていたのだ。

  一颯さんだった。一颯さんが銃を撃った。あの銃はディキャピテーションが使っていたものだ。中庭で落とした物を、いつのまにか彼女は拾っていたのだ。

「昔、護身用に父から銃の扱い方を教わった事があるんです」

  一颯さんは弱々しく笑いながら僕の方を振り返った。

「ぐふぉっ! ……この、この、クソ小娘がぁぁ!」

  ディキャピテーションは血を吐きながらも罵り、左手で腹部を押さえながら右手に持った刃を振りかぶった。
  しかし、一颯さんがもう1発、ディキャピテーションが乗っているフォークリフトのタイヤに向けて撃った。フォークリフトはバランスを崩し、ぐらぐら揺れてから敢え無く横転した。

「ひえー、ミモザちゃんて案外容赦ねぇんだなー」

  ずっと無言だった堂島さんが呆けたように呟いた。

「何言ってるんですか! 私だって怖かったんですよ? あ、あれ出口ですか?」

  見ると50mほど先に出口らしきゲートが見える。フォークリフトも通れる大きさのゲートだ。そして、その先には資材などが見える。

「おい、あれ来る時に一番初めに入った搬入口のとこじゃねぇか? もう出口は目の前じゃねぇか!」

  そうだ、あの資材には見覚えがある。間違いない。

「2人はこのままフォークリフトに乗って出口に向かってください」

  僕はそう言ってフォークリフトを飛び降りた。まだ、まだ終わってない。決着をつける。奴は立っている。

「おい! 想!」

「大丈夫、必ず生きて帰ります! フォークリフトが減速してきたら降りてください!」

  出口に向かって行くフォークリフトに乗る2人に向かって、僕は叫んだ。

「1人で残るとは男らしいわねぇ。ちょっとだけ、惚れ直したわ」

  ディキャピテーションは重症を負いながら、なおも余裕を見せている。そして今度は両手に1つずつ金属の塊を持っている。何かの設備のパーツだと思われる。そして両方から巨大な刃を出す。初めに見た指輪から出した刃とは桁違いの大きさだ。

「お前をぶった斬って、あの2人も滅茶苦茶にしてやるー!」

  奴の目には最早理性の色はない。僕は天井に設置されたスプリンクラーを能力で作動させた。人口の雨が屋内に降り注ぐ。
 
「ハッ! こんなものが効くわけないだろ!」

  ディキャピテーションはそう言いながら突進してきた。僕は手当たり次第に周囲の設備を浮かして投げていく。いくつも。いくつも。

「バカが! 無駄だ無駄だ! お前の攻撃なんて見飽きたんだよ! 私の刃で全て切り刻む!」

  ディキャピテーションは踊るように巨大な刃を振り回していく。僕の飛ばした物体は全て切り落としていく。

「バカはお前だ」

  ディキャピテーションの動きが止まった。

「なんだと? ん……、なんだこの匂いは? ま、まさか……!?」

  油が入った缶、ガスボンベ、それらをいくつも設備に紛れて投げ飛ばした。ディキャピテーションはご丁寧にそれら全て切り裂いてくれた。
  そして、電気ケーブルも。ディキャピテーションによって切断されたそれは火花を散らしていた。しかも、奴はスプリンクラーの水を浴びてずぶ濡れだ。僕は電気ケーブルを動かし、容赦なくディキャピテーションの身体にぶつけた。

「うがががぁ!」

  ディキャピテーションの身体中に電気が走り、飛び散った火花は油とガスに引火し、大爆発が起きた。それは音を感じる事すらできない轟音だった。


「て、弖寅衣てとらいくん!? 大丈夫ですか?」

   一颯さんの声が近くでした。台車に乗り、吹き飛ばされるように搬入口まで来たからそれはびっくりするだろう。

「な、なんとか。この台車を動かして来ましたので爆発の直撃はまぬがれました。ギリギリですけど」
 
  あの状況で想像を巡らせた結果、こうするのが最も有効打だと思い至ったのだが、上手くいったようだ。

「全くおめぇは無茶しやがるなぁ! なんつー危ない事考えるんだよ」

  堂島さんは僕の身体をぺたぺた触りながら無事である事を確認してきた。

「この銃、持って帰る訳にもいかないので、ここに捨てていきますね。さ、2人とも! 出口はすぐそこですよ! 行きましょう!」

  一颯さんはあの銃を近くの棚に置き、出口へと走り出した。女性なのにまだそんな元気があるなんてすごいな。
  これで、やっと家に帰れる。今何時なのだろう? 早く帰って寝たい。

  ――――ドンッ。

  突然、堂島さんに突き飛ばされた。飛ばされた瞬間に視界に飛び込んできたものは、ディキャピテーションが堂島さんを斜めに切りかかっている場面だった。そんな、まだ生きていたのか!?

「邪魔だぁ!」

  ディキャピテーションは切りつけた堂島さんを蹴り飛ばした。そのまま壁に激突した堂島さんは起き上がらない。

「ドドさん……? そんな……」

  あの堂島さんがやられるわけない。やられるわけないんだ。僕はただただ、それを否定したい想いで胸がいっぱいだった。

「きさまぁ、このガキがァ! 殺してくれる!」

  ディキャピテーションは生きていた。衣服は全焼し全裸状態で、肌は焼けただれ全身真っ赤だ。

「ここでは……この工場では、私が絶対的に有利なんだよ! いいか? お前がグラインドで攻撃しようが、全部私が切り裂く! 圧倒的に相性が悪いんだよ! この工場全体が、私の武器なんだよ! お前らがこの工場に入った時点で勝負は決まってたんだよ! 死ねクソがー!」

  気づけば、全方位の棚からディキャピテーションの刃が伸び、逃げ場もなければ防御もできなく、僕は放心するだけだった。僕の能力では勝てないのだから。




 「なーに諦めてんのさ! 絶対に諦めるなって言ったろ?」

  姉の声がした。迫り来るはずのディキャピテーションの動きも止まっており、幻聴なのかと思ったが、そうではなかった。
  僕はクアルトにいた。目の前の壁面にディキャピテーションが、無数の刃とともに停止している状態で映し出されている。
  背後には姉さんが立っていた。腰に手を構え、堂々としている。

「だって、ドドさんも倒れて、こんな攻撃どうにもできないよ」

  僕は膝立ちで背後を振り返りながら、柄にもなく泣き出しそうになっていた。

「そーくん、ここまでよくやったね。すごいよ、本当に。でもね、彼女――ディキャピテーションは決定的な勘違いをしていた」

  勘違い? なんなのだろう?

「それは、そーくんのグラインドに対して自分のグラインドの方が有利だと初めから思っていた事だ。逆だ。むしろ、そーくんのグラインドの方が圧倒的に有利なんだよ。勝負は最初から決まっていたも同然だったわけさ」

  そう……なのだろうか? 姉はいつもと変わらぬ笑顔を浮かべている。

「時間が止まっている訳では無いからね。いつまでもこうしてはいられない。さ、自分がすべきと思うことをしてきなよ! 最後のとどめだ。派手にかましちゃいな!」

  僕が今すべきこと。そう自分に言い聞かせて、再び戦場へと戻る。



 「なっ……!? どう……なっ……て、いる……の……?」

  ディキャピテーションの身体は、全身串刺しにされていた。己の刃で。そう、僕は自分の能力で、刃が出ている棚を動かし、全てディキャピテーションに突き刺した。床から刃が出ていなかった事は不幸中の幸いだった。
  最後は己の刃に貫かれ、夥しい量の血を撒き散らしながら、ディキャピテーションは息絶えた。今度こそ、本当に。
  僕は堂島さんの元へと駆け寄る。

「ドドさん! ドドさん! 大丈夫ですか!?」

「いって……! あぁ、ちょっと気絶してたのか。想、無事みてぇだな。あいつも倒したのか……」

  生きてた。よかった。本当に。
  一颯さんもいつの間にかこちらまで戻って来ていた。

「無事ですか!? 救急車呼びますね? 堂島さん歩けますか? 私と弖寅衣くんで肩貸しますね」

  一颯さんと一緒に堂島さんに肩を貸しながら僕らは工場を脱出した。
  僕らはとてもつらい思いをして、傷だらけですごく疲れていたのに、お互いの汚れた顔を見合い、生還できて安心したからか、3人で並んで笑い合っていた。

  こうして、僕らの長い夜は終わったのだった。
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